7.待ち伏せ
容赦なく巻き添えを食って気絶しているボディガードを超えて、追うことにする。
「……すでにもぬけの殻だな」
通路の先からダンタリオンの声が聞こえてきた。
その先は、がらんとした広間だった。
けれど、床には見覚えのある紋様が描かれている。
見覚えがあると言っても、召喚陣として、というだけであって、厳密に模様が同じというわけではない。
「なんだよ、お前ら着いてきちゃったの?」
「!」
前方を注視していた司さんが視線だけで振り返ってくる。
「あー、つい……でも、危険なものはなさそうですね」
「ここで召喚かけてあっちに流してた感じだな。逃げられるのも早かったな」
そういいながら、片手を前に出す。
軽い手つきだったが、一瞬間をおいて、召喚陣は床ごと爆発した。
「残念だったな、ツカサ。一網打尽にするには役者が足りないみたいで」
「……」
時間稼ぎが予想以上にかかってしまったので、仕方ないだろう。
司さんはため息をつくと、踵を返した。
そしてオレたちを見る。
「……二人とも、怪我は……なさそうだな」
「いや、オレたちより司さんの方が……お前、ガチで司さんに襲い掛かってただろ!」
「あー? 半端なことやってたらショーにならないだろうが。霊装つきだし、別に問題ないよなー、ツカサ」
「…………」
多分、襲われたことというより、ここに何もなかったことより、
そもそも、この事態を引き起こした張本人に言われてもそりゃ面白くないだろう。
敢えて無視して、元の道を戻り始める。
「余計な戦闘をしないで済んだのは幸いだったかもしれないけど……」
思い出したように、部屋を一通り記録していた忍が少し遅れてついてくる。
「……うん、そうだな。お前たち、ついてきてて正解だったかもな」
「?」
闘技場があったフロアに戻る。
その通路の前でオレたちは、見てはならないものを見てしまった気分になった。
「えげつないな、殺る気満々かよ」
結界内であった場所には召喚陣がいくつも書き加えられ、そこから無数の有象無象が湧きだしている。
肉体を持ったデーモンもいれば、ゴースト、という状態に近いものもいる。
地下賭博場、その名前にはふさわしいが、オレからするとすでに現実感がゼロな光景だった。
「どうするよ」
「制圧するに決まってるだろう」
「後ろの二人は?」
「……」
そうか、ここは通路だからオレたちがここにいるとここから離れられなくなる。
どうする……?
「選べよ。ここを背にして戦うか、それとも中央に切り込むか」
外見はいつもと違うダンタリオンが、口の端を吊り上げていつもと同じような笑みを浮かべた。
「ど真ん中でやる気なら、オレが結界張ってやるよ」
「お前、そんなことできんの?」
「結界っていうかまぁテリトリーみたいなもんだな。下級は入れないから、ここで持久戦になるよりマシだと思うぜ」
その代わり、オレと忍はあのデーモンやゴーストのど真ん中で動けなくなるだろう。
気分的には周りが壁の方がずっと楽だ。
忍の方を見る。
「相手が本気でこっちを消すつもりなら、持久戦になったら不利になる。……怖かったら両目塞いでしゃがんでるから」
それ、むしろオレの未来の姿。
しかし、足かせになってしまうより、そちらの方が遥かにましだ。
忍はオレに応えてから、司さんにそう言った。
オレも司さんを見て、同意を示す。
「わかった。俺が先に行く。公爵、二人を頼みます」
決めると、とっ、と二歩目からトップスピードでデーモンの群れに斬りこんでいく。
見た感じからして、簡単には怪我はしなそうだが、数が多すぎる。
「まぁ、向こうでやるか、こっちでやるかの違いだからな。いいだろ」
それを眺めてから、ダンタリオンは振り返った。
「いいか、ふたりとも。オレは、……というかツカサもだと思うが、召喚陣から壊していく。でないと無尽蔵に出てきそうだからな。中央付近に入れば守りやすいからそこまでとりあえず行くぞ」
と言われて
オレと忍は美女に、小脇で抱えられることになる。
「ちょっ、これはどういう!!」
「お前、自力で走るのとこっち、どっちが早いと思ってんだ」
「おわぁ!」
さすが悪魔。見た目以上の怪力だ。
いや、今、美女な見た目だから余計違和感なんだけど。
襲い掛かってくる下級の攻撃をかわすと、言っていた中央の辺りにオレたちを下ろした。
ブン、と音がして、薄く水色に発光する円が囲むように現れる。
「わかりやすくしてやるから、そこから出るんじゃねーぞ」
そう言って、自分も暴れに行ってしまった。
「うわっ!」
いかにも悪霊といった半透明な何かが数体襲ってきたが、中空でバチリと音を立ててはじかれる。
テリトリーとやらはしっかり効いているらしい。
「壁が見えないから、心臓に悪いな」
「そこは信じるしかないでしょう。秋葉も記録取っておいてください」
「お前、なんでそんなことしてんの?」
いや、意味はあるのは知ってる。
けれど、呆れてしまう冷静さというか、この状態でそれはないだろうとさすがに思う。
忍は、片膝をついてムービーモードで記録を開始していた。
「ほかにすることがないから」
「いや、確かにないけどさ……」
「言い方を変えようか。他に出来ることがある?」
「!」
そうだ、突っ立ってても仕方ないんだ。
できることはない。
それくらいしか。
それは、突っ立てるよりよっぽどした方がマシなことだ。
オレは再び周りに視線をめぐらせている忍を見ながら、預かっていた端末を取り出す。
「それからね」
その横で忍が前を見ながら言った。
「この中にいるなら、悲鳴は上げない方がいい。公爵はともかく、司くんの気が逸れる」
そうか、安否を気にしてるオレが悲鳴を上げたら、絶対振り向くもんな。
致命的だ。
オレは反省する。
「わかった。オレも記録するから」
少し冷静になって周りを見ると、召喚をかけているだろう人間も3人ほど遠くにいるのが見えた。
あそこまで行ければいいのだろうが、数が多すぎるのか、ダンタリオンも司さんも召喚陣を破壊することを優先しているようだ。
数が減れば、糸口は見える。
しかし、そうして周りと眺めているとオレは気づいた。
破壊した場所とは違う場所に、召喚陣が新しくできていることに。
「忍、召喚陣が……」
「増えてる。あの3人のうちの一人がそういう役なのか、召喚したデーモンに作らせてるのかわからないけど」
さすがに、これには忍からも切迫したような声が返ってきた。
ひたすら下級をさばいていたダンタリオンが、近くに戻ってくる。
「これ、やばいかもしれないぞ」
「!?」
結界のすぐ近くで背中を見せながら、言った。
相変わらず口元に笑みは浮かんでいるが、目は笑っていない。
「あいつら、網を抜けてきただけに、制御かかってねーんだ。それに、数が多すぎる」
ダンタリオンは他の神魔同様に、制限をうけている。
それはつまり、戦力差を数で埋められる可能性があるということだ。
そして、相手の数は無尽蔵に増え初めている。
「お前、魔界の公爵だろ!? 雑魚ごときに何言ってるんだよ!」
「あぁ、オレはまだ余裕で行けるな。けど司はどうかな」
「……!」
司さんの方を見る。ほとんど反対側で、襲ってくるデーモンを斬り捨てて、隙を見ては召喚陣を破壊している。が、直後には襲撃を受け、反撃に入っている。
相手の数が多く、体勢を立て直す暇すらない状態に見えた。
体力的に余裕があったとしても、あれではまずいのは俺でもわかる。
「司が倒れたらオレ一人で、ってのも無理があるな。お前たちもいるし」
「公爵、共闘した方がいいんじゃないですか」
「……まさか人間と共闘なんて思ってもみなかったが、それが一番早そうなんだよな」
戦力的にはそれぞれ潰した方が早いと二人とも思っていたのだろう。
実際、初めのうちは召喚陣を壊す速度は、それぞれで動いていた方が早かった。
しかし、それが増え始めている相手のせいで、動きが阻まれる。
「……司さん!」
悪魔の爪がかすめたのか、左のわき腹に出血が始まっているのが見えた。
「公爵」
「わかってるよ!」
これ以上は単独行動は無理と判断を下して、ダンタリオンが司さんの方へ駆ける。
襲い来るデーモンやゴーストを払いのけながら。
その時だった。
バァン!!という音ともに、閉められていたメインの大扉が大破した。
「!?」
一瞬、注目がそちらに集まる。
ダンタリオンと、司さん、それから三人の召喚士たちのそれが。
オレはそこに、巨大な狼の姿を見た。
活動報告&専用ブログにキャラデザ(案)の投下始めました。
ビジュアル平気な方はぜひご覧ください。