最初にスライムを雑魚と考えたクリエイターの功罪
エリウちゃんはフンフンと鼻息も荒く、次の扉を開けようとしている。
その後ろにはヤマダの旦那とリーネア。
何が出て来ても良いように戦闘態勢を取っている。
そして俺は……
少し離れた場所で待機しつつ、腰に下げた皮袋から小瓶を取り出し、中に入っている液体を飲み干して大きな吐息を一つ。
肩に乗っている黒兵衛が、俺の頬を前足でチョイチョイと突っ突きながら、
「おい、どないしたんや魔王?ちょっと顔色が悪いで?」
酒井さんも俺の顔を覗きこみ、
「どうしたのシング?疲れちゃった?」
「や、疲れたと言うか……ちと調子に乗り過ぎて、魔力の消費がね」
俺は乾いた笑みを浮かべる。
「さすがに、朝から八連戦ですから……」
そこそこ魔力濃度の高いこの世界とて、中レベル魔法の連続使用はさすがに堪えた。
人間界なら既に昏倒していてもおかしくはない程、魔法を多用してしまった。
既に体内魔力の残量は半分を切っている。
これはさすがにマズイ。
ちなみに今飲んだのは、この世界で一般的に流通している魔力回復薬だ。
しかし回復薬と言っても、俺の世界にある薬のように、液体に直接魔力が溶け込んでいるワケではない。
あくまでも、魔力の回復を増進する為の薬だ。
要は健康ドリンクと同じ、遅効性の回復薬である。
飲んで直ぐに効果が出ると言う代物ではない。
「特殊な敵が多かったですからねぇ……特に今のアトミスなんかは魔法でしか倒せませんし。ふむ……もしかしてMPを大量に消費させる為のモンスター配置なのかな?そしてそれにまんまと引っ掛かったのかも……ふふ、やるな、古代の魔王め」
「大丈夫なの?」
「大丈夫……とはちょっと言えませんね。まぁ、スキルで対処出来る場合は良いですけど……いざと言う時は酒井さん、頼みますよ」
「一応、特殊な札を幾つか持って来たけど……ちょっと難しいかも」
酒井さんが珍しく困った顔をした。
「何が難しいので?」
「強力な攻撃用術札もあるんだけど……分からない?札の効力は常に一定なのよねぇ」
「……あ、そう言うことか」
俺はポンと手を打った。
が、黒兵衛はイマイチ分かってないのか、首を大きく傾げ、
「どない意味や?」
「ん?簡単に言えば、制御出来ないって事だよ。魔法だと、周辺環境や仲間の配置状況で、ある程度調整が可能なんだよ。攻撃レベルや効果範囲の修正とかさ。ところが術札の場合、その威力は一定じゃんか」
「あ、なるほどな。強過ぎるんやな」
「そう言うこと。外ならともかく、こんな閉ざされたダンジョン内だと……使用するタイミングはかなり難しいぞ。フレドリィファイアで誰かが死ぬかも知れんし、ダンジョンそのものにダメージを与えかねん」
「ん~……せやったら、符札を使わんで普通に術を使えばエエんやないか?どないや、酒井の姉ちゃん?」
「弱い術なら使えるけど……」
酒井さんがちょっとだけ下唇を突き出しながら眉間に皺を寄せる。
「分からない、黒ちゃん?私もダンジョン探索は素人なのよ?こんな空間で戦うなんて初めてよ。正直、シングのように術を制御できる自信があまりないわ」
「あ~……せやけど姉ちゃん、室内での戦闘とかも慣れてるやないか」
「あれは、壊しても良い、と言う前提で術を使ってるのよ。ここで同じように術を使って、万が一ダンジョンが崩落でも起こしたら……生き埋めになるのはさすがにマズイでしょ?」
「はぁ…なるほどな。色々と制約が多いんやなぁ……強過ぎる術者にとって、ダンジョンってのは枷にもなるんやな。面倒なこっちゃ」
ウンウンと頷く黒兵衛。
俺はそんな使い魔の頭を撫でながら、
「俺の世界だと、わざと床や天井を脆く設計したダンジョンも存在すると聞いた事があるぞ。結界を使わない魔法封じのダンジョンだな」
「あ、その結界を使ったらどないや、姉ちゃん?得意やろ?結界内なら強い術が使えるやんけ」
「遁甲陣?あれはあれで疲れるのよねぇ」
酒井さんは苦笑を溢しつつ、エリウちゃん達の入って行った部屋を指差し、
「そろそろ見に行く?何か戦闘音が聞こえるわよ?」
「うぃっす」
俺は凝った肩を解すように軽く首を回し、部屋の中を覗き込む。
「次はどんな敵が……って言うか、良く考えたら全て俺が倒してますよね?」
今更ながらビックリだ。
「そうよ。エリウを鍛える筈なのに、アンタの経験値ばかり上がってるじゃない。本末転倒よ」
「わはは……っと」
部屋の中では戦闘の真っ最中だった。
エリウちゃんが魔法を放ちつつヤマダの旦那が接近戦を挑み、リーネアは中距離からの射撃。
対する敵は……スライムだ。
流体形ではなく軟体形の種だ。
こいつはまた、厄介なのが出て来たな。
エリウちゃんが火球魔法を放っているが、余り効果は無い。
リーネアの弓攻撃も然り。
ヤマダの旦那の斬撃は、効果があるようで無い。
切られた箇所は直ぐ戻るし、切り落とされた欠片その物がモゾモゾと動き出している。
やはり、自己再生と自己復元……
切れば切るほど数が増えるタイプか。
「気色の悪い敵ね」
酒井さんが眉を顰める。
「巨大プラナリアみたい」
「人間界の不思議生物ですね?まぁ、似たようなモンです」
「対処法は?」
「ありますよ」
俺は即答した。
「メジャーなモンスターですからね。その分、倒し方とかが確立されてるんです」
「へぇ…」
「スライム種は全般的に、物理耐性と魔法耐性がかなり高い生物です。とは言え、生物は生物ですからね。攻撃が効き難いと言うだけで無効化されてるワケじゃないです。叩いてりゃいつかは死にます。それに基本は奇襲専門生物で攻撃力その物は低いです。面と向かって戦えばそれほどの脅威じゃありません。要は、面倒臭い敵ってヤツですよ。もっとも、何百種っていますからねぇ……大きさも手の平サイズから大型バス並の大きさまで様々ですし、中には滅茶苦茶に強い上位種もいるんですが。ま、ゲームに出て来る雑魚では決してないですね」
「シングは色々と知ってるのね。感心するわ」
「ふへ?や、それは単に、この世界のモンスターが自分の世界に似ているからですよ。逆に人間界に関してはド素人ですよ?妖怪や物の怪の知識なんて、酒井さんの百分の一も知りません」
ってか、未だに妖怪と言う種が何なのかサッパリだ。
何だよ一反木綿って……何で布が化けモンになるんだよ。おっかねぇよ。
「しかしここでスライムを配置って事は……体力とアイテムのリソースを削る為かな?」
「そうね。エリウ達より遥かに弱い相手だと思うんだけど、倒すのに結構手間取ってるみたい。さっきからずっと攻撃しっ放しよ。ヤマダなんか息が上がり掛けてるわ」
「ふむ…」
俺は何気に、エリウちゃん達がスライムと戦っている部屋の向かいにある部屋を見やる。
……やっぱりか。
扉と床の僅かな隙間から、何かが溢れ出て来るところだった。
まるで部屋の中で水漏れでも起こしているかのようだ。
ん~……朝一で戦った蔓植物の時もそうだったけど、部屋同士を連動させる罠って所か。
この手の配置が好きなのかな、魔王ベルセバンとやらは。
「ちょっとシング。あれは何?」
俺の視線を追った酒井さんが、隙間から出てきた移動する水溜りのような物体を指差す。
「あれもスライムですよ。流体性の。普通に部屋の片隅に居たとしても、雨漏りでもしているのかな?ぐらいにしか見えませんね。まんま、水です」
俺はスルスルと音も無く進んで来るスライムを見つめ、小さく鼻を鳴らした。
「こっちの部屋でスライム相手に奮戦している所へ、あっちの部屋から出て来たスライムが背後から奇襲……と言う算段でしょう」
「本当に……パッと見、ただの水溜りみたい。音もしないし、全く気付かないわ」
「だから奇襲型生物なんですよ。食事中とか寝ている時とか……気が付いた時には襲われてます。動体感知とか奇襲察知系のスキルを持ってないと、厳しいですね。それで良く、初心者パーティーが大怪我したりしてますよ」
「死にはしないのね」
「所詮はスライムですからね。ま、一気に人を飲み込む大型種や、逆に体内に潜り込んで来る小型種だと、運が悪けりゃ死にますけど……大抵は怪我をする程度ですね。せいぜい、片腕を溶かされるぐらいで済みます」
「それはそれで怪我の程度を超えてるわよ」
「ま、身体の負傷は治療魔法や肉体蘇生形の治癒薬で治りますから。ちょっとお金は掛るけど。ただ問題は、肉体よりも装備品ですよ。スライムの中には好んで金属を食べる種も居ますからね。ダンジョン探索中に武器や防具をロストしたら、それだけでもう撤退ですよ。それがもし高価なアイテムだった日には、泣くに泣けません」
俺の友人も、先祖伝来の剣を溶かされ半狂乱になっていたからな。
学校を卒業したらスライムハンターになる、とか叫んでいたけど……
需要があるとは思えんぞ。
「で、どうするのシング?」
まるで瓶から零れた蜂蜜のようなドロドロとしたスライムは、ゆっくりゆっくりとエリウちゃん達が戦っている部屋へと入って行く。
それを見つめながら俺は、
「ん……特に何も……ねぇ?これ以上手助けするのはちょっと……僕チン、疲れてますし」
「良いの?」
「まぁ、即死級のダメージを与える強敵が現れたら別ですけど、やっぱスライムですからね。これもダンジョンあるあるですよ。スライムに急襲されるってのは。ま、勉強の一つと言う事で……エリウちゃんの対応能力に期待しましょう」
「大丈夫かしら…」
「大丈夫でしょう。仮にも魔王ですよ、エリウちゃんは。スライムに不覚を取る魔王ってのは……さすがに居ないと思いますよ」
俺も初心者の頃は、様々なモンスターに襲われてはピンチを迎えた事があったけど、さすがにスライムは……
ま、いきなり天井から降って来て叫び声を上げた経験はあるけどな。
「そう?あの娘、ちょっとトロい所があるわよ?」
「……少し様子を見ましょうか」
そこまで言われると、さすがに心配だね。