糸瓜とか瓢箪って、食べられたっけ?
と言うわけで翌朝……ま、今が朝がどうかは判断がつかないが、またもや肉を食べてから行動を開始だ。
酒井さんが、野菜や果物が欲しいわね、と呟いていたが、ダンジョン内でそれは贅沢過ぎると言う物だ。
一応、予備食料としてドライフルーツの類は持って来ているがね。
さぁ~て、最初にどこから探索しますかねぇ……
俺は膨れた腹を擦りながら、エリウちゃんを見やる。
今朝の魔王ちゃんは、見ていて非常に面白かった。
一晩中、俺の身体を枕代わりにしていた彼女は、目覚めると同時に非常にワタワタして……ちょっぴりパニくっている様子だった。
驚いたり顔を赤らめたり、何故か独りでキャーキャー騒いでいるし……一体何がどうした?
「いやぁ~……そんなに恐縮しなくても良いのにね。膝枕だろうが腕枕だろうがボディ枕だろうが、別に俺は気にしないのに」
そんな事を酒井さんに向かって呟いたら、彼女は呆れたような顔で俺を見つめ、
「アンタって本当に……前々から思っていたけど、その鈍感さは病気じゃないの?」
そんな事を言う。
うむ、全く以って意味が分からん。
さて、そんなエリウちゃんだが、取り敢えずは全部の扉を開けてみる、と言っていた。
うむ、賛成だ。
おそらくは……いや十中八九、昨日のゴーレムやバジリスクのように何かしらの強敵が待ち構えているのは必定だ。
しかし開けて確かめないと、探索とは言えない。
そこにダンジョン攻略に必須な仕掛けやお宝があるかも知れないしね。
まぁ……敵が出ると最初から分かっていれば、気持ち的には楽だろう。
エリウちゃんはリーネアとヤマダに目配せで合図しながら、昨夜を過ごした部屋の隣の扉を開ける。
中の造りは同じだ。
縦に長い長方形の部屋。
予想に反して敵の姿は見当たらない。
何も無い空虚な空間が広がっているだけ……いや、ただ扉が一枚あった。
部屋の右側奥の壁に、扉が付いている。
ん?あれ?この部屋の右隣は、昨日泊まったスケルトン部屋だよな?
あの部屋に扉なんか無かった筈だが……
エリウちゃんも首を傾げ、不思議そうな顔でその扉に近付いて行く。
むぅ…
「止まれ、エリウ」
俺はいつもの厳かな声を魔王ちゃんに掛け、
「リーネア」
扉を指差す。
エルフの弓士は僅かに小首を傾げた後、俺の意図を察したのか、矢筒から矢を取り出し、弓に番える。
そして弓弦を引き絞り、件の扉目掛けて射出。
風を切る音と供に一直線に矢は扉に突き刺さった。
その瞬間、グニャリと扉は変形し、何やらズズズと奇妙な音を立てながら、まるで溶け出したかのように壁から剥がれると、そのまま地面を這いずり始めた。
うむ、冴えてるね僕チン。
「な、何あれ?」
リーネアと肩に乗っている酒井さんが同じ台詞を口にした。
「ん?この世界には存在しないのか?俺の世界ではイートイネターとか呼ばれる擬態性捕食生物だ。主に扉や壁に擬態し、近付いて来た者を飲み込む」
そうリーネアに説明していると、黒兵衛が俺の耳朶を前足で弾きながら、
「ミミックの類とは違うんか?」
「全然違うね。似て非なるものだ。ミミックは宝箱に擬態しているんじゃなく、わざわざあの形に進化したんだ。宝箱の形をした貝殻だと思えば良い。実際、ミミックは貝類に近い仲間だからな。対してこのイートイネターは、スライムの系統だ」
俺は床に広がるゼリー状の生物に眉を顰める。
「ちなみに言っておくが、こいつは喰えん」
あまつさえ毒にも薬にもならん。
「そら面白くない敵やな。どないする?スルーするか?」
「本当はそうしたいんだが……どうやら俺達を餌と認識したみたいだな。知能が無い分、本能でどこまで追って来る。だから面倒だけど、始末しておくか」
言って俺は片手を掲げ、
「蒼天の重圧」
重力系魔法を発動。
ズンッと鈍い音と供に、イートイネターの中央部が大きく窪み、その周りが弾け飛んだ。
「スライム種は魔法耐性もあるし、物理も殴打攻撃以外は殆ど効果が無いからな。だから押し潰してやったわい」
石の床が凹み、イートイネターはピクリとも動かない。
「しかし……リーネアもヤマダもエリウも、コイツを見たのは初めてか?」
そう問い掛けると、三名はコクンと揃って頷いた。
「そうか……だとすると、既に現代では絶滅種か。コイツが最後の一匹だったのかも」
そう考えると、ちょっぴり罪悪感が湧いて来てしまう。
「俺の世界だと、割とポピュラーなスライム種なんだがなぁ」
湿ったダンジョンには良く出没して、非常に鬱陶しかった。
まぁ、知能が無い上に本能的にも馬鹿だったので、こいつの擬態に引っ掛かるヤツは殆どいなかったが。
何しろ俺が初めて遭遇した時、コイツは天井にへばり付いていたのだ。
そこで扉に化けていたのだ。
思わず「違うだろ」って真顔でツッコんでしまった記憶が残っている。
いやはや、それも今では懐かしい思い出の一つだ。
「しかし…ふむ、特に何も無い部屋だな」
イートイネターが潜んでいた以外、何か仕掛けのようなモノがあるワケではなかった。
罠も無く、ただのモンスター部屋のようだ。
うぅ~ん……
昨日のバジリスクやスケルトンの部屋も、ただモンスターがいただけだし……
この辺りの扉付きの部屋は、単純なモンスター部屋なのか?
はたまた、単に俺達が外れを引いただけなのか……ちと分からんな。
そんな事をボンヤリ考えていると、しゃがんでイートイネターの死骸を見つめていたエリウちゃんが、
「シング様」
振り返り俺の名を呼ぶ。
「どうした?」
近付いてみると、押し潰されたゼリー状の死骸の中に、何か光る物があった。
それを酸性の体液に注意しながら取り出してみると、
「……鍵か?」
それは古い真鍮のような黄濁色をした手の平大の大きな鍵であった。
ん?んん……
自然と飲み込んだモノではないな。
何かを捕食して体内に取り込んだとしたなら、疾うの昔に溶かされている筈だ。
となると、この鍵自体に何か対溶解性の魔法かもしくは特殊なコーティングが施されていると……つまりそれは、わざわざイートイネターの体内に忍ばせていたと……この鍵はダンジョン攻略に必須なアイテムだと言う事か。
……
いや、本当にそうか?
もしかしてもしかすると……
「ま、勘繰ってばかりでは埒が明かないか」
「何か仰いましたか、シング様?」
「いや、独り言だ。どうやらこの鍵は、このダンジョンで使う鍵のようだな。文字通り、キーアイテムと言うヤツだ」
俺はそう言って、エリウちゃんに手渡す。
「それを使って何をするかは分からん。攻略に必須なのか、はたまた他の使い途があるのか……取り敢えず扉の付いている部屋を調べて正解だったな。他にもまだ七部屋ばかり残っているが、全部調べるかね?」
「はい」
「ふむ……そうだな」
俺は頷き、何気にエリウちゃんの頭をクリクリと撫でる。
彼女は嬉しそうに、顔を綻ばせていた。
「では次は……」
「あの扉です」
エリウちゃんはちょっぴり鼻息を荒くして、相対する正面の扉を指差した。
昨日、バジリスクと戦った隣の部屋だ。
彼女はトテテテッと進んで行き、今度は慎重に扉を観察した後、ゆっくりと扉を開けて行く。
「む…」
扉が僅かに開くと同時に、その隙間から漂う強烈な異臭。
鼻がモゲて落ちそうになる程の悪臭だ。
酒井さんが慌てて袂で顔を覆い、黒兵衛は尻尾を振り回しながら必死になって顔を洗っている。
この匂いは……マジかよ。た、堪らんなぁ……
見なくても、中に何が潜んでいるのかが分かる。
動死体、もしくはそれに類似したモンスターだ。
ダンジョン内で出会いたくない敵、上位に分類されるヤツだ。
ダンジョンと言う閉ざされた空間なので、ともかく臭い。
その上、様々な病原体持ち。
返り血ならぬ返り体液でも浴びた日には、匂いは取れないわ病気になるわ……
ダンジョンなので洗い流す事も難しい。
ま、そう言う時は水系の魔法をシャワー代わりに使うのだが、そうすると今度は全身びしょ濡れだし乾かないしで風邪を引くと……経験者の俺からすれば実に面倒なだけの敵だ。
当然の事ながら、喰えないし。
エリウちゃんは軽く嘔吐きながら扉を大きく開けるや、火炎系魔法を部屋の中へ打ち込む。
リーネアも顔を顰め、火属性をエンチャントした矢を何本も放つ。
そしてエリウちゃんは素早く扉を閉めた。
中からドンドンと扉を叩く音と呻き声が響いてくる。
どうやら大して効果がなかったみたいだ。
動死体はアンデッドで確かに火系魔法には弱いけど、湿ってる分、燃やし難いんだよなぁ……
木乃伊系だと逆に燃え易いんだけどね。
焚き付けにする場合もあるし。
彼女は、どうしよう…みたいな顔で、俺を見つめてきた。
思わず苦笑だ。
と、酒井さんが耳元で
「シング。何とかしなさい。この匂いは堪らないわ」
「ですね」
一匹二匹のゾンビならともかく、数十匹集まるとさすがにね。
俺も物凄く気分が悪くなって来たし。
「エリウ。我が合図したら扉を開けよ」
「は、はい」
「ふむ…」
魔力を集中。
範囲を固定して……
「良し」
エリウちゃんが扉を開ける。
それと同時に
「朱の一撃」
片手を突き出し、火焔魔法を発動。
ゴォゥッ!!と音を立て、煉獄の炎が室内を舐め尽す。
ま、こんなモンか。
ただ、腐臭は消えたけど、今度は焦げ臭いと言うか……髪とか爪が燃えた匂いが何とも。
これはこれで気分が悪くなるわい。
本当は僧侶チックに光とか聖属性の魔法で浄化すれば一発なんだけど、そっち方面の魔法はあまり習得してないんだよね。
や、使える事は使えるけどねぇ……凄く強力なヤツを。
けど、対象が単体なんだよね、これが。
後は武器に付与するタイプ。
酒井さんのように、範囲系の浄化魔法は未習得なんだよ。
……
ってか、酒井さんがやれば早かったんじゃね?
そんな事を思っていると、部屋の中を見渡していたエリウちゃんが
「特に……何も無いです」
口元を手で押さえながら言った。
俺も黒焦げになった動死体の死体……いや、元ゾンビだった炭の塊と室内を見渡しつつ、
「そうだな。ふむ……ならば次へ行くか」
「はい」
エリウちゃんはそっと扉を閉じた。
しかしまぁ、バジリスクにスケルトンにイートイネターにゾンビと……
何か、一貫性の無い配置だな。
お次は何が出てくるんじゃろ?
エリウちゃんが隣の扉を確認し、そして呼吸を整えると、一気に扉を開けた。
むほッ!?
目に飛び込んで来たのは、緑色をした化け物だ。
かなり大きい、
二メートルはある。
ウネウネと動く長い触手……いや、あれは蔓だ。
その中心は複雑に絡み合った太い茎。
そこから無数に伸びた蔓は、まるで鞭のようである。
そして上部には、幾つかの花のような部分があるが、おしべやめしべではなく、牙が生えている。
そこからまるで涎の様に透明の粘液が滴り落ちていた。
そしてあろう事か、そいつは速くはないが動いていた。
根っこに当たる部分を起用に動かし、普通に歩いている。
まるで百足のような多足類昆虫のようだ。
それが全部で三体……
「スティルプス類?え?もしかして……捕食性植物か?しかも自立走行型なの?」
「ムボ・エルカの亜種よ」
リーネアが矢を番えながら言った。
「古代エルフ語で獰猛な蔓と言う意味。今でもエルフの森とかに生息しているわ。それの幼体よ」
「幼体?この大きさでか?」
「普通はここまで成長しないわ。その前にどこかで根付く筈だし……シン殿の世界には?」
「捕食性植物はいたけど、ここまで露骨な姿なのはちょっとなぁ……記憶に無い」
もう見たまんまじゃんか。
俺の世界の捕食性植物は、もっと植物らしかった。
と言うか、そもそも動き回る事なんかしない。
普通に地面から生えていて、大抵は近くに来た獲物を襲ったりする。
動き回って自分で獲物を狩る植物なんか、聞いた事も見たことも無い。
一応、動き回る植物らしきモノはいたけど、厳密に言えばあれは植物ではなく、植物の姿に擬態した動物だ。
トレント類とかがそれである。
あとは普通に共生する植物類。
動物の身体の一部に取り付き、そこで供に成長するタイプだ。
甲羅に色とりどりの花を咲かせた陸生亀類型魔獣を見た事がある。
人間界にも、確か苔の生えた亀がいた筈だ。
「スゲェなぁ……俺の中の植物に対するイメージと常識が少し崩れたぜ」
と言うか、本当に植物なのか?
「しかし……襲って来ないな」
ウニョウニョと部屋の中を動き回ってはいるが、此方へはやって来ない。
リーネアが矢に魔法をエンチャントしながら、
「だって目や耳が無いんですもの。もちろん鼻もね。そもそも脳も無いし」
「なるほど。その辺は植物だからか」
となると、接触型感知ってヤツかな?
触手のような蔓に触れると、反射的に捕縛行動を取ると……そんな所か。
「ならば倒すのは簡単だな」
「そうね。燃やすのが手っ取り早いわ」
「しかし燃やすと、食べられないじゃないか」
そう言うと、リーネアが「はぁ?」と、まるでアホな子を見るような目で俺を見つめた。
ヤマダの旦那も思いっ切り首を捻っている。
「や、だって昨日から肉しか食べてないし……少しは野菜的なモノを摂りたいかなと」
「シン殿……まさかアレを食べようって言うの?」
「そうだが?ちなみに俺は毒に対する耐性を持っているから……食べる基準は、美味いか不味いかだ」
「その辺はさすが魔王ね。でも……多分、美味しくないか物凄く不味いと思うわよ」
「なんで?」
「美味しかったら、疾うの昔に食用にされているかレシピが伝わっている筈よ」
「……そりゃそうか」
俺は部屋の中をウロウロとしている巨大植物を見つめ、小さな溜息を吐いた。
うむ、残念だ……
サラダにしようと思っていたのに。
「ま、良っか。んじゃ、とっとと片付けようか」
「そうね」
と、リーネアが火属性魔法を付与した矢を放つ。
エリウちゃんも火球魔法を放った。
全自動ダンシング蔓植物は、一瞬で火達磨になり、右往左往しながら、やがて消し炭のような状態になり、その場にボロボロと崩れ落ちた。
うん、焚付け用燃料として少し拾っておこう。
しかし……今までと違って、何かアッサリと片付いたな。
腕を組み首を傾げていると、いきなりエリウちゃんがその場に倒れ込んだ。
リーネアもヤマダも、そのまま腰から崩れ落ちる。
更には肩に乗っている黒兵衛も。
「どどど、どうした?」
床に落ちた黒兵衛の身体を揺すってみる。
「……ありゃま。寝てるよ」
「こっちもよ」
と、エリウちゃん達の様子を診ていた酒井さん。
眉根を寄せながら、
「いきなりどうしたのかしら……」
「ん~……多分、無色無臭性の睡眠ガスの類でしょう」
俺はムボ・エルカとか言う名前の捕食植物の残骸を見つめる。
「どうやら、燃やすと同時に発生するタイプですね」
「なるほどね。けど、リーネアは知らなかったみたいだけど……」
「ふむ……植物ですから、基本的に屋外生物だし……屋外だと、ガスは直ぐに霧散しちゃうから気付かなかったのかも。逆にここは室内ですから、その分効果は抜群なんでしょうね」
しかし、なるほど……睡眠ガスか。
となると、眠らせて終わり、ってだけじゃ済まないよねぇ。
俺はちょっぴり感心しながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
それと同時に向かいの部屋の扉が開き、そこから同じくムボ・エルカが三体現れた。
それらがウニョウニョと触手のような蔓をくねらせながら此方へと向かって来る。
「ふ~ん……やっぱりこう言う仕掛けか」
向かい合う部屋にムボ・エルカを配置して置き、どちらかが催眠ガスを噴出して侵入者を眠らせると、もう片方の部屋にいるムボ・エルカが捕食すると……
植物性の敵に火系魔法は常套手段だからな。
「ふふん、面白いトラップだけど、残念だったね。超強力な魔法の類ならともかく、睡眠ガスとか……毒耐性持ちの俺や酒井さんには通用しませんな」
「エリウには通用したみたいだけどね」
「……戦闘中にスリープする魔王ってのも、中々にレアな存在ですよね」
俺は苦笑を溢しながら、精神を集中し魔法の準備をする。
が、途中で止めて、腰から剣を引き抜いた。
「あら?どうしたのシング?燃やさないの?」
「や、折角だから少し食べてみようかと……もし美味しかったら、少し持って行きましょう」
「そうね。お肉ばかりだと栄養が偏っちゃうわ」
「ははは…」
いやいや、栄養を気にする魔人形って……
相変わらず酒井さんはシュールな事を言ってくれるよね。
「さて……んじゃ、取り敢えず千切りにでもしてやりますか」
俺は剣を肩に担ぎ、部屋に入って来たスティックサラダの材料に呑気な足取りで向かって行ったのだった。




