EP5.ゼロ世代(3)ー 「気付の一撃事件」はこうして起こった
「司さん、今日俺と組んでもらえませんか?」
そんなふうに白上に声をかけるやつが増えてきた。
白上が強いから、ではない。
そのやり方を、つまりは隼人が言った「切磋琢磨」というやつをするにふさわしい相手だと気づいたからだろう。
隼人は強い。実戦的にやりあうにはいい相手だが、白上は互いに自分の弱点をみつけたり得意な動きを教えあったりとフィードバックをよくしあう。
初めは「教えてもらう」ような気持ちで接していた奴らも、白上が奢る気配もなくむしろ自分の修正点を聞いてきたりする姿勢から、いつしか「お互いさま」になっていった。
そして、基礎訓練が終わるころには更に人数の絞られた俺たちは、「同期の仲間」になっていた。
「なぁ、司。今日は久々に組んで……」
「嫌だ」
「……何? お前相変わらず司に振られてんの?」
「橘、その言い方やめてくれ」
いつのまにか。
俺たちはふるいにかけられたその中で、「ザ・サード」などと呼ばれる人間になっていた。
誰かが冗談で言い始めたものが、今も冗談で続いている。
そんな程度の呼称だが、司はそういうものには入りたくない様子。
ちなみに大体、トップスリーが光栄なことにオレたち三人が入れ代わり立ち代わりという感じなのでそういわれるようになった。
司は評価制度の公開はやめてほしいと切望しているが、他の訓練生の士気を高める意味で、現在はさらし者と化していた。
「なんでだよ。オレだってたまには全力投球したい!」
「……お前の全力投球に付き合うと、全治一か月くらいの怪我をさせられて支障が出そうだから嫌なんだ」
「それってつまり、オレが勝つってこと?」
「……シミュレータの勝負ならしてもいい」
意外なことに。
司は負けず嫌いの片鱗を時々のぞかせる。
表立って、見せるわけではないが、地味に挑発されるのが嫌いだ。
嫌いなので、乗らずに別の方法でそのイラっと来た感じを発散する方向性にある気がする。
「あはは、また隼人さん司さんに捌かれてるんですか」
「それな、今俺が言ったばっかりなんだ」
「でも結局勝負ですか」
「シミュレータなら無難な方向だろ」
やられっぱなしなのが性に合わないのか、気絶をした人間を復帰させる俗称「気付の一撃」事件も有名だ。
それは講義直後の別の演習で起こった。
司がたまたま気絶をしてしまい、ろくに実技の講習も受けていない時点で隼人の奴は教わったばかりのそれを「実践」してしまったのだ。
止める間もなかった。
……結果、司は目を覚ましたが、うまくいくはずもなく。
殴りどころが悪くて地獄の苦しみを味わう羽目になった。
「なんだかんだいって、切磋琢磨してますねぇ」
「あれに限っては単に応酬というか、隼人が懲りない」
その後、隼人が気絶をした際に、司が珍しいくらいの勢いで手を挙げて「実験台」となったのはいうまでもない。
隼人曰く。
「あの一撃は、気付けじゃなくて、オレを殺そうとしていた」
そうされても仕方ないことをお前はしている。
まぁのど元過ぎれば、なのだが。
そんなことを何とはなしに思い出していると、隼人が振り返って声をかけてきた。
「よし、橘も参加な」
「なんで俺が」
「ザ・サードで勝負だ。負けたやつが昼食おごる」
学生かよ。
「そんな呼称を好んで使ってるのはお前くらいだ。ホントにやめろ」
まぁ俺たち、まだまだそういうのが許される年代だけだどな。
隼人のノリは高校生くらいに逆行することがあるのでさすがにそんな状況ではない。
対人の基礎訓練が終わると移行された、シミュレータは「天使」を相手にした実戦形式の最新システムだった。
現場さながらの雰囲気。天使の行動パターン。
そういうものが再現された仮想空間で、何度も対戦を繰り返す。
この辺りになると、理論だけでなく直感や経験も大きな成長のポイントとなるのでひたすらこれを繰り返し、実戦に有効な勘を体に覚えこませるような反復だ。
あまりいいこととは言えないが、隼人にとっては今やゲーム。
慣れてくると危機感がなくなることから、教官が痛覚も反応するようにレベルを上げる。
つまり、怪我をすればそれも現実さながらの痛みで伝わってくるということだ。
いきなりこれをやって重症を負い、恐怖に折れると大変なのでそこは、上官の調整次第だ。
現在残った候補生は21名。
俺たちは「卒業」を間近に全員がこの調整の保護をはずされていた。
「21-! 橘、いくつだ!?」
「18」
「やる気あんの?」
「司も18だぞ。お前、飛ばしすぎなんじゃないか?」
シミュレータの利用は自由だ。
訓練として割り当てられたときはその都度、チーム戦や単独撃破など課題が変わるが、今は討伐数を競っている。
時間で区切られているので、後半ばてると意味がない。
しかし、隼人の体力はおそらく司や俺より高いので、このままだと持っていかれるだろう。
「司、それ本気? オレこのまま、ぶっちぎっちゃうよ?」
「……」
挑発には乗らない。ある意味、マイペースだ。
「プリンスホテルのビュッフェがいいな。高級スイーツ食い放題のやつ」
そういえば、訓練初期は寝てばかりで食欲もほとんどない状態だった。
それはこいつも同じはずだが、いつからこんなに「普通」になったのだろう。
人間の慣れってすごいな。
確かにもうすぐ昼食だと、少し腹が空いてきたことを自覚する。
「浅井の討伐数が地味に19なんだが」
「俺、飛ばさなくても後半ばてるタイプなんであと落ちますよ」
そんなふうに、腕試しで自主参加してくるやつも多いわけで。
……最近は、この手の自主訓練はほとんど全員が参加している。
「白上ぇぇぇぇ! 20突破したぞ! 俺の勝ちだな!」
「……宮古、相変わらずうっさいな」
「お前の方がうるさいぞ。御岳隼人。後半は俺が抜いてトップだ!」
変人宮古進。
こいつはいうこともやることもある意味、ド派手なんだが、結構腕はよかったりする。
ただ、チームワークが……
今日は関係ないな。
ひたすら、落とす。
‐残り1分を切りました
シミュレータが終了までの時間を告げた。
「うしっ、今日は俺の勝……」
ドン!ドン!と、連続音がして足を止めた隼人がそちらを見て黙する。
司が凄まじい追い上げをしている。
「これ、お前の負けだろ。スイッチ入ってるぞ」
「……何で今日に限って、集中モードなんだよ。あと30秒じゃ無理だろあれ」
隼人もあきらめた。
もうゲームではなく、司は完全に討伐のみに集中している。
こうなると、誰も追いつけない。
というか、集中力のないゲームなんてしてる時点で、勝てるはずがない。
「浅井、司のスイッチを切るんだ! あと二体やられなければ俺が勝てる!」
「無理ですよ! あと二体なんてあの状態の司さんだと瞬殺……」
「白上ぇぇ! 貴様、俺の獲物を……」
あいつがいたな。
そうですね。
そんな感じでふつうに邪魔者になる存在もいるわけだが、集中討伐モードに移行している司にとっては、ただの障害物だ。
ダン。
司は下から邪魔をしようとした宮古を足場にして一気に上空の天使二体を斬り捨てた。
‐終了です
ビープ音が鳴って、辺りの映像が現実の何もない空間に切り替わった。
建物を模した白いただの足場だけが立体的にそびえていたが、これもランダムに配置が変わる。
床に格納されるとただ、漠然とした白い空間だけが残った。
「……負けた」
「黙ってればいいだろ。お前と違って昼食せびりに来たりしないぞ」
「普通に訓練モードでしたからね」
いい汗かいた、くらいの笑いで討伐数をそれぞれ競い合って報告しあっている面々。
みんなよく適応したものだ。
相変わらず、訓練初期の地獄の山場については思い出したくないので、ひたすら今を見ているといった感じでもあるが。
「このランキング感がまた……ゲームっぽいんだよな」
「お前らよぉくいままで耐えてきたなぁ」
「!」
シミュレーションエリアの扉が開いて、白い服がこれほど似合わない人がいるのかというほど、サングラスの似合うおっさんが入ってきた。
護所局局長、近藤和だ。
「ここまでくればもう実働してもいいだろう」
「!」
「局長、期限はあと2週間ありますが……」
「明日だ。明日最終適応試験をしろぃ」
しろと言われても。
現在、このエリアは自由解放されているので、教官はいない。
「ま、試験なんてもういらねぇみたいだけどな。無事にクリアできたやつは叙々苑で焼肉パーティさせてやる。とびきりのプランでな」
「マジで!」
「やったー!!!」
この人、こういう時は男前なんだよな。
そして、ここには若い男がほぼほぼ99%を占めているので、盛り上がる。
成長期の男(大体みんな過ぎてる)は、食欲旺盛だ。
かくして……
「試験は五日後です」
「うん、まぁ用意間に合わないだろうし、こっちも調整したいからありだよな」
大分、猶予ができたものの、繰り上がってその後、「18名」は特殊部隊、のちのゼロ世代として実働を開始することになる。
減ってるよ、人数減ってるよ。
のエピソードはもう一本だけおまけ的に続きます。
浅井の一人称が「俺」になっていますが、彼は公私分けていて、学生時代の友人などには「俺」、仕事では「僕」「自分」「私」などを使い分ける人です。
このころは横並びなので、ふつうにみんな同年代ムード。
司も年齢相応の感情の動きが見え隠れしています(笑)




