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若き勇者の悩み


東方三王国の一つ、ダーヤ・ネバルの交易都市、ダン・バリソの港に降り立ったオーティスは、大きく伸びをする。

まだ微かに揺れているような感じがする。

足元も少しフラつく。

ポートセイレンからの船旅は、快適だったとは言い難かった。

嵐に見舞われたと言う事はなかったが、やはり季節的に波が高く、途中で航路を変えた事もあってか当初の予定より時間も掛ってしまった。


「……さてッ」

気分をリフレッシュさせるかのように、オーティスは軽く自分の頬を叩き、気合を入れる。

すべき事は山積みだ。

情報収集もそうだが、先ずは各国の大使館なり連絡所へ赴かないと。


オーティスは船から降りて来る面々に視線を移す。

やや疲れた顔をしているが、それでも目を輝かせているセリザーワの姿を視界に捉えた。

ポートセイレンから同行しているリッテンと談笑しながら船を降りて来る。


セリザーワは面白い……と言うか、オーティスには少々理解不能な人物であった。

大人なのに子供のような無邪気な好奇心を持っていると言うか、オーティスが普段気にも留めない事に甚く興味を示し、道中様々な質問を投げ掛けてきた。

数多の冒険をこなし、若いながらもそれなりに知識を蓄えているオーティスをして、返答に窮する事が多々あった。

外洋船の構造に些か問題があるとは思わないか、等と言われても、なんと答えたら良いものか。

大陸を繋ぐ船には幾度か乗ってきたが、その構造とか、考えた事すらない。

セリザーワの視点は、オーティス……いや、この世界の一般人からは掛け離れているようだ。

神の御使いならではの視点と言う事だろうか。

それに時々『アニメに例えると』等と言ってくるが、そもそもアニメとは何だろう?

それも異世界の常識的な何かだろうか。


そして次に降りて来たのは、ラピスとマーヤだ。

オーティスの視線が、マーヤに注がれる。

と同時に、心臓の鼓動が高まる。

マーヤは、驚くほどの美人だ。

息を飲むとはまさにこの事だな、とオーティスは思った。

その辺は、異性に対して余り興味が無いシルクやクバルトの態度を見ていても分かる。

彼等もまた、マーヤを前にすると緊張で身を硬くしているのだ。

もちろん、彼女はただ美しいだけではない。

物腰も柔らかく、気品もある。

何より誰に対しても優しい。

自愛に満ちていると言うのだろうか。

困っている人がいれば声を掛け、手を差し伸べる。

まさに神の御使いと言う言葉がしっくりと来るような女性であった。

何より彼女は……強い。

恐ろしいぐらいに強い。

道中、幾度か魔獣の襲撃にあった。

整備された街道や巡回する警備兵がいる都市部はともかく、辺境地域では特に珍しい事ではない。

そしてその都度、オーティスより早く、マーヤが対処した。

軽く杖を振り、魔法を放ち、それで終了だ。

マーヤが容易く行使した魔法は、オーティスにとっては未知の魔法であり、そのどれもが威力が高く、殆どの魔獣を一撃で仕留めてしまった。

もし仮にギルメスが生きていたならば、何十も歳下の彼女の足元に跪き、教えを乞うたであろうとオーティスは思う。

しかしながら彼女が魔法を使う度、セリザーワが眉を顰め、『まだまだ、未熟だねぇ』等と呟いているのが非常に気になった。

あれだけの威力の魔法を使えるのに、何が未熟なのだろうか。

あれでもまだ、何か不足していると言うことか?

その事をセリザーワにそれとなく尋ねたら、彼は少し困った顔で『オーティス君も、まだまだだねぇ』と答えた。

そして『一の力で楽に勝てる相手に十の力を使うと言うのは、ちょっとね。無駄が多すぎる。例えるなら、街のチンピラを始末するのに機甲師団を投入するようなモノだ』と言った。

相変わらず例えが意味不明だ。

『それにそもそも……モンスターが平気で襲って来ること自体、未熟だよ』

そうなのか?

それの何が未熟なのだろう?

その答えは……未だに良く分からない。


「セリザーワ様の言葉が、いつか分かる日が来るのかなぁ」


そんな事を呟いていると、何やら騒ぎながら降りて来る小集団を発見した。

三人の若い男……男と言うか少年ガキだ。

オーティスより二つ三つも若い。

あの村から、マーヤ様を守るとか言い出し、勝手に付いて来た連中だ。

これが目下の所、オーティスにとって最大のストレス要因となっていた。

彼等は常にマーヤの傍に侍り、オーティスが近付くとまるで親の仇のような目で睨んで来たりもする。

オーティスは勇者とは言え、そこはまだ人生経験の少ない若い男だ。

その無礼さは些か腹に据えかねる。

が、セリザーワはその辺、大人の対応であった。

彼はオーティスを宥めるように、『あのぐらいの歳の子は、何かと外の世界へ憧れるものさ。しかも、生まれ育ったのが特に何も無い辺境の村だ。外へ飛び出したい気持ちは人一倍強いだろうよ。そしてそこで現実に直面にし、自分が井の中の蛙だったと悟る。それが大人になると言う事だよ』

「ですがセリザーワ様。ただの冒険ごっこじゃないのですよ?常に危険と隣合わせですし、何より今は魔王軍が……正直、何も出来ない子供など足手まといです。此方が危険に晒される可能性もあります」

『その時はその時だ。ま、自己責任だな。それに……いざとなれば囮にでも使えばいい』

「……は?」

『冗談だよ、冗談』


あの時、セリザーワ様は冗談と仰ったけど……目は少し真剣だったな。


オーティスは小さく鼻を鳴らし、件の少年ガキどもを見やる。

連中はマーヤの周りに集まりながら、陽気に騒いでいた。

港で働く者達が、苦笑を浮かべたり眉を顰めたりしている。

オーティスは口をへの字に曲げた。

セリザーワの言ったように、魔獣の餌にでもしてやろうか、等と勇者らしからぬ事を考えてしまう。

その時、不意に彼の肩に乗っていたフィリーナが、「キュイーーーッ」と大きな声で鳴き出した。

身体を持ち上げ、空に向かって何やら甲高い声で何度も繰り返し鳴いている。


「ど、どうしたフィリーナ?」


「……繋がったか」


「え?」

振り返ると、そこにセリザーワとリッテンが立っていた。


「あ、いや……何でも無いよ、オーティス君」

セリザーワが笑いながら、手を伸ばしてオーティスのペットの頭を指先で撫でた。

「この子は、随分と君に懐いているねぇ……フィリーナ、だったかな」


「あ、はい」


「はは……動物に懐かれると言うのも、勇者の必須条件かな」

セリザーワはもう一度笑い、

「オーティス君はこれから各国の情報機関へ顔を出すのだろ?申し訳ないが、マーヤ達も連れて行ってくれないかな。何事も経験だ。私はこれから、ちょっとリッテン氏と打ち合わせがあってね」


「それは構いませんが…」

オーティスはチラリと、騒いでいる田舎少年達へと目を向けた。

何がそんなに楽しいのか……


セリザーワはそんなオーティスを見て、苦笑を溢す。

「あいつ等は表で待たせておけば良いさ。さすがに公の場に連れて行くのは……それなりに礼儀作法も必要だしね。あれ等を連れて行ってマーヤの評判が下がっても困る」


「そ、そうですね」

オーティスは大きく頷いた。


「ま、彼等に悪気はないのだろうが……やはりある程度の品位は必要だ。……常識もな」


「その通りです」


「はは……ま、そう言うわけで、宜しく頼むよオーティス君」

セリザーワはそう言って、もう一度フィリーナの頭を撫でた。



「はぁ…」

俺は大きく息を吐き、

「博士、随分と楽しそうでしたね」

目の前のテーブルの上にチョコンと座っている酒井さんに話し掛けた。

今、この部屋には俺と酒井さんの二人っきりだ。

黒兵衛はリッカに抱えられ……と言うか半ば拉致され、どこぞで遊んでいる。


「そうね」

酒井さんはお茶の入った小さな湯飲みを傾け、

「半分ぐらい、愚痴を聞いてたって感じだけど」


「御変わりなさそうで何よりですよ。ま、これからちょっとばかり、ストレス解消も兼ねて愉しんでもらいましょう。そう言えば、管狐の方も回線が繋がったようですね」


「えぇ。面白い報告がいっぱいあったわ。あの勇者も、まだ若いから……色々と抱えているのねぇ。まさに思春期って感じだわ」


「うははは……博士も似たような事を言ってましたね。喫茶店でブラック珈琲を頼む子供かって笑ってましたよ。しかしまぁ、俺とはあまり歳が違わない筈なんだけどなぁ……やはり経験の差かな」


「経験と言うより、性格の問題もあるかも。勇者ってぐらいですもの。真面目なのよ。摩耶と気が合うでしょうね」

酒井さんは肩を竦めてみせる。


「それじゃまるで僕チンが不真面目だと?誠に遺憾であります」


「けど、村からマーヤ……じゃなくて摩耶のファン倶楽部みたいな連中が付いて来たってのは、少し予想外だったわね」


芹沢博士からの連絡にもあったな。

マーヤ親衛隊なる謎組織の連中だ。

餓鬼から年寄りまで、幅広くいるらしい。

……

田舎って、平和なんだなぁ。

「摩耶さん、美人な上に優しいですからね。純朴な田舎の餓鬼どもは、イチコロでしょうに。わははは」


「芹沢もヤレヤレな感じで言ってたわ。悪い虫じゃないけど、虫は虫だから鬱陶しいって」


「ん~……機会があれば、その場で始末してやりましょうか?」


「またアンタはそう言うことを……」


「でも、あの勇者ですら扱いに困ってるって博士は言ってましたよ?推しの連中はこれだから、って、ボヤいてました」

ってか、勇者を敵認定していると言ってたっけ。

……

勇者を敵って……ファンっておっかねぇなぁ。


「そうね。管狐の報告にもあったわ。けど、世間知らずの思春期の男の子って、そう言うものじゃない?……魔王軍が侵攻している状況下で付いて来るってのは、ちょっと向こう見ず過ぎるけど……」


「ん~……コッソリ忍び込んで、悪魔的契約でも持ち掛けてみましょうか?マーヤをくれてやるから勇者を始末しろ、みたいな。うひひひ」


「本当に悪知恵が働くわね、アンタは」


「もちろん、あのオーティスは未熟とは言え一応は勇者ですし、餓鬼相手に遅れを取ることは先ず有り得ないでしょうが……その時、あの馬鹿勇者がどう言う行動を取るか、興味があるでしょ?その場で餓鬼を殺すか、それとも放逐するか……そして摩耶さんはどう対処するのか」


「……まぁ、色々と経験は積みそうね」


「でしょ?一考の余地ありです。ちなみに俺でしたら、餓鬼は拷問した後に何かの囮にでも使いますね。もしくはカナリア役。ただ殺すだけじゃ勿体無い。どんな馬鹿でも、使い途ってのはあるモンです。廃物利用です」

俺は笑いながら、テーブルの隅に丸めて置かれていた地図を広げた。

相変わらず、イラスト風味満載な地図だ。


「さてと。え~と、博士達は今、ここダーヤ・ネバルの港町にいるんですよね」

東方三王国の内、海沿いにある国家だ。

このダーヤ・ネバルの北西には、評議国と国境を接するダーヤ・タウルと言う国があり、南西部には帝国と接するダーヤ・ウシャラクと言う国がある。

リーネアとヤマダに聞いた所、元々はウシャラク・アク・ネバンデイルと言う大きな国だったのだが、王位継承問題に端を発した王族同士の争いが始まり、そこから種族、民族に部族と細かな紛争に発展して、一時は十三もの小国に分裂して争っていたそうだ。

それが三つの国に統合され、和平協定が結ばれたのが今から五十年ほど前と……そう言う話だ。


「ダーヤ・ネバルは魔王軍に対して中立の態度を取っているわね。ま、表向きはだけど」


「そうです。評議国からの難民も受け入れてはいますが、少ないですし……此方が引渡しを要求している評議国議員や種族のリーダー格の連中は、最初から受け入れを拒否してます」


「で、その評議国に一番近いダーヤ・タウルって国は、魔王軍に対抗するつもりなのね。難民も積極的に受け入れてるって報告があったわ」


「です。参謀達もそうですけど、僕ちゃん的にもこれはちょっと予想外でした」

俺はコンコンと指先で地図を叩いた。

「現在我が軍は、評議国を超ノンビリと蹂躙中です。他国への圧を高めると言う狙いもありましてね。だからこの、我が軍に一番近いダーヤ・タウルも、評議国の一部の種族のように我等を受け入れるか、はたまた砂漠のペルシエラのように積極的中立に打って出るか、どちらかと思っていたんですが……まさか堂々と反魔王の旗幟を掲げるとはね。飴と鞭作戦で、魔王に逆らうとどうなるかって、かなり宣伝したと思っていたんですがねぇ」


「この国は長いこと評議国と交易を続けて来たみたいだし……何かそう言う、しがらみとかあるんじゃないの?」


「友好国だから、ですか?既に滅んだも同然なのに?ワケ分からんが……ふむ、しかし色々と使えそうな感じですね。このダーヤ・タウルって国は」


「それってもしかして、アンタがこの間言ってた……」


「真なる勇者は電気羊の夢を見るか作戦です。うひひひ」


「……また悪巧みを。本当に困った男ねぇ」

酒井さんは大きく嘆息を漏らした。

「それで、こっちの帝国に接しているダーヤ・ウシャラクは……何故か親魔王なのよね」


「機を見るに敏ですね、ここの君主は。この国へ逃げ込んだ難民や種族代表を、ペルシエラ経由で我が軍へ送ってます。ディクリスからの報告だと、近々王からの特使がエリウちゃんの元へ派遣されるようですよ」


「魔王軍の脅威からは、今の所かなり遠い国なんだけど……どうしてかしら?」


「僕ちゃんの集めた情報だと、昔から帝国とは仲が悪いみたいなんですよ」


「国境を接しているから?」


「それ以前に、今の国が出来る以前……さっきも話した幾つもの小国に分かれて争っている時に、当時の帝国の横槍で散々な目に遭ってきたと……その恨みが今も残っているって話です。けど、その帝国が僕ちゃんのお陰でかなり弱体化しましたからねぇ……これはチャンスと踏んだんでしょう。あわよくば魔王軍の力を借りてでも帝国を……と考えているんじゃないでしょうか。あ、もちろん間者を使って多少は世論誘導などを行いましたがね」


「アンタって、その辺はマメなのよねぇ。悪戯には時間と労力を惜しまないタイプね」


「何を仰る。酒井さんも常日頃、百戦何とか言ってるじゃないですか」


「百戦百勝は善の善なる者に非ずよ。ま、戦わないで味方が増えるのは良いことよね」

酒井さんはそう言って、新たにお茶を煎れはじめる。

「それで、摩耶達はこれからどうするの?帝国に向かわせるんでしょ?私が管狐と話している時、何か芹沢とコソコソ話していたみたいだけど……」


「ん~……本来なら、遠回りですけどダーヤ・ネバルの海岸線に沿って南下させるか、危険を承知で新魔王派のダーヤ・ウシャラクを突っ切って帝国に入るのですが、敢えてここは、先ず北進してダーヤ・タウルへ向かわせます」


「逆方向じゃない」


「そうです。表向きの理由は、難民の慰撫と士気の向上の為です」


「……国民はこぞって勇者を歓迎しそうね」


「そのタイミングで、混成第一旅団を突撃させます」


「混成第一旅団って……確か降伏したり最初から親魔王だった種族で構成された部隊ね」


「ですです。魔王軍の正規兵じゃありません。中には難民となった連中に、親魔王派と言うだけで親兄弟を殺された種族の連中もいます。あ、ちなみに指揮はリーンワイズに任せますよ」


「……リーネアの兄に?」

酒井さんは驚き、そして目を細めると、

「アンタって……時々無慈悲ね」


「でも、色んな意味で精神修養にはなるでしょ?勇者にとっても摩耶さんにとっても」

リーンワイズは、元勇者の仲間であるリーネアの兄だ。

姉とも慕っていたリーネアの兄が敵として現れた時、果たして勇者はどう行動するか?

そして摩耶さんは……


「ま、確かに良い修行にはなるわね。危険な状況に身を置くのも必要だし……けど、リーンワイズは大丈夫?」


「その辺は大丈夫。ヤバイと思ったら逃げて良し、と言ってあります。万が一死んでも、蘇らせますよ。リーンワイズは優秀ですし、忠誠もありますから」


「……アンタ、自分以外の復活魔法は得意じゃないって言ってたじゃない。失敗する確率が高いって……」


「何事もチャレンジです。酒井さんも一応は使えるんでしょ?」


「知識だけはね。当然だけど、試した事は無いわ。泰山府君祭って言うんだけど……」


「だったら酒井さんもチャレンジしてみては?何事も練習ですよ」


「ん……そうね。機会があれば、やってみるのも良いかもね」








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