3.繋がる欠片たち(2) ー共有
「エシェルはね、天使だよ」
「!」
清明さんは「人間ではない」とは言ったが、そうは言わなかった。
だから、その単刀直入な言葉に、司さんが驚くのは無理はなかった。
けれど、すぐに理解しただろう。
つまり「聞けば立場的に複雑になる」といった理由をだ。
「オレたちも知ったのは偶然です」
そこで、ようやくオレも口を開けた。
弁解、ではないが話しておくべきことは話しておかないと。
さんざん、秘密にしてきたのだ。この際、洗いざらい吐いてしまおう、という気持ちも否定できない。
「そういえばもう一人、知ってる奴がいたな」
「あぁ、公爵ね」
「!?」
これには、さらに驚く司さん、それから清明さんも。
ダンタリオンとエシェルが接触した記録はない。
公的な記録も、情報も行ってはいなかっただろう。
「君は、必要なら『式』を館内に仕込んで、それを見ることもできたろう。なぜ憶測のまま放っておいた?」
これはエシェルだ。
突然の疑問がわいたらしい。答えは簡単だった。
「僕は友人の家を覗き見る趣味はないよ。息抜きができる場所をわざわざ踏み荒らしたいとは思わないだろう。……この国に住まう神魔のようだね」
思いついたようにそう付け足した。
彼らがこの国を守っているのは、元々がそういうところからも来ている。
言われてみれば、同じようなものなのかもしれない。
深くは追及しない。
一方で、エシェルは「友人」と言われたことに、わずかながらにも驚いたようだった。
「それで? ダンタリオン公爵がなぜ知っているんだい? 知っていながら黙認している理由は」
「それはたまたま彼が『フランス大使である』僕に会いに来たときに二人の方が居合わせた形だ。もちろん、彼は僕が天使であることをすぐに看破したよ。そして僕は、人の姿のまま殺されかけた」
「!」
驚きの応酬になる。
その言い方では驚くだろう。
殺されかけたにもかかわらず、黙認、というのも結局わからないだろうし、そこは復習の意味で一から説明だ。
「ここは最初の天使の襲撃に近い場所で、私と秋葉が何度か話していたので、公爵はその話を聞きに来たんです」
「オレたちは、その時はエシェルが天使だって知らなくて……神魔と会うのを嫌っているのは知っていたから、無理強いはしないで聞くことだけ聞いたら帰らせるつもりで……」
「つまり間に立ってくれたんだね?」
清明さんはそういうが、今思えば結果的に案内してしまったようなものだろう。
もし、オレたちが取り次がなければダンタリオンは門前払いを食っていたと思う。
エシェルはそういう意味で神魔との接触を避けていたのだから。
「話が長くなるな。ワインは飲めそうにないけど、お茶くらい入れよう」
話を任せて、エシェルが席を立つ。
司さんはそちらを気にかけたが、すでに知っている森さんが何事もないかのようにそれを手伝う姿を見て、すぐにこちらに意識を戻してきた。
続ける。
「でもエシェルの言った通りすぐにあいつ、天使だって見抜いて……正体を現せって」
「私も秋葉もエシェルが天使である姿は見たことがありません。だから実感がないというのが実際なのかもしれないけど」
それはあるな。
オレはこの間、ビルの屋上で天使と話すエシェルを見たが、それでもエシェルの姿は人間だったし、気配なんてものはそもそもわからない。
「エシェルが天使の姿を取らないのは、その時は神魔に気取られないため」
「閉ざされた国で、天使の気配なんて匂わせてみれば、捕まえてくれと言っているようなものだからね」
エシェル本人が、そういいながら背中を向けたままカップに紅茶を注いでいる。
ちゃんと聞くことは聞いているようだ。
「それで、公爵がエシェルを見逃した理由は」
「それは……オレと忍の顔を立てるって」
「……人の姿をした天使と悪魔の対峙する間に割って入ったのかい?」
エシェルは殺されかけたと言ったから、状況は大体想像できたんだろう。
言い方が正しいのかはわからないが、司さんもそれで大体わかった様子だ。
みなまで説明しなくてもいいだろう。
「そうです」
「普通に人間にしか見えないんで」
忍とオレが立て続ける。
「まぁ、それがまっとうな日本人らしい在り方ではあるね。たぶん、無茶ではあるけども」
よくわからないけど、あの時は必死だったから無茶だったのかもしれない。
というか、無茶をしたのは、いきなり魔法を使ってきたダンタリオンの方じゃないのか?
今更思う。
「見た目に惑わされるのは、人間の悪いところだ」
「一応、君はそれで救われたんだろう? そういう言い方をするのかい」
「いや、清明さんオレたちより付き合い長いんですよね。エシェルってそういう言い方しますよね」
「……そういえばそうだ。キミカズの方が抜けてたから、ちょっと失念していた」
「どういう意味だ」
話し方が若干似ているので、なんか怖い感じなんだが、清明さんは割と懲りない。意外なことにというか、キミカズの要素としては当然だったというべきか。
エシェルは最近大分、オレたちに軟化しているがもともと皮肉っぽいところがある。
頭がいいって大変だ。
「その人間の『悪いところ』で公爵は退いたんだよ、エシェル」
こっちにも、難しい人間がいる。
ともかくここまでの話は伝わったらしい。
司さんが黙っているのは特に、疑問点がないからだ。あれば聞いてくれる、と思いたい。
「で、エシェルはその後、素直にいろいろ話して聞かせてくれてますが」
素直なのか皮肉屋なのかわからない会話になって来た。
もうエシェルはこれ以上混線しないよう、黙り込んでいる。
「あ、第一波が来た時の一報も先に警告してくれたのは、私と秋葉じゃなくてエシェルです」
「『不知火の様子がおかしい』のあの時か」
それで対応が迅速化できたのは、清明さんも司さんも知っているのでどう思うかはそれぞれに任せる。
「忍、そこはいい。もっと他に大事なことができたから話すことにしたんだろう?」
今度はエシェルが話を進めるように促してきた。
かばわれているようで、複雑なのかもしれない。
実際そんなふうにオレたちは話をしてしまう。
……それ以前にこうしてみんな巻き込むことに決めたのは、エシェルが「ウリエルである」という情報をなんとかしたいためでもあるのだから、方向性は間違っていないとも思う。
長らく基礎的な黙秘事項だったそれを話し終わって、オレはエシェルに確認をする。
「エシェル、この間の屋上のこと……」
「忍に聞いた。話していいよ。……というか、僕にはそれを止める権限はない」
ティーカップをとっくに出し終えて再び腰を下ろしているエシェルは、いかようにも、とでも言いたそうだった。




