待ち人の合間に(2)
「私はハイスペックできれいな方が好きだけど……はい、できた」
宮古の後頭部に編み込みが完成した。
「これは……アート!」
「ていうか、お前なんでそんなことできんの? 自称は器用でない人だよな」
「昔は私も長かったんだ」
!
衝撃の発言。
こいつに女らしい時があったのか!
いや、別に男っぽいわけでもないけど。髪の長さだけで決めていい話じゃないけど。
失恋して長い髪を切った? ……そんなことあるわけないか。
バックグラウンドでありそうでなさそうな設定が発動するのかと考えていると空気で察したのかちらと見てきた。
特に咎められることもない。
それ自体が、こだわりのない証拠だろう。
「小学生の時は自分で結わいたりしてたから。中学あたりから面倒になってやめたけど」
そっかー。宮古は小学生の女子レベルかぁ~
あと、面倒になってやめた。あたりは既に今の地盤ができ始めているのだろうと妙に納得した。
「編み込みなら邪魔にならないし、見た目きれいだよ。スイーツと電化製品は見た目と機能性を兼ねていないと」
すっごいわかりやすい例えだけど、そこは同列に並べていい場所なのか?
商品棚に正座で並ぶ宮古の和服姿がなぜか、脳裏をかすめた。
「みやちゃん、みつあみ系はちょっと寝かすと品のあるゆるゆるウェーブになるから」
小学生レベル。
そしてそれは、貧乏パーマともいう。
後からそれは聞くことになる。
「そうか! さすがに床屋に行ってパーマを頼むのは勇気がいると思っていたのだ……イメチェンをしたくなったら挑戦することにしよう」
あんたのイメージもうわからないから。
髪型だけイメージ定着しないから。
あと、床屋でパーマって。
勇気もおかしなところで無駄遣いしてない?
ツッコミどころが多すぎてどこからつっこんだらいいのかわからない。
「時間を取らせてすまなかったな。今日は私がおごろう。……おまえの分は奢らんぞ」
「……」
司さん、カップを口元に運んだまま、完全に無視。
切り替え力の凄い人だ。
「今日はしーちゃんを見かけて来たまでだ。お前の強さなどすぐに追い抜いて見せる!」
宣戦布告だけして宮古は去っていった。
前回聞いたような下りより、編み込みの後ろ姿のインパクトが強すぎる。
そして人は免疫がついていくのか。
「結局、内規でも取り締まらなかったんですね」
前回は長髪ストレートなんて戦闘中に邪魔以外の何者でもないだろうという危険な設定であることが発覚したので、あぁいう輩を排出しないために司さんからそれくらい提案されるかと思っていた。
「その内、毛根から死滅していなくなるだろうから問題ない」
司さん、その言い方。
司さんは境界線を越えてくる相手には容赦ない。
その上、前回の一件(諜報部員ツインテ事件)で、常識というボーダーラインを越えて行ってしまった相手に、遠慮もなくなったらしい。
明らかに今日の態度の方が容赦ないのは火を見るよりも明らかだった。
* * *
ほどなくして。
「あんなにつっかかってくるなんて……嫌なことを承知で聞きますけど、司さんと宮古の強さってどれくらい差があるんですか」
「さぁ」
興味はなさそうだ。
強いから興味がないというより、人間として関わり合いになりたくなんだろう。
良識人は大変だ。
「情報部所管のデータによれば、私と秋葉、一般官が0.5㎝だとすると宮古さんは2~4㎝、司くんは5~6㎝っていうところかな」
単位。
「数値化はわかりやすいけどなんでセンチメートルなんだよ」
「なお、一般神魔の方々は国内本気モードで10cm」
前屈か何かなの?
さっぱりわからないので、わかったことだけ聞いてみた。
「今の計算で行くと、司さん一人でも抑えられない計算じゃないか?」
「それ以前に俺一人で抑えられたら俺がむしろ人外だろ。神魔といっても幅がありすぎて比較にならないし、抑制のためにルールがあるんじゃないか」
そっか。
今、この国には至る所に仕掛けが施されている。
国内本気モードと言ったのはそのことだ。
神魔が暴れだしてもうっかり町がふっとぶ状況は予め想定の上、回避策がめぐらされている。
つまり、制御がそれなりにかかった状態で10㎝……
「って、センチメートルの意味わかんねーよ!」
「100倍にして考えたら?」
オレたちが50㎝、司さんが500㎝、神魔の方々10m。
「……待て。幅跳びか何かか?」
「秋葉、50㎝しか飛べないってどれだけ運動不足? 私でも3mは飛べるよ」
「3m飛べたら宮古とお前が同じレベルになるだろ! どんだけ強化されてるんだよ」
「宮古さんが3mしか幅跳び飛べない時点でそこは笑うところでは」
わけがわからなくなってきた。
この撹乱の仕方は忍の十八番だ。
……本人にしてみるとただの言葉遊びレベルのようだが。
「人間はともかく、神魔は計りきれない。比べても仕方がないと言ってるだろう」
司さんため息。
「よく冷静を保っていられますね」
「忍のそれについては、深く考えないのがやり過ごすコツだ」
呆れている。
つきあいはオレの方が長いはずだが……
と、毎回、割と疑問だったこの対応については、歌舞伎町の一件でなんとなくわかった気がしないでもない。
「それにしても、宮古さんは司くんをライバル視するっていうか、興味の方向がすっかり髪型に行っちゃってるみたいだね」
「本人が個性の確立がどうとか言い切ったんだからいいんじゃね?」
おかげで当分、司さんが付きまとわれることはないだろう。
そう考えるとグッジョブだ。
「髪を結うのがうまいというのは意外だったな」
今頃、オレは感想を述べた。
「編むのは嫌いじゃないよ。手芸は興味ないけど、クローバーをどこまで長く編めるのかとか黙々とできるのは好き」
編み物違うだろそれ。
「この間、清明さんに会った時に、なんとなく見てたらそんな話になって、ちょっと編ませてもらった」
「どういう流れ!? ていうか清明さん編んだの!? お前、あの人どういう人だか知ってんの!!?」
オレは驚愕した。
清明さんというのは……
「皇室直属の術士でしょ? 恰好は陰陽師っぽいよね。名前も偽名だって。安倍晴明から取ったんだろうね」
「そこまで知ってて何してくれてんの」
そんなわけで、滅多にお目にかかれる人でもない。
2年前。
神魔と接触した自分が初めて、皇居内に連行されそこで会ったのが、その人でもある。
その隣には旧警視庁……現在の護所局長でもあるその長官もいた。
日本はあの時、天使によって滅ぼされようとしていた。
それから世が世となって、陰陽師だとか巫女だとか、それまで陰にいた術士の存在が現在では明らかになり、重要な組織となっている。
その重要なポジションの、更に宮中へ出入りする、要人中の要人と思われる清明さんなわけだが……
「……」
さすがにこれには司さんも素で閉口している。
「清明さんは宮古さんみたいにすごく長いわけじゃないから、ちょっとだよ」
「ちょっとだからいいとかそういう問題じゃないの。周りとか周りとか周りとか大丈夫だったわけ?」
「仕事中じゃなくて移動前だったし、先にバスに乗ってた人たちぎょっとしてて、清明さんも楽しそうだった」
そうだった。
あの人、常日頃、魑魅魍魎の世界に接しているせいか懐が深い。
「そう考えると今日の出来事はデジャブだなぁ」
「どこら辺が」
「待ち時間に人の髪、編むとこが」
そんなデジャブは何の意味もない。
一杯のコーヒーが飲み終わる頃、待ち人はやってきた。
宮古さん再登場。そして名前だけ割と重要な清明さんの存在ちらり。
宮古はポッと出キャラなので、前回アンケートなどから要望がない限りは、そう登場しないと思います。多分(すでにおひとり様、出てますが)。




