片害共生(6)ー路地裏にわだかまるもの
「占い師って捕まったんですか」
ウァサーゴをアスタロトに渡して、オレは浅井さんに聞いた。
アスタロトは軽い挨拶を交わすと、一歩先にビルを出ていく。
ウァサーゴはピクリともしないので、大分消耗しているようだが、悪魔の治療なんて人間には限界があるし、任せておいた方がいいだろう。
「あぁ、あと一歩遅かったら逃げられるところだったけれど……その、利用されていたヒトを連れていく準備があったみたいで」
「司さんも来てますか?」
「二階にいるよ。会っていったらいい。ここにいる経緯も聞かれると思うけど」
……後にしてくれるよな。
なんか、どっと疲れた気がするし。
と言っている間に、オレたちは司さんに会って、割と本気で首を突っ込んだことを絞られそうになる。
が。
「違うんだよ、司くん。秋葉は『たまたまみつけたから、ちょっと入ってみるか。様子見に』程度の認識しかなかったんだと思う。多分」
「その通りなんだけど、過去とか本気で丸見えになると思ってなかったし。……この国でそんな力使えるはずの神魔、いないはずだし!」
「……」
司さんに怒られたくないので、必死に弁解するオレ。
「忍はともかく、オレの性格で判断してください、司さん!」
懇願。
「私はともかくってなんだ」
「そうだな、秋葉は無茶をするタイプじゃない」
そうです、むしろ無難に後ろに下がるタイプです。
単に、浅はかだっただけで。
……オレ、自虐なの?
それとも真実なの?
どっちにしても凹みそうだ。
「私も無茶はしてないよ」
「普通は、危険に自分から飛び込むような真似はしないんだ」
司さんの矛先が、忍に向いた。
「たまたま近くにいたから……ギリギリそうだし、逃げる手伝いができるかなと思って」
「通報したらおとなしく見張るくらいにしておいてくれ。手間が増えるだろう」
「増えた?」
「……………」
結果、減っているという事実。
「俺の心労と、秋葉へのサプライズのベクトルが間違っていることをまず、考えてくれ」
「……別にサプライズにするつもりはちょっとしかなかったけど」
「ちょっとは肯定しなくていいの!」
確かに驚いたよ。
すっかりターミナルにいると思ってたし、エシェルも驚いてたよ。
「黙っていれば心労は減るだろうけど、話しておいた方がうまく動けるだろうなとも思い。……次はどうしたらいいだろう」
「まず『次』を避けてくれ」
相手が人間とあって、さくさくと関係者を連行し、現場の検証を通常警察に引き継ぐ特殊部隊。
地下に関しては、何人か残して解散、という感じになっていた。
そして、エシェルも上階を探索していた部隊員と一緒に戻って来た。
「エシェル、無事だった?」
「あぁ、大丈夫だよ。誰一人接触もしなかったしね」
と、うっすら笑う。ドヤ顔とまではいかないが、してやったりもしくは、当然、という自信は見て取れる。
「……エシェル、結局調べてくれていたみたいで。……礼を言う」
「いや、今回は僕が秋葉を巻き込んだようなものだからね。それと、連行された偽占い師は、元大使館の職員だ」
どこかで見かけたのだろうか。
いつのまにか顔見知りであることを、確認していたらしい。
「帰らないで残っていた人?」
「みたいだね。すっかり出国したと思っていたけれど……大方、生活に困ったんだろう。頭は良くないけど、発想力はある人間だった」
確かに、アスタロトも偶然が重なって発生した出来事だといっていた。
けれど、特定条件の召喚で、特定の力の制約がはずれてしまったという事実は、問題として大きい。
案件が持ち帰られればすぐにその穴をふさぐ手立てが講じられるだろう。
ウァサーゴにとってはそれどころではないだろうが、ある意味、人間の側には被害というほど被害が出ていなかったのは、幸いだ。
これがテロや無差別殺人的なことに使われたら、誰にとっても大変なことなのだから。
「大使館の方へは、改めて礼に伺う。聞かなければならないこともあるかもしれないし、今日は帰ってゆっくり休んでいてくれるか」
「そうだな、いずれこれ以上やることもなさそうだし、そうさせてもらうよ」
「秋葉と忍もだ」
「「はい」」
大人しく言うことを聞くオレと忍。
忙しそうなので、これ以上邪魔をしてはいけない。
もうすっかり外は暗くなっている。
完全に時間外勤務に突入してしまっている時間だ。
「警察って大変だね」
「そうだな」
時間終了からの、大取物。
KEEP OUTの黄色いテープの外から、灯りの中で大勢動いているのを見て、しみじみ思う。
その点、事務員はスケジュール管理さえできていれば、時間どおり帰れるのでマシだよな、とふらふら歩きながら思う。
「秋葉、疲れてんの?」
「疲れてないなら、お前が異常」
「仕事は疲れた。しかし、潜入捜査は割と疲れない」
「……」
反論する気力がない。
というか、つっこむ体力がない。
そうだ、オレは追いかけっこもしていたんだった。
「エシェルは全然平気そうだったな」
「気力もそうだけど、意外と体力あるのかもね」
そうかもしれない。
頭を使えば追いかけっこはかくれんぼになるだろうから、体力の消耗も減らせるだろうが。
今となっては意味のないことだ。
「とりあえず、日が合ったら公爵のとこ行ってみようよ」
「なんで?」
「ウァサーゴさんの方」
言われてそうかと思う。
意識がないままだった。
いくら魔界のヒトとは言え、何も悪いことはしていないし、考えようによっては観光中に拉致られた状態なのだから確かに少し、心配だ。
「……そうだな、今回は人間の方が悪いんだもんな」
「外交官として、顔出しくらいしとかないとね」
仕事で行ける、ということだな。それは。
それには賛成だ。
エシェルと別れた後、オレたちはそうして、すぐにでもスケジュールを合わせて、魔界の公館を訪れることにした。
夜の街は、まだ明るい。
街自体の明かりもだが曇っているせいか空が白ずんで、こんな日は空の群青も見えない。
路地にたまる陰が、灯りが揺れるたびにゆるく揺れていた。




