神のしもべはかく語り(3)
「で、なーんで聖職者なんか連れて来るかな? お前は」
馬鹿なの? アホなの?
とオレはダンタリオンになぜかうちわで叩かれている。
「お前こそアホなの? 何なのそのうちわ!」
「これはな、ガスの集金の際に、もらったんだ。毎年くれるな、あのガス屋」
「そこはもう口座引き落としにしろよ!!」
どこまで本当なのか、もうわからないがとりあえず、突っ込んでおく。
梅雨は目の前だ。
雨と晴れの日が交互に来て、夏日は相当蒸し暑い。
というか、冷房設備の存在は。
シスターマリア……
もうマリアなんて言うだけでやばい名前なので、バードックと呼ぶことになった彼女はにこにこしながら黙ってオレの横に座っている。
ずっと、そうやって、笑っている。
「用件は聞いてる。祓い屋の聖職者が一人、失踪したらしいな。その情報とか」
「まぁ……! 祓い屋だなんて……魔界の貴族と伺いましたが、品性のなさに驚きましたわ……!」
ーーーーーーー!!!!
いや、それオレ的には言ってもいいと思うんだけど、お姉さん、開口一番それは……!!
ぴた、とさすがのダンタリオンも手を止めた。
「祓い屋は祓い屋だろう。人の国まで来てせこせこ小物祓って人の為とか言ってんだろ? 神の愛とやらは安売り仕様だな」
「人の国まで来て、どこかの国の大使館だった中古物件に住まって、安物のうちわで人様のあたまをたたく公爵の存在にびっくりですわ」
……。
あ、この人、こういう人だったんだ。
オレはその時、教会でも感じた違和感がはっきりと形をとるのを見た。
あちこちに挟まる、沈黙の意味も。
「この国で教会の人間が外歩くこと自体びっくりだっつーの! 下級の悪魔にさえ手を出せないんじゃ相当ストレスたまってんじゃないですかー? 共存共栄できない人は、この国で暮らす資格はありませんー」
「悪魔に共存を語られるなんて、笑止ですわ! 何様ですの? 公爵? 今どき人間界は民主主義でそんな身分制度はとっくに廃止されていますことよ!」
「お前らの一番上がバリバリ身分制度布いて階級作ってんだろうが! 魔界の方がまだ自由だっての!」
「悪魔の語る自由なんて、規律のない自由、義務もこなさず権利を主張する輩のごとく、マヨネーズが入っていないツナマヨのようなものですわ!」
……内容的には、右から左に抜けていくんだが、大変なことになってしまった模様。
「割とおにぎりのツナマヨっておいしいよね」
「そうか? オレはふつうに紅鮭とかでいいけどな」
「ふたりとも、現実逃避をしていないで話を進めたほうがいいんじゃないか」
現実逃避というか、ふつうに雑談していてもなんら差しさわりない状況です、司さん。
「コンビニ弁当ってほとんど食べないけど、森ちゃんとは栄養的にも五目がいいよねで結論が出ている」
「………………………………俺もコンビニ弁当は食べない派だが」
司さんも陥落した。
「国家機関は社食があるのがいいよね、夜勤の時はどうしてんの?」
「夜勤用のメニューがある」
「えー面白そう」
知られざる内部情報の交換が始まった。
「外交部は外勤が多いから、社食もあんまり使えないなぁ……昼夜にかかるとふつーにコンビニ弁当になりがちな奴も多い」
「社食のメニューってそもそも昼用もみんな同じなの?」
「好きなもの取る方式もあるし、同じなんじゃね?」
「……一時期、マーボカレーとかあったけどあれ二人のとこもあった?」
「「なかった」」
メニューが違うことを確認したところで、満足したのかそろそろ忍が話を進める気になったようだ。
テーブルを挟んでひたすら言い合いを続ける二人の方を見る。
「そういえば、フェリシオン神父」
びしり。
身を乗り出して言い合いをしていたシスターバードックがなぜかポーズを決めた。
「……フェリシオン神父」
再び言い合いを始めたので、忍が言うと同じ現象が起こる。
この人、条件反射するほど猫被ってんのか……
「フェリシオン神父」
「あの方は本当に素晴らしいお方ですわ……!」
いや、猫じゃなくて、ふつうに崇拝に近い敬愛をしているだけらしい。
「わかりました。公爵も。ツナマヨおいしいの結論が出たところで、先に進みましょう」
仕切りなおした。
冷静に仕切られて、本当に、犬猿の仲みたいになっていた二人も今まで起こったことがまるで、初めからなかったかのようにおとなしくなった。
「はじめまして、公爵閣下。わたくし、マリア・バードックですわ」
「まさか聖職者と相対する日が来るとは。ダンタリオンだ」
そこから仕切りなおさなくていいから。
本当に、何もなかったことにしようとしている。
「そこで時間を巻き戻そうとしても、社食メニューの情報はちゃんと残ってます」
「うん、それはもういいから。お前が話題を戻したら、本当にエターナルだからな?」
「じゃあ秋葉、手っ取り早く写真を」
はいはい、とダンタリオンに写真を渡す。
ルース・クリーバーズその人のをだ。
「これが失踪した神父か?」
「そう、秘密厳守の話だからな。法術使いだって言うんだ、悪魔のヒトたちの中に何か噂とか流れてないか?」
「あぁ、こいつなら浅草の方で見た」
目撃情報に一発でたどり着いた。
「なんか、妙に目に付くと思ったら、そういうことか。うん、納得した」
「何ひとりで納得してんだよ。どこなの!? 浅草のどこ! っていうか、お前浅草に何しに行ってんの!?」
「浅草橋の向こうだよ。別に観光に行ったわけじゃない」
まぁ、今更浅草寺とか行かれても、困る。
「浅草駅から、スカイツリーまで歩こうと思って」
「何してんの? この魔界の公爵」
「あの辺、穴場なんだよ。知ってっか? 猛禽類カフェがあんの。ガラガラだったからマスターが外で飛ばしてくれたぞ」
「魔界に行けば、猛禽類どころの騒ぎじゃないだろう。ってこれ、ベリト閣下の時も言ったよな」
ツッコミどころが多すぎて、どうしたらいいのかわからない。
ちなみにその猛禽類カフェの話は多分、前に忍から似たようなことを聞いたことがあるので、同じ場所だろうと思われる。
なので、忍もとくに食いつく様子はない。
「それで、ルースさんは何をされていましたの!?」
「え、普通に歩いてたけど」
「……いつの話?」
「一昨日」
めちゃくちゃ最近じゃねーか。
普通に歩いてたとか、どういうこと?
さすがにシスターバードックが聞き返したが、すぐにでも行けばみつかりそうな勢いだ。
何か、無事そうだから、もうここからは警察の管轄でいいんじゃなかろうか。
オレは投げ出したくなった。
「わかりましたわ。情報、感謝いたします」
「お、なんだ。ちゃんと礼が言えるんじゃねーか」
「わたくし、礼節と貸し借りはきちんとしたい方ですの」
そう言って、メガネに手をやった。
「秋葉さん! さ、参りましょう!」
「参りましょうって……一緒に行くんですか?」
「もちろん。乗り掛かった舟ですわ!」
この人、行動力も半端ないよ。
これ振り回されるフラグじゃないか?
いずれにしても、無駄に過ごした時間の方が、はるかに多い滞在だった。
実質、5分足らずで用が済んでいることには、気が付かなかったことにする。
毎年、きちんと木で和紙の、風流なうちわをくれるんですよ、ガス屋さんが。