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16.「かがみ」

「土産話って言ってもこいつらんとこ大体、情報入ってるだろ。魔界の内政事情は関係ないし、今、上の奴らもそれどころじゃないんじゃないの?」


お役所あるある。

ひとつ大問題が発生すると、他の仕事はとたんに見向きもしなくなる幹部の存在。

普段からさほど注目はされていないので、どうでもいい。


「適当に情報交換で済むやつでいいんだ。四百字詰め原稿用紙1枚くらい」

「段落とか見やすく飾ったりしてるとさぁ、あっという間にスペース埋まるよね」


こいつ、そういうところもうまいんだよな。ベタ打ちだと読む側にも優しくないが、書く側としても文字数を重ねなければならない。

レイアウトをきれいにすることは省力処理だ。


「じゃあ普通に情報交換すれば?」

「オレが知ってる情報は直接セイメイとかに渡したからな。特にない」

「じゃあ何で呼んだんだよ!」

「定期的にお伺いするのが礼儀ってものじゃないか?」


……。


「わかった。公爵の要請による定期訪問。とくに特筆すべき点はなし、で」

「短すぎる! 仕事してないみたいだからもう少し何とか」

「仕事してみせればいいってものじゃないと思うんだけど」

「仕事してみせればいいってところが役所のよくないテンプレ体質だろ」


納得したのか「わかりました」と忍はいう。


「仕事してないのは何も否定しようがない。捏造で行くの? 逆に口裏を合わせる手間が面倒なんですけど」


そうじゃない。


「もういいから誰かネタを……!」

「じゃあ本須賀葉月の話でもしようか? ボクが知ってる範囲で」

「!」


本須賀葉月。

要石の細工に始まりついには破壊にエスカレート。ミカエル襲撃の時にはスサノオの力を手にしようとして自滅した女。自業自得とはいえ、凄惨な最期はおそらくその場にいた誰もの脳裏に焼き付いたことだろう。


……正直、名前を聞くだけでも腹の底がなにか気持ち悪くうごめくような気がする。あの最期は戦いの現場慣れしていないオレも思い出したいとは思わなかった。

けれど、その後、どうなったのかも知らない。

現場はマスコミもシャットアウトされていたし、後ろ盾があることから殉職者として扱われたのだろうことはわかったけれど。


「アスタロトさん、ひょっとして彼女が死ぬ未来……視えてました?」


途端に空気を変えて、忍が聞いた。

確かにアスタロトさんは一度制約のない状態で、本須賀とハルファスという悪魔の前に立っていた。些細ないざこざも起こさず、その場を治めたのは記憶に深い。


「そうだね。彼女には一応忠告しておいたけど」

「……あ、もしかしてあの時」


確かに何かをささやいていた。けれど何と言っていたか。礼をしたい? それとも気が済まないとか……いや、それはなかったか? 細かいところは覚えていない。


「お前、あの女にわざわざ『あの未来』を教えてやったのか」

「詳しくは教えていないよ。ただボクが関与したんだからほんの少しでも未来を変えられる余地はあったかもしれないけどね」


何を言われても。変わらなかっただろう。なんとなくそんな気がする。アスタロトさんにもそれは最初からわかっているようだった。


「忠告という名の脅しか……恐ろしいやつだな」

「誰も脅してなんていない。ただ、事実を教えただけ」


君はもうすぐ死ぬ。惨たらしい最期だ。


おそらくは、それくらい短く、しかしすべての結末が集約されている言葉だったんだろう。だからこそ、何にもまして恐れるべき死の宣告。


オレは直後の顔色を失った本須賀の姿を思い出した。

そして、おそらくはアスタロトさんの予見の通りに、本須賀は死んだ。


「あの女は我が強すぎなんだよ。日本の神がどんな性質なのかは情報不足すぎてわからんが、神にせよ悪魔にせよ簡単に扱おうなんて傲慢甚だしい」

「お前の口から傲慢とか」

「粉骨砕身で、バケーションを一時中断しているオレに言うことじゃない」


粉骨砕身でおでかけ自粛ってどれだけ出かけたいんだよお前は。

とはいえ、天使がこう何度も来ると以前のように大阪行ってましただの熱海行ってましただのいう場合ではないので、やっていることはごくまともだ。


「我が強い……そういえば、神社に鏡が祀られている理由ってそういうの聞いたことあるな」

「鏡? あんま神社とか行かないけどそういえば神社の正面にあるところ、けっこうあるよな」

「諸説あるが今の流れだと自らを映すもの、という説だな」


知識の悪魔はそれくらいは知っていたらしい。大きな神社は大体、お詣りする「拝殿」が手前にあって、その中をよく見ると鏡が祀られている。あまり疑問に思ったことがないが、わき役ではなく主役格中央に鎮座しているその意味はやはりあるのだろう。


「元々祭具として三種の神器が有名だろ? 剣、勾玉、鏡。このみっつ。鏡は太陽や依り代を示す説もあるが……」

「我を抜くと神になる。一回だけ聞いたこれが印象的だった」


忍が続けた。


「誰が神になるんだ?」

「それぞれが、じゃないかな。鏡、つまり『かがみ』……ひらがなにして真ん中を抜いて」

「『か み』になる。ホントだ!」


こういうの日本人て凄いよな。江戸の看板とかもだけど言葉遊びというか、これは遊びの域を超えてそうだが、たった一文字の扱いを謎かけのようにして、意味を持たせる。

言われなければ大体気づかない、というものが身近な場所にいかに仕込まれているかがわかる話だ。


「鏡に映る自分、その中から我を抜くこと。そうするとそこに映っているのは神を宿した自分である、みたいな感じ?」

「ご神体は」

「この国の信仰は本来そんなに厳密な線引きがないからね。この場合の神っていうのは仰々しいものではなく、誰の中にもあるそういう部分を戒めたり、尊重したりする意味だろう?」


海外では意思がはっきりしないだの分かりづらいだの言われがちなこともあるが、日本人が道理でつつましい割に芯が通っていたかは、そういうところにもあるのかもしれない。

特定の存在を敬うのではなく、自分の中に、大切にすべきものがあることも教えてくれるような……


説法を受けているわけではないので、明日には忘れてしまうかもしれないが。

何となく聞きながら懐が広い文化には変わりないなーとは思う。


「本須賀葉月、あの子は我が強すぎた」


そして戻り、進む。その先へ。


「そして文字通り、自らに神を宿すこともなく、鏡に映った自分だけを見続けた結果、誰かが助ける術もなく、死んでいった」


アスタロトさんの声のトーンが落ちた。

スサノオを宿すこともなく、自分だけを見続けた結果……


他のどこの国でもなく、この国で流布されることもなく静かに語りつづけられていた言葉。

そんなことも知らないオレにしてみれば、気味の悪いくらいそれらが繋がった瞬間だった。

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