2.三人目の招待者
迷惑と言ってやれ。
「私もあんまりこういうところは……」
うん、普通に男臭いし賭場の熱気が、この万年涼しそうな顔をしている空気とまったくマッチングしていない。
「下層は貴族層もいるからもっと品のある感じだけどな」
「人殺しで品があるってどういうことだよ! 帰る!」
「一人で帰れるかぁ? お前みたいないかにもふつーな奴がうろついてたら絡まれるだろうな」
「……もうちょっといる」
小賢しいところをついてくる。
諦めて、出るまで静かにしていよう。
周りの騒がしさを嫌って、忍が一度外に出ようと誘う。
外と言っても、休憩所のようなところだ。
人気はほとんどなかった。
「社会見学にしても、一生見なくてもいい場所だね」
忍の率直な感想。
「社会見学だと思って呼んだんだけど、駄目か」
ダメだろ。
しかし、なぜこの面子……オレははっと気づいてしまう。その可能性に。
「……まさかと思うけど、司さんとか呼んでないよな」
「あー、さすがにおまわりさんだからやばいだろ。それにこれみつけたら仕事スイッチONになりそうだし」
そうだな、正義感を振りかざすタイプではないけど責任感はしっかりあるからな。
なんとなくほっとする。
いや、取り締まってほしいけども。
「それにここは違法だけじゃなくて、お前さんらのはるか上の奴らも絡んでる。だからお前たちの上も黙認だろ? そこを潰したら逆に潰されるからな」
「ちょ、何それ! 黒いんですけど!」
「だからこそ面白いんじゃないか」
くっくっくっとダンタリオン。……悪魔だ。
「じゃあ司さんもここのことを知って……?」
「いいや? 特殊部隊自体がおとなしく見過ごすタイプには見えないし、ツカサも知ったところでスルーできるほど頭柔らかくなさそうだ。オレもそっち方面の面倒ごとはごめんだな」
「……司くんは公爵が思っているほど頭固くないと思うけど」
スルーできるかというとそれもどうかと思うので、話は堂々巡りになりそうなところでやめる。
「お前たちはふらふらしてるからなー 大丈夫かなって」
「秋葉と一緒にしないでください」
「光の速さで否定するとこそこかよ!」
言うものの、それに反論はなく忍はオレ経由でダンタリオンに視線を向けた。
「上がつながっているか…人間の闇の方が、見えない分、悪魔より怖い」
「わかってるねぇ」
くくっ
悪い笑みだ。
「できたのは1年くらい前だ。神魔と人間の関係が安定した頃でもあるな」
「お前、ここが出来た時から知って……というか、まさか関与して!?」
「そうじゃないんだが、面白くないところがひとつある」
「?」
そこで初めて、ダンタリオンは笑みを消した。
「さすがに人間同士で殺し合いさせるわけにいかないから、下層は下級デーモンを呼び出して戦わせてるみたいでな」
「みたいって、入ったことないのか?」
「オレみたいな有名人は入れないの。仮にも親善大使だし」
だから今日は軽くイメチェンしてんだな。
ダンタリオンは黒髪なので、ぱっと見は長身イケメンの日本人だ。
この場所で、イケメンに興味を示すような奴はいない。
「……公爵は確か、老若男女に姿を変える能力持ってますよね」
「! そうか、必要ないから忘れるところだった」
「ところじゃねーよ。忘れてんだろ」
そういわれると、最初の能力確認でそんなデータを見た気がするが、この2年間この姿しか見たことがない。
特に問題がないから、本人にも今の姿が定着していたんだろう。
「結界の網くぐって人間が小物召喚かけてるとか、面白くねーわな。そこは人間同士とかせめて片方人間でやってほしいけど、霊装でもつけてないと本気でやばいだろうし、そんなの持ってるのツカサたちくらいだし………世の中矛盾で出来ているな」
半分くらい、独白になっている。
しかし内容は、恐るべきものだ。
由々しき事態、というかもう人間の問題の域を超えている。
「そんなの矛盾に入らねーよ、ふつうに違法でデッドライン超えてる賭場だろ? ていうか、召喚てそんなことできんの?」
「この国にも召喚士って言葉は出回ってるだろ? ゲームとか漫画で」
こいつ、普通にそれやってそうだな。
意外とゲームに熱中している姿が目に浮かんだ。
「デーモンの召喚かけてるやつはネクロマンサーって言うんだが……召喚士とは別だ。世の中そんなにバンバン上級召喚できる奴はいねーんだよ。ちなみにソロモンは召喚士で、ネクロマンサーはそこから派生した連中だな」
「全然別ものなイメージだけど……」
「日本じゃネクロマンサーは俗に死霊使いみたいな扱いです」
あくまで一般的なイメージの問題。
いろいろが捻じ曲げられて伝わっているから、源流をたどるのは難しい。
「そうだったな。死霊と下級悪魔の区別がそんなもんでもオレ的にはあんまり問題ない」
あまり知らなくてもいい知識なので流す。
「それで? その下級デーモン同士を戦わせている場所までその二人を連れて行く気ですか、公爵」
「!」
ひと気がないのに、まったく気付かなかった。
いつのまにか後ろに立っていた司さんは、腕を組んで表情を消したようにダンタリオンを見ていた。
「司さん!? どうしてここが……! ……というか、服」
私服だ。ということは、今日はオフなんだろう。
だとするとますます司さんがここへ来る理由が見当たらない。
「詰所前に謎の紙片が落ちていて」
ぴら、と手にしたものはダンタリオンから忍にあてたものだった。
「あ、それ最初に普通に忍に出したやつだわ。お前、中身確認してわざわざ来たの?」
「封筒には入っていなかった。まるで中身を見てくれと言わんばかりに」
それを聞いて、にやりとダンタリオン。
本日最大の嫌な予感だ。
「司くん、これは……」
「賭場だろ、違法の」
一目見ればわかる、と司さん。視線が通路の奥に注がれる。
下層の話はしっかり聞かれていたので、上層もそうだと容易に分かる。
「もっとも、さすがに『こういう仕事』はしないから現場に入ったのは初めてだが……」
まずはこういうところは監察を通して様子を見るのが定石だろう。いきなり踏み入るような真似はさすがにしない。
人間だけの所業なら、まして特殊部隊の管轄ではない。
今まさに、神魔……というか低級魔がかかわっていることは知ってしまったが。
「ほぅ、いきなり取り締まるとか連絡をつけるとかじゃないんだな」
「あいにくオフなんだ。それに、こんなところに大勢集まるこんなものがあって、上が知らないわけがない」
聞いていたのは、デーモンの話の辺りからか。
複雑な事情も鑑みている。
かといって看過できそうかと言えば……正直、不快そうだ。
「とにかく、秋葉と忍はこんなところに足を踏み入れていい人間じゃない。連れ帰らせてもらう」
「オフじゃなかったのか?」
「事件性が高いと公私混同もしなければなんですよ、公爵閣下」
急に敬語になったことに違和感を覚える。
その前が敬語でなかったことの方に違和感があっていいはずなのに、今日はなぜだか言葉遣いと司さんの雰囲気が反比例して見える。
司さんとダンタリオンの視線がぶつかる。間があった。
「それで? この後はどう出るつもりなんだ?」
「さぁ。特段の事情がない限りは手を出すなということでしょうが……場合によりますね」
にやにやとするダンタリオンに若干鋭さを消して司さんは忍の腕をつかんだ。
「行くぞ」
雰囲気でわかるのか、その場にそぐわない人間3人が外に出るまで、すれ違う誰も手を出しては来なかった。