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メインディッシュは毒沼大蛙の股肉のステーキで御座います


 あ~腹減ったねぇ……

酒井さんと黒兵衛を肩に乗せ、つい今まで話し込んでいたウォー・フォイを先導に食堂へと入ると、既にそこにいたエリウちゃんに残りの幹部の面々が席を立って直立不動の姿勢を取る。

無茶苦茶に緊張している態度だ。

もう、いきなり何だかなぁ……って気分である。

食事時ぐらい、もう少しリラックスしてても良いのにね。

寧ろ『あ、お先に喰ってまーす』と言う軽いノリでも全然オッケーですよ、僕は。


まぁ、いきなりそんな友達ライクに接しろって言うのも無理があるけどさぁ……

やっぱ最初の演技が拙かったね。

初登場から素のままでいた方が楽だったよ。


そんな事を考えながら最奥の席へと向かう。

テーブルの一番奥と言うか先頭部分の上座の席だ。

その横にエリウちゃんがいるのだが、彼女は昼とはまた違った装いだった。

少しゆったりとしたズボンに、ヒラヒラの付いている清楚な感じの服。

そして頭部の角には大きな宝石の付いたネックレスのような物が巻かれている。

ちょいと可愛い。

この世界のコーディネートはサッパリ分からんのだが、彼女は中々のお洒落さんのようだ。

少なくとも摩耶さんよりはセンスが良いだろう。


「……うむ」

なんて意味も無く偉そうに頷きながら席へと着く僕チン。

天井のシャンデリアから零れる煌びやかな光の下、テーブルの上には豪勢な食事が並んでいる。

相変わらず食材も調理法も未知の料理ではあるが、取り敢えず匂いからして美味そうである。

しかしその反面、ちょいと後ろめたさも感じてしまう。

摩耶さん達に申し訳ないと思って。


ん~……俺達だけ、こんなに優雅でエエのかなぁ……

摩耶さん達は今頃、何を食べているのだろうか。

もしかして、未だジャングルとかをさ迷っていて、ひもじい思いをしているのかも。

はたまた動物の腐肉に齧り付いているとか……

いや、それなら寧ろまだ良い方なのかも知れない。

未知の食材を見つけ、それを摩耶さんとラピスが調理なんかしていたら……博士の命は風前の灯だ。

二日連続で食べたら間違いなく死ぬ。


そうならない為にも、早急にメインミッションを進めなければな。

即ち、人類系国家を圧迫し、窮地を救えるのは摩耶さん達、神の御使いだけだと言うことを広く周知させなければならないのだ。

ちなみにサブミッションは、エリウちゃんを立派な魔王にする、と言うものだけど。


「ふむ……中々に美味そうだな」


「あ、有難う御座います」

エリウちゃんがどこかぎこちない動きで席へと座る。

それに習い、他の幹部も着席した。

俺から見て右側にエリウちゃん、左側にウォー・フォイと、その他の三将と続く。

全員が緊張の色を面に浮かべていた。

いや、ウォー・フォイは今まで話し込んでいた分、他に比べて幾分か和らいだ表情をしているが。


ま、参ったなぁ……本当にもっとフランクで良いのにね。

変に肩が凝りそうだよ。


そんな事を思っていると、給士係の者がグラスに濃い琥珀色をした飲料を注いでくれる。

フルーティーな香りだ。

おそらくワイン的な飲み物だろう。

しかし……

アニメとか漫画だと、こう言う場合は可愛いメイドさん、魔王の城だから小悪魔系の女の子達等がお酒を注いでくれたりするモンだが、やはり現実は違う。

そもそも男か女か分からん。

や、それ以前に種族が分からん。

俺のグラスに飲み物を注いでくれた奴は、一体なんだ?

植物系魔族と言うのか?頭がブロッコリーみたいだぞ。

もしかして食材そのものなのか?


って言うか、これって間違いなくアルコールだよなぁ……飲んでエエのかなぁ……

グラスに注がれた液体を見つめ、ちょっと思案。


俺は別に下戸ではない。

それほど強いと言うワケではないが、ある程度は飲める。

けど、何て言うか……酔うと少々問題が……

もちろん、悪い酒と言われる様な嫌な酔い方はしない。

むしろ陽気で楽しい酒だ。

ただ演技を続行中の今の状態で、素の自分が出ちゃうのは些か拙いだろう。

それに後、ちょっぴり行動もおかしくなるそうだ。

その辺は余り記憶に無いのだが……

実は以前、摩耶さん家の晩飯でお酒が供された事があり、酔った俺はメイドさん達に少々セクシャルな悪戯をしてしまったらしいのだ。

いや、本当に憶えてないのだが、黒兵衛曰く『エロ親父か自分…』だそうだ。

もちろん、摩耶さんや酒井さんに、むっちゃ怒られたのは言うまでもない。

それ以降、不文律として、お酒を嗜む時は一応酒井さんにお伺いを立てる必要があるのだ。


「あ、あのぅ…シング様?ど、どど、どうかなさいましたか?」

黙ってグラスを見つめている俺を不思議に思ったのか、エリウちゃんが慌てた態度を取る。


「ん、いや……酒井さん。その……」


「飲んでも良いわよ、シング。折角ですもの」

テーブルの上に設けられた特別席のような場所に座っている酒井さんが、微かに苦笑を溢しながら言った。

「ただし飲み過ぎないようにね。酔った勢いでこの城を吹き飛ばしたりしたらダメよ」


ふへ?


「え?え?ふ、吹き飛ばすって……え?」

酒井さんの言葉に、エリウちゃんが目を白黒させていた。


あ、あららら……酒井さん、エリウちゃんをからかってるよ。

ま、確かに慌てるエリウちゃんを見ていると、ちょっと面白いしね。


「ふふ、冗談よ。ただ、シングは酔うと女性にちょっかいを出したりするから……エリウ。もしシングが貴方に何か不埒な真似をしたら、その時は私に言いなさいね」


「ふ、酒井さん。我がそのような真似をするわけが……」


「するのよ、アンタは」


「……そうなのか黒兵衛?」


「前科があるさかいな」

酒井さんと同じく特別席を設けられている黒兵衛が答えた。

皆と同じようにスプーンやフォークと言ったカトラリーも並べられているけど、黒兵衛は基本、皿に向かって顔面ダイレクトアタックで飯を喰うぞ。

そもそも猫だし。

「自分、憶えておらんと思うけど、メイドの姉ちゃん達に色々やったんやで。乳揉んだり尻触ったり、挙句の果てにスカートの中に潜り込もうとしたんやで」


マンボッ!?

ここ、この紳士な俺がそのような破廉恥行為を!?

……

そりゃ怒られるわ。

「は、はっはっは……我とて時には不覚を取ることもある」


「むしろ不覚しか取っておらんやろうが……」


「はっはっは……それでは先ず乾杯と行こうか」

俺は話題を逸らすようにグラスを軽く掲げる。

エリウちゃんが『不埒な真似?え?なに?』と首を傾げているが、それはちょっと無視だ。

彼女にはまだ早い。


「では、魔王エリウと魔王軍の前途を祝し、乾杯」

そう言って、グラスを傾け先ずは一口。


……おほ?美味いぞ?

リンゴに何か柑橘系果汁をプラスして作ったかのような味わいの酒だ。

ちょっぴり甘めで飲みやすい。

けど、アルコール度数は高そうだ。

毒物耐性アビリティが僅かに反応してるし。

これは本当に程々にしないと……酔っ払うと今までの演技が全て台無しになっちゃうからね。


さて、そんなワケで幹部達を交えた晩餐会が始まったんじゃが……

うん、凄く静かだね。

食器を鳴らす音ぐらいしか響いて来ないよ。

な、何だかなぁ……

テレビの一台でも置いてあれば、クイズ番組とかから話題の切っ掛けを掴めるんだが……さて、どうしたもんか。

何か共通の話題でもあれば良いんだけど……

取り敢えず、この料理について聞いてみようかな?

一見すると海鮮サラダなのに、何故か物凄くカレーの味がするんだよ……実に摩訶不思議なり。


「そ、そう言えばシング様」


「ん?」

会話の口火を切ったのはエリウちゃんだ。

「どうした?」


「あ、あの……あれからずっと、ウォー・フォイがシング様の御部屋にお邪魔していたと聞きましたが……」

エリウちゃんはそう言って、対面に座る同世界出身の爺さんに、些か不審な目を向けた。


「あぁ、我が彼を呼んだのだ」

今後の為にも、ここは少しフォローしておかないとね。


「シング様が?」

エリウちゃんの目が大きく見開く。

他の幹部も同様だ。

「そ、そうなのか、ウォー・フォイ?」


「は、はい。シング様に呼ばれまして、その……色々とお話を」


ウォー・フォイも卒なく俺に話を合わせる。

うむ、それで良い。

「ふ…彼は四貴魔将、いや魔王軍の中でも最古参の者らしいからな。この世界の有り様や現在までの状況の推移などを、事細かく聞いておったのだ」


「そ、そうなのですか……なるほど」


「一つの情報は万金にも値する。それが取るに足らない無益な情報でも、使い様によっては万の軍勢を翻弄させる事も出来る。そう言う意味では、ウォー・フォイは魔王軍の中でも最も頼りになる存在だ。それに情報もそうだが、経験に裏打ちされた言葉にも非常に価値がある。とかく若い内は年寄りの言葉を疎ましく思いがちだが……年長者の諫言は遅効性の良薬だ。決して毒にはならない。かく言う我も、酒井さんのお小言は常に真摯に受け止めておるからな」

だって言う事を聞かないと殴ってくるし。


「あらシング?それって私が年寄りってこと?」

テーブルの上で黙々と料理を食べていた酒井さんが、俺を軽く睨み付けて来た。


「めめ、滅相も無い。酒井さんは可憐な乙女ですよ」


「そう?なら別に良いけど……」

怒ると怖い……や、怒らなくてもちょっと怖い魔人形様は、エリウちゃんに視線を移すと、

「彼を上手く使いなさい」

簡潔に、そう一言だけ言った。


「は、はい」


うむ、これでエリウちゃんの魔王教育の第一歩はオッケーだ。

ウォー・フォイは、元はただの平民魔族ではあるけど、長く生きてるし、前魔王、前々魔王に仕えていた老臣だ。

その経験は貴重だ。

エリウちゃんも学ぶ事が多いであろう。


「ふむ、そう言えばエリウよ。前魔王についてだが……どのような者だった?強かったのか?」

俺はナイフで肉を細かく刻みながら尋ねる。

黒兵衛が、切ってくれやと皿ごと俺の前に出して来たからだ。

ま、確かに猫的に、肉一枚をそのまま齧るのは難儀だろう。

ってか、これは一体何の肉だ?

焼いてある筈なのに、何故か緑っぽいんじゃが……まさかリザードマンとかじゃないだろうな。


「ち、父の事ですか?」


「うむ、母の事ではないぞ」

シング的ジョークをちょっと入れてみる。


「父ですか……」


スルーされた。

ちょっと悲しい。


「ち、父は物凄く強かったです。今の私が足許にも及ばないぐらいに……」


「ほぅ……なるほど。ウォー・フォイ。お前の目から見て、前魔王とやらはどのような男だった?エリウを気にせず、率直に意見を述べよ」


「……は」

ウォー・フォイは軽く頭を下げると、ナプキンで軽く口を拭い、

「さよう……確かに魔王エリウ様の仰る通り、非常に強きお方でした。単純な戦闘力だけならば、我ら四貴魔将を優に超える力を持っておりました」


「ふむ…」


「ですが、その強さの所為か……粗暴な振る舞いも多く、思慮分別に欠ける事も多々ありまして……」


「なるほど。例えるなら、そこの虎頭と似たような者だったと言う事か?」

俺は四貴魔将の一人、確かアスドバルと言う名前の獣系魔族を見やる。

俺の視線を受けたタイガーヘッドの巨漢は、その身を縮こませた。


「そうですなぁ……アスドバルは、まだ話せば理解してくれるのですが……」


「つまり、他者の意見に耳を傾けないと言う事か。ふん、なるほど。エリウには悪いが、大した魔王ではなかったな。魔王として、確かにある程度の力、強さは必要であるが……そればかりではな。己の力のみに頼るなど、獣と同じだ。自分より強かろうが、相手が獣なら狩る方法は幾らでもある。……罠を仕掛けるとかな」

俺はそう言って、青白い顔をしているウィルカルマースとやらに視線を向けた。


ウォー・フォイの情報だと、前魔王殺害の首謀者は、この男だ。

前魔王に偽情報などを流し、油断している所へ勇者を誘導して急襲を仕掛けたらしい。

しかしそこまで手の込んだ事して、何故にそのまま自分が次代の魔王を名乗らなかったのか……

その意図は何処にあったんじゃろう?

ウォー・フォイもその辺は分からないらしく、彼曰く、ウィルカルマースは混乱している軍を纏めたり、新たに魔王となったエリウちゃんをサポートしたりと、東奔西走していたらしい。

何か遠大な計画でも立てていたのか、はたまた前魔王に個人的な恨みでもあったのか……

ま、その辺はどうでも良いか。

既にこの野郎は、僕チンの中の殺処分リストに入ってるんだしね。


「ふむ……ウィルカルマース、だったな。魔王軍随一の知将と聞いたが……お前からすれば、己の力のみに頼る輩なぞは、さぞ御し易い相手であろうな」


「は……そ、それは……た、確かに……」

ウィルカルマースは怯え切った表情でカタカタと震えていた。

その隣にいるファイパネラと言う女も、何故かカタカタと震えている。

これが共振現象とか言うやつだろうか?

科学番組で観た事があるぞ。


「エリウよ。父と同じ轍は踏むなよ?己の力のみに頼らず、時には足を止め、部下の意見に耳を傾け熟孝するのも大切だぞ」

その点俺なんか、酒井さんや黒兵衛の言う事は良く聞くしね。

だって聞かないと怒られるし……


「は、はい」


「うむ。しかし……前魔王は力だけはある者と言うのは分かった。その魔王を相打ちとは言え倒した勇者も、人間にしては中々の者ではないか」


「そ、その事ですがシング様。その……あの時の勇者はどうなったのでしょうか?私は、その……気絶していて……」


「勇者か。……だ、だーはっはっは!!」

っと、いかんいかん。

思わず素で笑ってしもうた。

いやぁ~……だってしょうがないでしょ。

あの勇者、アホやもん。


実は今朝も管狐から連絡が入ったのだが、それがまた何とも……

勇者クン、まだ何か色々と引き摺ってるんだよ。

ま、昨日の今日だから仕方ないけどさぁ……

でもさ、一人っきりになると、管狐に色々と愚痴とか泣き言を溢してるんだって。

しかも赤ちゃん言葉で。

ボクちゃん寂しいよぅ、みたいな。

その報告を聞いて、俺と黒兵衛は馬鹿笑いだ。

酒井さんですら必死になって笑いを堪えていたし……いや、本当に何処まで残念な勇者なんだか。

このままでは、次に会った時に俺は笑い死にするかも知れん。

そう言う意味では中々に恐ろしい相手だ。

ふ…ふふふ……


「あ、いや……スマン。思わずあのヘッポコ勇者を思い出し、大笑いしてしまった。ふ、ふふ……あの勇者がどうなったか。さぁ、知らんな」


「し、知らないのですか?」


「あの勇者パーティーの内、適当に何匹か始末してやったらピーピー泣き喚いたのでな。興が失せたので遠くへ放り飛ばしてやったのだ」


「そうなの……ですか」


「しかしあの程度で勇者とはな」

俺は僅かに眉を顰める。


いや、本当にあの程度で勇者って、この世界のレベルは低過ぎだろうに。

確かに、人間界で戦った事のある坊主や聖騎士よりは強いと思ったけど、それでも高が知れているレベルだ。

普通の人間より10倍も20倍も強いわけではない。

その程度の奴が、正義の代表である勇者様だなんて……

ぶっちゃけ、混沌魔法ケイオスマジックを扱える摩耶さんの方が遥かに強いぞ。


しかしまぁ、油断は禁物だけどね。

そもそも油断から、俺はこの世界へ飛ばされたワケだし……

もしかすると、勇者ならではの決戦奥義とかを隠し持っているのかも知れん。

……

多分、無いと思うけど。


「ま、あの勇者の強さは、個と言うよりパーティーメンバーあっての強さだな。一対一ならエリウの方が勝っていると思うが、やはりオマケが付いていると、手数的にどうしても不利になるな」


「す、すみません。不甲斐ない戦いをお見せしていたようで……」


「気にするな。独りの所を急襲されたのだ。むしろ不利な状況で良く戦っていたと思うぞ」

俺はそう言って赤髪のファイパネラをチラリと見てやる。

悪魔系種族と言う話の熟女系幹部は、サッと面を伏せた。


……ふん、コイツも摩耶さん達を見つけるまで、せいぜい扱き使ってやるか。

もちろん、その後はウィルカルマース同様、始末する。

どれだけ素晴らしき武功を立てても、最後には始末する。

ま、少々非道ではあると思うが……これはもう、俺の中での決定事項だ。

俺達がこの世界を去った後の事を考えると、エリウちゃんの周りに不穏分子は残して置きたくないからね。






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