その首は盾なのか?
デュラハンのロンベルトが動くと同時に、ヤマダが飛び出した。
絶妙のタイミングだ。
おほ、上手いねぇ。さすがはヤマダの旦那だ。
機先を制した。
ヤマダは間合いに飛び込むと同時に、二刀を巧みに操りロンベルトに切り掛かる。
だが、初手から猛攻を受け、デュラハンはさぞ慌てているかと思いきや、
「ははは……素晴らしいぞ!!」
何故か高笑い。
ロンベルトは右手に持ったロングソードで攻撃を受け流しつつ冷静に後退。
そこへリーネアの放った矢が飛来し、更にエリウちゃんの魔法攻撃も追加される。
良し。連携も取れてるが……あのデュラハンもやるねぇ。
普通の敵なら、奇襲のような旦那の初撃から、エリウちゃんリーネアの連続攻撃へと、パターンに嵌める事が出来るんじゃが……上手くいなしやがった。
と、頭上に乗っている酒井さんが、少し鼻息も荒く、
「出だしは好調ね」
そう呟いた。
黒兵衛も、
「エエ感じや。このまま行けば余裕で勝てるで」
「……このまま行けばな」
デュラハン、と言うだけならまだ何とかなるが、相手は魔王ベルセバンの三貴将とか何とか言っていた。
つまり幹部クラスだ。
その辺のモブとは一線を画す存在だ。
とんでもない必殺技とか持っているかも知れん。
うぅ~ん……俺の見たところ、このまま押し切る事が出来れば勝てそうなんだが……
ヤマダは相手の剣を華麗に躱しつつ、隙を見つけては切り掛かる。
リーネアは魔法を付与した矢を、文字通り矢継ぎ早に放つ。
そしてエリウちゃんは、中距離から魔法を放ち、相手が怯んだ所を剣で切り付けている。
「押せ押せムードじゃない」
酒井さんは小さく手を叩いた。
「シングの見解はどう?」
「……10分ですね」
「10分?」
「このまま10分間、押し続ければ……まぁ勝てるでしょう」
確かに今は押している。
最初の速攻が効いたのか、デュラハンは防戦一方だ。
上手く躱してはいるが、反撃のチャンスを見出せないでいる。
「ただねぇ……相手はアンデッドです。疲労とは無縁な存在なワケですよ」
「つまり、こっちの体力的に10分……って事ね」
「最初から結構飛ばしてますからね」
俺は少し下唇を突き出し、鼻を鳴らした。
「10分間、全力疾走できたら大したモンです」
逆に途中で息切れしたら、そこで攻守交替だ。
「余力は残さないのかしら?シングの言っていた様子見戦法とは違うわね」
「ま、人それぞれです。最初から全力でぶつかるってのも、有りと言えば有りですよ。体力が無尽蔵のアンデッドに対し急戦を仕掛けるってのは、間違いではないです。ただ……」
「反撃が怖いわね」
「それもありますけど、やはり逃げ出す分の力は残しておかないと」
俺は目を細め、じっくりと戦闘を見つめる。
「しかし……ちょっと拙いですね」
「そう?今の所は互角以上に戦っている風に見えるけど?」
「確かに……」
一見すると押してはいる。
ダメージも与えている。
が、浅い。
大ダメージを与えているワケではない。
むぅ……あのデュラハン、本当に上手いなぁ……
押し込まれてはいるが、要所要所で的確に攻撃を捌いている。
中々の腕前だ。
かなりの場数を踏んでいるのか……
さすがは魔王の幹部と言った所か。
しかも笑いながら戦っているし……それだけ余力があるって事だな。
対して此方は、既にいっぱいいっぱいだ。
エリウちゃんなんか歯を食い縛っているし。
「今ならまだ逃げるチャンスはあるんですが……」
「勝ってるのに?」
「だからチャンスなんです」
俺はそう言って、何気に肩に乗っている黒兵衛の頭をグリグリと撫でる。
「ヤマダの旦那は押してます。技術的には旦那の方が上ですが……やっぱ種族の限界ですね。それに装備品の違いも大きいです」
ヤマダの攻撃はヒットしているが、ダメージは極小だ。
何故なら相手は全身鎧……旦那の剣が簡単に弾かれている。
もう少し魔法効果などがある剣ならば、鎧ごと切り裂けるのだが……あの剣では無理だ。
しかもデュラハンは、重厚な鎧を装備しながらも華麗に動き回り、剣を振るっている。
対してヤマダの装備は薄い皮の胸当てのみ。
デュラハンのロングソードの一撃でも受ければ、それまでだ。
「人間の膂力じゃ、全身鎧を装備して縦横無尽に剣を振るう事は出来ません。最初から防御力に雲泥の差があります。逆にデュラ公はあの重装備で、しかも片手でロングソードを振り回しています。種族の差が出てますねぇ……接近戦の旦那にとっては、かなり厳しい相手ですよ」
「エリウは頑張っているわよ」
「あっちは相性が悪いです」
俺は唸った。
「エリウちゃんは魔王ですからね。その属性は闇/冥属性でしょう。アンデッドであるデュラハンも然りです。同じ属性同士ですから、攻撃がヒットしても殆ど相殺されてしまうんですよ。それにリーネアも頑張ってますが……やっぱ聖属性攻撃が無いのが厳しいですね。それに矢のリソースも尽き掛けてますし……逆に、酒井さんにとっては楽勝できる相手だと思いますよ。人間界で言えば、デュラハンなんて妖怪のようなモンですし」
「……そうね。何となく、簡単に勝てそうな気がするわ」
「それが相性ってモンです」
さて、どうするエリウちゃん?
手合わせして、大体のことは分かった筈だろ?
敵が反撃して来る前に、ここは一時撤退するのが上策だが……
そのエリウちゃんは、
「リーネア!!」
と叫んで、何やらハンドサイン。
「了解したわ」
リーネアは素早く二本の矢を放った。
一本目はデュラハンの近くで爆発するや、強烈な閃光を放ち、二本目はいきなり煙を噴出した。
「今だ!!」
エリウが叫びながら、入って来た扉へと向かって駆け出す。
それにヤマダも続く。
リーネアは更に三本目の矢を射った。
……上出来だ。
ナイス判断だと褒めてやろう。
逃げるのは恥ではない。
生き残ればまた戦いを挑む事が出来る。
そう言う判断が冷静に出来るようになったと言うのは……エリウちゃんがここ数日で、かなりレベルアップしたと言う証拠だ。
でも、戦闘からの離脱って、言うほど簡単じゃないんだよなぁ……
案の定、デュラハンは即座に飛び出し、
「逃げられはせんぞ」
小脇に抱えた首が不敵な笑みを浮かべる。
それと同時に、手にしていた剣が赤い光を放ち始めた。
ふにゃ?何か取って置きの攻撃かな?
う~ん、今はちょっと不味いな。
……
ちょっと助けけてやるか。
俺は指をパチンと鳴らし、
「ウェイティング・ベル」
刹那、ホール中に『リ~ンゴ~ン』と大きな鐘の音が鳴り響いた。
「ぬぉッ!?」
デュラハンが奇妙な動きをし、その戦闘行動が掣肘される。
頭上の酒井さんが、
「あら?見事な飛び六方ね。弁慶かしら」
と呟いた。
「どうやら逃げる事に成功したようですね。うん、重畳、重畳」
エリウちゃん達は扉を潜り、ホールから出て通路へと戻っていた。
遁走用魔法『ウェイティング・ベル』は、敵をノックバック、または硬直化させる魔法だ。
更に一時的ではあるが、盲目や弱体化等の様々なデバフも掛ける。
しかもアンデッドに対しても有効だ。
尚且つ、レベルによって確率の変動はあるが、戦闘範囲限定や逃走禁止等の魔法やスキルも無効化するという、優れた脱出魔法である。
自慢じゃないが、かなりのレア魔法で、知る限り知人関係の中でも俺ぐらいしか習得していない。
……
ま、戦闘で逃げ出すのは俺ぐらいだったと言う事でもあるのだがね。
「き、貴様ぁ…」
デュラハンのロンベルトが、怒りの形相で俺を睨みつけて来た。
「そんなに怒るなよぅ」
俺は手をヒラヒラとさせ、笑顔で応じる。
「ちょっと小休止だ。いや、作戦タイムかな?直ぐに戻って来るからさぁ……ちょっとだけ待っててケロ」
「……逃がすか」
「あ?何言ってんのお前?剣を俺に向けて……え?まさか戦いを挑むの?……馬鹿なの?」
「……」
「デュラハン如き、魔法一発で終了だぞ」
俺は頭上の酒井さんを抱き抱え、
「酒井さんなんか札一枚でお前を消去ですぞ」
ちなみに黒兵衛では……多分、勝てんな。
「サカイ……さん?」
小脇に抱えられたデュラハンの首が僅かに動く。
「その人形……生きているのか?いや、人形ではないと……」
「世界随一の術士だ。そうですよね酒井さん?」
「上には上がいるわよ」
酒井さんは小さく鼻を鳴らした。
デュラハンの顔に驚愕が広がる。
「な゛…ど、どのような種族なのだ。生気を感じない?しかしアンデッドでは……」
「世の中、不思議がいっぱいだよねぇ」
ってか、コイツ自身が一番不思議だろうが。
何で首が取れるんだよ……ワケが分からんよ。
「ま、ちょっくら待ってろ、ロンベルトとやら。作戦を練ったら直ぐに戻って来るからさ。エリウは……まだ未熟だけど、それでも魔王だ。魔王が勇者以外に負ける訳にはイカンからな。それに……このまま戦った方が、お前にも色々と都合が良いだろ?」
「……どういう意味だ?」
「なに、お前をスルーして『真実へ至る道』を見つけられても困るだろうって話だ」
「……ッ」
「図星って顔をするな。あの魔王ちゃんに悟られるぞ」
俺は苦笑を溢し、
「んじゃ、また後で。今度は勝つからね」
そう言って踵を返し、手を振りながらホールから出たのだった。