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トゲウオ目ヨウジウオ科


「では、我は部屋に戻る。夕食の時にまた会うとしよう」

シングはそう言って、酒井魅沙希と黒兵衛を肩に乗せる。

そして辺りを睥睨するかのようにゆったりとした足取りで扉へと向かうが、四貴魔将の近くで足を止めると、

「あぁ、ついでにこいつ等も同席させろよ。今後について色々と意見等を聞きたいからな」


シングの言にエリウは玉座から跳ねるように立ち上がるや、即座に膝を着き頭を垂れた。

「か、畏まりました。シング様」


四貴魔将はその光景、仮にも己が主である魔王が頭を下げていても、それを不思議とは思わなかった。

シングなる男がそこに立っているだけで感じた、あの強引に地に頭を押さえ付けられているような重圧を感じれば、それが至極当然の取るべき態度であると思ったからだ。


やがてシングは謁見の間を後にした。

暫しの静寂が訪れる。

それを破ったのは、一体誰の吐息だったか。


エリウは大きく息を吐き出しなら、力無く玉座に腰掛けた。

先程までの行儀の良い座り方ではなく、腰を浅く、背凭れに体の半分を預けるような気の抜けた座り方だ。


(こ、怖かった……)

まだ微かに手が震えている。


シングは精神防御魔法をエリウに掛けたが、どうやらその防御効果以上の恐怖を辺りに撒き散らしていたようだ。

ならば魔法を掛けられていない四貴魔将達は、一体どれほどの恐怖を感じていたのか。


(けど、やはりシング様は思ったよりも優しい気がする……)

シングの瞳に、エリウは何故か憐憫のようなモノを見ていた。

ダメな自分を見下しているのではなく、憐れみ助けてやろうと言う気持ちを感じるのだ。

それは気のせいだろうか。


「エ、エリウ様」

最初に声を発したのは、意外な事にウォー・フォイであった。

普段は寡黙で、エリウをして数えるほどしか聞いた事の無い最古参幹部の声である。

彼女同様、残りの四貴魔将も驚いた顔で老幹部を見つめている。

そんな彼が微かに震えが残る声で、

「あ、あれは一体、何者で?」


「無礼な物言いは控えろ!!」

エリウは思わず声を荒げる。

「不用意な発言一つで国が滅ぶのかも知れないのだぞ!!」

とは言ったものの、そこまでシングは非道ではないと彼女は思う。

しかし注意するに越した事はない。

何しろシング以上に気が休まらない相手がいるのだから。


「こ、これは御無礼いたしました」

ウォー・フォイは深々と頭を下げた。

「それでエリウ様、あの御方は一体……」


「……魔王様だ」

エリウは自分の角に巻かれたリボンを外しながら、静かな声で答えた。

「シング様は我等の世界より遥か上位の世界から降臨なされた、真なる魔王様だ」


エリウの言葉に、四貴魔将達は大きく息を飲み込んだ。

特にウォー・フォイは目を見開き、肩を大きく震わせながら

「ま、まさかそれは……異世界からの……」


「そうだ」


「な、何と言う…」


「あの御方の恐ろしさは、お前達も実感出来たであろう。ただし言っておくが、シング様はその力を全く見せられていない。今だって、ただそこに居られただけだ」

それだけであの威圧感である。

エリウは小さく肩を震わせた。

もしシングが本気を出したら、一体この世界はどうなってしまうのだろうか。


「ともかく、シング様の前で無礼な振る舞いは絶対にダメだ」

彼女はそこで言葉を一旦区切り、四貴魔将の面々を見つめる。

そして更に声を低くしながら、

「もう一つ、言っておく。シング様以上に、酒井様には気を使え。あの御方はシング様以上に恐ろしい御方だ」


誰かの大きく唾を飲み込むような音が響く。

それはエリウ自身だったのかも知れない。


「酒井様は、あのシング様が常に礼を以って接しておられる御方だ。事実、シング様はあの御方の事を大魔王様と呼んでおられた。それの意味する所は、お前達にも分かるであろ」


エリウの言葉に、四貴魔将は頷いた。

何しろ魔王軍最高幹部の者達を前に、利用価値がある内は使ってやれと、表情一つ変えずに平然と言い放ったのだ。

それは暗に、価値が無くなれば捨てる、と言っているのと同じだ。

そこに慈悲や温かみは一切感じられない。

四貴魔将をその辺の名も無き雑兵やモンスターと同じく、単なる捨て駒の一つにしか見ていないのだ。


実際……そうなんだろうなぁ。

エリウの脳裏に昨日の恐怖が蘇る。


頭に血が上り、無謀にもシング目掛けて剣を振り下ろした刹那、酒井は軽く指を振っただけでエリウの動きを止めてしまったのだ。

魔法の詠唱も無しに、指を翳しただけで対象者を止めてしまう。

有り得ない。

一体、どんな未知の力を使ったのか。

そして更にエリウが恐ろしいと思うのは、酒井は頭も非常にキレると言うことだ。

四貴魔将達の中に裏切り者がいると一瞬で看破したのも彼女だ。

それにシングにあれこれ命令しているのを見たりもした。

賢者も舌を巻くほどの叡智を持ち、未知なる力を行使する酒井。

しかも彼女は人形だ。

生物ではない。

あの冷酷さは、それ故だろうか。


(それにしても……ふふふ)

エリウは眼前に控えている四貴魔将を見つめ、心の中で嘲笑した。

それは彼女自身も驚くほど、精神の劇的な変化であった。

ほんの数分前まで、どこかこの重臣達に遠慮をしていた自分がとても愚かであったと痛感している。


(シング様が姿を表した時の恐怖に歪んだ表情……こ奴等はこの程度の連中だったのか)

そう思った時、エリウの心の中の枷が外れたようでもあった。

本当の恐怖を体験した今となっては、古参幹部達に対する無意識下の恐怖は消え失せていた。

むしろ彼等に憐れみすら感じるのだ。


まさかシング様は、この連中の醜態を私に見せる為に、敢えてあのように大仰に振る舞っておられたのでは……

そうだ。そうに違いない。

シング様は仰ったではないか。

私に魔王と言う存在の何たるかを教えてくれると。


「あ、あの……エリウ様」


「ん?」

見ると未だ恐怖に歪んだ顔をしているファイパネラが、自分を見つめていた。

それが非常に滑稽だ。

父の代から何かと反抗的であった女幹部が、シングを前にした途端、この様だ。

恐怖で血走った目を向け、微かに媚びさえ浮かべている。

エリウはそれが愉しくて仕方が無い。


「なんだ、ファイパネラ」


「は。そ、その……あの御方達は、どうしてここへ……エリウ様は一体、どのようにお知り合いになったので……」

ファイパネラの肩はまだ微かに震えが残ってた。

何しろ彼女は、シングに直接『殺す』と言われたからだ。

その恐怖の刃が彼女の心の奥底に今も深く突き刺さっているのであろう。


「……昨日、私が勇者と戦っている時に突然現れたのだ」

エリウは静かな声で答えた。

あの時の光景は鮮明に覚えている。

ただ最初に現れた時、シングは本来とは全くの別の、非常に愚かな態度を取っていた。

にこやかな笑みを浮かべ、陽気な雰囲気であった。

(あれはおそらく、私や勇者の反応を見る為に敢えて道化を演じておられたのだろう……)


「ただ、どうしてあの御方達がこの世界へ来たのかは分からない。それに勇者がどうなったのかも聞いていない。白状すると……その時私は気絶していたからな」

エリウは己の無知と無謀さを恥じていた。

と同時に、自分の命を助けてくれた事に感謝をする。

何しろ最初に剣を向けたのは、彼女の方だ。

殺されても文句は言えない。

にも関わらず、シングは寛大にもエリウの命を奪わなかったのだ。

そこに何か思惑があるにせよ、彼女はその慈悲に深く感謝している。


「き、気絶……ですか?」


「そうだ。詳しい事が聞きたければ、晩餐の席で直接尋ねれば良かろう」

エリウがそう言うと、ファイパネラの顔面は蒼白になり、「ひ…ぃ」と声にならない声を上げていた。

それがまた滑稽で面白い。

声を出して笑いたいぐらいだ。


「ま、魔王様」

と、今度は震えているファイパネラの隣、ウィルカルマースが口を開いた。

「こ、今夜の晩餐の席に、本当に我等も参加をしなければ……」


何を当たり前の事を言ってるのか?

エリウは呆れた目でウィルカルマースを見つめる。

それと同時に、

(こんなに小者だったとは……)

大きく失望すると同時に、微かに胸が痛んだ。

と言うのも、実はエリウは、少なからずウィルカルマースの事を想っていたのだ。

先代魔王が死んだ後、何かと相談に乗ってくれたのは彼だ。

取っ付き難い四貴魔将達の中で、辛うじて話が通じる相手でもあった。

だから恋愛感情、とまではまだ発展していなかったが、憎からず思っていた相手だったのだ。

それがシングが現れた途端の醜態。

(……地金が出るとはこのことね)

エリウの気持ちは急転直下だ。


「シング様が晩餐の席に列席しろと命じたのだ。お前はそれに異を唱えるのか?」


「め、滅相も御座いません。た、ただ、我等如きがシング様と同じ席に……」


「何か聞きたい事があるのだろ」

エリウはつっけんどんに言い返す。

「あぁ、それと最初に私も言ったが……お前達の中に裏切り者がいると言うのは確かだ。だが、それは今となってはどうでも良い。つまらぬ些事だ。私は気にしない。だが……シング様や酒井様はそうではないかも知れぬ。あの御方達は全てを見抜いておられる。だから言動や振る舞いには注意した方が良いぞ。私とて、むざむざ『手駒』を失いたくはないからな」



「いやぁ~ん、肩凝ったよぅ」

宛がわれている賓客用の部屋で、ベッドにダイブし転がる僕チン。

まさにローリング魔王だ。

「ってか、本当に疲れるし……もっとフレンドリィに会話とかしたいよぅ。互いに冗談とか言い合ってさ」


「自分の蒔いた種やろうが……」

枕元で寝そべっている黒兵衛が、呆れた声を上げた。

ちなみに酒井さんは小机の上で術札の製作中だ。


「しっかし、豪華だけど娯楽の無い部屋だなぁ」

正直、手持ち無沙汰である。

晩飯の時間まで、どうやって時間を潰そうか。

せめてテレビでもあれば……

「退屈だなぁ。黒兵衛、何か面白い事はないか?」


「無いわい。大人しく昼寝でもしてればエエやんけ」


「実に猫らしい意見ですな。けど猫って良いよなぁ……紐の一本でもあれば延々と遊んでいられるんだし」

球なんか与えた日には、何処までも追っかけるしな。


「おい、猫を馬鹿にすんなや」


「良し黒兵衛。一緒に歌でも歌おうか?」


「……酒井の姉ちゃん。この魔王、遂に脳が発酵しおったで」


「それだけ退屈なんだよぅぅぅ」

更にベッドの上でローリングする僕チン。

すると酒井さんが大仰に溜息を吐きながら、

「そんなにヒマなら、外で何か運動でもしてきたら?走り込みとか剣の練習とか……魔法の練習は?」


魔法か……

「酒井さん」

俺はベッドから起き上がり、黒兵衛を抱き寄せ膝の上に乗せる。

そして少し真面目な顔をしながら、

「ちょいと話は変わりますが……この世界における魔法の効果について、どう思いました?」


「そうねぇ……一言で言えば、威力過剰ね」

サラサラッと紙の上に筆を走らせながら酒井さんは答える。

「アンタが人間界に来た当初、魔法を使う度に驚いた顔をしていたけど……その気持ちが少し分かったわ。で、この世界はどう?シング的に」


「威力的には人間界よりやや高いって所ですね。けど、魔力の消費は低いです」


「つまり、アンタにとっては都合の良い世界ね」


「そう言うことです。けど、それは酒井さんや摩耶さんにも言えることでしょ?」


「それはどうかしら。いつもと勝手が違うから、何とも言えないわね。摩耶はともかく私の場合は慣れの部分が大きいから……色々と目測を誤りそうで怖いわ」


「範囲効果のある魔法の距離を間違えたりとか?」


「そうね……それもあるわ。後は咄嗟の場合、例えば至近距離で術を行使した時とか、威力が高いと自分自身を巻き込んじゃう可能性もあるわね」


「あ~……なるほど」

俺も昔、魔法の練習中に自分で放った爆発系魔法で吹っ飛んだ事があったからな。

この距離で撃てば大丈夫、と思っていたら、予想外に威力が強くてビックリしたもんね。

自損事故ってヤツだ。

酒井さんのような熟練者ほど、自分の世界とこの世界の誤差を埋めるのには苦労するかもしれないな。


「むぅ……そうですね。酒井さんの言う通り、ちょっと魔法の練習でもして来るかな。身体を動かした方が晩飯が美味くなりそうだし」

そんな事を呟いていると、不意に部屋の扉がノックされた。

コンコン……と小さく、どこか控え目なノックだ。


む…

俺は黒兵衛を抱えたままベッドから降り、傍に置いてある椅子に腰掛け優雅に足を組む。

そして喉の調子を整えた後、

「うむ、入れ」

膝の上に乗っている黒兵衛の背中を撫でながら、低い声で許可を出した。


さて、一体なんじゃろう?

晩飯にはいくらなんでも早いし……時間的にオヤツじゃろうか?

疲れたから、ちょっと甘い物が食べたいなぁ。


「……し、失礼します」

扉を開けて入って来たのは、魔術師的なローブを着たタツノオトシゴ、もしくはリーフィーシードラゴン(オーストラリア)にそっくりな顔をした四貴魔将の一匹だ。

名前は……なんだたっけ?

事前にエリウちゃんに聞いていたけど、全部忘れちゃってるよ……てへへ。


「ふむ……先程会った四貴魔将とやらか。どうした?我に何か用か?」


「……は。で、ですがその前に……」

その稀少魚類の顔をしている魔王軍幹部は、緊張しているのか微かに震えたままコホンと咳き払いをすると、

「り、リゥ…ネーライアガル……クストバル、ディスコト……」


「ッ!?」

な、なにぃぃぃッ!?

おおお俺の国……いや俺の世界の言葉じゃんか!!


驚愕が俺を襲った。

心臓がバックンバックンと大きく高速で鳴動。

どどどど、どう言う事?

思わず立ち上がって「マンボ!!」と叫びたくなるが……ま、先ずは落ち着けシングちん。

落ち着いて冷静になれ。

魔王は決して慌てないのだ。

動揺を面に出してはいけないのだ。

黒兵衛を乗せている膝がガックンガックン震えているけど、これは気のせいだ。


だ、大丈夫……大丈夫だ。

俺の正体はバレてない筈だ。

俺の正体、即ち国を追われて絶賛住所不定無職のヘッポコ魔王、しかもまだ学生と言うのはバレていない筈だ。

バレてたらそこまで慇懃な態度で接しては来ないだろうし……

そもそも俺の国周辺では、こんな珍しい種族はいなかった。

うん、大丈夫。

……

もし仮にバレてたら、その時は殺してしまおうホトトギスだ。


俺は深く背凭れに身体を預けると、大物感を出しつつ、

「面倒だ。この世界の言葉で喋れ」

フンと軽く鼻を鳴らす。

もちろん、全て演技である。


本来なら同じ世界から転移して来た者同士の邂逅だ……超辺境の国で偶然出会った日本人同士のように、気さくに挨拶を交わしたり手を取り合ったりするのが普通だが、今は状況的にちょっと拙いだろう。

正体を知っていれば、申し訳ないけどその口は封じさせてもらう。

もちろん、知らなければ今日からお友達だ。


「お、おおぅ……やはり同じ世界から来た者でしたか」

タツノオトシゴちっくな魔王軍幹部は弾んだ声で答えるが、顔はあまり変わってない。

心持ち笑顔のような気もするが……やはりこの種族は表情に乏しいようだ。

……

笑みを浮かべる魚類って存在しないしな。


「ふむ、そのようだな」

俺は軽く頷いてやる。

膝の上の黒兵衛は、小刻みに耳を動かしていた。

そして小机の上にいる酒井さんは目を細めている。

むぅ……まだ警戒を緩めるなって事ですね?

「して、その方は……いつこの世界へ来たのだ?」


「そうですねぇ……体感時間で、ざっと230年ほど前かと……」


「に、230年?ほ、ほぅ…」

おいおいおい……お前一体幾つなんだよ。

表情も分からんけど、年齢も分からんぞ。

これだから魚類は……

しかし一つだけ言えるのは……シングちん、セーフ!!って事だ。

そんな大昔なら、俺様の素性については全く知らんだろう。

いや、でも念には念を入れて……


「ふ……それで、お前や我のように、あの世界から流れて来た者は他にいるのか?」


「え?いえいえ……同世界から来た者に出会ったのは、この230年で今日が初めてですよ」


「……そうか」

はい、これでオッケー。

俺の正体は誰も知らないと。

しかし、ふ~ん……あの世界からこの世界へ来たってかぁ……

そう言えば人間界でも、チビ魔女の両親が俺の世界から流れて来たって話だったな。

こう言う事って、間々ある事なのかな?


「と、そう言えば正式な自己紹介がまだだったな。我はビッツランド王国が王、シング・ファルクオーツである」

そう言った途端、同世界の謎の種族は態度を一変させた。

慌てて両の膝を降り、額を床に着けながら、

「ごご御無礼の段、ひ…平に御容赦を!!」


「お、おぅ…」

あまりの急変に、思わず椅子から腰を浮かしてしまう僕チン。

一体どうした?

何があった?

ゴキブリでもいたのか?


「ま、まさか本当に魔王様でしたとは……お、お許し下さいませ」


「う、うむ……許す。しかし、本当に、とはどう言う意味だ?」


「そ、それは……何と申しましょうか……あの世界から来た一市民が、適当に自分の事を魔王と偽っておるものだとばかり思っておりまして、ついつい気安い態度を……」


「魔王の名を騙っていたと?ふむ……なるほど」

あ~……何となく分かるな。

転校生が自分の過去を捏造しちゃうって言うヤツだ。

自分を良く見せたくて、ちょっと嘘を吐いちゃうんだ。

んで、後から少し困った事になると言うパターンだね。

そう言えば……

俺も人間世界へ来た当初は、魔王と言っても信じてもらえなかったなぁ……ちょっぴり懐かしいや。


「お、お許しを。よくよく考えれば、あれほど巨大な力を使えるのは王族の方々のみで……」


「巨大な力?ふむ……力なぞ殆ど出していなかったが……」


「おおお、恐れ入りまして御座います」


いやいや、何でそんなに恐縮してるんだコイツ?

「して、お前の正体は?名は同じなのか?」


「は、はい。元の世界と同じく、ウォー・フォイで御座います。た、ただの市井の者です。ターフィルランドの一漁師で御座います」


「ターフィルランド……」

え、えと……どこだったけ?

地理って嫌いな授業だったんだよなぁ……

「確か東方にある海洋国家……だったか?」


「さ、左様で御座います。水上都市が連なる、小さな島国です」


良し、当たってた。

うん、良かった良かった。

「ふむ……そうか」


ってか、本当になんでそんなに謙ってるんだ?

俺が王で自分が一般人だからか?

テレビで観た、殿様を前にした農民みたいだよ。

俺、自分とこの領民から、しょっちゅう気さくに声を掛けられていたんだけどなぁ……

中には面と向かって説教垂れる爺さんとかもいたし。

もしかして……俺の国だけ特別だった?

いや、俺だけそんな扱いだったとか……

むぅぅぅ……分からん。

確かに封建的身分制度はあったけど、そこまで厳しかった覚えはないんだよなぁ。

あ、でもコイツ……230年前に来たって言ったよな。

その頃はまだ厳しかったのかも知れんな。

って言うか、こんな態度では友達には絶対になれないね。

ま、そもそも歳が離れ過ぎてるし……ちょっと残念だ。


「しかし……一つ分からんぞ」


「な、何がでしょうか?」


「お前はかなり昔にこの世界へ来て……どうして魔王を名乗っていないのだ?この世界の在り様、我等の世界に比べての相対的レベルの低さはお前も実感していように。その気になれば、この世界を手中に収めるぐらい容易いのではないか?」


「なな、何を仰います。私は元は普通の漁師です。王族や上級魔族の方々のように、特に大きな魔法を扱えるわけでもなく、また国政に関わるような教育も受けておりませんので……慣れぬ地で生きて行くのが精一杯で御座いました」


「……なるほど」

へぇ……そう言うモンか。

俺もそんな大した教育は受けてないし、魔法や体術も特に秀でてるワケじゃないんだけどなぁ……ま、一応は王族だから、一般魔族とは少し違うのかな?

けど、考えようによっては、一介の漁師が異世界に転移して今では魔王軍の最高幹部だ。

それはそれで凄い事だよな。


「ところで、ウォー・フォイ、だったな?お前はどうやってこの世界へ来たのだ?」


「それは……事故のようなもので御座います」


「事故?」


「は、はい。漁をしていた時に嵐に遭いまして、それで気が付くとこの世界に……ま、魔王様は違うので?」


「我は自分の意思でこの世界に来たぞ。ちとやる事があるのでな」

取り敢えずここで嘘を吐いておこう。

聖騎士の魔法で飛ばされたって言うのは、ちょっぴり恥ずかしいし。


「じ、自分の意思で御座いますか?はぁ……さすが魔王様。そのような大魔法をお使いになるとは……」


「ふ、我等王族は自分の国のみならず、時に異世界の管理をしたりしているのでな」

大嘘二号発動。

酒井さんや黒兵衛が『おいおい…』ってな顔をしてくるけど、こう言う欺瞞情報をバラ蒔いた方が真実を隠せるってなもんですよ。

あと、ちょっと面白いし。

「ちなみに言っておくが、ここにいる黒兵衛と酒井さんは人間界の友人だ。特に酒井さんは、人間界随一の術者でもある」


「な、なんと…」

元漁師ウォー・フォイは更に深々と頭を下げた。

「人間界……噂では聞いた事がありましたが、まさか実在しておりましとは……」


「ふ……あの世界は素晴らしき世界だぞ」

特にゲームとアニメと漫画が。

「しかしウォー・フォイよ。お前は元の世界へ戻りたいとか思わぬのか?」


「さ、最初は色々と探す方法を考えたりもしていたのですが……さすがに今はもう。何しろ230年も経っておりますれば、今ではこの世界の方が故郷と言う感じで御座いまして……」


「……そうか」

ま、そりゃそうだわな。

今更戻っても、居場所なんてとっくに無いだろうしね。

ちなみに俺も自分の世界へは戻りたくはないし。

命に関わる問題でもあるからね。


「さて、まだ少しばかり聞きたい事があるが……取り敢えず、そこの椅子へ座れ。平伏なぞ不要だ。話し難い」


「そ、それはさすがに……魔王様と同じ目線に座するなど、とんでもない事で……」


「構わん。それと我の事はシングと呼べ。この世界の魔王はエリウだ。混同してややこしくなる」


で、そんなこんなで夕飯までの時間、この同世界出身者のウォー・フォイから、様々な話を聞いた。

現在の状況からこの世界の文化、文明レベルの話。

あと過去に何があったか等々……

ま、コイツはコイツで、色々と苦労があったらしい。

そりゃ元は普通の漁師だもんなぁ……

ただ、途中から酒井さんが色々と質問と言うより尋問するように話し掛けていたんだけど、いや本当に……酒井さんの洞察力とか推理力には、頭が下がるよ。

まさか彼女の推察どおり、本当に前魔王も四貴魔将の姦計により屠られていたとはね。

しかもウォー・フォイも、間接的ではあるがその事について関与していたと……

もっとも、コイツにはそれなりの理由があったみたいなんだけどね。

ま、端的に言えば、彼はエリウちゃんの親父、前魔王にかなり疎まれていたって話だ。

ウォー・フォイは前魔王の更に前代からの重臣だ。

エリウちゃんの親父にしてみれば、先代からの重臣で、口煩く鬱陶しい存在だったらしい。

それでまぁ色々と確執もあったりで……


ウォー・フォイ曰く、

「勇者に密かに情報を流し、前魔王を急襲させると言う計画を私は事前に入手していたのですが……それを報告はしませんでした。と言うか出来なかったのです。既にその頃、私は帷幕から遠ざけられておりましたし……何より、私の話を聞いてくれる方ではありませんでした。寧ろそのような報告をすれば不興を買い、自分の身すら危うかったのです」

ってな事だ。


酒井さんもその話を聞いて

「じゃ、仕方ないわね。前魔王の自業自得ね」

と言っていた。

俺もそう思う。

で、それ以降このウォー・フォイは、重臣でありながらあまり国政に口を出す事はしなくなったらしい。

エリウちゃんや他の幹部とも距離を置き、ただ傍観しているそうだ。

いやはや、人に…もとい、魔族に歴史ありだねぇ。

ただ俺的には、今の魔王であるエリウちゃんには、色々と意見してやった方が良いと思う。

彼女は自分だけの力で国を動かすには、まだまだ幼過ぎるし経験不足もいい所だ。

その辺は、それとなく俺が言っておいてやろう。


しかしまぁ何にせよ、俺にはラッキーな展開になって一安心だ。

同じ世界からの転移者と言う事で、最初はドキドキとしたもんだが、今となって実に都合が良い。

魔王軍幹部の中に自分の意を汲む者がいると言うのは、これから先中々に重宝しそうだしね。







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