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ダンジョンへの誘い


 数日を経ずして、巨石の撤去作業は終了した。

ま、たかが積もった岩を退かすぐらいだ。

巨人種等も揃えている魔王軍には造作もないことだろう。

……

俺が魔法で粉微塵にすれば一瞬で終わったのだが。


と言うわけで、作業を終えた後は簡単に準備を済ませて早速に探検へ出発だ。

一応、何が起こるか分からないので愛用の剣を三振りフル装備し、いつものように両の肩に酒井さんと黒兵衛を乗せて、タコ助に跨り件のダンジョンへと赴く。


「しかしダンジョン探索かぁ……久し振りだなぁ」

最後にダンジョンへ潜ったのはいつだったか。

学校の課外教習科目で入ったのが最後だったかな?


「せやけど、こない小荷物で大丈夫かいな」

そうボヤいたのは黒兵衛だ。

俺は水と簡易的な食料が入った小さなリュックを背負っている。

黒兵衛も首の部分に小さな風呂敷包みと言う軽装。

酒井さんは符札などが入ったお手製の巾着袋のみだ。


「調査済みのダンジョンなら大荷物でも別に良いけど、今回は未探索のダンジョンだからな。荷物は最小限の方が良い」


「どない意味や?普通は逆やないか?」


「ん~……人間界ならそうかも知れんけど、俺の世界の常識では違うな。先ずは常に動き易くしているのが一番だ。未探索のダンジョンはどんな危険が待ち受けているか分からんからな。大荷物を背負っていては咄嗟にトラップを回避したりは出来んわい」


「はぁ……なるほどな。せやけど水や食料が少ないのは……」


「基本、現地調達だ。水は魔法でも作れるし。大丈夫、いざとなったら苔でも食えば良い。それで水分も補給できるし……最悪の場合は自分の小便だって飲むわい」

ダンジョン探索は実践的サバイバルの場なのだ。


「小便って……そう言えばダンジョン内のトイレ事情はどないなっとるんや?」


「ふにゃ?知らんのか?」


「知らんわい。そもそもワテも酒井の姉ちゃんも、ダンジョン探索なんて初めてやど」


「あ~……そうか。初体験か。人間界だと、ダンジョンなんてないからなぁ」


「せやろ」

「古代遺跡の類は多いけどね」

と酒井さん。

「けど、いわゆるファンタジィ的なダンジョンはないわね。何でかしら?」


「ん~…それは多分、あれですよ。人間しかいないからです。普通の世界……俺の世界やこの世界などは、数多くの種族がいますからね。その中には、土の中が好きと言う種族や魔獣も多いんです。ドワーフ系の種族とかね。だから地下都市とかも普通にあるし、そこから地下ダンジョン等が出来たりするんですよ」


「なるほどね」


「んで、トイレの話だけど……どうだろうね?普通は排便を抑制する薬を飲んだり魔法を掛けたりして挑んだりするんだけど……この世界のルールはどうなんじゃろう?」

その辺は俺もまだ知らない。


「その辺で適当にするってワケじゃないのね」


「ダンジョンの構成にもよりますね。けど、普通はあまりしませんよ。衛生的な問題じゃなく、危険回避の為に」


「どういうこと?」


「排泄物の匂いでモンスターが寄って来るのを防ぐ為ですよ」

肉食系モンスターや魔獣は、匂いを辿って襲ってくる事があるからね。

糞尿だらけのダンジョンで寝込みを襲われたら洒落にもならんわい。

「だから所構わずってのは……まぁ、我慢の限界なら仕方ないですけど、普通はしない筈です」


「ゲームと違って、その辺は難しいのね」


「そうですよ。大きい方をしている時に大型モンスターにでも襲われたりしたら、先ず助かりませんん」

あまつさえ物笑いの種になるわい。

実際、学生時代の友人が、我慢出来なくてダンジョンの片隅で屈んでいたら、尻を蛇系のモンスターに噛まれた事があった。

そいつは後日、コカトリスと言う御大層な渾名を付けられたしな。


さて、そんなこんなでダンジョン初心者の酒井さんと黒兵衛に色々とレクチャーしつつ馬を走らせていると、件のダンジョンが見えてきた。

そこには既に、リーネアとヤマダが到着していた。

リーネア姐さんは俺と同じような小型のリュックを背負っており、ヤマダの旦那は……テレビで観た江戸時代の武士の旅装のような、肩から腰に掛けて襷掛けに小さな包みを背負っている。

記憶が確かなら、確か打飼袋とか言ったかな。

どちらもダンジョンの探索にも慣れていると言った格好だ。

ベテランの風格が漂っている。


「よぅ、お待たせ」

俺はタコ助から飛び降りる。

「悪いね、今日は。二人を巻き込んじゃって」


「むしろ感謝よ」

リーネアが笑顔を溢した。

「魔王城近くで発見された未探索のダンジョンなんて……中々に面白いわ。シン殿ほどじゃないけど、ワクワクするわね」

ヤマダの旦那も「然り」と頷いている。


うむ、二人とも勇者の仲間であり超絶技能を持つ戦士でもあるんだけど、やっぱり基本は冒険者なんだよなぁ……

未知を求める心が強いよ。


「リーネア達はダンジョン探索の経験は……ま、当然あるわな」


「そうね。かなりの数は入ったと思うわ。……グロウティスの頃にね」

そのリーネアの言葉に続けるように、ヤマダの旦那が口を開く。

「しかし、誰も入った事のないダンジョンと言うのは初めてだ」


「だよなぁ……って、良く考えたら俺も初めてだわい」


「参謀殿達が、魔王ベルセバンに縁のあるダンジョンかも、と話していたぞ」


「うん、俺も聞いた」

何でも千五百年近く前の魔王だそうだ。

思っていたよりも古いダンジョンのようだね。


俺はフムフムと独り頷きながらその入り口を見つめる。

中はここから見たところ、自然に出来た洞窟のような感じだが、入り口は加工されたレンガのような石が詰まれて門を形成している。

その石に、掠れてはいるが文字のような奇妙な紋章が幾つも描かれてあった。

参謀達が調べた所、それが魔王ベルセバンとやらの紋章に酷似しているそうだ。


「魔王ベルセバンか。この世界の歴史はサッパリだが……どんな魔王だったんじゃろう?」


「それは分からないわ」

リーネアが綺麗な柳眉を微かに顰めた。

ヤマダ氏も頷き、

「千年以上も前の事だしな。何より確か……世界を大いなる災いが襲い、かなりの数の死者が出たとか……それでその当時の詳しい文献は殆ど残ってない……そんな話を何処かで聞いた憶えがあるな」


「私は世界の大厄で全種族の半数が死んだと聞いたわ。滅んだ国もかなりあったと言う話だし」


「ほへぇ……それって、そのベルセバンって魔王の仕業って事か?」

だとしたら、かなりの魔王だぞ。

……

魔王って、血統なのかな?

それだったらエリウちゃんにもその血が……


「いえ、魔王の軍もかなりの被害を……って話だから、何かしらの自然災害でも起きたのかしら?ヤマダの言った通り、その当時の詳しい資料は殆ど残ってないのよ。伝承とか口伝で僅かに残っているだけね。しかも結構、いい加減に。魔王ベルセバンと勇者リートニアの物語……シン殿は聞いた事がない?」


「初耳だよ。そもそも僕ちゃんは異世界出身ですぞ。で、どんな話?」


「さぁ?」

リーネアはおどけたように、肩を竦めてみせた。

このエルフの姉ちゃんは、ちょっぴりお茶目な所があるのだ。


「色々と諸説あるのよ。勇者と魔王が協力して大厄を鎮めたとか、魔王も勇者も大厄で死んだとか……中には魔王と勇者が結ばれたって荒唐無稽な話もあったわ。二人とも男の筈なのにね。それぐらい、詳しい話は伝わってないの。伝わっているのは脚色された物語だけ。ただ、魔王ベルセバンと言う強い魔王と、リートニアと言うハーフエルフの勇者が存在したと言うのは本当らしいわ。僅かだけど遺物も残っているし。けど、それ以外は全く不明なのよ」


「不明ねぇ……そこで歴史の断絶が起きたって事か」

人間界で言う所の、大量絶滅かな?

P-T境界みたいな。

……

いや、その場合は生命が復活するのに万年単位の時間が掛るし……

もしかして失われた超古代文明とか?

でもたかだか千五百年前って話だしなぁ……良く分からんわい。


「ま、何にしても楽しみが増えたな。何しろ伝説の魔王に関わりのある新発見のダンジョンだ。そこに歴史の謎が眠っているかも知れんな」

それにお宝も楽しみだ。

いにしえの魔王の強力な武器が発見できるかも。


そんな事をボンヤリと考えながら、暫くダンジョン前で魔王エリウちゃんを待っていると……

道の向こうから、そのエリウちゃんが親衛隊の面々と供にやって来た。

……

一瞬、巨人が来たのかと見間違えてしまったが。


「ま、待て待て待て。一体何の真似だそれは?」

俺はエリウちゃん見つめ……もとい、エリウちゃんの背負っているカーキー色のバックパックを見上げながら言った。

その高さは、エリウちゃんの背丈の三倍位はある。

特注のリュックか、それは?

ってか、何で楽に背負ってるんだよ……さては鎧と同じく魔力でカバーしているな?

本当に、この残念魔王ちゃんは……


「何を考えている、エリウ?引越しでもするのか?」


「え?え?」

エリウちゃんはキョトンとした顔を向けて来た。

どうやら本人は、自分のおかしさに気付いていないらしい。

と、付き添っていた親衛隊のティラちゃんが一歩前へ出て、

「数日分の食料に着替えなどですが?」

これまた不思議そうな顔で俺を見てくる。


「き、着替えって……あのなぁ」

何だか頭痛がしてきたよ。

肩に乗っている酒井さんも大きく溜息を吐いているし、リーネアとヤマダの旦那は目が点状態だ。

「ともかく、俺やリーネアと同じぐらいのリュックにしろ」


「それでは一日分の着替えも入りません」

とティラちゃん。

ペセルちゃんや他の親衛隊員も、ウンウンと頷く。

おいおい、まるで俺が間違った事を言っているようではないか。


「着替えから離れろ」

俺は眉を顰めながら言う。


「ですがシング様。ちゃんとお着替えをしませんと、エリウ様がくちゃいくちゃいになってしまいます。ハッ……もしかしてシング様は、臭いのがお好みですか?」


「ハッ……じゃねぇーよ。何言ってんだ、お前?」

思わず素の言葉で返してしまう僕チン。

「そんな巨人が使うようなリュックを背負ってて満足に戦える筈がなかろう」

と言うか、ダンジョンに入れるか?

既に入り口より高くなっているよ。


「そもそもティラ。それにペセルやその他の親衛隊員。お前達はダンジョンに潜った事があるのか?」


「ありません」


「……だろうな」

いや、もう……全員、それが何か?って顔しているよ。

ビックリだよ。

何かドッと疲れまで出て来たよ。

これからダンジョンに潜ると言うのに……最初からトホホだね。

「もう良い。ともかく、今すぐ荷物を纏め直せ。持って行くのは最低限の水と食料と医薬品だけだ。それ以外は神が許しても我が許さん」









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