3.駆け引き
「二人とも」
そして外に出た後は盛大なため息が待っていた。
「どうしてこんなところについてきたんだ」
「いや、ついてきたというか連れてこられたというか」
「私は罠にかかったような状態だよ」
そうだな、連れてこられたわけでも招待されたわけでもないな。誘導されただけで。
そういった意味では司さんも暗に「連れてこられた」内の一人になるだろう。
「あいつ、司さんまでどういう意味で……」
「潰してほしいんだろう」
「へ」
「俺に見せることで事を起こしたいんだな。……忍、悪いが情報をあたってくれるか」
「いや、そんなことしたら司さんの立場が」
「そうだな、安い正義感でどうこうしたいとは思わない。情報を見てから判断する」
「……」
忍は答えなかった。
こんな時は一も二もなく協力する人間が、おかしな反応だ。
聞くしかないだろう。
「どうしたんだ?」
「どう考えても組織で動くとまずいんじゃないの?」
忍は司さんに聞いた。
「あぁ、だから情報を流してくれと言っている」
……ダンタリオン、どこかで聞いてるか。
お前の思うほどどころかこの人、即座に柔軟対応しようとしてるぞ。
それがあいつの思惑どおりなのかはわからない。
「……」
また沈黙。
今度は自分から聞いた。
「仮に探せたとしても全部は流せない。何を流すかは私が判断する。もしくは流す報酬として、私に隠し事はしないこと。どっちがいい?」
「……」
今度は司さんが黙した。
というか、これって結構やばい話だよな。
組織の枠を超えたところでの会話、にしか聞こえない。
「後者だ。必要なものが見えないのは困る」
司さんははっきりと理由も明示して、それを選んだ。
* * *
「最後の情報を渡す前に、もう一つ条件がある」
忍の行動は早かった。
数日後の外交勤務。
定番になってきた三人で顔を合わせると帰りがけにそんな話になる。
すでに情報交換が行われていたことは『最後の』という言葉で容易に想像できた。
「これから情報提供を受ける人のところに行きたいと思う。私がその人と先に話す。話し終わるまで司くんは口を開かないこと」
あんな場所を見た後だから、なんとなく今日はピりついているようにも感じたが、忍のその口調でそれが確定になった。
相当のところまで来ていそうだ。
司さんは、少し考えてから了承する。
わざわざ口を開くなと言うことは、司さんが望んでいない場所に行くつもりなんだろう。
オレにも声が掛けられた。理由はもちろんちゃんとある。
了承の元、告げられた行き先はダンタリオンの大使館だった。
「こっちから用があって行くのは珍しいよな。急に行って大丈夫なのか?」
すでにアポは取っている、と短く返ってくる。
突然提案したのは、司さんに選択の隙を与えないためだろうか。
訪問の目的地がそこと知って司さんは渋ったが、想定内でもあったのか何も言わない。
「最後は公爵に聞くのが一番確実だという結論にたどり着いた。情報はデジタルベースだけじゃないんだ」
忍がオレに声をかけてきたのは外交目的での訪問の名目を立てるためもある。
それから自由に出入りできるパスも持っているので。
結局、今回は誰がどう巻き込まれたのかわからないのでできる限り協力することにする。
間違いないのは、司さんが一番危ない位置にいて、なおかつ確実に『巻き込まれた』ということだけだ。
さすがに逃げていられないというか、そんな場合じゃない気がする。
「公爵、公爵のせいで司くんが単独で動きそうです。どうしてくれますか」
ダンタリオンと顔を合わせるなり、忍は開口一番そう言った。
「本人がいるのによく言うな」
ダンタリオンから呆れたような声が返ってきたが、司さんは黙ったままだ。
まだ日もそれほど経っていないため、すぐに何の話か理解したらしい。
説明もなく、話が進みだす。
今日はオレは名目上なので、話は忍に任せて状況の把握に努めることにする。
「私は単独で動いてほしくない。かといって、組織で動けば隊員に『人的被害』が及ぶかもしれない。彼はそう考えている」
「なるほど、それは悪魔より厄介な悪魔だな」
肩書という名の権力を実力と履き違えている上の人間のことだ。
「それにしてもオレの『せい』か。何か望みでも」
その後の成り行きを知らないダンタリオンは、わざとらしく聞いてくる。
「当然でしょう。全面協力を望みます」
すかさず返されると、ふむ。と面白そうな顔をして考え始めた。
口の端に笑みが浮かんでいる。
何も面白い事態ではない。
「忍、俺はそこまで求めては……」
「司くん、情報提供の最後の条件は?」
口を開かないこと。
それを思い出して司さんは歯噛みをするように黙った。
『全面協力』。
情報を確認するとは聞いたが、こう出るとは思わなかったのだろう。
大体忍は予想の斜め上を行く。
協力というのは当然、情報提供以外の意味を示唆していた。
「オレを巻き込むのか?」
「まさか。司くんがオフの時に『たまたま公爵と一緒に賭場を見つけてしまった』のが始まりでしょう? 単刀直入に言います。暴れてください」
いつもと違って、口調が鋭い。
あまり見られない光景だが、本来的にはこういうところがあるのをオレは知っていた。
遊びを取ってしまうとこうなる。
本当に、滅多にないことだったが。
「民衆の為。親日の俺が違法賭場で暴れる。大使のオレはいいが司、お前はどんな処遇が下されるかわからないぞ?」
さすがに話しかければ口を開かざるを得ない。
司さんも答える。
「たまたま暴れている公爵の話を聞きつけたら、俺はオフの日でも確認せざるを得ないでしょうね」
忍の言の端がひっかかったのか、そう言った。
「忍の言うように『たまたま』参戦したところで大した処遇はくだらないでしょう。自分にそのつもりはありませんでしたが」
これが、今即興で行われている会話だろうか。
打合せをしていたわけではないのに、その意図を把握したようだ。
ますます面白いというように笑みを浮かべながらダンタリオン。
魔界の貴族……それも上級になるほどこういった取引を楽しむのだと、以前聞いたことがある。
「じゃあオレが行かない、と言ったら?」
「結果は変わらないでしょう。『たまたま』そんな賭場を見つけたら確認に入るでしょうし、騒ぎに巻き込まれたら制圧しようとは思いますが」
……。
沈黙があった。
「くっくく、ははは! お前は思っていたより頭が柔らかいな。とんだ失礼をしたよ」
遂に声を上げて笑い出す。
そして、非礼を詫びた。2年の付き合いがあるが、ダンタリオンの口からきく初めて聞く言葉だ。
「確かにそんな違法賭場があったら、それを潰したやつに恩賞はあっても罰はない」
罰を与えるということは関与を認めたことになるからだろう。
いよいよ面白いことになったとばかりの顔で、ダンタリオンは続ける。
「だが、理由なんていくらでもつけられる。例えば行きすぎやら連携不足やらな」
オレ的にはそろそろこの空気は限界だ。
こんなふうに追い込むようなことを言われたら、普通は折れるだろう。
司さんはもう決めていたからか、怯まない。
「いくらでも言い訳できるでしょうが、降格されても俺は構いませんよ」
「……本当にそう思ってるか?」
確認、だろうか。
忍も黙ってそのやりとりを聞いていた。
「元々権力欲しさにこの世界に飛び込んだわけじゃない。一番下に落とされても、持っているものは変わらない。犬として媚を売るくらいなら、いっそ駒として手放してくれた方がマシというものです」
そういう意味では。
司さんの力は大きい。
あんな汚いことに関与している人間は一部であろうし、そもそも戦力として手放すことに反対する人間も多いだろう。
特殊部隊のメンバーを一人、自立させるには組織側にもそれなりの時間と労力がかかる。
司さんは保身は考えていないようだが、どこまでかはわからないにせよ、それらは司さんが今まで積み上げたものが守ってくれるんじゃないかとオレは思う。
「公爵、二対八の法則って知ってますか」
意思の確認ができたところで、忍が声を上げた。