午後の魔王
「あ…あぅぅぅ」
トレーニングを終え、ただいま僕チン、ぶっ倒れながら悶絶中。
い、痛い。
体中の彼方此方が、凄く痛い。
筋肉が強張る。
痺れているし、動かない。
ビクンビクンって痙攣もしている。
「もう、情けないわねぇ」
酒井さんがヤレヤレな表情で俺を見下ろしていた。
な、何を言うか……
立て続けに運動器具と言う名の拷問器具で僕ちゃんを苛めたのに……
こちとらスキルを外して素の状態なんですぞ。
アビリティも出来るだけカットしてあるし。
そもそも鍛錬と言うモノは、もっと少しずつ、ゆっくりと筋肉に負荷を掛けるのが普通じゃね?
等と反論したいのだが、最早喋るのすら辛い。
ちなみに摩耶さんも「あぅあぅあぅ」と呟きながら倒れ込んでいた。
そんなに運動はしてない筈なのに……
「しょうがないわねぇ。回復術でも掛けてあげましょうか?」
酒井さんはそう言って、陰陽術とやらの札を取り出すが、
「い、いや……そいつは……勘弁。あぅぅぅ」
「え?何でよ?」
「い、今……回復魔法を掛けたら……き、鍛えた意味が無くなる」
残るのは辛い思いをしたと言う残念な記憶だけだ。
「あ、ある程度は自然回復させないと……」
「あら?そう言うものなの?」
「ですぅ…」
「そうか……なるほどね。確かに、肉体に掛かっている負荷まで消したら鍛えた事にはならないものね」
酒井さんは何処か感心したようにウンウンと独り頷き、
「だったら……どうしようかしら?」
「湿布でも貼ったらエエんとちゃうか?」
呑気に自分の前足を舐めながら黒兵衛が言った。
「あ、そうね。普通に治療しましょう。多少は痛みが引くわよ」
そう言って酒井さんは、トレーニング室の脇にある大きな棚に向かって軽やかにジャンプするが……いきなり床に落ちた。
そしてピクリとも動かない。
もしかして、どこか打ち所が悪かった?
はたまた電池でも切れた?
そんな事を思っていると、不意に部屋の扉が開き、
「おや?どうなさいましたか?」
渋澤と言う名の変態爺さんが現れた。
動けない魔王……貞操のピンチである。
「し、渋澤……ど、どうかしましたか?」
ヨロヨロと立ち上がりながら摩耶さん。
「……お嬢様。トレーニングも結構ですが、過度の鍛錬は身体を痛めるだけですぞ」
爺ィはチラリと俺を見下ろし、微かに眉を顰めた。
「しょ、少々熱が入りまして……それで?」
「は。ご友人のランキフォイザー様が参られましたが、如何取り計らいましょう?」
「まぁ……ランキフォイザーさんが。では直ぐに着替えて参りますので、お茶の用意を……いえ、もう先に出して置いて下さい。あとお茶菓子もたくさん」
「畏まりました」
爺さんは一礼し、トレーニングルームを後にした。
それを見届けた後、酒井さんがゆっくりと起き上がり、
「珍しいわね。アルが家に訪ねて来るなんて」
「ですね。何かまた新しい怪異の情報でもあるのでしょうか?」
「それは分からないけど……でも丁度良いわ。聞きたい事もあったしね」
そう言うと酒井さんは俺を見下ろし、どこか意味深な目で、
「それと、ついでにこれも同席させましょう」
「シングさんを?」
「そうよ。アルがどう言う反応するか見てみたいし……良いわよね、シング」
「な、何の事かサッパリ分からんけど……先ずは湿布とやらで治療してくれぃ」
★
「お待たせしました、ランキフォイザーさん」
「ふむ、邪魔しておるぞ。そしてお茶も頂いておる。相変わらず、美味いティーじゃのぅ……と、どうしたのじゃ?そんな疲れた顔をして?」
「少しトレーニングを張り切り過ぎまして……」
「トレーニング?肉体的運動か?珍しい魔女じゃのぅ。大方、ミス酒井が薦めたのであろ」
「なによアル。魔女であれ何であれ、最後に物を言うのは体力よ」
「ま、確かにそれも一理あるがの。それはさて置き……ちと聞きたいのじゃが、そこの扉の脇で固まっている包帯男は誰じゃ?やたらメンソール臭いのじゃが……」
「あ、あぅぅぅ……」
心優しき魔王であり、最近ではこの人間界でイケメンであると新たに判明したシング・ファルクオーツ、ただいま強張った筋肉と半泣きで格闘中。
筋肉疲労を和らげる湿布を全身に貼ったお陰で、痛みは和らいだが、今度は物凄く寒い。
湿布薬にごっそり身体の熱を持って行かれた感じだ。
ちなみに黒兵衛は、俺から遠く距離を取っていた。
曰く、猫的にどうもこの匂いが苦手らしい。
「何してんのよ、シング」
「う、動けないんだよぅ。体中の筋肉がカチコチで……ゆっくり歩かないと、今にも脹脛とか攣りそうなんだよぅぅぅ」
「本当に情けないわねぇ」
「で、誰なのじゃ?」
摩耶さんの御友人と言う方は、少しだけ興味深気に俺を見やる。
ほへぇ……これは中々に個性的ですなぁ……
取り敢えず、小さい……いや、幼い。
見た目的には、この人間界で言う所の小学生ぐらいか?
摩耶さんの友人と言う割には、高校はおろか中学生にすら見えない。
少しくすんだ金色の短い髪に、クリッとした大きな目は、まさに童顔。
如何にもお転婆な子供って感じではあるが、酒井さんにも似た漂う威厳や物腰、言動からして……俺よりもかなり年上だろう。
何となくだが分かる。
それに摩耶さん同様、魔力の波動も感じる。
しかし……人間のそれとは何かが違う。
見た目の異様さと異質な魔力……かと言って、俺の世界の住人とも微妙に違うし……
だとすると、黒兵衛と同じかな?
この世界に流れて来た者達の子孫。
もしそうなら、うぅ~ん……何族だろう?
見た感じ、人間と同じように見えるから異形種ではないと判る。
変化の魔法の類も感知しないから、あれが素の姿なのだろう。
幼い容姿からして一般魔族系ともちょっと違うし……ハーフリング系か?それとも妖精族?
いや、ちょっぴり傲慢そうな感じがするから、精霊族辺りかな?
森に住む精霊族の中には、小さい容姿をした種族もいるって話だし……
「……拾ったのよ」
酒井さんは軽く肩を竦めながら言った。
「面白そうだから、摩耶が拾って面倒を見てあげてるの」
その摩耶さんは少し困ったような顔をしてた。
「ほぅ……拾ったとな」
「拾われたんですぅ……きゃぅん」
「ふむ……確かに面白そうじゃ。微かじゃが、不可思議なオーラを放っておるの」
「でしょ。ところでシング、早く座りなさいよ」
「わ、分かってるよぅ……あぅぅぅ」
ぐぬぅ……身体が思ったより動かないぞ。
少し動かすと、腱とか筋がピリリって……うん、本当に痛いや。
本格的な鍛錬なんて、今まで殆どした事がなかったからなぁ。
「何か飲む?」
「……肉体疲労時に飲む栄養ドリンク的な物をプリーズ」
「無いわよ、そんなの。紅茶で我慢しなさい。疲労回復に砂糖をいっぱい入れて上げるから」
酒井さんは茶器等を並べ、手際よく紅茶を淹れてくれる。
毎度毎度思うのだが……どうしてそんな短い人形の手で、器用に物事をこなせるのだろうか。
実に不思議であり、少しおっかない。
「ふむ……ミス酒井よ。回復魔法を使えば早いのではないか?」
「はぁ?それだと鍛錬の意味が無くなるでしょ?」
「……なるほどの。それもそうか。どうも我々は、物事を何でも魔法で解決しようと考える癖が付いておるのぅ」
「そう言うことよ。はい、シング」
「あ、あざーす……」
酒井さんが淹れてくれた紅茶を、震える手で先ずは一啜り。
おおぅ……甘い。甘過ぎる。一瞬で虫歯になりそうなほど甘い。
が、疲れた切った身体に糖分が染み渡り、何だかホッとした気持ちになる。
「ん…?」
あり?なんだ?幾つかアビリティと防御スキルが反応したぞ?
ふと顔を上げると、目の前に座る童女の姿をした摩耶さんの友人とやらが、どこか茶目っ気のある瞳で俺を見つめていた。
ん?ん~……魔法系統を分析すると……
幻惑1、魅了が2、そして睡眠効果が7と……何だよ、悪戯かよ。
俺も餓鬼の頃、この手の魔法は小動物相手に良くやったモンだけどさぁ……
身体が痛く、相手するのも面倒なので、目の前を飛ぶ羽虫を追い払うかのように軽く手を振り、その効果を打ち消した。
摩耶さんの友人の目が大きく見開かれ、次に細まる。
「それでアル。今日は何しに来たのよ?」
と、酒井さん。
摩耶さんも、
「ランキフォイザーさん。また何か特別な怪異でも?」
「ん?おぉ……そうじゃった。なに、摩耶の言う通り、幾つか面白い話があったのでな」
童女体型の不思議な女は、傍らに置いてあった鞄を引き寄せると、その中から少し厚めの紙の束を取り出し、それを机の上に置いた。
「この界隈で起こっている超常現象や怪奇現象のレポートじゃ。ま、中には少々遠い場所もあるし、胡散臭い話もあるがの」
「あ、有難う御座います、ランキフォイザーさん」
「なに、礼を言うのはこっちじゃぞ、摩耶。本来はワシの方で処理したいんじゃが……今はちょっと厄介ごとが多くてな。手の空いてる者が少ないのじゃ。だからこう言う時はお主のような自由に動けるソロのウィッカの方が役に立つ。それにワシ等の組織では、もし現場で陰陽師や坊主どもとかち合ったら、色々と面倒な事になりそうじゃからな」
「そ、そうですね」
「でも外から来た連中と違って、坊主達は話せば結構分かってくれるわよ。ま、頑固だけどね」
「ま、ミス酒井ならその辺の交渉はお手のモンじゃろうが……」
そんな事を話しながら、ランキフォイザーと言う名の少女がチラリと俺に視線を投げ掛けて来た。
瞬間、目の前の景色が微かに歪み……おおぅ、お魚さんが泳いでる。
色取り取りの魚が目の前をユラユラと……
え~と……なんだ?幻惑3に混乱が7……と。
発狂までは行かないけど、軽く錯乱はするってか?
ったく、この女は構ってチャンかよ……
幼年学校の餓鬼と一緒じゃんか。
昔、俺の席の横に居た女子が、授業中に掛けて来たちょっかいと同じだよ。
そう言えば……
普通に無視していたけど、ある日迂闊にも掛かっちまった事があったなぁ。
いやはや、あの時は参った。
叫びながら裸で廊下を爆走したモンな。
うん、嫌な思い出の一つだね。
ってか、まだ魚が泳いでいるし……
悪いけど、身体が痛くてお遊戯に付き合ってる余裕はないですよ。
やれやれですねぇ……
ま、この程度なら、反抗魔法とかを使わなくてもスキルだけで充分に対処できるけどさぁ。
俺は軽く溜息を吐きながらソファーの肘掛部分に凭れ掛かり、何気に軽く指を鳴らす。
と同時に、目の前を泳いでいたカラフルな魚ちゃん達が急速反転。
童女目掛けて素っ飛んで行った。
魔法は打ち消すより、跳ね返す方が楽なんだよねぇ……
「ンな!?」
ランキフォイザーとやらは、慌てて両の手を打ち鳴らし、悪戯魔法を消し去った。
「ど、どうしたのですかランキフォイザーさん?」
「……や、なに……ちょっと虫がな。そ、それよりも摩耶よ。お主もそろそろ、どこかに属した方が良いのではないか?」
「え?」
「なによ。今、ソロのウィッカの方が役に立つとか言ってたじゃないの」
「これから先を見据えての話じゃぞ。ソロのウィッカと言えば聞こえは良いが、所詮は単なる野良ウィッチじゃ。何か問題が起きた時、独りでは厳しいぞ。何しろ厄介事は、物の怪の類ばかりではないからのぅ」
「……」
「その口ぶり……何か知ってるんでしょ?」
「ふふ……おぉ、そうじゃったそうじゃった。聞いた話では……つい先達て、騎士団の連中と揉めたらしいのぅ」
「あ、あははは……」
「本当に、その手の事は耳聡いわねぇ。ま、良いわ。丁度、私もそれを聞きたかったし……で、奴等は一体何者なのよ。アルの事だから、既に掴んでるんでしょ?」
「ふむ……あ奴等はブリエンヌ騎士団じゃ」
「ブリエンヌ……騎士団?」
「知らないわねぇ」
「テンペスト聖堂騎士団の下部組織じゃ。どちらにしろ、融通の利かぬ時代錯誤の狂信者どもじゃな」
ランキフォイザーちゃんは、小馬鹿にしたような笑み溢しながらクッキー的なお菓子を摘む。
瞬間、今度は俺の目の前に、妖艶な姿をしたランキフォイザーちゃんが数体現れた。
ロリな兄さん、大喜びの光景だ。
な、なんだかなぁ……
魅了に幻惑と……中々にエロティカルな感じだけど、僕ちゃん、その手の性癖は持ち合わせていないですよ?
しかし、これで何となくだけど分かったぞ。
精霊系で身体の小さな種族……んで、幻惑魔法とかが得意となると……ルルタヴィンか?
はたまた、魔法全般に才があるとすると、ブティットバル……だったかな?
種族学って暗記ばかりで得意科目じゃないんだけど……
どちらも、森の奥や山間部に住む稀少種族だと聞いた憶えがあるぞ。
ま、俺の国には居なかった種族で良く分からんけど……この人間世界で言うと、合法ロリな種族って事かな?
どちらにしろ、精霊族って面倒臭くて苦手なんだよなぁ……
でも折角だから、少し遊んでやるか。
俺は気だるそうに溜息を吐くや、飛び回る幻影のランキフォイザーちゃんの一体を強引に抱き寄せ、そのほっぺをフニフニしてみる。
おおぅ……幻覚とは言え、ちゃんと指先に感触が。
中々に高位レベルの魔法ではないか。
ではお次は、薄い胸の辺りに手を伸ばして……
「……」
本体のランキフォイザーちゃんが、無言で魔法を解除した。
俺を睨み付けてはいるが、その頬が少し赤らんでいる。
ふふん、まさかこう言う手で来るとは思わなかっただろう……
何しろ幻とは言え、よもや自分が目の前で弄ばれているんだからね。
「どうしたのですか、ランキフォイザーさん?」
「……ちょっとな。あ~……それでどうじゃ、摩耶よ。お主さえ良ければ、ワシの所へ来ぬか?」
「暁のペイガン団……ですか?そ、それはちょっと……」
「そうよ。摩耶はソロでも充分よ。何しろ私が付いているんだしね。それにそもそも摩耶の魔法系統なら、普通はルネール薔薇十字とかじゃないの?」
「ふん、ウィッチクラフトの集団か。確かに自然派系や古典魔法が得意なお主ならそうじゃが……生憎と、奴等はこの辺りに支部を持っておらぬ。いざと言う時は役に立たぬわ」
「でも……私はやっぱり独りの方が気楽と言うか……そもそも倶楽部活動ですし」
「そうね。その方が楽よ。組織なんて窮屈なだけだわ」
「……ま、お主ならそう言うと思うたわ。その辺の頑固さは沙紅耶と同じじゃのぅ」
ランキフォイザーは微苦笑を浮かべると、ゆっくりと席を立ち、
「さて、今日の所はこれでお暇するかの」
「え?もうですか?」
「ゆっくりして行けば良いじゃない。ついでに晩御飯もどう?」
「ふふ……有り難いが、実を言うとな、所用の途中で偶々近くまで来たので立ち寄っただけなのじゃ」
「そうなのですか?」
「ちなみに言うておくが、先ほどの勧誘は戯言ではないぞ?どの組織も、優秀な魔法使いは欲しいからのぅ。それにお主等と闘り合ったブリエンヌ騎士団の事じゃが、これからも気を付けた方が良いぞ。本来、欧州を拠点にする奴等が何故この国へ来たのか……それはまだ分からぬが、努々、出くわさぬようにするのじゃな。奴等に言葉は通じぬ故な」
「えぇ……分かってます」
「前もいきなり襲って来たからね」
「ふむ……そうなのか。それは災難じゃったな。しかし良く無事じゃったのぅ」
「そ、それは……シングさんが助けてくれて……」
「あれは助けたって言うのかしら?」
ふへ?助けた?ん?俺が?記憶に無いんだけど……
「ほほぅ……この湿布男が?ふむ……お主、シングと言うたかの」
「え?俺?そうだけど……」
「そう言えば、自己紹介がまだじゃったな。ワシはアルティナ・ランキフォイザー。暁のペイガン団所属の上級魔女にして教導魔女じゃ」
チビっ娘魔女はそう言って手を差し伸べてきた。
俺は痛む身体に微かに顔を顰めながら立ち上がり、
「あ、俺……シング・ファルクオーツと言います。摩耶さんの所に居候させてもらっていますです」
その手をそっと握る。
刹那、電流が迸った。
……
ま、ほんの少しピリッとした程度ではあったが。
あ、あのなぁ……ったく、本当に悪戯好きだなぁ、このロリババァは。
しかし今の衝撃からすると、スキルを外していたら一撃で気絶してたんじゃないか?
どうしよう?
何かやり返してやろうか?
……
いや、止めておこう。
身体が痛いし、そもそもこの世界での魔法やスキルの制御にまだ自信が無いからな。
そんな状況で反撃するのは、かなり危険だからねぇ……まかり間違って灰にでもしたら、めっちゃ怒られそうだし。
「ほぅ……本当に面白き男じゃのぅ」
「え、えぇ……そうです。シングさんは面白いです」
「面白いと言うより残念なんだけどねぇ」
「ふふ……ではな、シングとやら。また会おうではないか」
「あ、そうですね。また会いましょう。それと、あ~……ベネルティアス、ブティットバル。コジャレスカディノスクラン、クルベラディノルペンペン(ブティットバル族だろ、お前。言っておくが、次に悪戯したらお尻ペンペンの刑だからな)」
「ンなッ!?」
「え?え?」
「は?何言ってんのシング?」
「ふにゃ?いや、なんちゅうか……もしかして通じるかなぁと思って」
「……クルティナ…あ~…ヌスカ(お主、何者じゃ?)」
「あ、通じた」
「ふん、少しだけじゃがな。遥か遠き時代に……母から教わったのでな」
「おぉぅ」
母からと言う事は……つまり、彼女はこの世界に来た魔界の民の子孫。
即ち、俺の仮説は正しかったと。
少ない情報から真実を導き出したと。
やるじゃないか僕チン。
ここ最近、探偵物と呼ばれるドラマとか映画にハマってよく見ていたから、何時の間にか推理力がレベルアップしていたのかな?
……
そんなステータスがあるのかどうか知らんけど。
「え、えと……ランキフォイザーさん?一体、シングさんと何を……」
「摩耶よ。お主、こ奴を拾うたと言うてたが……本当か?」
「い、いえ。それが……ですね、実は召喚魔法を発動したら、その……」
「……やはりか」
ランキフォイザーは疲れた笑みを浮かべ、もう一度ソファーに腰を下ろした。
そして自らカップに紅茶を注ぎながら、
「見た時から妙なオーラを発しておったからの。実はお主等と話している最中に色々と試させて貰ったのじゃが……」
「え?た、試すって?」
「何よアル?そんな事してたの?」
「してたのじゃ。ふん、そうしたらこ奴、ワシの魔法を難無く跳ね除けおってな。最後の方はちとムキになって強い魔法を使ってもみたのじゃが……それすらも無効化しおったわい。よもやと思うたが、まさか本当に異界から召喚された者とはのぅ……しかも人と交わりの無い純血種じゃ」
「はぁ……そうなんですか。さすがシングさんです」
摩耶さんがどこか尊敬の眼差しで俺を見つめて来た。
が、酒井さんは目を細め、
「どうせシングの事だから、子供の頃から魔法の実験台とかにされてたんでしょ。だから色々と抵抗力が強いのよ」
「ぬはッ!?なな、何故それを……」
「ほらやっぱり。しかも付いた渾名がサンドバッグとか……」
「ぐはッ!?」
な、何故にそこまでピンポイントに!!?
お、おっかねぇ……
酒井さん、やっぱりおっかねぇよ。
もしかして、過去視のスキルとか持ってるんじゃないか?
「しかし召喚されたのがこの国で良かったのぅ」
ランキフォイザーはそう言って、お茶を啜った。
「聖騎士どもの拠点に近かったら、あっと言う間に感知されて討伐隊を編成されておったぞ」
「え?」
「何それ?どう言う事?」
「討伐隊?え?僕ちゃん、この世界でもお尋ね者扱い?」
「聖騎士と言うのは、己の信奉する神とその教義以外、全て悪と見なす厄介な連中じゃ。それは知っておろう?そんな奴等にとって一番の敵は、異世界から召喚された者達じゃ」
「そ、それはどう言う……」
「分からぬか、摩耶?異界より召喚されし者。その存在そのものが、己等の神と教義の否定に繋がるからじゃ」
「あ~……なるほどね」
酒井さんがウンウンと頷いた。
「神は一つ。世界も一つ。そしてその世界には神の創造した人間……とか言ってるのに、普通に別の世界があって、そこに普通に色々な種族が生活している……しかも人にも似ている……なんて事が知られたりしたら、ちょっとアレじゃないの」
「ま、そう言うことじゃ。世界は一つでもなければ、知性ある者も人間だけではない。その現実こそ、奴等の最も恐れる事じゃ。故に、奴等は召喚されし者を敵と見なすのじゃ。だからこそ、この国で良かったとワシは言ったのじゃよ。ここは奴等にとって勢力外の地域じゃからな」
「そ、そうですか。良かったです…」
「じゃが、警戒は怠るなよ?あまりこの者の魔力を使わぬ方が良いぞ。召喚されし者の魔力は強過ぎるゆえ、どこで探知されるか分からんのでな」
「その点は大丈夫よ、アル」
酒井さんがペシンと俺の腕を叩いた。
「だってコイツ、殆ど使えないんだもん」
「ぐぬぅ!?さ、酒井さん……何か僕チンに対して辛く当たり過ぎじゃないですか?僕ちゃんだって、必要な時は魔法をバンバンと放っちゃいますよ。やる時はやる男ですよ?」
「本当に?いつやるって言うのよ?」
「……ま、取り敢えずそれは、今じゃない、とだけ言えますが……」
「……でしょうね。出会ってまだ短いけど、シングの事は良く理解してるから分かるわ」
「お、お褒め戴き、恐悦至極で御座います」
「うん。何も褒めてないけどね」