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EP.12 閉鎖された大使館にて

フランス大使、エシェル・シエークルが大使館に「戻った」。


それまでも閉鎖されたはずのフランス大使館には常に誰かしらの気配があった。

以前の人間の大使館のようにこれまで立ち続けた守衛の姿はなく、代わりに視認できない内部は武装警察が一定周期で巡回していたのだ。


黒服の一般警官がその姿を見つけたのは、彼の執務室の前で、暮れゆく黄昏刻の中、淡い光と黒い影、そしてその背には陰ることもない透けるような光色の翼があった。


大天使ウリエル。


突如として現れた「彼」は誰も存在していないかの如く振る舞い、だがしかし、ゆっくりと彼の姿を認めた警官の方を振り返った。


「……っ!」


警官は悲鳴を飲み込んで、途端に早鐘を打ち始めた鼓動と同時に腰から下げた警報装置のボタンを押した。

途端に鳴り響く、館内中のアラート。


正しくは、それぞれ館内に存在している警官の持つそれが鳴っているのだろう。響く場所に規則性はない。


そして彼らはあっという間にそこに集まり、ウリエルを取り囲んだ。

一様に、緊張した面持ちで、恐怖をにじませながら。


「……もう少し静かにしてくれないかな。ただ少し休みに来ただけなんだ」


ウリエルはただ静かな声音でそう告げた。警官たちとは対照的なその表情で。


「な……」

「君たちでは無理だよ。わかるだろう?」


二の句も無く絶句する黒服に囲まれながらウリエルは続ける。


「逃げるつもりはない。僕を捕らえたければ早くそれができる人間を呼ぶことだ。それまで、もう少しだけこの仮宿を貸してもらうよ」


そして翼を消す。と、全き人の姿になってその部屋に消える。

エシェル・シエークルの執務室。いつも彼がいた場所である。

たった一人ではあるが大天使が姿を消したことで、警官たちはまるで初めて呼吸ができるようになったかのように大きく息をついて、そして、すぐに然るべき場所へと無線を繋いだ。




ほどなくして到着したのは特殊部隊の数名だった。

一般警察のそれとは対照的な白いコートが暗くなった庭を背に、映えている。

館内の明かりは灯されていたが、やはり、そこはただ静かだった。


「状況は」

「報告の通りです。ウリエルはそちらの部屋に入ったまま、動く気配はありません」


相手はたった一人。そして、ただ時間は静かに過ぎている。人間の数は多かったが争いごとになっているわけでもなく館内はほんのひと時、喧騒が通り過ぎただけで静けさを取り戻している。


「俺が入る。待機しててくれ」

「司、一人でか?」


司と一緒にやってきた同僚は、何も知らない。恐怖こそないものの有事の際に対処するための緊張を張り巡らせた面持ちで任についた彼らは、その言葉に表情を少し崩す。


「何か異変があった時だけ踏み込むようにしてくれ」


司が連れてきた特殊部隊はほんの数名だ。大天使相手となれば総員体制でもおかしくないくらいだが、逆に今からそれらを集めて大規模な戦闘に持ち込むのは得策ではないと、誰もが理解していた。

包囲はする。逃げられても追跡し、万全の態勢で討てるようにする。

これが現状、通常で取り得る「最善」だ。


が、誰もがひとりで対峙するとは思っていなかった。

それには構わずに司は鍵すらかかっているはずもないその扉を開けた。


部屋は、灯りがともされることもなくただ夕闇に沈んでいた。


「君が来てくれたのか」


扉を後ろ手で閉めると同時。待っていたかのように静かに声をかけられる。


「僕を縛する用意は?」


エシェルはやはり静かに訊いた。


「……神魔用の捕縛装置。通常は制限がある者なら一人から強くても三人がかり。正直、俺の力でエシェルを捕らえられるとは思っていない」

「じゃあどうして一人で入って来たんだい?」


エシェルの声は夕闇に溶けて消えるようにゆるやかで。

逃げる意思も、抵抗する意思もないことは一目でわかった。その理解が正しいのかどうかはともかく。


「……」

「君もお人好しだね。でも多分、君が思っている通りだ。そろそろいいだろうと思ってここへ来た。キミカズもわかっているだろう。……行こうか」


何が、ともどう、とも言わなかった。けれどやはり。もうエシェルは縛されるために戻ってきたのだ。

逃げ回るのは性に合わない。小さく浮かんだその微笑からは、そんな声が聞こえそうだった。そして、やはり小さく、そして短く彼はつぶやくように言葉を落とした。


「感謝する」


何に? おそらくは何も知らない者に踏み入られ、この部屋が蹂躙されることは望んでいなかったからだろう。

自ら手を差し出す。司は躊躇することなくその手に、だがゆっくりと、人には使いようのない細い光の枷をかけた。


部屋を出るために向かうドアの前で足を止め。背中を向けたまま、司も口を開く。


「エシェル、……森を助けてくれてありがとう」

「……僕は何もしてない」


背中からかかるもう馴染んだ声。


「じゃあ忍の分だ」


そう言うと、少しだけ彼はあっけにとられた表情になり……口元に柔らかい笑みを浮かべた。


「揃って仕方のない――……だ」


それはただの独り言。すべてを聞き取れなかった司は振り返ろうとしたが、そうしないと決めていたことを思い出し、外へとつながる扉を開けた。

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