親愛なる友へ
手紙が届いていた。
フランス語で書かれたエアメール。
「……日本語で書いてくれればいいのに」
誰からかもわからなかった。
けれど、秋葉にはそんな手紙を送ってよこす「人間」には、一人しか心当たりがなかった。
日本語がわかるにもかかわらず、わざわざフランス語を用いる人。
一方で、デジタル言語が行きかう中で、手書きの手紙を送ってくれる人。
そして、流暢な筆記体。
そもそも、フランス語を使うような人間に知り合いなんて、一人しかいないわけで。
「これ、オレが全部訳すのか……?」
秋葉は思わず、呟く。
枚数は2枚と少し。
しかし、フランス語など触れたこともないのだから、膨大な時間がかかるだろう。
とりあえず、辞書は借りてみたものの、そもそも筆記体をわかりやすくブロック体にする作業から。
……できる気がしない。
「ま、いいや。帰ってきたらゆっくりやろう」
その作業は二日前からすでに始められている。
机の上には広げられたままの辞書と手紙。
そして、封筒。
それだけだ。
それだけだったが、それは届くはずはないと思っていたもの。
それが届いたことを伝えたら、きっと、彼の友人たちも喜んでくれるだろう。
(オレに来たんだから、オレが訳さないとな。)
秋葉は観念して、今日も帰ってきたら、深夜まで辞書と手紙をにらめっこしているであろう自分を思い描く。
「とりあえず、行くか」
パタン
ドアは開け放たれ、部屋の主人がいなくなると軽い音を立てて閉じる。
そして、静けさが訪れる。
彼が戻るまで、ただ静かに、それはそこに佇んだまま。
遠い、遠い国にいる友人より。
終わる世界と狭間の僕ら-完-




