一休み
本陣脇に設けられた僕ちゃん専用大型テントの中。
うぅ~ん……と唸りながら、簡易ベッドに俯けに転がり、魔王城から北東部、グレッチェの大森林周辺の地図と睨めっこの僕チン。
もちろん、いつもイラスト風な地図だ。
予定では、明日にも目的地であるウィルカルマース(処分予定)麾下の第一軍の最終防衛陣地に着くとの話だ。
当初計画より若干の遅れはあるが、ま、それは仕方が無いことだ。
第四軍を伴っての行動だし、途中で補給と視察及び激励及び僕チンの紹介を兼ねて、第二、第三軍の駐屯地に立ち寄っていたからね。
いやぁ~……駐屯地の訪問、あれは中々に面白かった。
何かこう、物凄くピリピリした緊張感が漂っていたと言うかねぇ……
俺に対して少しでも無礼な態度を取った奴がいたら、その場で近衛兵に取り押さえられたりしてたモンね。
それから幹部連中が素っ飛んで来て、何処かに連れて行くし……
何もそこまでせんでも良いのに。
僕チンは寛大な男ですよ。
それに無茶苦茶に恐れ戦いている奴もいたし……俺が声を掛けただけで泣き出した奴すらいたぞ。
まるで僕ちゃんが恐怖の権化みたいじゃないか。
そりゃ確かにさ、魔法一発で二十万規模の敵兵を天国へ送った挙句に山まで噴火させちまったけど……あれは不可抗力だから。
うん、俺は何も悪くないですぞ。
偵察部隊からの報告で、噴火の影響で近隣の敵都市や村に壊滅的被害が出ているとか言われても、天災だから仕方がないですよ。
むしろ作戦的には大成功なワケだし、ノープロブレムだね。
ま、それはさて置き、今はちょいとベッドの上で沈思黙考中だ。
現地へ着くまでに、ある程度は自分なりの作戦案を考えておかないとねぇ……
何しろ北部も、南部と同じく大兵力で侵攻中との話だからね。
酒井さんの読み通りだよ。
通常なら、エリウちゃんの帷幕の方で充分に対処出来ると思うんだけど、今回の大規模侵攻作戦はさすがに厳しいものがある。
兵力的に正攻法の作戦は通じないからね。
現に連日、エリウちゃんや四貴魔将、その他参謀達がウンウンと唸りながら頭を捻っているし……
ちなみに俺は、あれから会議には参加していない。
表向きは、『頑張れエリウ。そして参謀達よ。面白き妙案を期待しているぞ』なんて適当な事を言ったりしているが、実は参加したら『シング様、なにか意見は…』ってな展開になると非常に困るからだ。
何しろこちとら、何処に出しても恥ずかしい素人だからね。
「ん~……酒井さん。確か敵は、この大森林の彼方此方に隠れてるってな報告がありましたよねぇ」
足をパタパタとさせながら、頼りになる姐さんに聞いてみる。
小机の上で符札を製作している魔人形様は、筆を巧みに走らせながら、
「そうよ。正確には、隠れているのでなく小部隊に分かれて侵攻中って話よ。かなりの数みたいね」
「ふむぅ……」
ちなみに黒兵衛は、ベッドの下で大の字になって惰眠を貪っていた。
しかも鼾まで掻いてやがる。
本当に猫かこいつは。
しかし小部隊に分かれて侵攻中ねぇ……
中々に良い作戦だなぁ。
このグレッチェの大森林とやらは、とにかく大きい。
実際に見てみないと分からんけど、このイラスト風味の地図からでも、その広大さが分かる。
通常、部隊を小分けにすると、各個撃破の対象ともなり易いが、これだけ巨大な森だと、先ず敵が何処にいるのかを把握する事すら難しい。
「うぅ~む……」
「上手い作戦ね」
と、酒井さんがベッドの上に飛び乗ってきた。
そしてうつ伏せになっている俺の頭の上に登りながら、
「敵は南と同じぐらいの兵力でしょ?一部隊を二千人としても百個部隊は出来るわ。それが森の中を分散して侵攻。対して此方の第一軍は一万とちょっと。索敵すら覚束無いわ」
「ですよねぇ。とにかく大きそうな森ですから、どこから敵が飛び出して来るのやら……それすらも分かりませんよ」
街道を真っ直ぐに進んで来た南部侵攻軍の方が、敵の捕捉と言う面では遥かにやり易かったよ。
そもそも何処に防衛ラインを引いて良いのかすら分からんし。
「こっちの弱点である兵力の少なさを目一杯に突いて来た作戦よね。一つ二つの敵部隊を見つけても、それに対処している間に無数の部隊が森から出て来て、そのまま魔王城へ一直線よ」
「ですねぇ…」
「で、シングならどうする?」
「……ふむ」
現有兵力では、森全体をカバーして見張る、なんて事は出来ない。
いや、やろうと思えば出来る。
但し一匹ずつ配置すればだけど。
「直接、このグレッチェの大森林とやらを見てないから何とも言えませんけど……僕チンだったらポイントを決めて焼き払いますね。分散した敵が一箇所に集まるように、森を焼いて行きます。追い込み漁みたいなモンです。そしてそこを叩きますね」
「環境保護団体が聞いたら卒倒しそうな作戦ね。でも、分散している敵を集めて叩くってのは間違ってないわ。兵法的にもね」
「そうでしょ」
「けど、問題が一つあるわねぇ」
酒井さんは「ん~」と小さな唸り声を上げた。
「このグレッチェの大森林の南には、スートホムス大山脈ってのがあるわよね」
「ありますね。山岳部族連合とやらでしたっけ?第三軍と対峙してますね」
「で、次に砂漠があって……更に南に、アンタが噴火させたバイネル火山郡と」
「不可抗力です」
「で、この地形情報から、何が読み取れるか分かる?」
「はへ?」
このイラスト風味の地図から?
な、何じゃろう……
取り敢えず、この画を描いた奴は絵心が少々足らないなぁ…ってこと?
「分からない?仕方ないわねぇ…」
酒井さんは俺の頭の上から腕を伸ばし、地図を指しながら、
「この南北二つの山脈が、雲の動きを遮っているのよ」
ん?ん~……んん?
「……あ、なるほど。だから真ん中が砂漠地帯なんだ。雨が降らないから」
「そう言うこと。で、更に言えば、このグレッチェの大森林と火山郡の南にも森があったわよね。つまり、この辺りは雨が多い地域って事よ。山で遮られて行き場を失った雨雲が溜まるのね。だから南北に大きな森が形成されたのよ」
「ははぁ…」
「で、そこから導き出される答えは?」
「……分かりません」
と言ったら、軽く頭を殴られた。
「つまり、火が点き難いって事よ。湿度も高いだろうし、乾燥した山林と違って、雨の多い地域の大森林よ。おそらく霧とかも出るだろうし……むしろジャングルに近いかもね」
「な、なるほど……」
いやはや、こんなチンケな地図から、そこまで読み取るは……酒井さんって本当にスゲェなぁ。
心から感服しちゃうよ。
「となると、普通に火を点けて森を焼き払う事は出来ないと……なら魔法の火ならどうです?ある程度のレベルの火属性魔法なら、水を掛けても消えないですよ?」
「そのレベルの魔法を使えるのが何人いると思う?この森の規模からして、かなりの数は必要よ」
「むぅ……なるほど」
「ま、試しにやってみるのは良いかもね。シングならその辺はある程度カバーで出来そうだし……それに前回、何も魔法の検証は出来なかったからね。私も少し試してみたいし」
「わははは……そう言う意味では僕チンもです。今度はちゃんと、魔法の効果についての検証、と言うのを念頭に置いて、色々とやりますよ。僕チンも火系統の魔法は使えますし」
ってか、一応は全属性の魔法は使えるけど。
「それにあのファイパネラ(処分予定)って女が、確か火属性の専門だと聞きましたよ。あの女と他に何匹か、火属性の魔法を扱える奴を用意しましょう。エリウちゃんに聞けば良いかな」
「そうね……と、そう言えばそのエリウで思い出したけど……」
酒井さんが俺の頭上から枕元へとダイブし、地図を軽く叩きながら
「確かこの森の中央に、エルフの国があるのよね。ブリューネス王国とか言ったかしら?」
「滅ぼします」
「まだ何も言ってないわよ。その国についてだけど、参謀達がエリウに上申してたのよ。出来ればエルフ達を魔王軍の陣営に引き入れたいって。どうも南部侵攻軍が壊滅したってのがエルフの国に伝わったらしく、少し状況に変化があったみたいなのよ」
「反対でごわす」
「即答ね。しかも物凄く不満顔で……」
「森妖精族を魔王軍側に?はぁぁ?頭腐ってんの?ですよ。エルフなんてのは傲岸不遜で自己中で……一言で言えば、傲慢が服を着て歩いている連中なんです。そんな常に他者を見下す連中を仲間にだなんて、言語道断で御座る。彼奴等は根絶やしにするべきなのです。今こそ抹殺指令を発動すべきです」
「な、何か凄く個人的な恨みがありそうね。けど、あんたの世界のエルフとこの世界に住んでるエルフとは…」
「同じです。奴等はどの世界に住んでいようが、同じなんです。酒井さんの嫌いなゴキブリと同じです」
「……何があったのよ?」
「前に俺の国は四つの大国に挟まれてるって、言った事があったでしょ?その内の一つが、エルフの国なんですよ。そしてそこの姫ときたら……もうねぇ、色々と酷いんですよ。常に『おーほっほっほ』って笑うんですよ。初対面の時なんかいきなり『おーほっほっほ、貴方がシングさん?随分とみすぼらしい顔をしてますわね』と来たモンだ。分かります?初対面ですよ?」
「うわぁ…」
酒井さんは気味が悪いと言ったような顔で軽く仰け反った。
「もうねぇ、それから会う度に『シングさんはどうしてそんなにお頭が弱いので?』とか『シングさんは家畜より利用価値がないですわ』とか、挙句の果てに『おーほっほっほ。シングさん、少し臭いですわよ。ちゃんと風呂に入ってます?』とまで真顔で言われたんですよ。挨拶のデフォルトが罵詈雑言なんですよ。もう悔しいやら情けないやら……多感な年頃の僕ちゃんは、心がブロークンですよ。俺にもう少し、力と権力と名誉と根性と運とプライドがあれば、容赦なくブン殴ってましたね。女だろうが、物凄いグーで殴ります」
「な、なんか……本当に凄いわね。けど、それってその女の子だけ特別だったんじゃないの?」
「ンな事はありません。アイツの傍にいる護衛のエルフだって、いつも俺を蔑んだ目で見てましたし……ち、ちくしょぅぅぅ……何時か必ず復讐してやるぞ!!」
「落ち着きなさい。アンタの個人的な感情は一先ず置いておくとして、参謀達の意見は検討する価値はあると思うわ」
「そ、そうですかぁ?」
そんな戯言を言い出した参謀は、火刑に処したいぞ。
「感情じゃなく、理性で判断しなさい」
酒井さんはペチペチと俺の頬を叩いて来た。
むぅ……理性ねぇ……
ま、今は取り敢えず、あの糞エルフ姫の事は脳の奥底に封印しておくとして……
エルフ王国を此方側にか。
ふむ…
デメリットは色々とあると思うが、メリットとしては……
「兵力の増強と、他国への調略が……し易くなりますね」
「正解よ。エルフの国が寝返ったら、他の小国や部族にかなりの動揺が走る筈だわ。たたでさえ、オストハム何とか帝国の武力を後ろ盾にしていた連中は、今頃かなり混乱していると思うし。これで次に神聖ファイネルキア評議国とやらの軍も壊滅したら、それこそ追随する連中も現れるんじゃないかしら」
「けど、何でエルフの国を?そもそも何処からそんな話が出たんです?」
「それがねぇ、どうもエルフの国と他の人類系の国とは、本来そんなに仲は良くないって話なのよねぇ」
「ほ、ほらやっぱり!!奴等はやはり、そーゆー輩なんだ!!」
「静かにしなさいシング。それで今は一応、エルフと人類系種族は反魔王って事で繋がってるみたいなんだけど……魔王も代が替わったから、この辺で先ずは一度交渉してみるのも有りかもって話なのよ」
「それを参謀どもがエリウちゃんに?」
「そう。交渉次第で出来れば魔王軍側にってこと。参謀からの上申書を前に、エリウが難しい顔で悩んでいたわ。その内、アンタに相談しに来ると思うわよ」
「むぅ……って、そもそも何で酒井さんがそんな機密事項を知っているので?」
「私はアンタや黒ちゃんがゴロゴロと惰眠を貪っている間も、ちょいちょい会議に顔を出してるのよ」
「英気を養っているんです。その辺、誤解無きように」
「本当に口だけは達者ね。それより、エリウが相談しに来たらどう答えるの?」
「皆殺しを……や、冗談ですよ?個人的感情は出しません」
ま、大嘘だけどね。
「基本的には、エリウちゃんの好きなようにすれば良いと思いますよ。だってエリウちゃんが最高責任者なんですから。酒井さん的にはどう考えてます?」
「私は賛成よ。話し合いで味方が増えるのなら、楽じゃないの。むしろ積極的に外交を展開すべきよ」
「そ、そうっスか?う、うぅ~ん……」
「なに?シングは違うの?前にアンタ、調略が出来るかとか聞いてなかった?」
「最初の頃とは情勢が違いますよぅ。それに、なんと言うか……この魔王軍が『普通の国家』であるならば、そう言う外交的な策も、当然有りだと思いますよ。けど、エリウちゃんは魔王で、率いるのは魔王軍じゃないですか。魔王が外交力で手を結ぶってのは、ちょっとどうかなぁ~と。敵に甘い魔王って、何か変じゃないですか。俺なら力を見せつけ、それで屈服して臣従を誓うのなら良し。そうでなければ問答無用で滅ぼしますね。僕チンはその辺、容赦しません。もちろん、相手が憎きエルフだから言ってるんじゃないですよ?他の種族もそうです。人間も含めてね。それが魔王ってモンです。……多分」
「……なるほどね。ん~……確かに、魔王と言う存在はそうかもね。外交折衝なんて、ちょっと人間的な考えだったかしら?ここは人間だけが住んでる世界じゃないし、そもそも人間を不倶戴天の敵と認識している種族も大勢居たりするかも……私達はこの世界から見れば第三者なワケで、その辺はもう少し俯瞰的に物事を見た方が良いのかも知れないわね」
酒井さんはウンウンと頷いた。
「まぁ、そうですね。けど、それはしょうがないでしょ。酒井さんはそもそもが人間なんだし、それに人間界って人間種だけでしょ。他種族と共存しているって状況自体が初めてなワケですからね。どうしても、人間とか人間に近い種族の目で見ちゃいますって」
「そうね。人間同士だって争っているのに、他の種族がいたら……それこそねぇ」
「ま、全種族が仲良くなんて事は、絶対に有り得ないですからね。そんな世界があれば、それこそがファンタジィ世界ですよ。酒井さん達の人間界だって、妖怪と共存は出来てないでしょ?酷な言い方ですけど、世界…自然の掟は、適者生存です。弱者は淘汰されます。例えそれが人間だとしてもね」
「確かにそうね。あ、だから勇者ってのは存在しているのかも。この世界だと人間系の種族は弱い存在だから……」
「なるほど。弱い人間系種族の切り札って意味で、自然が生み出したワイルドカードかも知れませんね。……けど、あんなアホではなぁ」
人類の未来は、お先真っ暗ですぞ。




