神のしもべはかく語り(4)
ダンタリオンの公邸から浅草橋までは車なら20分かからない。
都内は意外と狭い。
さっさと移動して、探すことにする。
金髪碧眼の神父……というか、同じ年くらいの外国人。
浅草寺方面は、神魔の方々と人間の観光客でごった返していたが、反対方面は空いている。
本人が歩いていればすぐに目に付くくらいの余裕はあった。
「でも公爵が見たの一昨日でしょ? 二日経ってたら割と遠くまで移動できてしまうと思うけど……」
「聞き込みをしますわ。わたくしはあちら、あなたがたはそちら」
めちゃくちゃてきぱきしてるし、シスターらしい面影がすでにない件について。
「何かあったら連絡をくださいまし。これはわたくしの電話番号ですわ」
そして、気が利く。
この「人間相手には普通に仕事熱心なお姉さん」な感じを見ていると、さっきのダンタリオンとのやりとりは本当に目の錯覚だったのではと思えるくらいだ。
というか、今日は朝から、いろいろが目まぐるしい。
「今日もここを通ったらしいぞ」
聞きこむ前に、結論が入った。
司さんも有能だ。
ふつうに無線で、ここを回っていた巡回組を捕まえて聞いただけのようだが。
「早いですわ!」
「そうだねー あんまり組織行動してないから忘れがちだけど、司くんは警察の人だったねー」
「いや、別に忘れてないだろ。お前、ふつうに結論待ちだっただろ。なに墨田川見て黄昏てんの?」
欄干の手すりに両肘を載せながら、の姿に確信をもってオレ。
ちょうど、橋の下をくぐりぬけた小型船が上流へ上って行った。
「桜の時期は川沿い歩くといいよ」
「おすすめスポットは、聞いてない」
連携力がバラバラなのに、ものすごく早いスピード解決が見えてきそうだ。
オレは
あんまり早く解決しても、次の仕事が入るだけだよな。
と、ふいに冷静になった。
ともあれそのまま司さんが、誘導してくれる。
橋をスカイツリー方面へ向かって渡り、周りに注意しながらしばらく歩く。
その時、ばたばたと駆ける黒服の警官たちの姿が見えた。
「普通の警察の人だ」
「どうしますの? 行ってみます?」
「方向的には、探し人が行ったのと同じだな」
ここは方針が一致して、そちらを追った。
警官たちは何やら、止まってくれていたのですぐに追いついた。
司さんが事情を聴こうと話しかけると、無線を手に取りかけていた警官はその姿を見て、ほっとした顔を見せた。
そして、こう言う。
「若い外国人の男性が、神魔のヒトに路地裏に連れ込まれたようで」
「! それって金髪の!?」
「えぇ、通報ではそうでした」
どうやら相手は夕刻になって早めに酒が入ったほろ酔い神魔らしい。
「わかった。一応ここで待機しててくれ。俺が見てくる」
話を聞くに、観光客らしい一般神魔のようだから、何かあっても司さん一人で余裕だろう。
オレたちもついていく。
そして路地沿いに行くと……
行き止まりには、神魔のヒトたち数名が行き倒れになっていた。
「これは……?」
「法術でやったのか?」
「この方々は悪魔ではないので、基本的に法術の効きは弱いと思うのですけれど」
異教の神魔は割と二面性を持っているので、どちらに属していても、結果、こうなることは時々ある。
しかし、普通の人間が神魔三人ぶち倒すか?
絡まれたはずの本人の姿はない。
「……司くん」
「?」
倒れた神魔をしゃがみこんで眺めていた忍が振り返らないまま聞いてきた。
「確か、相手の属性というか所属とか確認する端末持ってたよね。ちょっとこのヒトみてくれないかな」
そう言われて、司さんは小型の端末を取り出す。
霊装の応用分野は今やハイテクの塊だ。
見えないものを見えるようにするのが科学、と言われるのもわかる気がする。
「……魔力の係数が高いんだが、シスターの言う通り、本人は神域に所属しているようだ…… ?」
「というか、こっちのヒト普通に伸びてるんだけど、そのルースさんて、体術とかもやったりするんです……か?」
シスターバードックは、般若の仮面でも被ったかのように仁王立ちになって両手をかち合わせていた。
「またやりましたわね、ルースさん! これ以上、フェリシオン様の顔に泥を塗るような真似は許しませんことよ!」
ボキボキと指を鳴らしている。
長身のしっかり目の体格が相まって、日本人女子ではありえない怖い絵面になっていた。
「白上さんとおっしゃりましたわね!」
「……何か」
司さんもあまり関わりたくない空気を察したのか、返事は短く、無難だ。
「対神魔の特殊部隊とお聞きしました。神魔用の捕縛の用意か、手錠の用意をお願いいたしますわ!」
ルース・クリーバーズって一体、どんな人なんだよ。
何かものすごく、重要な情報をこの人たち隠してなかったか?
そんなこと今更気づいてももう事態は動き始めていた。
「ルースさん! どこにいますの!! 出てきなさい!」
といいながら、シスターバードックは路地の探索を始めている。
「なぁ、ルースって人……ひょっとして問題児だったのかな」
「ひょっとしなくても、でしょう。フェリシオン神父が言ってた」
いつのこと?
あっさり返事があってきたので聞き返すと、こうだ。
「『何か事件を起こす前に』って言ってた。『事件に巻き込まれる前に』じゃなくて」
「つまり、やっちゃ駄目なことをやっちゃう人っぽいってこと?」
「多分」
そうか、すでに朝一からこの展開は決まっていたのか。
フェリシオン神父はともかくとして、もはや姐さんといいたくなる気配しかしないシスターを遠目に、司さんは待機していた警官に、気絶した神魔の保護を伝えに戻っている。
そして帰ってくると横道を指示した。
「抜け道があるが、こっちに行ったんじゃないか?」
「なんてこと……逃げられる前に捕獲しなければ……!!」
どういう関係なんですか、一体。
割と常識人に見えてきた矢先に、シスターの言動がおかしくなってきている。
「シスター、そのルースさんて教会にとってどんな人だったんですか?」
走りながら忍が聞く。
ずばり本題だったわけだが、なんとなく聞けない気持ちでいたところだ。
「問題児! ですわ。フェリシオン様を術試験で暴発させたり、フェリシオン様を術対決で、体術で極めたり、フェリシオン様を……あぁっとにかく 抹・殺 しなければならない珍父です!」
今、珍父っていった? 神父じゃなくて、珍父って。
それ、何?
「ここかしら!?」
そして真っ先に見つけた路地の先、そこにはまだ開店して間もないバーがあった。