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魔人形だから奨励会には入れません


「ふむ……なるほど」

呟きながら、本のページを捲る。

「へぇ……そうなのか。いやいや、世の中、本当に不思議が一杯。知らない事ばかりじゃのぅ」

等と、部屋で読書に耽っていると、静かな音を立てて扉が開き、

「あらシング?珍しくゲームで遊んでないのね」

黒兵衛に跨った魔人形の酒井さんが入ってきた。


「うぃ、お帰りなしゃい」


「ただいま。で、何してんのシング?漫画じゃないみたいだけど……もしかして勉強?」


「まぁね。この世界の事を色々と知っておくべきだと思って……黒兵衛に頼んで本をね」


「へぇ……どんな本を読んでるのよ?え~と……『月刊アトランティス12月号・特集、既に宇宙人は地球に飛来していた。33の証拠を公開』…」


「いやぁ~…まさか空に瞬く星に特殊な種族が存在していたとは。しかも星から星へと移動する超文明の乗り物まであるとはねぇ。いやはや、超ビックリですよ。この世の中に、よもやこんな凄い秘密が隠されていたとは……しかもその秘密を守る結社まで存在していたなんて。これを俺の世界で発表したら、確実に大パニックですぞ」


「……」


「って、どうしたんですか酒井さん?そんな頭を押さえて……どこか具合が悪いので?」


「ちょっとね。……黒ちゃん」

「や、悪気はないんやで?一概に否定も出来んし……それに、UFOを信じる魔王、ってのも何かオモロいやんか」


「UFO……それは浪漫で飛行する夢の乗り物なんだ。俺もいつか、星々の海を渡りてぇなぁ」


「どーすんのよ。色々と厄介な病気を発症しちゃってるじゃないの」

「まぁ……意外に飽きっぽい所もあるし、エエんやないか?」


「超古代文明っても気になるのぅ。人間種は過去に三度も滅んでいたか……」


「拗らせ過ぎたら手遅れになるわよ。全く……」

ブツブツと溢しながら、酒井さんが深い溜息を吐いた。

その顔は疲れたような顔をしている。

良く分からんが、何か深刻な悩みでもあるのだろうか?


「あれ?そう言えば摩耶さんは?」


「ん?摩耶?今はちょっと……来客中なのよ」


「ありゃ?そうなんですかぁ」


「なに?何か摩耶に用事なの?」


「いや、用事と言うか……学校が終わったら、チェスなるゲームを教えてくれるって話で……」


「はぁ?チェス?」

酒井さんの顔が歪んだ。

何故かいきなり不機嫌だ。


「い、いやいやいや……別に僕が頼んだワケじゃないですよ?何か話しをしていたら、チェスは面白いから一緒にやりましょう、って話の流れになって、それで……」


「何でチェスなの?」


「はへ?」


「全く摩耶ったら……昔からあの子は少し西洋かぶれなのよ。日本人なら先ずは将棋をやるべきよ」


「将棋……ですか?」

はて?何処かで聞いたような……アニメか漫画で観たのかな?


「そうよ。チェスの百倍は面白いわ」


「へぇ…」


「丁度良いわ。今からシングに将棋を教えてあげるわ」


「ふぇ!?」


「なに?何か不満なの?」


「い、いえ……滅相も無い」

酒井さんのレクチャーは何でも分かり易いんだけど、基本的に少々スパルタンな教え方だから……結構、メンタルに来るんだよなぁ。

「あ、そ、そうだ。だったら黒兵衛も一緒に……」

マン・ツー・マンで教わるより、まだ気分的に楽だろう。


「え?黒ちゃんは将棋上手いわよ」


「……マジか?」


「マジやで、自分」

使い魔の黒猫はニヤリと笑みを溢した。

「ぶっちゃけ、チェスより将棋の方が得意やで。猫的に駒が動かし易いからな」


「ぬぅ…」


「じゃ、早速教えて上げるわ。せめて黒ちゃんよりは強くならないと……猫にゲームで負ける魔王って言われたくないでしょ」


そんな訳で、酒井さん&黒兵衛に罵詈雑言付きで将棋とやらを教えて貰うこと数時間、

「ただいま戻りました…」

学校終わりから今までお客さんの相手をしていたのか、制服姿の摩耶さん登場。

少しだけ疲れたような顔をしている。

ちなみに俺は半泣き中だ。

よもや本当に猫にすら勝てんとは……


「お疲れ、摩耶。あの坊主達はもう帰ったの?」

酒井さんがそう言って、ピシャンと小気味良い音を立てながら盤上に駒を置く。

ぐぬぅぅぅ……そう来たか。

ならばこれでどうよ。


「は、はい。ちょっと長くなりましたが……」


「回りくどいのよ、あの連中は。それで結局は何だったの?」

―ピシャン!!

ぬほッ!?そんな所に桂馬を……あれ?金と銀、どっちかが確実に取られる?

マジか……なんて嫌な手を打ってくるんだ。

だが、今こそが好機。

金と銀の命を引き換えに、俺の飛車が敵陣に奔る!!

喰らえ!!


「警戒をと。それと出来れば明王隊を屋敷に常駐させて欲しいと……」


「厚かましいわねぇ。それでどうしたの?」

―ピシャン!!

あ、あれ?

王手とな?ふふふ……甘い甘い。

ここへ逃げれば防御は完璧で御座るよ!!


「空いている館もあるので、そこに暫くは逗留を……」


「……そうね。貸しを作るのも悪くないわね」

―ピシャン。

おや?また王手ですか……ふふ、しつこいですな!!

「シング。言っておくけど、もう詰んでるわよ」


「……え?」

俺は盤上を見つめる。

マジか?あれ?ん?んん?


「七手詰めよ。はい、こう言う時は何て言うの?」


「……次は勝つ」


「意外に負けず嫌いなんだから」

酒井さんはコロコロと可笑しそうに笑った。


ち、ちくしょぅぅぅ……

たかがゲームだが、されどゲームだ。

憶えたてホヤホヤの素人ではあるが、それでも負けるのは悔しい。

って言うか、よもや飛車角金銀落ちで負けるとは……


俺は唇を噛み締め、駒を箱に戻していると、

「シングさん。酒井さんと将棋を……」

摩耶さんが微かに唇を尖らせ、どこか恨めしそうな目で俺を見つめていた。


「え、えぇ。教えてくれると言うもんだから……中々に面白いですね」

と言うか、かなり面白い。

頭の体操にもなりそうだ。


「そうですか。では、次は私とチェスをしましょう」


「ふへ?あ、いや……もうすぐ晩御飯の時間だし……既に頭の中が将棋のルールでいっぱいいっぱいでして……これ以上は、ちょいと脳のキャパ的に無理かなぁ~と」


「……私と約束しましたよね?」

摩耶さんが微笑みながらにじり寄ってくる。

な、なんだこのプレッシャーは?

「チェスをしましょうって……私が教えますからって言いましたよね?」


「え、え~と…」


「夕飯までまだ間があります。簡単ですから……さ、始めましょう♪」


「……ぬぅ」



今日の晩御飯は網焼きステーキだ。

分厚いお肉に焼き付いた網目模様が何故か将棋版に見える。

あまつさえテーブルの上に置いてある塩や胡椒などの調味料入れがルークやポーンの駒にも見えた。

中々に重症である。

「そう言えば摩耶さん。さっき酒井さんと話していましたけど、今日は何があったので?何やらお客さんが来ていたとか……」


「お坊さん達です。その……物の怪の退治に特化した方々です」


「ほへ?それって……この間いきなり死んでたツルツルヘッドの仲間って事ですか?」


「い、いえ。この間のは……拝み屋と呼ばれるソロの退魔師です。今日尋ねて来たのは、大きな組織に属するお坊さん達です」

摩耶さんがそう言うと、テーブルの上にちょこんと座り、器用にナイフとフォークで肉を切り分けている酒井さんが、

「調伏十三流って連中よ。台密系の退魔組織で、東密の清浄金剛衆と並ぶ大きな組織よ。一般的な言い方をすれば、前者が天台宗延暦寺で後者が真言高野衆に属する組織って事」


「全然分からん。が……とにかくその坊主達が摩耶さんに何か話があって来たんですよね」


「そ、そうです。封じていた厄介な物の怪が此方の方、関東方面へと逃げ出したので、警戒してくれと……あと、万が一に備えて出来ればこの辺りに実戦部隊を常駐させて欲しいと……」


「へぇ……要は、自分達が管理していた化け物が逃げたので力を貸して欲しいって事ですよね。ふ~ん……でも、何で摩耶さんに?摩耶さん、ソロプレイヤーでしょ?普通は、もっとこう……情報収集や戦力的な意味でも他の大きな組織にお願いするのが普通じゃないんですか?それとも既に他の組織にも話が……」


「それは無いわね」

と酒井さん。

「縄張り的な意味もあるし、プライドもあるでしょうから、密教系や陰陽系の組織にはまだ黙ってるんじゃないかしら?その点、摩耶はソロだし、実力もあるからね。だから頼って来たんじゃないの。ま、第三者を頼ってる時点で、かなり切羽詰ってるって気がするんだけどね」


「ですね。僕チンもそう思います。既に自分達の手だけじゃ負えないって意味ですもんね。それで……結局、どんな化け物が逃げ出したんで?」

俺がそう尋ねると、摩耶さんは顔を顰め、

「火前坊です。カテゴリー3の妖怪です」


「火前坊?」

首を捻りながら黒兵衛を見やると、皿に顔を突っ込んでいた黒猫は、チラリと上目で俺を見やり、微かに首を横に振った。

どうやら知らんみたいだ。


「私も詳しくは知らないのですが……酒井さんによると、焚死往生に失敗した僧侶が変化した物の怪だと言う話です」


「は?焚死往生?」


「10世紀頃に流行った密教の究極儀式の一つだとか。なんでも自分の身体に火を点けて、そのまま往生して新たに転生するとか何とか……」


「おふぅ……それは中々、良い感じに狂ってますねぇ」

ぶっちゃけ、ただの焼身自殺ではないか。


「ですね。けど……宗教ってそう言うものです。中世期に流行った即身仏もそうですし……」


「で、それが妖怪変化したのが火前坊とやらと」


「はい。この世に未練があったりして往生できなかった僧侶の成れの果てです。ただ、なまじ法力を身に付けている分、かなり厄介な妖怪と言う話です」


「ある意味、死者の魔法使い(リッチ)みたいですね」

あのアンデッドも、現れると面倒なんだよなぁ。

や、ノーマルなリッチなら普通に対処出来るんだけど、ちょいとメジャーどころの魔法使いがリッチ化すると、これが結構な災害になると言うか……

ま、基本的に奴等は活動拠点から離れたがらない引き篭り系が多いから、街で大暴れってのは殆ど無いんだけど、街道近くに拠点を作られたりすると、かなり面倒な事になるんだよねぇ。

でもダンジョンに引き篭もると、場合によっては名所になって冒険者も増えるから、財政面では助かったりもするんだがね。

「んで、その火前坊とやらが逃げ出して坊さん連中が追ってると……そう言うことですか」


「そう言うことです」

摩耶さんはコクンと頷いた。

ただ、魔人形酒井さんは摩耶さんとはまた違った感じで難しい顔をしていた。


「酒井さん。何か気になる事があるので?」


「少し、匂うのよねぇ……」

酒井さんは肉が刺さっているフォークを俺の眼前に突き出しながら言った。


「え?お肉……普通に美味いッスよ?」


「違うわよ。キナ臭い所があるって意味よ」


「と言うと?」


「先ず第一に、どうやって逃げ出したのかってこと。火前坊は危険な妖怪よ。封印しているのなら厳重に監視していた筈。なのに逃げ出した。坊主達の怠慢?それとも何かしらの偶発的事故?はたまた何者かが故意に逃がしたとか……」


「ふむふむ」


「そして第二に、何で封印していたのかってこと」

酒井さんは難しい顔でお肉を頬張った。

……

冷静に考えると、肉を食らう市松人形って物凄く怖くないか?


「火前坊は確かに恐ろしい妖怪だけど、私や摩耶でも滅する事は出来るわ。密教界で一、二争う調伏十三流なら簡単な筈よ。なのに何でわざわざ封印していたのかしら?妖怪保護団体とは真逆の連中なのにねぇ……その辺が、どうにも引っ掛かるのよ」


「……なるほど。滅ぼせる筈なのに滅ぼさず、封印していた筈なのに何故か逃げ出した……と。確かに酒井さんの言う通り、色々と怪しい感じがしますね」


「でしょ?で、ちょっと聞きたいんだけど……シングならこの場合、どうする?」


「はへ?僕チンでごわすか?そうですねぇ……取り敢えず、スルーかな?僕チンは何も知らないし、興味も無いって事で。ま、火の粉が降り掛かって来たら対処しますが……」


「シングらしい答えね。黒ちゃんはどう思う?」

「あ?ワテも魔王と同じやな」

飯を食い終えた使い魔は、前足をベロベロ舐めながらそう言った。

「自分から危険に飛び込むこともないやろう。酒井の姉ちゃんの考え過ぎって事もあるさかい、ここは静観やな」

「……ま、無難な答えね。摩耶だったらこう言う場合、どうすれば良いと思う?」

「え?あ、そうですね……私なら、やはり独自に調査をした方が良いかと……」

「そうね。摩耶ならそう言うと思ったわ」

酒井さんは腕を組み、ふむぅと唸った。


「で、酒井さんならどうするんで?実際、怪しさ満点の話ですし……その坊主達ってのも、摩耶さんの所にお邪魔するってのは決まった事なんでしょ?」


「……そうね。私なら先ず、この情報を他の組織に流すわ。もちろん、発信元がバレないように慎重にね。それで連中がどう言った動きをするのか、それを観察するのよ。ただし、観察するだけで私からは動かないわ。何かしらの要請があった時、そこから考えるわ」


「うわ……なんちゅうか、実に酒井さんらしいと言うか……彼方此方に火種をバラ撒いて、その反応を見るって事ですね。策士ですねぇ」

俺の世界に居た隣国の姫のようだ。

陰謀とか超好きだったし……

ちなみに、それとは逆の隣国の姫は、直感で動くパワフルな女だったな。

あの二人、日頃からむっちゃ仲悪かったのも頷けるわい。

性格や行動が常に真逆だったしね。

ってか、俺の国を滅ぼしたのは、実はアイツ等じゃないのか?

シングの国を先に滅ぼした方が勝ち、みたいな賭けで。

……

やべぇ、有り得るぞ。


「ふん、裏でコソコソ動く方が悪いのよ。協力して欲しいのなら、全て……とは言わないけど、ある程度の情報は渡すべきよ。そう思わない?」


「ま、そうですね。信頼ってのは、腹の内を見せる事から始まりますもんね」


「そう言うこと。それで摩耶……実際、どうすれば良いと思う?」

「え?そそ、そうですねぇ」

摩耶さんは首を大きく曲げ、思考中。

「酒井さんの仰る事も分かるのですが……わざわざ騒ぎの素を作るのはどうかと思います。シングさんが言ったように火種を撒き散らしても、それが大火事になったら大変です」

「そう?それはそれで面白いと思うけど」

「ここは静観しつつ、密かに情報収集と言う流れで良いかと……それに調伏十三流の明王隊も常駐するので、あまり派手に動くのはちょっと……」

「……ま、決めるのは摩耶よ」

酒井さんは肩を竦める。

「ただこっちの方へ来るかもって話でしょ?なら万が一を考えて、火前坊への備えはして置いた方が良いわね」


「火前坊と言うからには、ファイヤー系の妖怪って事ですか?」


「ファイヤー系って言い方もあれだけど……概ね、そうね。火を操る妖怪に属するわ」


「火属性か」

単純に考えれば水属性の攻撃には弱いって事だけど、そんな簡単には行かんだろうなぁ……


「ただ相手のレベルが分からないのが厄介ね。火前坊は相反する性質を持った妖怪なの。生前の坊主の力量にもよるけど、正直、何をして来るか予測不能な所が怖いのよ」


「どう言う意味で?」


「う~ん、シングの世界的に言えば……ゾンビを倒す神官がゾンビになったって所かしら。もちろん、ゾンビを倒す能力を持ったままね」


「なんじゃそりゃ?」


「だから相反する性質を持っている妖怪なのよ。妖怪退治のスペシャリストが自らの意思で妖怪化したのも同じなんですからね」


「なるほどねぇ……でも思うのですが、そんなに強くないんじゃないですか?」


「何でそう思うの?」


「や、だって……修行したツルピカの力量によって強さが違うって話でしょ?」


「そうよ」


「無茶苦茶修行して強くなったのなら……そもそも妖怪にならないんじゃないですか?焚死往生でしたっけ?ちゃんとそれが成功するんじゃないですか?」

俺はそう言って、皆を見渡す。

黒兵衛が頷きながら、

「まぁ……せやな。中途半端な生臭ハゲが妖怪化するんやもんな。法力を身に付けた徳の高い坊主は……先ずならんやろうなぁ」


「だろ?俺もそう思うんだよなぁ」


「……そうねぇ。確かに、シングの言う事も一理あるわ。うぅ~ん……ともかく、何が起こるか分からない以上、警戒は怠らないようにしましょう。摩耶、滞在予定の明王隊なんだけど、出来るだけ監視を付けて。警備隊とかの物理的な監視よ。もちろん、それと分かるようにあからさまにね。そのこと自体が抑止力になるわ。何か問題を起こしたらすぐに追い出せば良いんだし」

「わ、分かりました」

「何を企んでいるのかは知らないけど、私の縄張りで勝手な真似はさせないわよぅ」

酒井さんは拳をグッと握り締め、フンガフンガと鼻息も荒くそう言った。


まぁ……何だかんだ言って、酒井さんも結構プライドが高いからなぁ……

自分のテリトリーに余所者が入って来るのが、何となく嫌なのだろう。

その辺は分からないでもないけど、敵を作り過ぎるのもどうかと思うんだよねぇ。

にしても火前坊か。

摩耶さんや酒井さんの説明で、どんな化け物かは大体分かった。

分かったのだが、やはり俺の常識の範疇を超えている。

アンデッド化した坊主であまつさえ火を使う……

サッパリ分からん。

どの特性も、全て相反している。

どうもこの人間界と言うのは、俺の世界の法則とは大いに違うようだ。

そもそも魔力が極端に薄いのに、どうやって魔法を行使しているのか……中々に謎である。

「だがその謎を解明した時、俺は最強の魔王になれる筈。そう、誰にも虐げられない強き魔王に。ふふふ……はーはっはっは」


「……」

「……」

「……」


「は!?思わず声に出して秘められた野望を語ってしまったわい。わははは♪」


「……」

「……」

「……」


「…って、何故にそんな可哀想な子を見る目で僕を見るのかなぁ?」

黒兵衛も酒井さんも、困った顔で俺を見つめていた。

摩耶さんに至っては、ハンカチを目元に当てている。

ゴミでも入ったのかな?



翌朝、朝御飯をモリモリ食っていると、俺の中で要注意人物に指定されている執事の爺ィこと渋澤がやって来て、何やら摩耶さんに耳打ち。

人形モードでテーブルの上に黙って座っていた酒井さんが、目だけ動かして俺を見やる。


あぁ、昨日話していた坊主達がやって来た……って所ですかい。


やがて渋澤が席を離れると、摩耶さんが軽く溜息を吐き、

「明王隊が到着したようです。それで、代表の方が挨拶にと……」

「ま、その辺の常識はあるみたいね」

酒井さんはそう言って、汁を啜る。

ちなみに俺は、納豆を捏ね繰り回していた。

このネバネバ感が何とも良い感じだ。


「って、何です酒井さん?そんな悪巧みを思い付いた様な目で僕ちゃんを見て…」

ちっぴリ嫌な予感がするんですけどぅ……


「シング。あんた馬鹿外国人のフリして、坊主を挑発しなさい」


「……はい?」

いきなり何を言い出すんだ、この魔人形は?


「坊主がやって来たら、『オゥ、ツルピカデスネェー。ウタマーロデスカ?』とか言って坊主頭をバチバチ叩いた後で『コレガモクギョデスネー』って言いなさい」


「ご、御免こうむります!!……どこのキ○ガイですか俺は?」


「なによぅ……それぐらいアンタなら出来るでしょ」


「いやいやいや、いくら気に入らないからって、そんなあからさまに喧嘩を売らなくても良いのではなかろうかと……摩耶さんもそう思うでしょ?黒兵衛もそうだよな?」


「え?え?えと……そ、そうですね」

「あ~……せやな。ワテもあんまり知らんのやけど……穏便に済ませた方がエエんやないか?」


「と言うことです、酒井さん」


「むぅぅ……本当にあの連中は嫌味な奴らなのよ。私は昔から良く知ってるの」

市松人形特有の下膨れ顔を更に膨らますように、酒井さんが唇を尖らす。


や、やれやれ……

酒井さんって実年齢は知らないけど、いつもは歳上感を醸し出しているのに、時々妙に子供っぽい所が出たりするんだよねぇ。


「なに?なに苦笑してんのよ、シング?」


「いや、別に……」

と頭を掻いていると、ゴンゴンと野太くドアを叩く音が響くや、

「うはははは」

大きな笑い声と共に、図体のでかい男がいきなり入ってきた。

黒を基調とした坊主の法衣を纏った、ツルピカ野郎だ。

その手には太い錫杖。

如何にも荒くれ法師と言った感じである。


う、うぉう……なんか予想以上にスゲェのが来たぞ。

ってか、トロールに少し似ているなぁ……


「お初にお目に掛かります!!某、調伏十三流実戦部隊、軍茶利ぐんだり明王隊を率いる円順と申します!!この度は屋敷の一部をお借し戴き、誠に感謝しております!!」

「あ、いえ…その……」

巨漢坊主に気圧され、摩耶さんはちょっとしどろもどろだが、酒井さんはこれ見よがしに大仰に溜息を吐くと、

「ったく、無駄に五月蠅いのよ。少しは声量を控えたら、このタコ入道」

いきなり喧嘩腰だった。


「お?おぉ……これはこれは、酒井殿、でしたな。慈海僧正様より色々と話を聞いておりますぞ」

「はぁ?様?なに、あのヘタレ坊主、今は様付きで呼ばれてるの?」

「ははは……これは中々に手厳しい」

「本当の事よ。幽霊にビビって小便ちびった残念坊主よ。もちろん私は、それをリアルタイムで見てたんだけどね」

「これはこれは……酒井殿は些か口が悪いですなぁ。稀代の悪霊ゆえ、いつか必ず調伏すべしと慈海様も仰っていましたが……まさしくその通りですな」

「え?調伏?小便坊主とその手下がこの私を?調伏十三流の教えには、出来もしない事を言ってみる、とかあるの?」

酒井さんはニヤニヤとした笑みを浮かべ、巨漢坊主を見上げていた。

一方の坊主は、ハゲ頭に血管を浮かび上がらせ、今にも大噴火しそうである。


いやはや、酒井さん、最初からフルスロットルで喧嘩腰だもんなぁ……

何か因縁でもあるのかな?

それに坊主の方も、簡単に挑発に乗り過ぎだよねぇ。

メンタルが弱いのかな?


俺は小さく溜息を吐きながら、何気に摩耶さんを見やると、彼女は困った顔で俺を見つめていた。

そして黒兵衛も俺をジッと見ている。

え?なに、その目は?

まさか……この場を仲裁しろとか言うわけ?

この俺に?

こんな危険な状態なのに?

……

無理だね。

だって僕チン、平和主義の魔王だし……

って、凄く見てるよ。

超期待の眼差しで俺を見てるよ。

……

こ、困ったねぇ…


「あ~……ウォツホン!!」

俺は大きく咳払いを一つ。

酒井さんと大入道の意識を此方へ向ける。

嫌だけど、仕方あるまい。

家主の摩耶さんが困っている以上、助けるのは居候の努めだ。


「ア~~……ケンカ、ヤメルガイイデース」

ゆっくりと席を立ちながら、取り敢えず片言で喋って外国人感を出してみるが、

「あ゛?なんなのよシング、その舐めた口調は?ブン殴るわよ」


マイガッ!?

馬鹿外国人のフリをしろとか言ってたじゃんかよぅ……


「HAHAHA……ミス、サカイ。イカリ、シズメルガイイデース」

俺は酒井さんを抱き上げ、そのまま摩耶さんに向かって軽やかにパス。

お次はツルピカ坊主だ。

どう対処しよう?

フレンドリーに……ってワケにはいかないよなぁ……

後で酒井さんに殴られそうだし。

でもわざわざ敵を作るのもあれだし……さて、どうしたもんかねぇ。



おのれ酒井……呪われし魔人形め……

調伏十三流の退魔部隊を率いる円順は、怒りの篭った瞳で市松人形を睨み付ける。

裏の世界ではそれと知られた生き人形でもあり、また人に害を為す存在ではないので長いこと放置していたが、世の理から外れた存在である以上、敵である事は間違いない。


しかも我等が師を愚弄するとは……

錫杖を握る指に力が入る。

今ここで騒ぎを起こすのは拙いと知りながらも、円順は己の内なる怒りを持て余していた。

人外の者は全て排除すべき。

それが調伏十三流の基本的教義であり、明王隊はそれを実行する戦闘部隊なのだ。


と、不意に異国の優男が歩み出て来た。

片言の日本語で何か言いながら、呪われし人形を魔女である喜連川摩耶に投げ渡している。


む……何者か?

呪われし人形に全く臆していない所を見ると、異国の術士であろうと円順は思った。

それと同時に、また少し怒りのボルテージが上がる。


ここ数年来、異国の組織が勢力を拡大し、異国の術士が増えていた。

外から流れて来た者ならまだしも、日ノ本の民でありながら異国の術を学ぶ者も増加している。

更に異国より入って来る物の怪の類も増えた。

これもグローバル何とかとか上役達は言うのだが、納得は出来ない。

この国にはこの国の伝統と流儀があるのだ。


「Oh……エッグマン、プリースト。ダメデスネェ……ジツニ、ダメデス」

優男が、片言の日本語を操りながら、どこか困った顔で近付いて来た。

思ったよりも線が細い男だ。

何処となく気弱な雰囲気を醸し出している。

だが、円順は何か微妙な違和感も感じていた。

人のそれとは違う、何か奇妙な感覚を……


「ツルピカサン、ヒトツ、キキタイデスネ」


「……」


「アナタ、UFO、シンジマスカ?」


「……は?UFO?」

円順は思わず聞き返してしまった。

一体この異人は何を言っておるのだ?


「ソーデス。ロマン、ノセテトブ、シンピノノリモノデース♪」


「む…ぬ……UFOか」


「Oh……ココロニスキ、デキマシタネ♪シュギョウ、タリナイデース」


「は?」

刹那、円順の総身に鳥肌が立った。

悪寒が瞬時に駆け巡り、口の中から急速に水分が失われたかのように、喉がひりつく。


な、なんだ?

ふ、震えている……だと?

まさか……自分が恐怖を……


目の前の優男が、微笑みかけていた。

何故か目が離せない。

と、その異国の男が腕を伸ばし、円順の法衣の襟元を掴んだ。

そしてその細い腕からは想像も付かない膂力で円順を引き寄せると、

「調子こいてちゃダメでしょうが、ツルピカはげ丸入道さんよ」

一転して流暢な日本語で語りかける。

「世話になるんだから、頭を下げるのが普通でしょうが。ってか、精神面が脆過ぎ。酒井さんにちょっと煽られた位でキレるとは……お前、本当に強いの?」

「な、何者……」

「やれやれですなぁ」

男の背後に巨大な闇の翼が広がった。

それはゆっくりと、円順の身体を包み込んで行き、次の瞬間、

「あぁぁぁぁぁッ!!」

彼は心の底から恐怖の声を上げた。



「ありゃ?気絶してもうた」

床に崩れ落ちるタコ入道を見下ろしながら、俺は頭を掻いた。

な、なんだかなぁ……


「良くやったわシング♪」

酒井さんがいきなり俺の肩に飛び乗ってきた。


「う、うぉう…」

実に心臓に悪い。

危うく坊主と同じような悲鳴を上げる所だったわい。


「傑作だったわ。女の子みたいな悲鳴を上げて……図体がデカイ割りに、肝は小さいのね」

酒井さんは実に嬉しそうに、俺の頭を撫でてくれる。

うむ、何だか分からんけど褒められてしまったぞ。


「ところでシング。一体なにをしたの?」


「ふへ?や、特に何も……スキルを少し使っただけですよ」


「スキル?」

「シングさん、スキルと言うのは……」

黒兵衛を抱えた摩耶さんが尋ねてくる。


「えと……簡単に言えば、魔力を消費しないで使用できる特殊技術能力ですかね。ただ、やっぱり魔法に比べると効果は薄いし、一日の使用制限があったり特定条件下じゃないと発動しなかったり、そもそも技量が足らないと何も効果がなかったりと……結構、縛りのある能力です。ま、要は特技ですね。人間界で例えると……何じゃろう?速読とか完璧な耳コピとか目でピーナッツを噛むとか……ある程度の才能と練習で会得できる能力です。……全然違うかも知れんけど」


「で、このタコにそのスキルを使ったわけ?」


「です。使ったのは『隠者の影』と『盲目の翼』と言うスキルです。隠者の影は主に恐怖効果による身体能力の低減で、盲目の翼は一時的な視力喪失と精神に恐慌状態を与えます」


「へぇ……中々に凄いじゃない」


「へ?いや、全然凄くないですよ?名前は御大層ですが……ぶっちゃけ、主な使用用途は狩りですよ?しかも小動物相手の」


「そ、そうなの?」


「そうですよぅ。隠者の影で逃走経路を狭めて、盲目の翼で動きが鈍くなった所を弓矢で仕留める。猟師とかが良く使うスキルですよ。だけど大きな動物には余り効果がなくて……この世界だと、せいぜいウサギとかキツネを狩る程度のスキルじゃないかなぁ……あ、ペットの躾にも使いますね」


「……このタコ入道、その程度で気絶したの?しかも口から泡吹いてるし……」


「ですね。精神修養がなっちょらんですなぁ」


「ま、何て言うのか……ザマァないわね」

俺の肩に乗っている酒井さんはクスクス笑うと、袂からスマホを取り出し、ぶっ倒れている坊主の写真を撮った。

「今度、調子こいたこと言ったら、速攻でこの写真を拡散してやるわ。ふふふ…」


相変わらず酒井さんは容赦が無いと言うか根が苛めっ子気質と言うか……おっかねぇなぁ。

しかしこの坊主、本当に何でこの程度のスキルで気絶したんだ?

隠者の影も盲目の翼も、専門的な高難度技能ではなく、学校で習う基礎技能の一つだぞ。

うぅ~ん……人間種と言うのは、精神的に弱いのかな?

や、でも幽霊とかお化けの類には強そうだし……良く分からんですなぁ。











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