2.要石(1)ー暗証番号はメモするな
シリアスパートです。一話が短いWEB小説で内容に沿ったタイトルを毎回付けられる人尊敬します(←そんなことで悩む人)
「……オレ、ここ入るの初めてなんだよな」
「私もだよ」
そういう割には迷いのない足取りで歩く忍。
止まったのは入ってすぐの館内図の前だけだ。
その先は壁にかかった案内板を的確に読み取って歩くので、はたから見ると出入りしなれている人に見える。
「……間違った。一本通り過ぎた」
ただし、道を誤った時のターンも早い。
「……というか、秋葉、間違ったら教えてよ」
「悪い、何も考えないでついていってた。オレ、日本人だから」
「そこは日本人は理由にならないから」
先ほどの会話の延長で、日本人だからで当分済ませそうな気配を自分に感じつつ、階段を上がる。
……エレベータも当然あるが、忍についていくと大体、3階くらいまでは階段を使わされる羽目になる。
まぁ、都内の電車愛用者は階段の上り下りは割と慣れているから、それくらいならオレも問題ない。
「お前さ、何階くらいまで階段使うの?」
「時間があれば4階くらいかなぁ……さすがに31階まで非常階段使ったときは、途中で死にそうになったけど」
「どこのトレイルランナーだよ! お前何トレーニングしてるの!?」
「運動しないから、階段くらいは登ろうと思って」
…………運動していても、普通31階も階段上りません!
「それ、一回だけだよ。そこの場合、いつもは展望ホール直通の使って、そこから階段で会議室まで降りるんだ」
「……なんで直通使うんだよ。ふつうに会議室行けるエレベータ乗れよ」
「嫌だよ。混むし、各駅停車だもん」
……こういうところが頭の使い方が違うんだよな。
確かに、会議が終われば一斉に出席者は同じエレベータを使うだろうし、混雑するだろう。
忍のことだから、帰りはもう一度階段を使って上がって、直行で地上まで降りるだろう姿は目に浮かぶ。
「……通勤ラッシュは平気なのに、エレベータは嫌なのか」
「揺れない、外が見えない、狭すぎる」
揺れないから嫌とかすごくわからないんだけど。
面白くないという意味だろう。
そして、いつも通り意味不明な会話をかわしつつ、そこへ到着した。
物々しい雰囲気。
ふつうの場所じゃない。それはオレにもわかる。
和風な門の両脇にはふつうに洋服のガードマンがいたが、今は和洋判別のつかない扉の横を、陰陽師をほうふつさせる、和服姿の男性がふたり固めている。
どう見ても術師だろう。けれど、術師が警備に当たっているところなんて初めてだ。
「外務部の近江と、情報部の戸越です」
「伺っています。コード認証をお願いします」
すでに話は通っているのに、コード認証をする徹底ぶり。
認証カードは持ち歩いているが、求められたのはそれとは別物だ。
指先を用いた生体認証に加え、メモ厳禁の暗証コードを入力する。
認証カードも同じように使うが、それは一般的な場所での場合。
生体認証を使う場所は何か所かあったが、一度設定したきりの暗証コードがいつどこで使われるのだろうとは思っていた。
そう、仕事に就いてこの二年……いや、もう三年に近くなるのか。一度も使ったことがなかった。
「……オレ、暗証コード忘れるところだった」
「あるあるだよね。ランダムな英数字とかで設定してたら絶対アウトだった」
盗られて悪用の可能性がある程度のセキュリティではいけないものが、ここにあるらしい。
空いた扉の先はエレベータでそこからは、なぜか地下階までノンストップだった。
警備の人が押してくれた階であり、正直なところオレたちは呼び出されただけで、目的地は3階のあの場所までだった。
「……なんで上に上がってきたのに、地下に降りるの? ってか、この感じは下に降りてるよな」
「あのセキュリティと紛らわしい移動手段……なんだかものすごく面倒なことが待っている気がする」
エレベータはさほど広くなく、圧迫感があるのは気のせいだろうか。
「地下に入った」という感じはする。
……気のせいだといいんだが、そこから、割と時間がかかっているような……
階数表示もないので、落ち着かない。
一人できてたら絶対この状況は戸惑っていただろう。忍も心なし、表情が硬い。
そして、わずかな移動の振動が止まり、扉が開いた。
目の前に広がっていたのは、漠然とした暗いフロアだった。
「やぁ、よくきてくれたね、ふたりとも」
もはやそこは完全に洋風とは言えない。
フロアは基本、人口の光を用いておらず、地下であるせいか窓もない。
左右の壁に、かがり火のようなものが揺らめいて、暖かささえ感じる。
空調ではなく空間に満ちる暖気は、炎の暖かさだ。
「清明さん……呼び出したのは、清明さんだったんですか?」
「あぁ、何も聞かされないでここへとだけ指示されただろう? 初めに言っておく。ここで見たこと聞いたことは他言無用。その上で少し話を聞いてくれるかな」
出迎えていたのは術師を二人後ろに控えた清明さんだった。
聞いてくれるかなと言われても、聞くしかないだろう。そこが仕事で、指名を受けた。
それだけのことだ。
ちらと忍をみるとすぐにその気配を察したのか、視線を返してきた。が、それだけだ。
肯定と取って、清明さんは先導するように背中を向けて歩き出す。
オレたちはそれについて奥へ進んだ。
薄暗いので、構造もよくわからない。
地下だから、地上と広さも違うのだろう。
建物の外見より、距離がある気がする。
そしていくつかの角を曲がり、部屋を通り過ぎ、ついた先はなんのことはない、小さな部屋だ。
いつのまにか「おつき」はいなくなっていて、清明さん一人になっていた。
「座ってくれるかい?」
内装は、和装がメインだが、大陸系の雰囲気もある。陰陽師が何なのかはよく知らないが、ここはそれらに関する場所であることは間違いなさそうだ。
……オレたち、場違いすぎないか。
「突然だけど、大変な事件が起こって。一応情報共有しておこうと呼んだんだ」
「……清明さん、オレたち下っ端ですよ。そういうのは上の人とするんじゃ……?」
ただでさえ2年前から日常の法則が変わったというのに、それでもここはさらに非、日常感が強かった。
事態についていけるのか、不安だ。
「上の人はフットワークが重くて。人物の選定も間違えられるとそれこそ大変なことになる」
つまり、オレたちは清明さん自身が判断してここに呼ばれた人間、ということになるのだろうか。
本題に入る前から本題とは関係ない疑問の方が気になってしまう。
それに、お偉方に任せられないっていうのは、清明さん的にはすごく重いことなんじゃないのか。




