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シングの野望・全国版


 今日も今日とて、洗濯物も良く乾きそうな好天に恵まれた魔王城。

魔王の城と言うと、何かこう、暗雲立ち込めるおどろどおろしいイメージがあるかも知れないが、それはまぁフィクションだ。

局地的に天気が変わる筈もなく、燦々と陽光が降り注いでいる。

空気も程よく乾燥していて実に爽やかで気持ち良い。

……

気持ち良過ぎて物凄く眠たいけど。


さて、そんなこんなで本日は大本営幕僚会議。

亜人系人類種とか人間種等と呼ばれる人類系国家侵攻作戦についての協議だ。

ま、基本的な戦略などは疾に出来ていると言う話なので、俺はその確認だ。

むしろ俺が現状を理解する為の説明会と言った方が早いのかも知れない。

作戦を決めて下さいとか言われても超困るしね。

確かに俺は、ゲームの中では天才軍略家である。

難しい縛りプレイだってする。

が、仮想ゲーム現実リアルを混同するようなパープではない。

一応は魔王だけど、軍なんて指揮した事もないし……そもそもまだ学生の身分だったしね。

……

まぁ、正直に言うと、ちょっとだけ指揮とかしてみたい気も確かにある。

何しろ軍の司令官ってのは男の浪漫だから。


「うむ、御苦労」

等と本日も超エラソーな態度を取りつつ、酒井さんと黒兵衛を肩に乗せて城内の会議室へと入る。

室内には既にエリウちゃんと四貴魔将の面々、その他の参謀や指揮官らしき魔物モブキャラの姿があった。

当然ながら、皆は本日も緊張しまくりの様子だ。

いやはや、参ったね、どうも。


ある程度の話は、昨日ウォー・フォイから聞いて分かっている。

現在魔王軍は、戦略的にはちょいと不利な状況だ。

前魔王の死去から約五年。

当時に比べ、前線はかなり後退しているとの話である。

一応、世界の彼方此方で、魔王軍傘下の反亜人種的な種族やモンスターなどが散発的に暴れているそうだが、あくまでもそれは局地的な災害のような物で、大局には何ら影響を及ぼしていない。


目下の所、ここ魔王城を基点に東に向かって半円を描く様に前線が形成されているとの話だ。

前線を支える四貴魔将の軍は、それぞれ一万から一万五千の魔族や魔物、反人類的な亜人種や知恵あるモンスター等で形成されている。

正直、『少なッ』と思ったが、一匹当たりの対人類系種族への戦闘力を鑑みるに、一万の兵でも五万ぐらいの敵と対等に渡り合えるだろう。

ま、それはあくまでも机上の計算ではあるが。

何しろほぼ均一化されている人間種の戦闘力とは違い、こっちは個々の戦闘力がバラバラだからだ。

種族によって特性も全く違うし……ユニットの編成とか、超面倒臭そうである。


「シング様。こちらが作戦図です」

エリウちゃんがテーブルの上に広げられている大きな地図を指差した。

地図上には、何やらボードゲームの駒のような物が置かれているが……その前に、その地図はなんだ?

簡略化し過ぎだろうに……

人間世界にあるような詳細な地図は無理だろうと思っていたが、これはちょっとなぁ……

ゲームの取説に載っているファンタジィな世界地図と同レベルだよ。

ってか、地図と言うよりイラストだ。


むぅ…

俺は心の中で唸りながら、黒兵衛と酒井さんをテーブルの上に置く。

黒兵衛は興味無さそうに自分の前足をベロベロと舐めているだけだが、酒井さんは真剣な顔で地図を眺めていた。

おそらく、摩耶さん達が居そうな場所に当たりを付けているのだろう。


「現在の状況ですが……」

エリウちゃんが地図の南の方を指差し、

「ウォー・フォイが指揮する第四軍がこのバイネル火山郡周辺に駐屯し、南部諸侯連合軍と対峙しております。敵兵力は主にマウガイトと呼ばれる山岳地帯に住む巨人系の種族が主体で、その兵力は約五万です。敵は火山地帯から南の平原地帯へと抜ける街道に関を設け、要塞化しております」


「ふむ…」


「そしてその上、バイネル火山郡の北に広がる広大な砂漠地帯に、アスドバルの第二軍が展開し、サンドエルフの国家であるペルシエラの侵攻に対し、防衛陣地を築き抵抗しています。敵兵力は不明ですが、およそ三万前後かと」


「ほぅ、防衛戦か。虎頭の気性には似つかわしくないな」

俺はそう言って、虎の頭に北極熊のボディと言う珍獣形態の四貴魔将を見やる。

アスドバルは歯を剥き、微かに唸り声を上げながら、

「も、申し訳ありません。何度か侵攻を試みたのですが……」


「その都度、失敗か」


「ま、誠に不甲斐なく……」


「いや、仕方ないな」

俺は地図上を指差した。

「敵は砂漠妖精族サンドエルフで、場所は大きな砂漠。攻め落とせと言う方が無理な話だな。地の利が無さ過ぎる。……エリウはどう思う?」


「は。シ、シング様の仰る通りかと。その……実を言いますと、我等はペルシエラの都市が何処にあるのかすら、未だ正確には掴みきれていないのです。おおよその場所は分かっているのですが……」


「ほぅ……そうなのか?」


「は、はい。砂漠の特性と言いましょうか、一度砂嵐が起きれば地形が変わり、地図が役に立たないと言う話で……」


「なるほどな」

それはまぁ……一言で言って、全然ダメって事だね。

航空支援付きの機甲師団じゃないと落せないよ。

そもそも戦力だって少ないし。


「それで次にファイパネラの指揮する第三軍ですが、砂漠の北、スートホムス大山脈の麓に駐屯しております。目下の敵は山岳部族連合軍。ストーホムス大山脈に点在する各種部族の集まりです。主にケープドワーフ族やオセホビット族なのですが、山々の至る所に隠し砦を築き、我等の侵攻を阻んでおります」


「……ふむ」

山岳地帯に少数で分散し、各々独自にゲリラ活動と言った所か。

こいつも攻めるのは難しいなぁ……


「そして北部ですが、ここにグレッチェの大森林と言う広大な森林地帯があり、その手前でウィルカルマースの第一軍が駐屯しております。大森林にはエルフ族の国、ブリューネス王国があり、その兵力はおよそ五万前後と言う話です」


「なるほど。その他には?」


「グレッチェの大森林の北から中央砂漠地帯に掛けての広大な領土を誇るのが、神聖ファイネルキア評議国です。数多の亜人種からなる国家です。ブリューネス王国後方にて、およそ十五万の支援部隊を展開しております。そしてバイネル火山郡から南東に掛けてはオストハム・グネ・バイザール帝国と言う、人間種の国家があり、こちらも前線の各国へ支援を行っております」


「……ふむ、そうか」

魔王軍と接しているのは幾つかの小国で、立地的には敵方がかなり有利。

しかもその後背には大国が二つあり、常に前線へ支援を行っているので戦力にも余裕があると……そんな状況か。

なるほど。

ダメだこりゃ。


「宜しい。現在の状況は何となく掴めた。それで侵攻作戦はどうなっている?どのような作戦を考えているのだ?」

よもや単に突撃するとか、そんな猪な作戦は立ててないよな?

魔王の軍だからって、幾らなんでもそいつは無謀だぞ。


「は。作戦としましては、全軍が時を合わせ、一斉に進軍を開始します。全面攻勢です。もちろん、私直属の軍団も参戦します。敵軍は魔王軍の大侵攻に慌てふためくでしょう」


「……」

超猪だった。

ってか、そもそも作戦ではなかった。

もしかして最初から玉砕覚悟なのか?

はたまた、夢の大逆転兵器を持っているとか?


「あ、あのぅ……シング様?ど、どうかなさいましたか?」


いやいや、どうにもこうにも……

俺は困った顔で黒兵衛と酒井さんを見やる。

黒兵衛は頭の上に前足を乗せ、『へっへっへ…』と意味不明な笑いを溢していた。

そして酒井さんはと言うと……袂から取り出した鉄扇で地図をピシャリと叩き、

「この作戦の立案者は誰?」

静かな声で問い質した。


そうだよ。考えた奴は何処の馬鹿だ?

よもやエリウちゃんじゃないよね?

もし彼女だったら……立派な魔王に育て上げると言うサブミッションがいきなりSランクミッションになっちまうぞ。

……

って言うか、この作戦にオッケーを出している時点で、エリウちゃんもかなりアレだと思うけど……


「は。それは、ウィルカルマースですが……」


「ほぅ、ウィルカルマースとな」

ふん、なるほど。あの男か。

これは魔王軍壊滅の一手だぞ。

この野郎……もしかして戦場でエリウちゃんを殺す気なのか?

それとも何か別の思惑があって、敢えてこの無謀な策を……


「なるほどな。これが魔王軍随一の知将の考えた作戦と言うわけだな」

取り敢えず、ブロードスの魔法を展開。

スキル効果を大幅に向上させた後に、『畏怖せしめる邪視』を発動。


「……ウィルカルマース。最期に何か言い残す言葉はあるか?」

俺は前魔王を姦計に嵌めて殺した青ビョウタンを睨み付ける。

ウィルカルマースは、見ているこっちが気持ち悪くなるぐらい、ガタガタと震えていた。

土色に変色した顔からは、足許に水溜りが出来るぐらい大量の汗が噴き出している。


ほほぅ、さすが腐っても魔王軍の幹部ですな。

魔法で効果を大幅に上げた邪視スキルなら、大抵の小動物は心臓麻痺を起こすんじゃが……


「……シング」

酒井さんが静かに声を掛けて来た。

「始末するのは何時でも出来るわ。先ずはこの無謀な作戦の手当てを優先させなさい」


「……確かに」

けど、ちょっとばかり腹の虫が治まりませんぞ。

これは精神的に宜しくないですな。


俺はウィルカルマースから視線を外し、その背後にいる副官らしき野郎を睨み付けてやる。

種族はちと不明。

髪の部分が太い触手のようになっている、謎の怪人だ。

俺が睨みつけると、その名も無きモブキャラ魔族はビクンと身体を大きく震わせ、次の瞬間、いきなり床にぶっ倒れた。

それっきりピクリとも動かない。


うむ、少しだけ気分がスッキリしたわい。

俺は鼻を鳴らし、スキルをカットしながら近くにいた者に、

「その死体を片付けておけ。目障りだ」

そう命令をして地図に視線を落とした。

ちなみにエリウちゃんと他の三将は、惚れ惚れするぐらい直立不動の姿勢を取っている。


しっかし、手当てをしろと言われましてもねぇ……

何をどうすりゃ良いんだ?

サッパリ分からんぞ。

「……ウォー・フォイ」


「は。何でしょうかシング様?」


「現在、魔王軍と直接対峙している敵の中で、調略、もしくは休戦に応じそうな国や種族はいるか?」

俺がそう尋ねると、二足歩行型のタツノオトシゴであるウォー・フォイは、首を僅かに傾げながら、

「……些か難しいかと。……いえ、ほぼ無理でしょう」


「理由は?」


「前魔王アルガス様の時代、この辺りは全て我等が支配地域でありましたので……」


「なるほど。積年の恨みもあるか」

うぅ~ん、だったらどうしよう?

俺のゲームで培った戦略眼と、学校で習った帝王学が、果たしてどこまで現実に対応出来るかだが……

「黒兵衛。どう思う?」


「あ?あ~……これが遊んどるな」

そう言いながら、地図の上の駒を前足で弾いた。

弾かれたのはアスドバルの第二軍とファイパネラの第三軍だ。


……ふむ、なるほど。

いや、何がなるほどなのか、いまいち分かってないんだけど……


「酒井さん。どう思います」


「これが邪魔」

と、鋭い知恵を持つ魔人形様は、森を越えたところで展開している大部隊を鉄扇で指した。

神聖ファイネルキア評議国とやらの、大規模支援部隊だ。

「これは将棋で例えると、自陣に居座る遠見の角よ」


ほぅほぅほぅ……いや、確かに。

遠見の角とは、言い得て妙ですな。

この場所からだと、状況に応じて大森林、山間部、そして砂漠地帯まで即時にカバーが出来る。

しかもその兵力の数そのものが、此方の動きの牽制にもなっているし……

確かに酒井さんの言う通り、邪魔だね。

でも、敵支配領域の後方に展開している部隊だから、こっちからは手が出せないですぞ。


「シング。何とかしなさい」


「……」

無茶振り、キターーーッ!!

いやいやいや、だから無理だって。

僕チン、素人ですよ?

対一の戦闘ならともかく、軍を指揮して戦えと言いますか?

そもそも俺の人生設計に『初陣』の二文字は無いんですよ?

そりゃ確かに、男の浪漫は感じるけどさぁ……

ゲームと違ってトライアル&エラーが出来ないから、色々と躊躇っちゃうよ。

それにここで下手打ったら、今までの演技が無駄になっちゃうじゃないか。

いや、本当にどうしましょ?

「……エリウ」


「は、はい」


「お前直属の部隊の兵力は?」


「お、およそ五千です」


五千かぁ……うぅ~ん……

「ならば我は、お前の軍に入るとしよう。……ウィルカルマース」


「ははは、はいッ」


「我や黒兵衛、酒井さんの話は聞いてたな?」

ってか、俺は何も意見を述べてないけどね。

「ならばそれらを踏まえ、明朝までに新たに作戦を立案しろ。魔王軍随一の知将に恥じぬ作戦をな。他の三将も手伝ってやれ」


「は、ははッ!!」

ウィルカルマースは膝着き、悲壮な顔をしながら頭を垂れた。


「うむ」

こう言う時は、出来そうな奴に丸投げだ。

出来ればそれで良し。

失敗したら責任転嫁も出来るしね。

どのみち処分しようと思っていた男だ。

それが早いか遅いかの違いだね。


しかし、ふむ……後方に居座る敵主力部隊か……

ま、一応は俺も素人なりに考えてみるかな。

これでも戦術論や戦略論は学校で習ったしな。


「宜しい。では会議はこれまでとする。それとエリウ。後で我の部屋に来い。……少し話がある」

ちなみに話があるのは俺じゃない。

酒井さんだ。

酒井さんが、何とな~く、エリウちゃんを見ていたからそう言ったのだ。

しかもあの眼は、間違いなく説教をする時の眼だ。

俺は良く知っている。


まぁ、俺が何も言わなかったら、あの野郎の作戦通り突撃して、少なくとも軍の半分は壊滅していただろうしね。

誰かが色々と注意したり怒ってやらないと……エリウちゃんは立派な魔王にはなれませんぞ。



重苦しい雰囲気が室内に充満していた。

シングが去った後もそれは晴れることは無く、その異様とも言える空気に心身ともに押し潰されそうであった。

魔王エリウや最高幹部である四貴魔将ですら、その重圧に呼吸が乱れている。

控えている参謀や各軍の副将達は更に酷い。

顔面沿蒼白で未だ身の震えが続いている者もいる。

何しろ自分達の同僚が、いきなり事切れたのだ。

シングに睨まれただけで、ただそれだけで死んでしまったのだ。

その恐怖たるや、想像を絶する物であっただろう。

シングの事は、ある程度は話に聞いていたが、聞くのと見るのとでは恐怖の度合いが余りにも違い過ぎた。


「……ウィルカルマース」

エリウが大きく息を吐き出しながら、膝を着いたままの重臣を睨み付けた。

「どう言う事だ?お前の考えた作戦は完璧だと私に言ったな?我が軍の同時進行で敵は混乱し、後退するとも言ったな?だがシング様……それに酒井様はかなり御立腹であったぞ。無謀な作戦と一言で切り捨てたぞ」


「せ、浅慮で御座いました」

震える声でウィルカルマースは答えた。

その顔は死人と見間違う程である。

「シ、シング様の智謀は、私などが足許にも及ばぬほど高く……」


(それで良く魔王軍一の知将だと言えるな!!)

そう怒鳴りたい気持ちをエリウはグッと抑える。

作戦を考えたのは確かにウィルカルマースだが、それを承認したのは自分だ。

何と言う愚かな事をしてしまったのだろうか。


「……ふん、まぁ良い。お前の言を信じ、作戦案に許可を出したのは私だ」

エリウはそう言って、ギュッと唇を噛み締めた。

(私は馬鹿だ。この男の話を鵜呑みにして……)

「今からシング様の部屋に行って来る」

物凄く気が重い。

多分、いや確実に怒られる。

そう思うと、このまま逃げ出したい気持ちに駆られてしまう。

もちろんそのような事は出来る筈もなく、ただエリウは従うだけだ。


「明日までに全員で知恵を絞り、新たな作戦を立案せよ。シング様を満足させる作戦をな」

エリウはそう言い残し、近衛を連れて会議室を後にしたのだった。



ふぅ……

ウォー・フォイは心の中で溜息を一つ吐いた。


(いや、さすがは我が世界の王……何とも恐るべき力を持っておられる)

ウィルカルマース付きの副官が、いきなり倒れた時は心底驚いた。

よもや一睨みだけで容易く絶命させるとは。


ナーガ等の蛇系魔族の中には、蛇眼と呼ばれる相手を麻痺させるスキルを持っている者がいると聞いた事はあった。

しかし、ただ睨んだけで相手を殺してしまうスキル何てものは、聞いた事が無い。

有り得ない力だ。


(さすがに王族の方じゃな。何とも恐ろしい力じゃ)

ウォー・フォイはテーブルの上に視線を動かし、小さく鼻を鳴らした。

周辺地域の地図に、幾つか倒れた駒が散乱している。


ウォー・フォイも、今回の作戦には反対ではあった。

博打の要素が強過ぎると思ったのだ。

四貴魔将による敵地への同時進行。

確かに兵数は劣るが、個々の戦闘力を鑑みれば、総合的な戦力はやや此方が上だ。

しかし地の利は亜人側にある。

損害を度外視すれば、何とか眼前の敵は打ち破る事が出来るだろう。

だがその後は?

後方には更に多くの敵兵が待ち構えていると言うのに。

更にもし仮に、四貴魔将の内、誰かが敗走したら?

崩壊した前線の一部から、敵軍が逆に侵攻して来る恐れもある。

そうなれば全てが終わりだ。

後方を遮断された四貴魔将の各軍は、壊滅するしかない。


そのような博打的な作戦は採るべきではない。

もっと現実的な作戦を考えるべきだ。

ウォー・フォイはそう思っていたが、それを言い出すことは出来なかった。

かつて前魔王アルガスに、幾度と無く提言した挙句に疎まれた身としては、現魔王エリウに意見を具申する事に躊躇いがあったのだ。

ある意味、そのウォー・フォイの消極的選択は正しかった。

エリウはウィルカルマースを信用していたので、ウォー・フォイが何か言えば、彼は前魔王の時と同様、魔王から遠ざけられていたであろう。


(それがほんの二日余りで……)

ウォー・フォイは床に座り、力無く項垂れているウィルカルマースを目を細めて見下ろす。


彼の命運は最早尽きたと言っても過言ではない。

余程、自分には使い途がある、と言うことをシングに証明出来なければ、何の躊躇いも無く彼は殺されるだろう。

しかも幹部として名誉ある死を賜るのではなく、また堂々と処刑されるわけでもなく、その辺の雑兵と同じく、単に殺されるだけだ。


(エリウ様も既に見限っておられる御様子だし……ま、些か可哀相ではあるが、それも自業自得じゃな。しかし……)

ウォー・フォイはテーブルの上に視線を戻す。


黒兵衛は即座に、第二軍と第三軍を遊んでいると断言した。

酒井は後方の大部隊を邪魔だと言った。

そしてシングはエリウの軍に加わると。

それらの事を踏まえて、作戦を考えろと命令した。


(これは難題じゃ……)

おそらくシングは、敵軍を壊滅させるべき秘策を幾つか考え付いているのであろう。

だからこその、あの余裕の態度だ。

しかも敢えてウィルカルマースに『もう一度考えろ』とチャンスを与えている。

その意図がどこにあるのかはウォー・フォイには分からないが、慈悲を与えたわけではない、と言うのは分かる。


(本当に恐ろしくも素晴らしき御方じゃ。同じ世界の出身者として自慢したくなるが……私も悠長な事は言っておれんな)

シングは他の三将も手伝ってやれと言った。

明日までに新たな作戦を立案しなければ、如何に同世界出身者とは言え、シングの不興を買ってしまう恐れがある。


(しかし本当に難しいのぅ)

ウォー・フォイは学の無い一介の平民に過ぎない。

シングの求める問いに対し、その解が即座には出ては来ない。

その事を大いに恥じる。

(うぅ~む……ともかく、ウィルカルマースの尻を叩いてやらねばな。とばっちりはゴメンじゃぞ)







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