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深夜の大本営


 ウォー・フォイに、

「ふ……そうか。ならば我も後で会議室へ顔を出そう。先に行っておれ」

と威厳のある声で答えた後、ベッドにダイブしながら、

「えぇぇぇッ!!ま、マジかよ……なんてこったいオリーブ!!」

ローリングローリング、床に落ちてまたベッドへダイブの僕チン。

「いやいやいや、有り得んだろ!!そうなったらマズイよねぇ…って話していたら、ホンマに起こりおったで!!俺の言った言葉が現実になったじゃん。も、もしかしてこれが言霊って奴か?だとしたら、俺はもう二度と喋らん!!」


「落ち着けや、魔王……」

俺の枕をクッション代わりにしている黒兵衛が、欠伸を溢しながら言う。


「おおおお、落ち着けるか!!国家存亡の危機ですぞ!!」


「や、お前の国やあらへんし……」

「黒ちゃんの言う通りよ。少し落ち着きなさい、シング」

鏡台の上に乗り、鏡を見つめながらブラシで髪を梳いている酒井さん。

「トップのアンタが慌ててちゃ、部下が動揺するだけでしょ」


「いやいやいや、そんな事言われても……そもそもトップはエリウちゃんですよ?」


「名目上はね。そもそもエリウだって、今頃はパニックの筈よ。アンタまで慌ててたら、それこそ収拾がつかなくなるわ」


「ぐ、ぐぬぅ……」

確かに。

エリウちゃん、パニックになってひたすらオロオロしているだけかも。

何だか目に浮かぶようだよ。


「せやで。それに自分、言うとったやないか。これは逆に魔王の名を高めるチャンスなんやろ?摩耶姉ちゃん達を見つける第一歩やないけ」

「そうよ。恐怖を広めるとか言ってたじゃないの」


「や、確かに言いましたよ。言いましたけど……まさか本当になるなんて」


「ホンマにお前は……根は小心モンなんやな」

「……シング。もう少しポジティブに考えなさい」


「えぇぇぇ……ポジティブって言われましても……この状況で?」

ウォー・フォイの話だと、要塞から出て来た敵軍は、おおよそ十五万から二十万って話でしたよ?

ビックリ仰天の数字ですよ?

想像していた以上の数ですよ?

そんな状況でポジティブになれるのは、どこか病んでる子だけだと思うんじゃが……


「巣穴に篭っていた敵が、わざわざ狩られる為に出て来てくれたのよ?それに考えてもみなさい。もし敵の侵攻が一週間早かったら、今頃どうなっていたと思う?」


ふにゃ?

一週間早かったら……

「ありゃま。魔王軍は完全に詰んでましたね」

この魔王城も包囲されていただろう。


「そう言うこと。アンタがここに居る時、敵は出て来てくれた。これって私達にとってはラッキーでしょ?」


「な、なるほど。そう考えると……おおぅ、超ツイてますな!!敵を粉砕し、魔王恐るべしを広める絶好のチャンス!!今こそ我の力を見せつけてくれようぞ!!黒兵衛、湯漬けを持てぃ!!」


「お、おいおい……自分、ホンマに単純やな。一度精密検査をお勧めするで。絶対に何か異常が見つかるで……脳から」

「そう言う事は言わないの、黒ちゃん」

ブラシを置いた酒井さんが俺を見つめる。

「取り敢えず、着替えなさいシング。寝間着のままじゃダメよ。そしていつものように、偉そうな態度で悠然と構えていなさい。何があっても動揺せず、余裕の表情を見せるの。それだけで部下は安心するわ」


「り、了解ちまちた。けど、本当に大丈夫ッスかねぇ」

頭の中の混乱は治まったけど、冷静になると余計に戦況が理解できて、かなり不安ですぞ。


「大丈夫よ。アンタはこの世界では多分、最強よ。それにこの私が付いているんですもの。どんな厳しい状況でも、絶対に負けることは無いわ」



会議室内は、混乱の渦に巻き込まれていた。

深夜にも関わらず、怒声、とまでは行かないまでも、焦った声が引っ切り無しに飛び交っている。

参謀や各部隊の指揮官や副官、官僚などの文官も交え、異形種、もしくは魔物や魔族と呼ばれる多種多様な種族が、右往左往としている。

一種の狂騒状態である。


また最高幹部である四貴魔将も、その例外ではなかった。

魔軍一の知将であるウィルカルマースは眉間に大きく皺を寄せ、テーブルの上の大地図を睨みつけている。

普段は薄ら笑みを浮かべているファイパネラも、難しい顔で黙ったままだ。

そして参謀達に命令を発しているのは、シングが現れるまで寡黙であったウォー・フォイだ。

彼なりに混乱を鎮めようとしているのだが、中々に治まらない。

むしろウォー・フォイ自身が声を荒げたりもしている。

ちなみに考えるのが苦手なアスドバルは、ただ独り会議室内をウロウロと動き回っているだけであった。

そして魔王エリウはと言うと……混乱の極みであった。

寝間着姿のまま慌てて会議室へと飛び込んだ彼女に、矢継ぎ早に部下が報告を持って来る。

それに対処していると、更に新たな報告が入る。

しかも次から次へと、途切れる事無くだ。


(ど、どうしよう……どうやって手当てをしたら良いの……)


前線から指示を請うテレパス通信が先程から引っ切りなしだ。

エリウは頭を掻き毟り、叫びたい気持ちで一杯である。


彼女自身、今回の敵の大侵攻はまさに寝耳に水の事であった。

昼にシングが、そう言う可能性もある、的な事を言っていたが、それがまさか現実のものになろうとは、予想だにしなかった事態だ。


(こ、このままでは……第四軍は壊滅する。そうなると他の軍団も……いえ、防衛陣地を破られたら、この城までは一直線。敵の大軍に対する備えは……)


その時、不意に部屋の扉が開いた。

室内の全員の目がそこに集中する。

最初に入って来たのは、赤色のサッシュを襷掛けにした近衛の兵だった。

兵は恭しくお辞儀したまま一歩横にずれると、そこに現れたのはシング。

何時もの簡素で飾り気の無い布の服に身を包み、肩に黒兵衛と酒井魅沙希を乗せている。


(シ、シング様……)


シングがその姿を現すと同時に、会議室内の空気が一変した。

それまでの狂乱が嘘のように静まり、物音一つしない。

全員、石象と化したかのように微動だにしなかった。

圧倒的な存在感と、そこから発せられる威圧するような雰囲気。

場に張り詰めたかのような緊張が走る。

とはいえ、それは何時もの緊張感とはどこか違っていた。

幹部の誰かが漏らした吐息に、安堵の成分が多く含まれているのだ。


シングは何時ものように胸を張り、威厳溢れる態度で入って来ると、エリウをチラリと見やり、

「ふむ……可愛い寝間着だな」

そう一言。


エリウは慌てて俯く。

頬が物凄く熱い。

それと同時に、自分を酷く恥じた。

報告を受け、着替えもせずに慌てて駆け付けた自分が、非常に滑稽だと思って。


(王たるもの、如何なる時も慌てず騒がず、部下の前では常に冷静沈着に……)

昨日の酒井魅沙希の説教を思い出す。

懇々と、王たる者についての行動規範、責任、部下への接し方などを、小言交じりに言われた。

酒井の話は、非常に分かり易く、的確であった。

しかしその言葉はかなり辛辣だ。

心を深く、鋭く、抉ってくる。

魔王であるエリウですら、何度その目に涙を浮かべた事か。

しかしその都度、シングが横からフォローしてくれた。

励ましの言葉も掛けてくれた。

優しい笑みを浮かべ、エリウなら大丈夫、と何度も言ってくれた。


(シング様……)

ゆっくりと室内を歩く彼の姿を目で追う。

心臓が何故かドキドキした。

(私もいつか、シング様のような立派な魔王になれる事が出来るのだろうか……)

ちょっと難しいかも知れない。

けど、少しでも近付く事は出来る筈だ。


「……ふむ」

シングは酒井をテーブルの上に置くと、ゆっくりと椅子に腰掛けた。

そして黒兵衛を膝の上に乗せ、いつもの威厳ある静かな声で、

「で、戦況は?」

たった一言だ。

その一言でだけで、場に言い表せない緊張感と同時に、不思議な安心感が広がる。

何と恐ろしくも頼りになる御方なのだろうかと、エリウも幹部も感嘆の面持ちでシング見つめていた。


「……は」

と、シングが現れて以来、饒舌家となったウォー・フォイは、地図を指しながら、

「南部街道の関から出て来た敵軍は、およそ十五万から二十万。夜なので正確な数字は分かりませんが……最低でも十五万以上は確実との報告です。現在は街道を西進し、この辺りで夜営中とのこと。……私の第四軍は既に第一防御陣地を放棄し、この第二陣地まで後退しております」


「ふむ……それで良い。して、他の戦域は?」


「特に現在は……ただ、グレッチェの大森林近くに駐屯しております第一軍から、敵に何かしらの動きあり、との報告はありましたが、詳しい事はまだ……さすがに深夜の森では、索敵も難航しておる模様です」


「……なるほどな」

シングは顎に手を当て、軽く擦りながらテーブルの上の地図を眺めていると、不意に

「ふふふ……」

と小さな笑い声を溢した。

そして周りの幹部を見渡しながら、

「お前達は運が良い。そして……敵は運が悪い。うん、物凄く悪いな。ふふふ……」


(え?え?それは……どう言う意味なの?)

エリウは首を捻る。

シングの言葉の意味が、ちょっと分からない。

他の幹部も、首を傾げているし……


「ん?分からぬか、ウォー・フォイ?」


「は。一体どのような意味で……」


「なに、侵攻が一週間ほど早ければ良かったのにな、と思ってな。思わず敵に同情してしまった。ははは」


(え?一週間早いって……え?ん?それって……)


「……なるほど。一週間早ければ、我等は壊滅的被害を受けていたでしょうが、今はシング様がここにいらっしゃると……確かにシング様の仰るとおり、敵にとっては大不運ですな」

ウォー・フォイは慇懃に頭を下げた。

幹部達の中からも、「おぉ」と声が漏れている。


「して、何か手当ての策は思い付いたか?どのような策でも良いぞ。先ずは聞かせてみろ」


「は。……ウィルカルマース」

ウォー・フォイが、隣に佇む魔王軍の軍師的な役割を担っている同僚に視線を投げ掛けた。


「は…」

ウィルカルマースは緊張を隠そうともせず、強張った表情のまま軽く一礼すると、

「先ず、敵の大侵攻に対し、直接対峙しております第四軍は更に後方、この最終防衛陣地まで下がります。そして北部転進予定であった第ニ軍が西周りのルートで南下しつつ、第三軍は最短距離で第四軍と合流して……」


――パンッ!!


乾いた音が会議室に響き渡った。

見るとテーブルの上の酒井が、何処から取り出したのか手にした鉄扇を地図に打ち付けていたのだ。


「あ、あの……」


「悪手よ」

酒井が静かな声で言った。

シングの時とはまた違う、異質な緊張感が漂う。

エリウは昨日の説教をまた思い出し、思わず肩を竦めてしまった。


テーブルの上に乗っている酒井は、ウィルカルマースを一瞥すると、その小さな人形の手で地図を指差す。

幹部達の視線が、その指先に注がれた。

「敵が南部からだけ攻めて来ると思う?大軍を擁して力任せに進撃って……そんな単純な手を使って来ると思う?私だったら、そんな危ない作戦は取らないわ。だってもし負けたら、折角の要塞を取られちゃう可能性があるんですもの。そうなったら南部は危機的状況よ」


(た、確かに……)

エリウはウンウンと頷いた。

ウィルカルマースも小さく唸り声を上げている。


「第三軍が動くと同時に、敵はおそらく侵攻して来るわ。第二軍が動いても同じ。砂漠と山岳地帯から攻め込んで来る筈よ。ただ、侵攻……と言うより、牽制の意味合いが強いわね。隙を見せたら噛み付いて来るのと同じね。本格的には此方側へは攻め込んで来ないわ。要は、二軍と三軍が動かないよう見張ってるのよ」


「な、なるほど。しかし酒井様、この敵が積極的攻勢に出て来ないと言う根拠は……」


「攻めて来る気なら、南部の侵攻に連動してとっくに動いているわよ。ま、おそらくは兵力の問題ね。もし敵に充分な戦力があれば、四つの戦域から同時進行で攻めて来る筈よ。それが一番簡単で楽ですもの。けど、そこまでは戦力が揃わなかったのね。それに元々、砂漠や山岳地帯は、大軍を動かすのには適していない場所ですからね。だからこの中央の二つの戦域は牽制の為だけの部隊しかいない筈よ。敵の本命は……南部、そして北部よ。二方向からの同時侵攻作戦。これが敵の狙いね」


「な……なるほど」

ウィルカルマースは更に深く眉間に皺を刻み、またもや小さな唸り声を上げた。

「と、なりますと……現時点で最良の手は……う、動かない事……ですか?」


「正解よ。貴方、少し頭が回るわね」


「あ、有難う御座います」

とウィルカルマースが頭を下げると、ウォー・フォイが慇懃な態度で、

「しかし酒井様。ニ方向同時侵攻と仰いましたが、まだ北部からは連絡が……」


「おそらくタイムラグね。同戦力の部隊でも、街道を進むのと森の中を進むのでは、進行速度が違うわ。それが大軍なら尚更よ」


「な、なるほど。確かに仰る通りで……愚問、失礼致しました」


「良いわ。ふふ……さて、今言ったように、取り敢えず中央の第二軍と三軍は動かず防御に徹する事。ただ第一軍と四軍は別よ。敵の数が多過ぎるわ。防御なんて出来ないだろうしね。だからここは、時間稼ぎの撤退戦を行いなさい。直接戦闘は出来るだけ避け、敵を翻弄しつつゆっくりと後退するの。仮に敵が大攻勢を仕掛けて来たら、急ぎ撤退。敗走でも良いわ。そのまま領土の奥深くまで誘い込みなさい」

酒井はそう言うと、ウンウンと独り頷いているエリウを見つめ、

「敵侵攻部隊の始末は、エリウに任せるわ。頑張りなさい」


「え?……え?」

エリウは思わず瞬きを繰り返し、酒井を見つめた。

そしてその言葉を何度か反芻した後、

「おおお、お待ちを酒井様。し、始末と言われましても……わ、私の部隊で侵攻軍を……」


「そうよ?だって動かせる部隊は、貴方の部隊しかないでしょ?」


「そ、それはそうですけど……」

無謀だ。

無謀過ぎる。


エリウの指揮する魔王軍本隊は、確かに精兵揃いではあるが、その数は五千に満たない。

対して敵は、南部侵攻軍がおよそ十五万から二十万。

北部も同規模としたら、その総数は最大で四十万だ。

五千の兵でそれらを相手にしろと言うのは、最早論するにも値しない狂人の戯言と同じである。

ただの無策と変わらないではないか。


(そ、そんな事を言われても……)

エリウはもう泣きそうである。

ウィルカルマースすら唸らせる智謀の持ち主が、何故いきなりそのような事を言い出したのか分からない。

もしかして自分は、知らず内に彼女の不興を買ってしまったのだろうか。

まさか寝間着姿がいけなかったのか?


「ふふ、何をそんなに絶望した顔をしてるの?」

酒井は笑みを浮かべ、エリウを見つめる。


「そ、それは……」


「昨日言ったでしょ?貴方の部隊には、ウチの宿六が加わるのよ」

酒井は笑いながら、シングを見上げた。

「近頃運動不足でしょ?少しは遊んで上げなさい」


異世界の魔王は顎に手を当て、

「ふ……キングドラゴンや最上級天使ならともかく、たかが亜人どもが遊びの対象となるかどうか……ま、退屈凌ぎにはなるかな」

そう言うと、どこか優しげな瞳でエリウを見つめた。

彼女の心臓が早鐘を打つ。


「ならば、明日にでも早速に出立するか。細かな行動計画は参謀達に任すとして……エリウ、部隊の指揮は頼むぞ。お前の部隊だからな。せいぜい、我を有効に使ってくれよ」

シングはそう言うと、話は終わりだと言わんばかりに席を立ったのだった。








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