大好き、悪巧み
おおぅ、空気が澄んでいる。
陽射しも高く爽やかだ。
三日ぶりに地上に戻った俺は、大きく伸びをしながら空を見上げて目を細める。
いや、中々に有意義なダンジョン探検だった。
エリウちゃんも良い経験を積んだし、お宝も大量にゲット。
大怪我を負ったメンバーもいないし、初めてのダンジョン行にしては上出来だ。
「シングお兄ちゃん」
ダンジョン出入り口付近で待っていた親衛隊の中からリッカが飛び出し、ポスンと腰に抱きついて来る。
俺はそんな彼女の頭をクリクリと撫でながら、
「おぅ、リッカ。ただいま。ティラ達の言うこと聞いて大人しくしてたか?」
「うん」
「そっか。あ、お土産あるぞ」
俺は肩から提げた鞄を漁り、
「はい、マンティコアの干し肉だ。蝙蝠の羽もあるぞ」
「……」
微妙な顔をするリッカ。
喜ぶべきかどうかなのか悩んでいるその顔に、思わず笑顔が零れる。
「うははは……冗談だ、冗談」
今度はポケットから、ペンダントやネックレス、カメオなどのアクセサリーを取り出す。
宝物庫から可愛さを基準にチョイスして来た逸品だ。
「わぁ…」
リッカの瞳がキラキラと光る。
まだ子供でも、その辺は女性らしい。
俺はリッカの頭をもう一度クリクリと撫で、
「ティラ」
「は。ここに」
忠誠心溢れる親衛隊員が一歩前へ出た。
「回収部隊を編成して、発見した財宝を集めさせろ。……気に入ったアクセサリーや武具があれば懐に入れて構わんぞ」
「よ、宜しいのですか?」
「構わん。まぁ、たくさんはダメだが、少しぐらいならな。それと宝部屋の前には古代の魔王、ベルセバンの幹部であるデュラハンがいるが、気にするな。話は付けてある」
「畏まりました。それで宝の部屋と言うのは……」
「確かリーネアが地図を描いてた筈だ。彼女に聞け」
「了解しました」
★
魔王城へと帰還し、風呂に入って暫し休憩した後、俺は酒井さんと二人、城の中庭で午後のお茶を愉しみつつ、その席へディクリスを呼んだ。
優秀な間者である人間のディクリスは即座に現れ、膝を着いて臣下の礼を取る。
「おぅ、ディクリス。そんなに畏まるな……まぁ座れ」
程よく緊張の色を顔に浮かべた優秀な間者は一礼し、俺の前に腰掛けた。
「失礼します」
「紅茶で良いか?」
俺は鼻歌交じりに、カップに薄紅色のお茶を注ぐ。
爽やかな香気が鼻腔を擽る。
「いただきます」
「や、ちょっとばかり待たせたな。ダンジョンで思ったよりも色々あったからな」
俺は笑いながらカップに口を付ける。
うん、美味ちぃ……
何だかホッとする味だ。
ってか、この世界のお茶にも随分と慣れたもんだ。
「それで、どうだった神の御使いは?ラピスは……まぁ置いとくとして、芹…セリザーワとマーヤは元気にしていたか?」
「は。特に疲れている様子などは……村の生活にも順応し、また村人達にもかなり慕われているようでした」
「そうか。それは何よりだ。……ま、セリザーワにとっては些か不本意だとは思うがな」
「そのセリザーワ様から、シング様に一つ言伝が御座います」
「ほぅ、なんだ?」
「天秤シナリオで行こう、との事です」
「天秤シナリオ……天秤か……なるほど。さすがセリザーワだ」
とは言ったものの、そんなシナリオは知らんし、存在もしない。
要はアドリブだ。
ま、最初から全てそうなのだが……
俺はオーソドックスに、勇者と魔王シナリオ……つまり単純に善悪と分かれてアドリブ進行しようと提言したのだが、博士は天秤と……つまりは、調和であり均等。
善悪にきっちり分かれるではなく、程々にと……そう言うことかな?
良く分からんが、博士もちょっとは悪役をやってみたいとか。
ふふ……やりかねんな、あの人は。
「ところでディクリス。彼等を見てどう思った?忌憚なく、第一印象を教えてくれ」
「は。そうですね……セリザーワ様は、中々の御方かと。かなりの知恵者ですね。物事に対しても、善と悪、どちらかに偏るのではなく、程好くバランスを取って考えておられる御仁かと……シング様に近い思考の持ち主かと推測致しました」
「はは……まぁ、そうだな」
ってか博士の場合は、そもそも善悪の基準がないんだよなぁ。
自分がしたい事をするだけで、それが悪い事でも善い事でもお構い無しって感じだけど。
……
あ、だからの天秤シナリオか。
勇者サイドばかりじゃ嫌になるって事かな。
悪には悪の理由があるとか、アニメを観ながら良く言ってたし。
完全なる善や悪などは人間の勝手な想像だ、何てしょっちゅう語っていたからね。
そんな事を思っていると、酒井さんがこれ見よがしに溜息を吐きながら、
「シングとセリザーワは、似た者同士だからね。同類なのよ」
「確かに」
ディクリスは頷いた。
「セリザーワ様に会った時に、そう感じました」
「うははは……ま、気が合うからな。それに知ってるか、ディクリス。我が使っている愛用の剣、実は全てセリザーワが作ってくれたモノなのだぞ」
「なんと……あ、なるほど。それで……」
「ん?何かあったのか?」
「は。実は……勇者オーティスが、シング様と出会った時の事を語られている時、自分の持つ勇者の剣があっさりとシング様の剣に叩き折られたと……その話を聞いた時のセリザーワ様が、やけに興奮しておられたもので……」
「あははは。そりゃ面白い。興奮もするさ」
何しろ自分の作った剣が、異世界の、それも勇者の持つ伝説の剣を容易く打ち砕いたのだから。
製作者冥利に尽きると言うもんだ。
「しかし勇者も、いい面の皮だな。自分の目の前に、我の剣を作った張本人がいるのだから。わははは」
「それは確かに…」
と、ディクリスも苦笑を溢した。
「それで、摩…マーヤの方はどうだった?」
「そ、そうですねぇ……何と申しましょうか……」
ディクリスは打って変わり、口が少し重くなった。
目を伏せ、言葉を探しているように言い淀む。
そんな彼を見て、酒井さんが静かにカップをソーサーに置きながら
「未熟だったでしょ?」
「……は。些か……」
「世間を知らない小娘って感じだったんじゃない?」
酒井さんの少し辛辣な言葉に、ディクリスはやや困り顔で、
「有り体に申しまして、少々人生における経験が少ないかと……」
俺は思わず片方の口角を僅かに吊り上げ、声にならない笑いを溢してしまう。
うん、まぁ……そうだろうな。
ウチの魔王ちゃんと同様、摩耶さんも箱入り魔女様だからね。
芹沢博士も、色々と気を揉んだ事だろうに……
「ふふ、マーヤはあの勇者に共感し、さぞ俺に対して怒りを募らせている事だろうな」
「……は」
「ま、そうなるように行動したワケだが……やれやれ、この先どうなる事やらだ」
俺は少し溜息を吐き、カップのお茶を飲み干した。
そして新たに注ぎながら、
「それで、セリザーワ達はいまどの辺だ?」
「おそらくはポートセイレンかと。そこでリッテンと合流し、彼の案内で東方三王国を経由して帝国へと言う計画です」
「……なるほど。此方の大陸へ渡ってくるのは……」
「およそ五日後かと」
ディクリスは即答した。
そして付け加えるように、
「ただ、今の時期は少々海が荒れていますので、運が悪ければ倍は掛るかも知れません」
「そうか。一週間ぐらい掛ると考えるべきか。ふむ……三王国へ入れば連絡も付き易いし、テレパス魔法を使えるだろう。うぅ~む、どうするか……」
「何かお考えが?」
「ん?ふふ……察しが良いなディクリス。なに、少しばかり奴等に経験を積ませようと思ってな」
実を言うと、これは酒井さんの発案なのだ。
本来なら、このまま何事も無く摩耶さん達と合流し、人間界へ戻って長い冒険は終了と言う流れなのだが、彼女曰く『せっかくの異世界を観光だけで終わらせちゃ勿体無いでしょ?色々と摩耶に経験を積ませるチャンスよ』との事だ。
なるほど、確かに。
それあに或る意味、これは芹沢博士への御褒美でもあるのだ。
我が心の師匠は、俺と同様……いや、俺以上に好奇心の塊のような人だ。
探究心旺盛な子供の心を持つ大人だ。
初の異世界で、色々と見たり聞いたり、冒険もしたかっただろう。
が、摩耶さんとラピスのお守をしている以上、それもままならない。
現に一年近く、辺境の村に篭っていただけだ。
さぞ悶々として、ストレスも溜まっている事だろう。
だからこそ、ここから少しばかりこの世界を愉しんでもらおうと、俺と酒井さんが色々と考えたのだ。
もちろん、不測の事態に備えて定期的にテレパス魔法やディクリス達を通じて連絡は取るがね。
「三王国の方はボチボチ内戦が始まるかな。帝国の方も、それに近い状態だ。ま、そうなるように仕向けているんだが……ディクリス、取り敢えず別命あるまで帝国で情報収集を行え。……主に反皇帝勢力周辺のな」
「は、畏まりました」
「活動資金と、それと特別報酬を用意してある。後で受け取れ」
俺がそう言うと、ディクリスは些か恐縮した体で、
「既に過分に頂戴しておりますが……」
「なに、ダンジョンで予想以上に宝が手に入ったのでな。それのお裾分けだ。ははは」
「……恐れ入ります」
ディクリスは深々と頭を下げた。
「あ、それと一つ聞きたいのだが……」
「何でしょうか?」
「全く別な話だが、勇者は何を以って勇者と呼ばれるのだ?」
俺の問い掛けに、ディクリスは
「は?」
と少し呆けに取られた顔をした。
「勇者……ですか?」
「そうだ。勇者はどうやって選ばれるのだ?今のあの馬鹿勇者は親父が勇者だったから……血縁で選ばれたのか?や、そうではあるまい。ヤツの親父、グロウティスの前の勇者は血族ではない全くの別人だと聞いた憶えがある。血統でないとしたら、どうやって選ばれるのだ?そう言う審問組織でもあるのか?はたまた、神かそれに類似した超常的存在によって選らばれるとか?よもや名乗ったもの勝ちと言うわけではあるまい」
「私も余り詳しくは……ただ、精霊の洞窟とやらで、様々な試練を潜り抜け、四大精霊に認められし者が勇者としての称号を授かると……そのような話を聞いた事があります」
「ほぅ……四大精霊とな。う~ん……と言うことは、あの馬鹿はその試練とやらを潜り抜けたと、そう言うことか?だったら他の誰にでも勇者になれるチャンスはあるんじゃないか?だってアイツ……未熟な上に弱いぞ」
アレが勇者になれるのなら、ウチのヤマダやリーネアだって、充分になれると思うぞ。
……
その辺の腕っ節の強いだけのチンピラでもなれるかも知れん。
「その辺は何とも……ただ、試練を受ける為の何かしらの前提条件があるのかも知れません」
「ふむ……なるほどな」
うぅ~ん、勇者誕生のプロセスに、このシングちん、些か不可解な点が多いと思う今日この頃だ。
「あの……シング様。一体何故、勇者の事を……」
「ん?なに……ダンジョンを探索していて、ちょっと気になったものでな。あのダンジョンは魔王ベルセバンが造ったもので、その当時の勇者はリートニア……だったかな。エルフの勇者だ。それがちょっと不思議で……勇者とは人間種だけが就ける職業だとばかり思っていたのでな」
「勇者リートニアは人間ではないのですか?」
「正確にはハーフエルフだ。なんだ、お前も知らなかったのか?」
「初耳で御座います。今まで伝説の勇者リートニアは人間だとばかり思っておりました」
「ふむ……なるほどな。それでその事について、ダンジョンにいた古代魔王の幹部であったデュラハンに聞いたら、リートニアの前はドワーフの勇者だったそうだ。更にその前はホビット系の種族と……いや、本当に謎が深まるばかりだな。更にデュラハン自身が生まれる前の話だが、勇者が複数人、同時代に存在した時代もあったらしいとの事だ」
「それは……確かに不思議な話ですね」
「そう考えると、何かこう……勇者と言う存在自体が胡散臭くなって来てな。勇者は人間の中から一つの時代に一人だけ選ばれる……そう聞いていたが、それ自体がちょっと怪しいわい。もしかして、それはただの慣例とか……或るいは、意図的にそうしているか」
「何かしらの組織があると?」
「そこまでは分からん。ただちょっとな、面白い事を思い付いたのでその辺の事を聞きたかっただけだ」
「面白い事、ですか?」
「そうだ」
俺はニンマリとした笑みを溢し、
「あの馬鹿が勇者になれたんだ。もしかしたら我もなれるんじゃないかと思ってな」