出会い-白上 司(4)
今回に限って、護衛は10人くらい必要だったんじゃないだろうか。
「まだ30分以上あるから、あとは部屋を回って怪しげなものがないか探す」
「怪しげなものって何」
「とにかく不法・違法系のものだよ。地下に実験室とかあって死体とかあったら交渉とかめんどうなことしなくても済みそうだけど」
……。
「オレはそんなもの見たくない!」
「私だって見たくないよ!」
忍も解決策として手っ取り早い状況を言ってみただけで、割と本気で同意している。
司さんは小さくため息をついた。
「それで屋敷内を見て回っていいかと断ったのか」
「うん、秋葉には秋葉の権限があるから、あちこち見学するふりして私たちを連れてまわってくれないかな」
確かに、あくまでオレの仕事にこの二人はついてきたという立場で、それはオレの役目だろう。
……危険はなさそうだし、それならできる。
「わかんの? 違法ものとか」
「司くんが大体わかるはず」
あ、また。
「お前……司さんのことさっきから君付けしてるけど……」
忍は司さんと顔を見合わせた。
そして、オレに視線が戻ってくる。
「知り合いだもん」
なにーーーー!!?
「さっきお前……白上さんて呼んでただろ!」
「はじめて行く仕事の取引先で、同僚とかそういう人を君付けで呼ぶとかそれ、社会人としてないから」
仕事モードがしっかりONになっていた。
大体おなじみの大使館に一緒に行くことが多いので、あまりよそよそしく呼ぶこともなく、失念していた。
いや、オレもさっきの部屋じゃ忍のことは戸越、って呼んだだろうけど。
「それにしても、ずっとよそよそしくしてるから……」
「別によそよそしくはしていない。プライベートな話をする場合じゃないし、知り合いだけど、正確には司くんの妹が私と繋がってるという感じで……」
「説明しろよ」
「プライバシーです。長くなりそうでめんどくさいです」
むしろ最後の一言が本音だろう。
「いや、さすがに深追いはしないからな? まとめたらたった二行くらいの説明だろ?」
「結局説明することになった」
そんな事実を聞きながら、扉が開いている部屋に入った。
骨董が並んでいる。
特に何もなさそうだ。
あの人から見たらオレと忍の会話はどう見えるんだ。
特に参加してくるでもなく、さりげなく周囲を確認している後ろ姿を見る。
「この牙なんだろうね。輸入禁止されてた象牙とかかな」
飾り棚などを眺めながら司さんの方へ移動した忍は、白い巨大な牙にそう触れた。
「今、人間の税関法とかないからな。象牙は取り締まりの対象にならない」
「自称魔界の貴族だから、絶滅したサーベルタイガーの剥製とかありそう」
「それ、お前の趣味だろ」
淡々と話している。
淡々と、であるが確かによそよそしいというほどのよそよそしさではない。
……などと、マンウォッチングをしている場合ではなかった。
「こういう粉って、こういうところに置かれているものですか?」
オレはなんとなく白い粉の乗った皿を指さした。
「……人間でありがちなのはメリケン粉をダミーに麻薬と見せかける方法」
逆じゃね?
メリケン粉を麻薬に見せかけてどうなるんだよ。
無駄な時間を過ごしている感が半端ない。
「人間だったら麻薬をこんなところに置き放していること自体、ないと思うが……」
「『人間だったら』ね」
その言葉に、司さんがそれを白い手袋をした手でつまみあげる。
「……判別はできないな。そういうのは鑑識官とかそういう……」
司さんは、武装警察なので、分析などは別の分野だ。
「香だよね、皿を見ると」
「そのようだな」
「じゃ、秋葉と司くんは他に面白そうなものを探してください」
趣旨変わってんだろ……
そうしていくつかの部屋を回りながら、めぼしいものを探す。
怪しいものがありすぎて、オレにはさっぱりわからないんだが……
「秋葉、それブードゥ教の人形じゃない?」
「ブードゥ教?」
「呪いの人形が有名」
オレはそっと棚に人形を戻した。
「嘘だよ。私がブードゥ教の人形なんて知ってるわけないじゃない」
「時間ないの! 遊ばないでくれる!?」
とはいえ、こういう時は楽しんで見ている人間の方が気づくことが多いのだ。
不思議なことでもなんでもない。
単に興味を持って見るか見ないかの違いだろう。
……そして、時間が来てしまった。
「ゆっくり休めましたか」
「はい! 色々なものがあって楽しかったです」
めちゃくちゃ普通に本音で会話してる感、半端ないーーーー……
「確かにお休みする前より顔色がよいようだ」
「……」
司さんが小さくため息をつくのが聞こえた。
前に部屋に入った時より空気が緩んでいる、気がする。
……気晴らしにはなったよ、うん。
ここからが本番なんだろうけど。
「ではさっそく『交渉』に入ることにしましょう」
さっきと椅子の配置が換わっていた。
というより、ソファがなくなって椅子になっている、が正しい。
『侯爵』の正面にオレと忍が座れるようにそれが並んでいた。
勧められるままにかける。司さんは後ろに控えている。
確かに、何かあった時はその方がすぐに動けるんだろうなと今頃思う。
「侯爵、その交渉についてですが、やはり彼女のことで……?」
「ふむ、ではそこから始めよう。私としてはいくつか交渉したいことができたのでね」
これは、これ以上進めてはいけない気がする。
司さんが言っていたように巧みに誘導されたら、それこそ始末書では済まない事態に陥りそうだ。
早めになんとかできればいいんだけど……
意を決してオレは初めの『交渉』を始める。
「それなんですが、やはり彼女の意志を尊重するのが、我々のやり方です。邸内を拝見して興味も持ったようですし、個人的に聞きたいこともあるようなので、本人に交渉権を持たせてよろしいですか」
「それはそれは」
興味を持った、という言い方をしたことで好感触だ。
瞳が細くなって、口元で笑われるよりわかりやすかった。
許可を出してから先方が聞く。
「邸内に興味を持ったというのは、どのようなところに?」
「いろいろなものが置いてあるんですね。あまり人間の中では流通してなさそうなものも。魔界の方からすれば当たり前ですが、私たちからすると珍しいです」
「ふふ、この邸内のそのようなものをひとつずつ説明していたら、一晩では足りませんよ」
まぁこれが健全な提案なら忍は三日位かけて探索するであろう。
今のところ、不穏な気配はない。空気的には交渉前の歓談、といったところか。
しかし、どうやってここから交渉するつもりなのか……
先ほどとは打って変わった表情で忍は侯爵と話をしている。
随分余裕があるようだけど……
「それで、どうしても気になって、失礼ながらいくつか拝借させていただきました。教えていただけますか?」
「もちろんです」
忍の態度が『物で軟化』したことで釣れたと思ったのかもしれない。
ここから先は、どちらが相手を出し抜くのかすでに交渉の段階に入ったようなものだ。
「これを」
それは初めにオレが見つけたあの粉だった。
「香炉用のものですか? 見せていただいたほかの部屋にも違うものが置いてありました」
「さすが女性だ。そういったものを好むのかね」
「普通にアロマは好きですが……他にもいくつかあって……」
そういって忍は司さんに持っていてもらったらしいものを渡してもらった。
それはごろごろとした石だった。
どこにでもありそうな、けれど色がまるで着色をしたかのような、見たことのないものだ。
すっ、と侯爵の瞳が細くなったのを俺は見た。
笑みは一瞬にして消えた。
「これは、どういうことですかな」
「どういうもこういうも、私が教えてほしいんです。これは『この国では』保管が義務付けられているものなんです」
え。
そこまで聞いていなかったオレは目線だけでで忍を見た。
表情は余裕だ。