他人の身体はいろんな意味で、使いづらい(5)
「ダメな立場から言わせてもらうと、ソフトクリームの舐めあいなんて性別関係なしに気持ち悪いから。丁寧に食べる人ならまだしも、大口で舐めた後にいる? って言われてもね……」
それは……確かにそうかもしれない。
缶ジュース程度では思いもしなかったが、人の舐めた後を舐めろと言われたらいらないと言いたくなるだろう。
……その事実に気づけば、の話。
「女の人ってそういうの多いんだよ」
深々とため息をつく忍。
司さんの表情であることもあって、本気の悩みごとのように見える。
「口付けた後にちょっとずつ交換して食べようとか、ナチュラルに交換した後に『食べる?』って順番が回ってきて」
周りから見るときゃっきゃうふふな女子にありがちな光景だと思うが……
「違う味を選んでいた場合、ものすごい窮地に追い込まれる」
……意外と、感情面の主張は我慢してしまうことには思い当たるので、想像はできた。
というか、普通に断りづらい状況だよな。
空気を読む人間なら、自分のものを差し出す羽目になるだろう。
そして、忍はこの手の「他人」の善意に対する押しに弱い。
「それに缶ジュースだって、ひとたび誰かが口を付けたら間接キスとかそんな生易しいものじゃないと私は思うんだ」
それは哲学志向、理論派、あるいはざっくり理系としての見解。
「口腔内の無数の細菌が逆流して入っているかと思うと……」
「やめろ! オレも回し飲みができなくなる!!」
回し飲みは気にしても間接キス程度にしか認識がない一般人は考えないところまで行ってしまっている。
オレの叫びにそうだろう、という目で司さんが見ていた。
微妙な距離の男女が、飲み回しをして「あ、これって間接キス…///」なんて初々しく照れている場合ではない。
「そんなわけで、男女問わず回し飲み苦手な人はいるから、みんながみんな自分と同じだと思わないように」
今まであまり考えずにそれをしてきたことを反省した。
とにかく目の前の、ファミレスからひとつ格上のスイーツに専念することにする。
* * *
つつがなく、ティータイムは終わった。
会計を済まして外へ出る。
そのまま忍に逃走されることを警戒したが、特に逃げる気配はないので、そこで足を止めるオレたち。
「……………………何か、一息ついたら満足してしまった」
追いかけっこが自主的に終了になる気配。
「そうか、じゃあこのまま引き上げるぞ」
気が変わらない内に連れだって歩き出す司さん。
気が変わらない内に自分のコート……司さんのコートから手錠を出して、自分……忍の身体と自身の本体をつなぐ。
「……人が見たらどういう状況かと思うよ、これ」
オレもそう思う。
「逃げられたら捕まえるのはもう無理だ。こうするしかないだろう」
連行されている。
いや、傍目に見たら逆なんだけど。
そして、こんな時に限って会いたくない輩に出くわした。
「あれ? 司さん、その手錠どうしたんですか?」
「「「………………」」」
巡回組の面々だ。一木もいる。
面倒なことになる予感しかしない。
「アクシデントでこうなった」
さもそれらしく口を開いたのは忍だった。
「どんなアクシデントですか~」
あはは、と笑う巡回員たち。
「それより大変でしたね。体が入れ替わるとか……」
なんでもう情報流れてんの?
自分の方を見られてものすごい聞き返したい気分だ。
が、自分を見て一木は「戻っている」と判断したらしい。
それに大変ですねじゃなくて、大変でしたねと過去形になっているのが違和感だ。
「……どうして一木たちがその話を知ってるんだ?」
唯一元の身体に戻っているオレは、その疑問をぶつけてみた。
「司さん、話してないんですか?」
「ない」
バレないようにか、短く返答してそれっぽくふいと別の方を見る忍。
「どういうこと?」
警戒してか、司さん自身は聞きたそうだが、口を開かなかった。
代わりにオレが聞く。
「今回の任務で回収したものを先にセンターに届けるよう頼まれてました。中身何か知りませんけど、すでに送ってありますよ」
「え、頼んだって…し…司さんが?」
「あぁ、危険なものだからな。先に送っておくように手配した」
それっぽい。
ものすごくそれっぽいーーーー
この時点で、司さん本人からは呆れた表情しかうかがえない。
一時、見失って長めに時間をロスしたが、あの時だろう。
それはすでにアンプルを持っていない忍を追いかけていたということで。
はてしなく無駄な、追いかけっこだった……
「すまないな、こちらも戻るところだ。助かった」
「いえ、お気をつけて」
笑顔で見回り組は逆方向に歩いて行った。
「お前な……何のために俺たちに追わせたんだ……?」
観念してしまったように手錠はただつながった状態のまま歩く司さん。
目立つので、布で隠すことにした。
「大人になると、本気で追いかけっこってしないよね。……と昨日、ふと思っていたところでこうなって」
「オレたち小学生の遊びに付き合わされたの? すっげー疲れたんだけど」
「その小学生の遊びは無自覚な全身運動だから、急にやりたくなったんだけど遊んでくれる人いないよなーとも思ってて」
絶好の機会だったわけか。
「でもハイスペックすぎて追いかけっこにもならないね。……このまま入れ替わってしばらく仕事してみる?」
「無理だろ。お前はともかく、俺は情報部なんてろくに入ったことない」
そこじゃなくて、擬態自体が司さんには無理だと思います。
「それに俺は追いかけっこなんて年中だから、面白みがない」
「それ、犯罪者相手ですよね。割と本気ですよね。追いかけっこのレベルじゃないんじゃ」
「だから、普通の身体能力で駆け回るのも楽しくなかった?」
「「全然」」
遊んでほしかったらしい。
こいつは、時々、こんなふうにものすごく遊びたがるところがある。
大体、一人遊びで進んで誰かを巻き込むことはないのだが……
頭が切れる、仕事ができるとか、冗談が通じないほど真面目だと思っている奴に教えてやりたい。
そんなことは、全くこれっぽっちもないのだということを。
「何かスポーツでもやったらいいんじゃないか?」
「限定されたフィールドの中で動くっていう気分じゃなかったんだ」
確かにスポーツは大抵制限付きだけども!
「とにかく……満足したんだな」
「ありがとう、二人とも」
「「ドウイタシマシテ」」
感情がこもっていないなんだか疲れた声音が重なり、今日の任務は無事終了。
……無事、だったんだろうか。
大いなる疑問を残しつつ。
トイレットペーパーの三角折りは、清掃終了の合図です。
私、女子力高いと思ってやっちゃ駄目(;´・ω・)