武装警察24時(2)-職務の邪魔してブリザード-
特殊部隊始まって以来の(ある意味)、大事件は続いている。
現場を見るのが遅かったせいか、一木が何を言ったのかはわからなかったが、司さんはデスクに向かったまま反応しない。
というか仮にも候補生という立場を忘れて、顔見知りであるからと馴れ馴れしくしている時点で、公私混同極まれり。
終わりだろう。
が。
司さんはそのあたりは全く混同していないのか、態度がいつもと違う。
あの騒がしい一木が、空気と化していた。
それをどう思ったのか、なんだかんだ言って誰も止めない。
むしろごくりと喉を鳴らして、神妙に行く末を見守り覗く、隊員達。
「行けそう……なのか?」
すぐに反応もないのであらぬ期待が生まれたらしい。
「で、××××××が××××××××××なんですよ」
ピーが入ってるよ! それ放送禁止用語だ、一木!
今すぐやめろ!!!!!
オレとしては居たたまれないどころか、大変なことが起こりすぎていて、むしろ目が離せない状態になってしまった。
いつものように往来ですぐ近くにいたら、こうなる前に止めるか、張り倒すかしてると思う展開だが、ここは人の家故、見守ることしかできない。
逆を言えば、司さん自身の管理下である。
選考者と仮部員の関係が、前提として存在している。
司さんは資料を見ながら何かをまとめているようだ。
集中していて聞こえていないのか。
そんなはずはないと思うのだが、どう判断したのかイケイケと煽る隊員も数人。
人がやろうとすると止めようとするくせに、やり始めると面白がって焚き付ける人も必ずいるよな。
などと、オレは諸行無常さをどこか遠くに感じている。
「司さん、聞いてます? ××の××が×××××で××××××なんですけど」
一木は2度目はもっとひどいスラングで話しかけた。
ピーの回数を多くて何を話しているのかわからない状態だ。
「そういえば、浅井さんは? あの人いたら絶対こんなことにならないんじゃ?」
浅井さんとは何度か会ったことがある。
司さんと同じ初期メンバーで、副長の立場でもある。
ちょっと控えめな感じもする良識的な人だ。
というか、一般警察と違って、特殊部隊は実戦の辛さを知っているせいか中二病くさい人は、まずいない。
「副長なら事務所にでかけていて……すぐ戻ると思うんですが」
ニアミスがあっただろうか。オフィスは通ってきたが見当たらなかった気がする。
そして、そんなことを聞いている間に、何が起こったのか。
ちょっと間があって一木は司さんの横に回るとポンとその肩に手を置いた。
お前……気安すぎるだろぉぉぉぉ!!!
この辺りが理解できない。
もっとも、赤の他人のオレを知り合うなり先輩呼ばわりして、ことあるごとにくっつきまわるくらいだから、知り有ったら全員友達、みたいな感覚なのかもしれないが。
……割と社会人のマナーとして、致命的だぞ、それ。
そして、司さんはといえば。
さすがに動きを止めて、ゆっくりと顔を上げ、手の置かれた方へ少し首を傾けそれを見る。
と、おもむろに手にとっていたペンを肩の辺りまで上げて器用にくるりと回した。
ひゅっと音がした気がするのは気のせいではないだろう。
ペンは次の瞬間、右肩に置かれた一木の手の甲にぶすりと突き刺さっていた。
「ぎゃあー!!」
流血事件が起きた。
一木は床に七転八倒……というか、無駄としか言いようがない勢いで、ゴロゴロと往復して転がっている。
うん、もう普通に、そうなる前に自分で気づくよな?
仕事してる人の前で、余計なことべらべらしゃべるのは
邪魔とか邪魔とか邪魔とか。
己の立場をわきまえない人間の末路が、そこにあった。
しかし、事態はそれでは終わらない。
揃って顔色を失いぎみな隊員たち。
彼らは、一木の真の性格を知らなかった。
司さんは感情の消えた目線で、それをひとしきり眺めてから立ち上がる。
床に這いつくばっている一木とさらに高低差が出来て完全に見下ろす形となった
……一木の行動はなんとなくわかってしまったが、司さんの様子がいつもと違う。
え、まさかここだと、いつもあんな感じ?
オレはあんな冷たい眼差しは受けたことがない。
自分にとって司さんはすこぶる紳士的で善良な人でしかない。
けれど、そう思ってしまうくらい底冷えした眼差しで一木は見下ろされていた。
……うん、たぶん、相手がすこぶる失礼な上に、懲りない一木だからだろう。
仮にも今は上官と仮入隊試験中の部下だ。
「何のつもりだ? そんなに仕事の邪魔がしたいのか」
「まさか! ちょっと心の距離を縮めようと…」
がっ。
転がっていた一木は巧妙に横向きからうつ伏せに転がされて踏みつけられている。
「今ので何が縮まった。俺には川の向こう側まで離れたような気にしかならないな」
川!? 川って何!?
聞くまでもないだろう。
「一木秀平。知ってるか? ここを強く踏み込むとどうなるか」
司さんは、現在しっかり公私が分類されていて、故に仮部下に対して、フルネームを用いたのだと思う。
がっつり仕事モードだ。
一度、足を離すと先程より少し上、背骨から首の下辺りに位置を取る。
それを胸椎から頚椎に沿わせるようにゆっくりと体重を移動させてみせる。
ひぃぃと言わんばかりの一木。
教鞭を取られた授業中のごとく、答える。
「知ってます! 頚椎の破損により相手は戦闘不能! もしくは……」
三途の川を渡ることになるようだ。
「先輩方、見てないで助けてださいー!」
「助けろと言われても……」
「後先考えずに動くからだろ」
自業自得と言わんばかりだ。
特殊部隊では、そんな行動は生死の明暗を分ける。
……こんなふうに。
「先に言い出したのは先輩たちですよ! どなたが一期、二期の方は知りませんが! 司さん、ここにいる人たち全員です!!」
あっ、こいつ!
売りやがった!
などという声が上がっているが、司さんの顔色は変わらない。
「実行犯と計画犯、全員同罪なのは知ってるだろう」
きゃー、と声に出さずとも全員の顔色がなくなったのがオレにもわかった。
「選べ。生贄を一人捧げるか、全員同罪で締められるか」
「「「生贄を捧げます!!」」」
規律ある部隊らしく、そこにいた全員がドアの前に居並んで、びしりと敬礼をしてハモった。
素晴らしい統制だ。
一木は、入隊試験中に上官を気安く名前呼びしている時点で、アウトだと思う。