軍令部より報告が届いております
うぅ~ん……
と、心の中で唸りながら、ブラブラと城の周りを散策中の僕チン。
本日も実に良い天気だ。
ポカポカ陽気の晴天で、歩いていても思わず欠伸が零れてしまうほど長閑である。
昼飯を食べたばかりで、お腹も膨れているしね。
さ~て、どうしたもんかねぇ……
朝、幹部達より提出された作戦案は、三つあった。
ざっと目を通した所、まぁ……及第点かな、と言った所だ。
答案用紙に例えるなら、70点と言った所である。
ま、頑張った成果が認められるので、一応は良しとしておいてやろう。
だからウィルカルマースの処分は暫し保留だ。
戦場で魂が磨り減るぐらい扱き使った後に、処理してやる事にする。
もちろん、苦痛無く、優しく処分してやろう。
その辺は僕チン、慈悲深い男だからね。
ま、それはさて置き、提出された作戦案だが……何かこう、決め手に欠けるにゃあ。
悪くはないが、これと言って良くもない作戦だ。
無難と言えば聞こえは良いが、彼我の戦力差を考えれば、何れジリ貧になるのは目に見えている。
むぅぅ……どうするかなぁ……
ブラブラと歩き、時折立ち止まっては空を見上げて思案。
それの繰り返しだ。
三つの作戦案で共通しているのが、北部、グレッチェの大森林への侵攻。
そして第二軍、三軍の北部戦域への転進だ。
俺や酒井さんの考えもほぼ同じである。
グレッチェの大森林への侵攻は、遠見の角と酒井さんが言っていたファイネルキア評議国の十五万と言う支援部隊を壊滅させる為に、絶対に進まざるを得ないルートではあるが、そもそもそれ以外に、他に侵攻ルートが無いのだ。
南部は、火山地帯と森林地帯の間の街道に要塞化された関が設けられているので、此方から攻め込むのは困難を通り越して無謀。
砂漠地帯は論外。
そして山岳地帯は、そもそも大軍が通れる道が無い、と言うのが現状だ。
だから普通に作戦を立案するならば、北部からの侵攻ルート一択なのだ。
そしてそれに付随した、第二軍と三軍の転進である。
黒兵衛が遊んでいると評した部隊だが、事実そうだ。
第二軍と三軍は、山岳地帯と砂漠地帯の敵と対峙している。
はっきり言って無駄だ。
此方から侵攻出来ないのに、大軍を貼り付けて置く必要は全く無い。
それに防衛自体も、それほど必要は無いと俺は思っている。
ま、何処までもいっても素人考えではあるがね。
山岳地帯の敵は少数部族の共同体のようなものだ。
攻め込んで来るには、そもそも兵の絶対数が少ない。
それに部族毎の小集団なので、連携面に置いても此方への侵攻作戦は難しいだろう。
わざわざ地の利を捨て、攻め寄せて来る可能性は低い筈だ。
砂漠地帯もそうだ。
砂漠専用エルフの国家だが、砂漠を越えたらその戦闘力は著しく劣ると、俺は見ている。
だからこの二箇所は、監視部隊と緊急時の連絡要員だけで充分だ。
もし万が一、そこから敵が侵攻してきたら、撤退して領土の奥深くまで誘い込めば良い。
その場合、地の利を得るのは此方の方だ。
第一軍とエリウちゃん率いる魔王軍本隊、それに転進してきた第二軍と三軍でグレッチェの大森林へ侵攻……
そこまでは、俺や酒井さんの考えた作戦と一緒だ。
そこから、様々な事態を想定して三つの作戦が策定されているのだが……はてさて、どうしたもんか。
これで上手く行くか?
我が軍は勝てるのか?
大丈夫なのか?
御飯はある?
……何となく不安だ。
ま、そうは言っても、俺や酒井さんにズバ抜けて素晴らしい対案があるワケでもないし……いやはや、困ったねぇ。
「……ふむ」
ま、ここで考えていても、仕方ないか。
地図を見ながら頭を捻っているより、直接現場を見た方が早いのかも知れない。
そもそも俺や酒井さんは、魔王軍の兵の戦闘力を直に見たことは無いしね。
それで作戦を考えるってのは無理がある話なのかも。
作戦を決める前に、一度前線視察とかした方がエエかなぁ……
そんな事を考えながら、チラリと肩越しに振り返ると、そこにはエリウちゃんの姿が。
皮のズボンに薄い桃色のシャツと言う軽装で、彼女が俺の背後に立っている。
お供の近衛もいる。
何故か俺の散歩に、彼女も付いて来たのだ。
なんでじゃろう?
ちなみに酒井さんと黒兵衛は、部屋の中で思案中だ。
俺は気分転換も兼ねて、『散歩しながら考えてくるわ』と言い残し、部屋を出たのだが……途中でエリウちゃんと出会い、そのまま一緒なのだ。
エリウちゃんも散歩しようと思っていたのかな?
ま、気分転換は必要だよねぇ……ストレス発散の為にも。
俺は昨日の事を思い出し、心の中で苦笑を溢す。
昨日、俺の予想していた通り、エリウちゃんは酒井さんから説教を受けていた。
上に立つ者の心構えとか、部下の意見を聞く事の重要性と、それをそのまま鵜呑みにせず、一考する事の大切さ等々……ま、所謂一般的な君主論ってヤツだ。
エリウちゃんは酒井さんから厳しい事を言われる度、ションボリと項垂れたり涙目になったりと……その都度、俺がフォローを入れてやったのだ。
何しろ僕チン、酒井さんから怒られ慣れてますからねぇ。
その辛さは、よっく分かってるんですよ。
酒井さんの説教は確かに金言であり、良薬でもあるのだけど……薬も与え過ぎると毒になるってなモンだ。
何しろ心が抉られるほど、厳しい言葉とか使ってくるし……
怒られ慣れていない現代っ子には、もう少しマイルドに接して欲しいと思う今日この頃なのだ。
とは言え、やはり女の子相手だと、酒井さんの説教も幾分か優しい気がするんだよなぁ。
摩耶さんに対してのお説教も、絶対に手は出ないし……
ちょっと差別じゃね?
俺や芹沢博士に対するお説教と来たら、そりゃもう……
俺なんか顔面にドロップキックを受けた事すらあったもん。
博士は死に掛けた事すらあったしね。
ま、最近は慣れ過ぎて、他ごと考えたりする余裕も出て来たし……その内、怒られながら携帯ゲームとか出来るかも知れんな。わははは♪
「ど、どうかなされましたか、シング様?」
見つめている俺の視線に、どこか慌てるエリウちゃん。
相変わらず、慌てふためく彼女を見るのは面白い。
俺は微苦笑を溢しながら、
「なに……少し考え事をな。気にするな」
と、本日も超演技で答える。
ってか、やっとこの演技にも慣れて来たよ。
スムーズに低い声が出せるようになったからね。
「そ、そうですか。それでシング様。し、四貴魔将の提出した作戦案なんですが……どうでしたでしょうか?」
「ん?ふむ……そうだな。可、ではあるが、良、ではないかな」
いや、実際の所……何となく『イケる』とは思うんだよ。
ただねぇ……エリウちゃんにも秘密な真の目的、『恐怖を与えて神の御使いを探させよう大作戦』を成功させるには、今一つ、いや二つか三つぐらいパンチが足らないんだよねぇ。
もっとこう、敵をギャフンと言わせて恐怖を知らしめるような、そんな大胆な策が必要だとは思うんだが……如何せん、何も思い浮かばないんだなぁ、これが。
その辺が、実戦経験の無い僕チンの限界なのかな?
「そ、そうなのですか?」
「ふ…決して悪い作戦ではないのだがな。局地的に勝ちを拾う事は出来るが、大局的に見ると、果たしてどの程度の効果があるのか……戦術で勝利を収めても、戦略で負けていたら結局は意味が無いからな」
「は、はぁ……なるほど」
「そしてもう一つ、懸念すべき事がある」
これは本当だ。
決して格好つける為に言っているのではない。
昨日、寝る前に酒井さんと黒兵衛と話している時、『こうなったらマズくね?』と言う話題で出て来た話だ。
本当だぞ。
「懸念すべき事と仰いますと……」
「南部の動きだ」
俺は端的に答えた。
「もし敵が此方の動きに呼応し、地の利を捨て南部の要塞から出撃して来た場合……果たしてウォー・フォイの第四軍だけで支えきれるかどうか……エリウはどう思う?」
「え?あ、その……そ、そうですね。敵は南部諸侯連合軍で……厳しいですけど、何とか支えきれると思います」
「……そうだな。我もそう思う。ただし、それは敵が南部諸侯とやらの軍だけだった場合だ。要塞から出て来るとなると、必ず増援部隊もいる筈。あの長い名前の人間の帝国が、大部隊を率いて合流している筈だ。そもそも、そうでなければ要塞から出て来る筈が無い。現状で、戦力は拮抗しているのだからな」
「た、確かに。でもそうなりますと……」
「第四軍は撤退か壊滅。援軍を派遣しようにも、我が軍の殆どは北部へ進撃中で間に合わん」
「そ、それでは……」
「北部に侵攻したとして、南部から中西部に掛けては敵の手に落ちる。前線は大幅に後退し、それどころか補給線を断たれ、北部へ侵攻した軍が孤立する恐れもある。そうなれば全ては終わりだ」
「な、ならばアスドバルかファイパネラの軍を北へ回さず、万が一を考えて遊撃部隊として中央に残しておいては……」
「それだと北部へ侵攻する為の兵力が、些かな。ただでさえ絶対兵力では負けておるのだ。出来るだけ遊兵は作りたくない」
「……」
「とは言え、これは万が一の話だ」
俺は不安そうな顔をしているエリウちゃんに、優しく微笑んでやる。
「確かに懸念はしているが、可能性は低いと思う。敵がこの策を取るには、幾つか必要な事があるからな」
「と、仰いますと?」
「南部から北部に掛けての広大な監視網と素早く正確に伝わる連絡網。それに即時対応できる大部隊。最低限、これらを揃えていなくては、この策は使えない。そして敵軍、亜人類種の国家に、この備えは無いと我は見る」
あればとっくに、この魔王城まで占拠されているだろうしね。
「敵は小部族、小国、中堅国家、大帝国など……様々な集まりだ。種族毎に好悪もあれば、国家間の主義主張による対立もあろう。それが反魔王と言う事で一時的に繋がっているだけに過ぎん。奴等は決して一枚岩ではない。相互に意思疎通を図り、我が軍の動きに呼応した作戦を取ることは、おそらくは不可能だ。未だに我等の前線が崩壊せずに維持出来てるのがその証拠だな」
ま、この小さな魔王軍ですら、幹部同士の軋轢もあるしねぇ……
様々な種族や国家が、互いに手を取り合って協力するってのが土台無理な話なんですよ。
それこそファンタジィだよ。
だってこの世界にも、森妖精族とかいるじゃんか。
この世界の妖精族や精霊族がどうなのかは知らんけど、基本的にアイツ等は超我侭ですよ。
エルフなんて特に他の種族に対する差別意識とか強いし……
同種族でも、部族が違えば直ぐに争ったりするんだぜ。
他種族相手なら尚更だ。
そんな連中が一致団結するなんて事は、先ず有り得ないと思うんだよねぇ。
「いや、しかし……ふむ……」
「ど、どうかなさいましたか、シング様?」
「いや、なに……敵が此方の動きに連動した共闘作戦を取る事は、先ず有り得ないと言ったが……逆はあるかも、と思ってな」
「逆、ですか?」
「そうだ。此方の動きを読んでからではなく、先制的に侵攻して来る場合は、一糸乱れぬ作戦を取る事も可能ではないかな」
長い時間を掛けて作戦案を練りつつ、互いに妥協点を探したり色々と根回しとかすれば、各国が連動した大規模侵攻作戦は可能だ。
むしろその場合……俺達にとってはチャンスじゃないか?
敵の大作戦を粉砕すれば、魔王軍恐るべし、の印象を楽に植え付ける事が出来るんじゃね?
ただなぁ……
そもそも敵が、本当に大侵攻をして来るかって話だよな。
それに侵攻して来たとして、それを打ち破る事が果たして出来るか?
もし仮にだ、敵が北部から南部に掛け、それぞれ十万規模の大兵力で同時侵攻でもして来たら、城を枕に討ち死に決定ですぞ。
うぅ~む……
ま、その可能性は低いか。
四貴魔将も、基本的には馬鹿じゃないし。
それだけの大作戦なら、事前に兵の動きなどで察知出来る筈だしね。
ま、もし本当に攻めて来たら、その時はその時だ。
魔王軍の名を高めるチャンスだと思えばいい。
そしてもし万が一、いや億万分の一、負けるかなぁ~って状況になったら、トンズラしよう。
エウリちゃんと、後はウォイー・フォイでも連れて、どこかに隠れるとしようか。
取り敢えず、そう言う可能性もあるって事で、酒井さんに相談してみるかねぇ。
「ふ、我も些か心配性ではあるな」
「そ、そのような事は……あらゆる可能性を検討する事は、大事な事だと思います」
「ふむ、しかし『たられば』ばかりを気にしていては戦は出来ん。ま、今回は奴等に作戦案を出させたのだ。ならば最後まで信じてみようではないか」
って、かく言う俺が、一番信じてないんだけどね。
「……」
「ふふ、そんな心配そうな顔をするな、エリウ。なに、不都合が有れば適宜修正して行けば良いだけの話だ」
俺は笑顔で、再び空を見上げた。
そしてその夜―――
ウォー・フォイが、凶報を携えて、俺の部屋に飛び込んで来た。
「シ、シング様。前線より緊急報告が……敵が要塞を出て、此方に進撃して参りました」
「……はにゃ?」
シングちん、演技も忘れていきなりハニワ顔である。




