1.さまよえるカボチャの灯
これより本章始動です。シリアスな中に展開される日常豆知識をお楽しみください(どんな話?)
ぴしり。
なんでもないその日、突然にその石に亀裂が走った。
小さな石の小さな亀裂。
それがその後、大きな裂け目へと変貌を遂げることになる。
日常を少しずつ、瓦解させながら。
* * *
「今日もよく晴れてるなー」
「台風シーズンなのにね、19号どこ行った」
到来すると言われていた台風は、いつの間にか消えていた。
進路を逸らしただけなのだろうか。
天気予報を見ていなかったオレにそれを知る由はない。
「台風とかは神魔のヒトは防いでくれたりしないんだよな」
「自然現象だからね。災害レベルになればわからないけど、ある意味これも毎年恒例だから」
そんな風に言われるとイベントのように聞こえてしまう不思議。
日本は季節の変化に富んでいるせいか、何かにつけてイベントを取り込んで定着させる傾向がある。
そういわれると、もうすぐハロウィンだ。
「……ハロウィンもだいぶ定着したよな」
街角のショーウィンドウには、オレンジと黒の配色のカボチャや魔女のシルエットディスプレイが増え始めている。
眺めながら歩く。
「2年前からイベントはだいぶ減ったけど、これはすごい勢いで復活したよな」
「神魔のヒトが来たからね。ハロウィンは海外風のお盆やみたいなものだし、仮装じゃなくても仮装みたいな人でごった返している」
そうなのだ。復活したというより、神魔のヒトたちが夜のスクランブルなど歩くさまを見て、日本人もこの時期の仮装イベントをまたやりたくなった、みたいな感じが強い。
特にハロウィンは魔界系の人の仮装が多かったから、気持ちはわからないでもないが……
刷り込みってすごいよな。
「そもそも天使系とはほど遠いけど、元があの宗教の祭りじゃなかったっていうのも、今は浸透してるよな」
「そう、元はケルトの方だっけ。ハロウィン自体はクリスマスと同じで改宗をスムーズにさせるために上書きされたイベントだから、起源がわかれば問題ない。その辺割り切っちゃうところがすごい日本人らしいよね」
忍はどこまで知っているのか、そう小さく笑う。
元はケルトのドルイドという人たち……自然崇拝から発生してるところが、日本とも少し似ているんだと。
さすがにクリスマスは宗教色のイメージが定着しすぎていて過去2年は自粛されていたが、比較的新しいハロウィンはこうなるとただのイベントだ。
日本人の適応力はすさまじい。
「お盆って言われると、確かに海外のおばけばっかりだな。でもなんでカボチャ?」
「そこは起源関係ないから疑問持たない人の方が多いよね」
だからオレも今まで疑問に思わなかったわけだが。
芋づる式に出る疑問。
「ていうか、なんで仮装?」
「ほんと今更だな。日本人の典型。……まぁ日本人のそういうとこ、嫌いじゃない」
オレのそういうとこじゃなくて、日本人の気質の話か。
……何も期待してはいないが。
「ハロウィンはお盆、つまり地獄の窯が蓋を開く日で、霊と一緒にあれやこれやが出てきて悪さをする。だから人間は『彼ら』と似た姿をしてやり過ごす」
「人間だってばれると襲われるからってことか。日本のお盆はそんなことないよな」
「そうだね、でも日本も昔は子供に鬼とか名前につけてたでしょ? 一種の魔除けなんだよ」
あー、そういう意味なのか。
近づくためじゃなくて、除けるためのものだとオレは知る。
……ていうか、考えたこともなかった。
「ちなみにカボチャは、ジャック・オー・ランタン……言っておくけどホラーだよ。私はそれを知ってうかつにハロウィンのカボチャかわいいとか思えなくなった」
「なんだよそれ、逆に気になるだろ」
「ジャックという人がハロウィンの夜に悪魔をだまして、最終的に永遠に世界をさまようことになり、その時、手にした灯りがこれだって」
「なんで人間が悪魔をだますの? ハロウィンの夜は悪魔の方が悪さするんじゃないの?」
「元は魂を取られそうになって身を守るために……らしいけど」
ホラーっていうか、知恵者の話と違うか。
そういえば、イフリートも元々襲おうとした人間の機転で封印されたんだったか。
割と世界的には一般庶民でも悪魔を(物理的に)祓ってるんだなと思いつつ、続きを聞いてみた。
「悪魔は最後に酒が飲みたいというジャックの願いを聞いて、コインに姿を変えさせられて……」
「ちょっと待って、それ三枚のお札!」
ある意味、イフリートの時と同じパターンか。
悪魔どれだけ同じ手で撃退できるんだ。
「ともかく悪魔は財布に封じられて」
「しかも財布!」
「10年間ジャックの魂を取らないと約束をした」
忍はオレの突っ込みを無視して話を続けている。
「律儀に悪魔は10年待ってまたジャックの前に現れたんだけど……」
「今の展開だと、また騙したんだろ」
なんとなくわかってしまった。
白雪姫が毒リンゴをくらったのは、似たような手口で死にかけて3回目の出来事だったと忍から聞いていたことがあるので、こういう話は大体繰り返した挙句の結末だ。
と、いうか律儀に10年間待つ悪魔が人間より偉すぎだろ。
「そうなんだ。それで今度は悪魔は二度と魂を取らないと約束をした」
「最初から一生封じとけよ。そもそもなんで最初に10年で殺される約束してんの、ジャック」
それに関しては、忍も本当にわからないとばかりに「さぁ?」と首を傾げている。
「でもジャック自身も生前の行いが悪くて、天国にも行けず、地獄に魂を運ぶはずの悪魔は約束をしたからと地獄にも行けずに、今もこの世をさまよっているって」
ようやく冒頭の結論にたどり着いた。
カボチャランタンを持ったジャックは、どこに行くこともできずにさまよえる幽霊と化しているらしい。
「怖い! ていうか、悪魔のそれは仕打ちなのかそれとも約束絶対守る的ないいやつなのか!」
「……暗闇をさまようジャックが懇願をして、悪魔がかがり火を分けてくれたらしいから、すごくいいヒトに見える」
初めに魂取ろうとした時点でよくないけどな!
大体わかった。
けど、肝心のことがわかっていないことにも気付く。
「だからなんでカボチャなんだよ」
「だからその小さな明かりが消えないように、ジャックは転がっていたカブをくりぬいてランタンにしたっていう……」
「カブ!? カブなの!? 白いんですけど、カボチャじゃないんですけど!?」
「元はケルト人の風習です。アメリカに渡ったケルト人でしたが、カブが育たない土地であったため、加工しやすいカボチャで代用されました」
歴史は、後世で、ゆがめられる法則。
「……オレたち、何も知らないのな……」
「……うん、まぁ、お祭りだから……」
そうすると、このオレンジの配色も全然違う感じになってくると思うんだ。
妙に白いハロウィンのディスプレイを想像して、オレは思った。
盛り上がらなそうだ。
「ハロウィン談義をしているうちに、つきましたよ秋葉くん」
物の知らなさを幸運に思いつつ、涼しくなってきた風を前に、見上げた。
妙に和風な門構えの、庁舎だった。
ハロウィンの下り長すぎだろぉぉぉ!!!と思いながら、別事件の短編にしちゃうか。というか、結局、連載も季節感リアルタイムで書いてしまうんだなと思いました。
……なお、この話はサザエさんワールドで季節が何周しても基本、終わりがない短編の方が本体です(笑)




