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鍋魚

作者: 京本葉一

 寒波に襲われた金曜日。鍋ものが恋しくなったのは、後輩も同様だった。彼女は鍋にはうるさいらしい。代々受け継がれてきた「秘伝の鍋」をふるまってくれるというので、彼女の部屋へ行くことにした。


 近くのスーパーで食材を買いこみ、お邪魔させてもらう。突然の訪問だというのに、すっきりと片付けられた美しい部屋だった。いたく感心しているうちに、彼女は手早く準備を進めている。彼女の指示に従いながら、手伝いをはじめた。


 彼女がつくる鍋は、昆布で出汁をとる水炊き風のようだ。鳥肉や白菜といった標準的な具材ばかりで、文句なくおいしいとは思うものの、正直、「秘伝の鍋」というほどのものではない。なにか秘密の調味料でも入れるのかと期待していたが、どうやらそれもなさそうだ。


 もしかしたら、彼女のこだわりは土鍋にあるのかもしれない。わりと新しいキッチンの、わりと新しい調理器具に囲まれた、古い土鍋。「代々受け継がれてきた」といってもいい年季を感じる。たしかに風情はある。


 カセットコンロに土鍋をセットして、準備はオーケー。

 煮立ったところで蓋が開かれた。

 もうもうと湯気が立ちのぼり、ぐつぐつと具材が揺れている。


「さあ、どうぞ。お召し上がりください」

「では、いただきます」


 ポン酢をいれた取り皿を片手に、鍋のなかに箸をつけた。つけたわけだが、鶏肉と豆腐の挟間に、妙なものが見える。違和感をおぼえ、箸でつまんで取り除こうとしたが、つかめない。何度やっても逃げていく。シラスのような小さな魚が、ぐつぐつ煮立っている鍋のなかで、対流に負けることなく定位置をキープしている。


「食べないんですか?」

「えっ、いや、食べるけど」


 目を離したら、三匹に増えていた。生きているようにしかみえない、魚の存在に戸惑っていると、彼女の箸が鍋に入り、つぎつぎに具材があげられていく。


「お先にいただきます」


 彼女が白菜を食べた。おいしそうに食べる彼女には、鍋のなかを泳ぐ魚がみえないのだろうか? もうすでに三匹どころじゃないほど増えているのだが? 跳びはねてもいるのだが? 練りもののうえでピチピチしているものもいるのだが?


「うん、いい出汁がでてますね」


 目の前でおいしそうに食べる姿をながめていると、腹が鳴った。いったん空腹を思い出すと、ためらいは薄くなる。おそるおそる鳥肉を引きあげて、ポン酢につけた。口に運び、噛みしめる。


「なにこれ、おいしい」


 あとはもう、箸が止まらなかった。得意満面といった彼女に、心からの称賛をおくりながら、おいしくいただいく。感動のあまり、結婚するなら彼女しかいないとおもった。シメの雑炊を食べ終わるころには、無性にムラムラとしていた。

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