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  大使館(4)-異文化交流 「みんな飛び込んでますよ」

と言っても入れるのは、エシェル本人だ。


「あ、私入れるよ」

「君はここでは客だよ。座っていたらいい」

「いや、紅茶入れるの好きだし、話しながらでいいじゃない」


さくっと本音が出たところで、エシェルはそれならと場を譲った。

合理的判断だ。

忍は「女だからお茶入れ」といういつまでも抜けきらない価値観は嫌っていたが、自分の好きなものを好きな人たちに振舞うのは好きだ。


大体、仕事場に常備されているのは緑茶かコーヒーなので、見事に圏外なわけであるが。


「よく紅茶だとわかったね」

「ティーポットとカップがそうでしょう?」


なるほど、気付かなかったが確かにコーヒーカップとティーカップは形が違う。

その横に茶葉の入ったビンもあり、少し観察すればそれはわかることだったのだろう。


「それで、何か厄介事かい?」


忍が紅茶を入れている間に、改めて司さんの紹介もして、あらかたの話を始める。

不自然な占い師の存在、神出鬼没さ、そしてそこにフランス人が絡んでいること。


もしか、何か噂が耳に入っていないかと。その程度の話だったが。


「フランス人、と言っても全員の情報が入っているわけではないからね。困ったことがあれば向こうから駆け込む場所ではあったけど、その機能が今、あるわけではないし……」


そのころ、紅茶が出てくる。

割と時間がかかっている。


「……紅茶って、そんなにつけといていいわけ?」

「ホッピングと言って、茶葉が開く間、浮き沈みして出すのがいいっぽい」


そこまで詳しくなさそうだが、そこまで知っていれば十分だろう。

忍は、緑茶もそうだけど熱湯注ぐと渋みが出たりあんまりいいことないよ。と付け加える。


エシェルは紅茶派なのか、少し感心した顔をする。

そこで、関係ないが、聞いた。


「フランスは紅茶圏内なのか?」

「いや? どちらかというとエスプレッソが多いね。カフェとサロン・ド・テは棲み分けられていて、サロンの方がゆっくりできるから好きなんだ」

「……すまん、その違いが判らない」


日本ではカフェというのは喫茶店でくくられるので、いかにもフランスらしい洒落た音に聞こえたが、何の店なのかイメージが出来ない。

紅茶が出るのはわかるのだが。


「カフェは日本で言うコーヒーがメインの喫茶店で、サロン・ド・テはポットの紅茶を飲みながらゆっくり過ごす場所だ。イギリスは紅茶文化だけど、フランスでは嗜好品の位置づけが強い」

「へぇ~」


あんなに近くの地続きの国でも違うんだなと異文化がちょっと意外で面白い。

もっとも本国ではのんきにお茶などしている暇はないだろうことを考えると、面白がるのは不謹慎なのかもしれない。

生まれ育った文化圏に戻れないのは、他ならないエシェル自身なのだから。


しかし、当の本人は何でもないことのように続けている。


「同じ紅茶でも、イギリスはミルク、フランスはフレーバーティーを好む。渋くて濃いお茶が苦手だから、軽めでまろやかな香りの味わいが好まれるんだ」

「……ここに来ないと聞けない貴重な話だな」

「英語は苦手だけどステレオタイプには興味があったんだ」


ステレオタイプは元々先入観や固定観念のことを言うらしい。

オレが忍に教えられて一発で覚えたのは沈没船の話。

沈没船から人々を海に飛び込ませるにはどうしたらいいか。

各国対応でこうだ。


アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄になれます」

イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士になれます」

ドイツ人には「飛び込むのは規則です」

フランス人には「決して海には飛び込まないで下さい」

イタリア人には「さっき美女が飛び込みましたよ」


そして、日本人には「みんな飛び込んでますよ」


割と有名らしい。

ジョークの一種のようだが、オレは日本人としてものすごく納得するところがあったのを覚えている。



しかし今、フランス人を前にして「決して飛び込まないでください」は正しいのかどうか。


……まだ判断がつく状況ではない。

(素直に飛び込むタイプではないとは思うが)



「飲み物の好みは、忍と合うんじゃないのか」

「うん、私もノンカフェインかフレーバーティがほとんどだから」

「そうなのかい? 今日は無難にストレートしか用意しなかったけれど、では今度は、おすすめのフレーバーを選んでおいてあげよう」


そんなものすごくどうでもいいことを考えている内に、忍の友人レベルは確実に上がっているっぽい。

好みの一致というのはポイントが大きい。


オレはへぇ~と思うくらいで、残念ながら違いのわからない男なので、深入りしないことにする。



「さて、横道に逸れてしまったが」


エシェルは話を元に戻した。

なんとなくの笑顔を消して、司さんに向き直る。


「単刀直入に聞くが、君は特殊部隊だろう? と、いうことは神魔が絡んでいるとみて間違いないのかい」


そういえば紹介の際に、警察とは言ったが特殊部隊であることは言っていなかった。

当然に、説明の必要があるのでいつかはたどり着く話題だろうが。

司さんも特にそこは気にかけていないのか、だが、完全に肯定はしなかった。


「可能性は高いです。まず、確認が取れていない。取れないくらいの正体の不明さや神出鬼没さは、少し人間にしては異様なので」

「なるほど。確かに人間の占い師がただ有名になるだけなら、なんの事件性も見出されないものな」


少し考えこむエシェル。

先ほどまでとは打って変わったこの空気は、まるで捜査室だ。急に重い。


「なぁ、エシェル」


オレは突然だが、提案をした。


「司さんにもノー敬語にしてもらっちゃ駄目かな」

「……急にどうしたんだい?」


ナチュラル過ぎて気づかなかったが、そういえばエシェルは初めから敬語などというものはふっとんでいる。

普通に、日本社会の仕組みからいったら年上であることはわかっているはずだが。


「いや、オレも忍も司さんとはよく一緒に仕事してて」

「私は彼の妹の方が先発で友人なんだよ。秋葉は司くんに敬語だし、気になるんでしょ」

「というか、何か落ち着かない」


正直に言う。

司さんが敬語モードの時は普通に、仕事。

しかし、オレと忍はエシェルに対してノー敬語。


この微妙な空気の差が違和感であると。


「別に僕は構わないよ。君がそれでいいなら」

「……そう言われても今日は仕事で来ているわけだし、……逆にやりづらい」


統一してくれ、といった感じの司さん。

わからないでもない。

つまりこういうことだろう。


「構わない、じゃなくて私たちの時みたく敬語でなくていいって言ってあげてくれないかな」

「あぁ、そういうこと。礼儀正しいんだね、君は」


忍が代弁した。

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