閑話休題・暴れん坊魔王/偵察任務で御座るの巻
俺達は今、諸事情により大噴火したバイネル火山郡の南方に広がる森の中に駐屯していた。
戦線は各地で膠着状態……
と言うか、膠着状態に持って行き、相手が勝手に自滅して行くのを待っていると言う状況なので、正直ヒマである。
酒井さんはエリウちゃんと供に参謀部でのんびりお茶を飲んでたりしているし、黒兵衛はリッカちゃんや各地で保護した子供達と遊んでいる。
ま、遊んでいると言うよりは連れ回されているだけだが。
そんな中、俺は……粗末な皮鎧を身に付け、貧乏魔族の三男坊であるシンノスケこと遊び人のシンさんと称し、下級兵士に混じり偵察任務中なのである。
殆どの部隊には面が割れ、息抜きがてらに労働で汗を流す、と言う事が出来なくなってしまっていたが、現在、ここにいるのは砂漠地帯より転進して来たタイガーヘッドのアスドバル麾下の第二軍団だ。
今までそれほど関わりが無かった部隊なので、俺の顔はあまり知られていない。
だからこうして、どさくさに紛れて部隊に入り込む事が出来たのだ。
ま、一応は魔王軍本隊からの出向という形は取っているのだがね。
いやぁ~……しかし空気も澄んでて、気持ちがエエにゃあ……
お散歩気分で森の中を歩く僕チン。
一応は偵察任務なのだが、南部諸侯連合軍とやらはほぼ壊滅状態だし、実に気楽なもんだ。
もっとも、そう思っているのは俺だけのようで、一緒に来ているおよそ二十名ほどの兵士達は、皆ピリピリとしている。
先頭を歩く小隊長の獣魔族……人間界で見掛けたピーター何とかって言う絵本に出てくるウサギそっくりの魔族は、しきりに垂直に伸びた長い耳を動かしなら、絶えず辺りを警戒している。
やれやれ、これだから小動物は……
と、そのウサギの大将はサッと手を挙げた。
それと同時に兵士達の行軍が止まる。
そして俺ともう一匹の兵士に来るように手を振った。
なんじゃろうねぇ?
俺の探知スキルに反応は無いけど……
ウサギだから、その辺の察知能力が高いのかな?
そんな事を思いながら小走りに駆け寄る。
ウサギ魔族は耳をせわしく動かしながら、
「この先で何か探知した。ガッソとシン公は先行して様子を見てこい」
シン公って呼ばれちまったよ……ふひひ。
「りゅーかい」
俺はガッソと言う名の小柄な鬼系魔族、ホブゴブリンの系譜に繋がるであろう男と供に、部隊を離れて進んで行く。
ガッソは人間界で例えると中学生ぐらいの背丈しかないが、その分かなりすばしっこいヤツだ。
地面から飛び出している木の根元などを巧みに避けながら、結構な速さで森の中を駆けて行く。
ふ~ん、敏捷性ステータスとか高いのかなぁ……
そんな事をボンヤリと考えながら追随していると、ガッソは小さく手を挙げながら前屈みに背を低くし、大きな木の陰に隠れるようにして止まった。
そして俺を手招きし、
「おい、シンノスケ。あれを見ろよ」
「ふにゃ?」
ガッソの指先を辿る。
「ん~……集落かな?」
森の中の少し開けた場所に、粗末な木の家が幾つか並んでいた。
ただ、普通の家よりサイズは小さい。
小柄な種族が住んでいるのだろうか。
ふむ……生命体を幾つか探知。
その内、敵性反応も感知か……
目を細めて、集落の様子を窺う。
そしてそこで動く幾つかの影を発見した。
何かが争っている。
一方は木の楯と粗末な剣を持った、ガッソよりやや小さいと言う体躯を持った種族だ。
エルフ程ではないが長い耳を持ち、頭のサイドからは羊のような弧を描いている角が生えている。
ハーフエルフの系統にも見えるが、全くの別種かもしれない。
その辺は良く分からない。
そしてもう一方は、ジャイアントトロールだ。
爬虫類のように体毛の無い、のっぺりとした皮膚を持つ、巨鬼種だ。
そして更に、俺の腰ぐらいしかない小さな種族もいる。
芋虫のような鼻を持つ、醜悪な容姿のトロルだ。
小鬼種の系譜に属する種である。
どちらも総じて馬鹿な種族だ。
いや、馬鹿と言うより、元々五歳児並みの知性しか無い。
それらが群れを成し、ガゥガゥと声を上げながら謎の種族に襲い掛かっている。
「あの耳の長い小さな種族はなんじゃろう?」
「さぁな」
と、少し素っ気無くガッソ。
「この辺りの敵は一掃した筈だし……そもそも集落があるなんて情報は無かったしな。大方、どこからか流れて来た開拓民じゃないのか?で、そいつ等が野生のトロルどもに襲われてる。そんな所だろうよ」
「ふ~ん……で、どうする?」
「は?どうするも……先ずは隊長に報告だ。戻るぞシンノスケ」
そう言ってガッソは、俺の肩を叩きながら中腰でその場を離れるが、
「んじゃ、俺はちょいと奴等を叩きのめしてくるか」
「は、はぁ?」
ガッソは素っ頓狂な声を上げ、俺を見つめた。
狂ったのか、と言わんばかりの目をしてだ。
「お、おいおいシンノスケ……」
「いやぁ~……今から隊長の所へ戻ってたら、あの小さい連中が殺されちゃうぞよ」
既に防戦一方で、何匹か殺られているみたいだし……
「そりゃそうだけどよ、相手を見ろよ。トロルはともかく、ジャイアントトロールまでいるんだぜ?それも三匹も。お前だけでどうにかなる相手じゃないだろ」
「ここで見捨てては魔王軍の名が廃る。ってか、俺は本隊からの特別出向者だぞ。実は強いんだぞ。トロル如き余裕のヨっちゃんは初恋の相手だ」
俺はフンッと鼻息も荒くそう言って、腰に下げている芹沢二式・瑠璃洸剣の柄を叩いた。
「ガッソ。お前は早く隊長に連絡して来い。その間、何とか俺が奴等を引き付けておく」
「……チッ、分かったよ。けど、無茶はするなよシンノスケ」
ガッソもう一度、俺の肩を軽く拳で叩き、早足で来た道を戻って行く。
俺はそんな彼の背中を見つめながら、
「さぁ~て、ストレス解消に一汗流しますか。……ま、あの程度じゃ汗すら出んと思うけど」
剣を抜き放ち、ぶらぶらと集落へ向かって歩きつつ、幾つかのスキル発動させ、ついでにバフも掛けておく。
ふむ……
ゴブリンと同程度のトロルはともかく、でっかいトロールが少し問題だな。
俺の記憶では、奴等は肉体再生系のパッシブスキルを持っていた筈だ。
中程度の傷なら、短時間で治ってしまう。
どうしようかなぁ……
確か酸ダメージ等は修復不可だったかな?
それと致命的な大ダメージも。
ん~……
面倒だな。
首チョンパか即死系魔法で良いか。
★
戦いは一瞬で終わった。
俺は鼻歌交じりに集落へ行き、先ずは魔法で小さなトロルどもを一掃。
次いでジャイアントトロールどもを始末。
一匹はスキルを強化した『畏怖せしめる邪視』で即死。
もう一匹は四肢切断から首を切って更に炎で焼き、最後の一匹は『重力の崩球』でペシャンコにしてやった。
いやはや、本当に汗すら掻かんとは。
ま、そんな訳で俺はみすぼらしい形をした、謎の種族に色々と話を聞いてみた。
彼等は森に住む種族で、モノエデ、と何だか妙な名前の種族だ。
エルフとは何の関係も無く、むしろ土精霊のドワーフやノームから派生した種族と言う話だ。
元はバイネル火山郡の麓に住んでいたが、数十年前から火山の活動が活発になったので、数年前に此方へと移動して来たらしい。
もちろん、南部諸侯連合とは特に関係が無い。
俺は、自分は魔王軍のシンノスケと名乗り、この辺りは最近、今のような野生のトロルや凶暴な魔獣が良く出たりしているから、もう少し西に居を移した方が良いぞ、ってか魔王軍の領土に入った方が安心だと教えてやった。
彼等は感謝し、そうしますと素直に言ったので……ふむ、後で工兵部隊を手配し、彼等の引越しを手伝ってやろう。
そんな事を考えていたのだが……
あれれ?何かスキルにまたもや敵性反応を感知しておりますぞ?
それも偵察部隊のいる方向から、急速に近付いて来る反応だ。
俺はモノエデ達に黙っているように言って、森の中に隠れつつ不可視の魔法を発動。
その直後、蹄の音と供に、軽鎧やチェインメイルを着込んだ騎乗の兵士達が現れた。
その直ぐ後ろから、徒歩の者達も現れる
人間ではない。
鬼人種や巨人種、更に獣系魔族と言った混成集団だ。
(ほへぇ……南部諸侯軍の残党かな?)
装備はまちまちではあるが、小奇麗に纏まっている。
野盗の類が身に付けるような装備ではない。
その中から、一人の筋骨隆々の女が出て来た。
ウチの魔王軍本隊にいる片目のダークエルフ、ティムクルスのようなガテン系のマッチョガールだ。
しかしこっちの方が遥かに大きい。
俺の身長の1.5倍ぐらいあはる。
即頭部から角も生えているので、巨鬼種の系統だろう。
そいつはモノエデ達に、自分等は解放軍だと名乗った。
忌わしき魔王軍より祖国奪還の為に戦っていると言った。
あまつさえ、お前達入植者も供に戦えと、そう言って無理矢理に連行して行く。
いやいやいや、強引過ぎるだろうに……
俺は頭を掻きながら、敵部隊の様子を窺う。
その中に、ガッソやウサ耳隊長の姿もあった。
もちろん、裏切ったのではない。
両手を荒縄で括られている。
捕虜だ。
こいつ等に取っ捕まったようだ。
その数は……ひのふの、八名。
半数以上がいない。
うむぅ、逃げる事が出来たとは思えんし……ま、可哀相だが一応は戦の最中だからね。
こう言うこともありますよ。
……
とは言え、この俺様ちゃんが所属している部隊ですからねぇ……報復はキッツイですよ。
さて、どうしようかなぁ?
この場でこいつ等を始末するのは簡単だ。
しかし、待て。
この辺の敵は一掃した筈なのに、こいつらは何処から来たのか……
近くに見過ごした『秘密基地』みたいなモノがあるのかも知れん。
どうせならその場所を突き止め、そこで纏めて始末してやった方が後々楽だろう。
そうと決まれば……
俺は不可視状態のまま、奴等の後に着いて行く。
囚われたウサ耳大将達はションボリとした顔をしており、強制的に連れて行かれているモノエデ達は不安そうな顔をしているが……な~に、案ずるな。
後で俺様ちゃんが助けてやるから。
そのまま森の中を突き進み、ちょっとした沼地を越えて少し小高い丘の下に、奴等の駐屯地があった。
穴だ。
洞窟ではない、垂直に窪んだ穴がそこにはあった。
一見すると木々に遮られて全く分からないが、かなり大きな穴が大地に開いている。
人工的な穴には見えない……おそらく、地盤沈下などで自然に出来た縦穴であろう。
その内側の壁に、螺旋状に木の階段が作られている。
底までは、それほど深くはない。
おおよそ八メートル前後と言った所か。
そこから左右へと続く横穴が開いている。
地下洞窟か……鍾乳洞でもあるのかな?
何にせよ、潜むには最適の場所だね。
洞窟の規模がどれ程か分からんけど、それなりに敵は多そうだな。
しかしまだこれだけの抵抗勢力が隠れていたとはねぇ……
「さて、どうしましょうか」
俺は呟く。
先ずはモノエデ達を解放するか、はたまた偵察部隊を救出するか……どっちが先かエエじゃろう?
ん~……
取り敢えず、スキル『運命の岐路』を発動。
……
なるほど。そう言う答えか。
うむ、ならば先ずはウサ耳大将達を助けるとしますか。
同じ釜の飯を食った連中だし、そもそも敵が捕虜を大事に扱うとは思えんしね。
隊長達を救出して、そのまま応援部隊を呼びに行かせよう。
良し、そうと決まれば……
俺は不可視状態のまま穴を降り、偵察部隊の連中が連れて行かれた方の横穴へと入って行く。
中は当然ながら暗い。
まぁ、そもそもが地下だし。
しかも灯されている明かりはランプではなく松明だ。
全体的に煙ってると言うか燻っている。
長い事いたら燻製になりそうだ。
幸い、巨人種などもいるせいか、洞窟は広く拡張されているから酸欠になったり一酸化炭素中毒になる心配は無いけど、それでも煙が少し目に沁みる。
もっと乾いた木を使用しろよと言いたい。
もしかして……それだけの余裕が無いのかな?
(ま、敗残兵の集まりだしねぇ……)
暗視スキルを使いつつ、途中でちょっと迷ったりしながら、洞窟内を奥へ奥へと進んで行く。
その度に敵兵の小集団と出くわした。
予想した通り、かなりの数だ。
種族も様々である。
中には僅かだが人間種もいた。
うぅ~ん、素直に降伏すりゃ良いのにね。
グレッチェのエルフとは違い、命は助けるし、魔王軍に再就職も可能なのに。
何で徹底抗戦とか言うんじゃろう?
過去に何かあったのかな?
ま、どちらにしろ、こいつ等が選んだ選択だ。
俺には関係ないね。
「お…」
囚われの偵察部隊を発見。
そこそこ広いエリアに、鉄製の檻……巨大な鳥篭、と言うか犬用ゲージのような檻に、二人一組で押し込められている。
畜生より酷ぇ扱いだ。
さて、と……
口の中で呟き、スキルで周囲の気配を探る。
うむ、見張りは少ないけど、周りには沢山いる。
こりゃ発見されずに脱出ってのは、かなり無理そうだ。
仕方ねぇ。
俺が囮になっている間に逃がすとするか。
と言うわけで、先ずはこの場所にいる見張りの兵を始末する。
先ずは一番身近にいる敵兵に、不可視の状態のまま背後から近付き、魔力を掌に乗せそのまま頚椎へと手刀。
敵はその場に崩れ落ちた。
何事かと、残りの二匹が近付くが、俺は不可視を解きつつ、そいつらに連続パンチ。
残り二匹も、悲鳴を上げる事もなくその場で気絶する。
良し、ここまでは簡単と。
「助けに来ましたぜ、隊長。それにガッソ」
俺は瑠璃洸剣を引き抜き、檻に付いている鍵を破壊する。
「おぅ、シン公か」
長いウサ耳をピクピクと動かしながら、ウサギ隊長が出てきた。
ガッソも少し疲れた顔をしながら出て来る。
俺は更に残りの檻の鍵も壊し、
「ふぃぃ……無事で何よりです、隊長」
「良くやった」
ウサギの親分は笑顔で俺の肩を叩き、
「良し、それじゃ早速逃げるとしよう。そしてそのまま本隊へ連絡だ。まさか南部諸侯の残党がこんな所に隠れていたとは……ふん、シン公。大手柄だぞ」
そう言って、倒れている兵達から武器を奪う。
「ニムス、レバイト、そいつ等の武器を拾え。俺と一緒に後方だ。気付かれる前にここから出るぞ。ガッソ、シン公。先頭を頼む」
「りょーかい」
俺はガッソと供に部屋を出て、来た道を戻る。
しかし案の定と言うか、やはり敵に見つかってしまった。
前方から三匹の敵が、何やら叫びながらこっちヘ向かって走ってくる。
ま、仕方あるまい。
元々が洞窟内という事もあり、隠れる場所が少な過ぎる上に、敵の数も多い。
やれやれ……
俺は縮地スキルで一気に間を詰めるや、瑠璃洸剣で敵を切断。
「急げガッソ!!それに皆も!!」
更に敵を切り付け、最後の一匹はキックで吹き飛ばす。
「出口…ってか入り口まで一気に駆け抜けろ!!」
そのまま先頭を走る僕チン。
チッ…
後ろからも敵の気配がするな。
殿はウサ耳隊長だし、大丈夫かいな。
「見えた!!」
外の明かりが僅かに差し込んで来る。
が、敵の姿も確認できる。
「うわぁ……面倒臭ぇなぁ」
この程度の敵なら魔法で一発なのだが、洞窟内と言う環境が問題だ。
俺の魔法はこの世界では強力過ぎる。
こんな場所で使ったら、間違いなく崩落してしまうだろう。
しゃーねぇ……
手にした瑠璃洸剣に、毒や麻痺等のバッドステータスを与える魔法を付与する。
「うぉりゃーーーッ!!」
雄叫びを上げながら、敵の群れに突っ込む俺。
剣を縦横無尽かつ超テキトーに振るい、敵に傷を与えて行く。
致命傷は必要ない。
掠り傷でも充分に魔法の効果がある。
「良し、抜け出た!!」
俺はそこに屯している敵を蹴散らしながら、
「ガッソ!!早く行け!!」
地上へと続く階段に向かって顎を動かす。
「分かった!!シンノスケも早く来い!!」
「俺はここで敵を食い止める!!みんな、ガッソに続け!!」
更に敵が別の洞窟からわらわらと出て来た。
そして武器を手に、此方へ向かって殺到して来る。
「急げッ!!」
俺は階段を上り始めたガッソ達を狙っている弓兵に向かって、威力を最小に落とした火球を放つ。
直撃を喰らったヤツはそのまま炎に捲かれ叫び声を上げるが、また別のヤツがガッソ達を狙って矢を放つ。
ったく、数だけは多いな……
剣を振り回しつつ、更に火球を連続で放つ。
ぶっちゃけ、大魔法を一発放つより疲れる。
魔力的には大丈夫なのだが、精神的ストレスが溜まって仕方がない。
むぅ、思いっ切り盛大に魔法をぶっ放してぇ……
が、それをしたら全てが地面に埋まってしまうだろう。
まだ隊長やモノエデ達も救出してないし、それはさすがにマズイ。
「いやぁ~ん、本当に面倒だな」
群がる近距離の敵は剣で屠って行き、少し離れた敵は威力を絞った低レベル魔法で処理して行く。
ぬぅ……
ストレス解消の為に偵察隊に潜り込んでいたら余計にストレスが溜まったで御座るよ。
「ったく……と」
敵の悲鳴が響くと同時に、
「シン公か!!」
ウサ耳隊長が洞窟から出て来た。
頬の辺りを深く切られたのか、そこから血を流し、肩にも折れた矢が突き刺さっている。
そしてもう一匹、狼のような顔をした獣魔族のレバイトは太股周辺を切られたのか、歩くのがやっとと言った感じだった。
かなり出血しているのか、血の足跡すら出来ている。
あと隊長と供に殿を務めていた筈のニムスの姿は無い。
「隊長!!早くこっちへ!!」
「おうよ!!」
ウサギの大将は片手で器用に剣を振るい、迫る敵を倒して行く。
思っていたよりも武器の扱いが巧みだ。
道場などで習う華麗な剣技ではなく、戦場で培われた野良犬剣法だが、中々に強い。
ほへぇ……
ただの臆病なウサギだと思っていたけど、コイツは中々に……
「み、皆はどうした?」
「上手く脱出できました」
「そうか。でかしたぞ、シン公」
隊長はニッコリ笑顔で飛んで来た矢を躱すと、
「良し、レバイトを連れてお前も逃げろ。コイツはもう一人で歩けん」
そう言って、俺に向かって深手を負っている仲間の背中を押した。
「……は?いやいやいや、隊長こそ先に……ここは俺に任して下ちぃ」
「なに言ってんだ、お前?俺は隊長だぞ?お前等より給料貰ってんだ。その分は働かんとな」
フンと鼻を鳴らし、迫って来た敵を切り付ける。
「いやぁ~……でも隊長って、三十人長でしょ?給料は大して変わらん様な気が……」
「ま、それでもだ」
ウサギの隊長は軽く肩を竦めると、更に剣を振るう。
「部下をかなり殺られちまったからな。その倍ぐらいは始末しないと……あの世で奴等に顔向けが出来ん。ほら、とっととレバイトを連れて行け。俺がここで敵を足止めにする」
「……うぃっす」
何だよ……ウサちゃんの癖に、臆病どころかちょっとカッチョイイじゃねぇーか。
やっぱ見た目だけじゃ、そいつの本質って分からんものだな。
強そうなのに限って、肝心な時にヘタれる奴もいるし……エルフなんて見た目があれだけど、残忍で狡猾なヤツが多いしね。
「ふふ…」
俺は地上へと続く階段手前で奮戦している隊長の後ろ姿を見つめ、口の中で呟く。
ウサギの親分。今日からお前は百人長だぞ。
「範囲限定。眠り姫の誘い」
効果範囲を絞った睡眠系魔法を散布。
肩に担いでいるレバイト、隊長と直近の敵どもが、声を上げる間も無くその場に崩れ落ちる。
俺はレバイトとウサちゃん隊長を引き寄せ、
「拡張、城塞、反射の楯」
防御魔法を掛けてやる。
さて、準備はオッケーだ……
お待ちかねのストレス解消タイムと行きますか。
「はは……範囲拡大魔法、スキル効果アップ。そして特殊スキル、魔王進撃」
拡大された戦闘領域が設定され、敵の逃げ道を塞いだ。
更に、
「七式の衣、漆黒のオーラ発動」
全身から強化された闇のオーラが迸る。
周りに群がっていた敵は、いきなりその動きを止めた。
ガチガチと歯を鳴らし、膝も震えている。
「恐怖で動けないってか?ふふふ……」
一番身近にいる敵の首を瑠璃洸剣で刎ね飛ばす。
「一時とは言え、供に飯を食った戦友達をお前等は殺した。まぁ……戦だからそれも仕方ない。だから文句は言わん。その代わり、お前等も殺されても文句は言うなよ?ふ……命乞いも降伏も許さん。全員、死ね」
★
目が覚めると、最初に視界に映ったのは濃い緑色をした布の天井と、淡い光を放つランプ。
……お?ん?俺は生きてる……のか?
頭頂部近くから垂直に伸びた長い耳が特徴的なクニクルスと呼ばれる獣族の彼―ディボイが意識を取り戻して最初に思ったのがそれだった。
何しろ状況的に死んでいるのが当たり前だったのだ。
それに意識が戻ったとは言え、何も痛みを感じない。
あれだけの傷を受けたにも関わらずだ。
更に疲労感すら感じない。
自分は死んで、あの世とやらに居るのではと錯覚してもおかしくはないだろう。
しかし五感を通じて感じるこの感覚は、確かに生きてる証だ。
様々な匂いを鼻腔が感知する。耳を澄ませば己の心臓の音も聞こえた。
「……ん」
ゆっくりと起き上がる。
どうやらここは医療テントのようだが……
「隊長!!」
「ん…」
この声は……と振り返ると、そこには部下のガッソ。
他の者もいる。
「おぅ、お前等か。はは……どうやら無事だったみたいだな」
ディボイは心から安堵した。
「隊長こそ御無事で」
そう声を掛けてきたのは、単純戦闘力なら部隊一のレバイトだった。
「まぁな。何故か生き残ったみたいだが……と、レバイト。お前、傷は大丈夫なのか?」
ディボイが微かに首を傾げる。
レバイトは太股の動脈を切られて半死半生だった筈だが……
「治癒魔法で全回復ですよ」
レバイトがそう言うと、ディボイは更に首を傾げた。
治癒魔法?
おいおいマジかよ……
もしかして俺もか?
傷は治癒魔法で治すのが普通と思われるが、実はそうではない。
重傷までも治すレベルの治癒士は、貴重な存在だ。
それは魔王軍でも人類系種族の軍でもだ。
だから通常は、傷を負えば薬草などから作った軟膏や飲み薬などを使い、後は本人の回復能力に任すのが普通だ。
もちろん、致命傷を受けたらそれまでである。
治癒士に治療を施して貰えるのは、幹部クラス等の特別な者だけ。
一介の兵士が治癒魔法を掛けて貰えるなど、殆ど有り得ない事なのだ。
「一体どーゆこった?」
「さぁ?」
ガッソが肩を竦める。
「近衛隊の治療部隊がやって来て、俺達も治療を受けたんですよ」
「は?近衛隊?何で近衛隊が動く?俺達の第二軍じゃなくてか?」
「や、それがですねぇ……何とか駐屯地まで戻って報告してたら、俺達と入れ替わるように近衛隊が向かったって言うんですよ。そうこうしている内に今度は治療部隊がやって来て治療をしてくれて……」
「……ワケが分からんな。と、それよりシン公はどうした?アイツは無事か?」
「無事みたいっスよ。さっき近衛隊と供に帰って来るのを見ました。そのままどっかへ行っちまいましたけど」
「そうか。はは……アイツは中々なヤツだからな。こんなチンケな戦いで失いたくはねぇ」
「まぁ、シンノスケは本隊からの出向ですからね。向こうで何かやらかしてこっちへ回されたって言ってましたけど、それなりに強い奴ですからねぇ」
「だな。トロールを倒したって聞いたし、お前達の為に殿も務めてくれたんだ。仕方ねぇ……今度酒でも奢ってやるか」
そう言ってディボイ達が笑っていると、
「おろ?隊長……目が覚めたんで?」
そのシンノスケが治療テントの中へと入って来た。
相変わらず好感の持てる好奇心旺盛な目を輝かせ、微笑んでいる。
ディボイもその笑顔に釣られるように笑いながら、
「おぅ、シン公。丁度お前の話をしてた所だ」
「あっしのですか?」
「そうだ。今日は頑張ったからな。新人にしては大殊勲だ。だから酒でも奢ってやろうと思ってな」
「それは嬉しいですね。けど俺、酒癖が悪いんですよぅ」
シンノスケが少しだけ項垂れる。
そして頭を掻きながら、小さな声で、
「だから飲む時は、許可がいるんですよねぇ」
「は?何だそりゃ?」
ディボイは素っ頓狂な声を上げた。
そこにいる隊員達も思わず苦笑を溢している。
「酒飲むのに一体誰の許可がいるんだよ。もしかしてお前、嫁さんでもいるのか?」
「いやぁ~……さすがにそれはまだ早いッスよ。なんちゅうか、姉的な存在の人がねぇ……これがまた、結構うるさいんですよ」
シンノスケが顔を顰めた。
その心底困っている顔に、ディボイは笑いを堪えながら、
「なんだよ、お前……まさか尻に敷かれているのか?」
「ま、まぁ……小さいお尻ですが。しかも硬いし」
「はは……俺が一つ、その姉さんに文句でも言ってやろうか?」
「うぇぇぇッ!?や、それはさすがに……怒ると無茶苦茶に怖いですし……」
「なにビビってるんだよ」
「いやぁ~……一度会えば分かりますって」
シンノスケが口をへの字に曲げ、困った顔をする。
その時だった。
何やら表からガチャガチャと耳障りな金属音が響いて来た。
戦場では聞き慣れた、金属のプレートが擦り合う音だ。
ん?誰か来たのか?
ディボイが首を傾げていると、シンノスケは「ゲッ…」と呟き、そして面を伏せながらそそくさとテントの隅へと移動。
途中、ディボイの鋭い耳に、
「ンだよぅ……早いよ。もう来ちゃったよ」
そんな小さなボヤき声が聞こえた。
「失礼する」
凛とした声でテントの中に入って来たのは、黄金色の全身鎧に蒼いサシュを付けた親衛隊の女戦士達だった。
それまで笑顔だったディボイやその部下達に、いきなり緊張が走る。
親衛隊は魔王の直近に仕える優秀な女性戦士のみで編成された部隊だ。
主な任務は魔王の身の回りの世話とその警護。
そして、不埒な者に対する粛清だ。
魔王軍の中で最も恐れられている部隊の一つと言っても過言ではない。
しかしながら前線勤務で末端と言っても良いディボイ達とは、何の接点も無い部隊だ。
なのに今、彼等の前にその親衛隊の隊員達が数名、威圧感を伴い立っている。
それがディボイを不安にさせた。
「あ、あの……し、親衛隊の方ですか?」
「そうだ」
どこか値踏みするように隊員達を見つめている、長い耳に額から小さな角が二本生えているハーフエルフの女戦士が口を開く。
「お前がウサ耳隊……いや、失礼。お前がディボイか?」
「は、はい。そうですが……」
「ふむ。喜べディボイ。転属だ」
「……は?転属……ですか?」
一体どういうことだ?
ディボイの頭の中はハテナマークがいっぱいだ。
通常、転属やら昇進やらは、直属の上司から言い渡されるものだが……
「そうだ。今回、お前とお前の部隊による活躍の結果、南部諸侯連合軍の残党どもを一掃する事が出来た。魔王エリウ様は大喜びだ。その功績によりディボイ、お前は百人長に昇進の上、本隊強行偵察部隊に転属だ。もちろん部下達も一緒だ」
「お、俺……あ、いや、私がですか?」
本隊への転属?
百人長に昇進して?
栄転どころの騒ぎではない
魔王軍本隊と言えば、魔王直属の精鋭部隊だ。
そこの百人長と言えばエリートであり、高い能力を秘めた上級種族で占められていると言う。
自分のような一介の獣族の、しかも雑兵上がりの者が配属される場所ではない。
「そうだ。とある方がお前の索敵能力を高く買っていてな。本隊偵察部隊に組み込むように指示されたのだ」
「は、はぁ…」
とある方?
一体誰だ?
「うむ。既に手続きは済んでいる。荷物を纏めて本隊へ来るように」
親衛隊の女戦士は生真面目な顔で頷き、そのまま踵を返して立ち去ろうとするが、その足が不意に止まると、僅かに首を傾げ、
「ん?そこのお前……何故後ろを見ている?」
その視線の先はテントの隅。
そこに後ろ向きで立っているシンノスケの姿があった。
「い、いや……そのぅ……」
シンノスケは背中を見せたまま、俯いて何やらゴニョゴニョと言っている。
思わずディボイは、
「お、おいシン公。何してるんだ。ぶ、無礼だぞ」
「そ、そうは言っても…」
女戦士の顔が険しくなる。
あ、こりゃマズイ……
とディボイが思った矢先、
「ッ!?こ、これは……シング様!!」
女戦士が叫んだ。
そして慌ててシンノスケに近付き、いきなりその場に跪くと、
「このような所で一体何をなさっているのですか?」
他の女戦士達も、一斉に跪いた。
いや、ただ一人……柔らかそうなカールの掛った金髪が特徴的なハーフエルフの女戦士は、額に手を当て、溜息を吐いていたが。
シ、シング……様?
え?シング様って……
まさか、魔王様の後見役とか言われている……異世界から降臨なされた最強の魔王様?
「い、いやいや、オイラはシンノスケって言いまして……遊び人のシンさんと呼ばれているケチな野郎で御座いますよ、お嬢さん」
「シング様!!」
「む、むぅ……」
シンノスケが下唇を突き出し、唸る。
そしてどこか観念したかのように溜息を吐くと、
「ティラは可愛いけど、真面目過ぎるのが玉に瑕だよなぁ……もちっと空気を読んで」
「え?そそ、そんな可愛いだなんて……って、そうじゃありません!!」
女戦士は頬を膨らます。
「酒井様が大変お怒りでしたよ。仕事をサボってばかりと愚痴を溢しておりました。それにエリウ様も探しておられましたし、リッカや保護した子供達もシング様のお姿が見えないもので不安がっております。急ぎ、本陣へ戻って下さい」
「や、やれやれ…」
と、シンノスケがもう一度項垂れた。
そして軽く自分の頬を叩くと同時に、声色と供に急激に雰囲気が変わった。
その場の空気が重くなったようだ。
親衛隊以上の威圧感が漂う。
「……ふむ、ディボイ」
「は、はい」
「これからの活躍、期待しているぞ。あぁ、そうだ。後で酒を届けよう。昇進祝いだ」
「あ、ありがとうございます」
「ふ……では行くかな」
胸を反らし、肩で風を切るようにしながら、親衛隊を伴いテントから出て行く。
そんな彼の後ろ姿を半ば呆然と見つめているディボイの耳に、凄く小さな、囁くような独り言が聞こえてきた。
「あぁ……面倒臭ぇなぁ」
後年、歳を経たディボイは何度となく自分の孫達に語って聞かせた。
その晩にすぐ、真なる魔王様が酒を持って来てくれたこと。
そして手ずから酌をしてくれたこと。
その時の酒が、生涯で一番美味かったことを。




