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魔王(エリウ)とその愉快な下僕


 翌朝の昼過ぎ、俺は城の最深部にある謁見の間とやらに来ていた。

ここで例の四貴魔将とやらを観察してやるのだ。


ちなみに昨日は疲れていたのかぐっすりと眠る事が出来た。

エリウちゃんの用意してくれた部屋は中々にゴージャスで、余は満足である。

ま、俺は本来、馬小屋でも平気で寝る事が出来る男なので、特にその辺は拘らないのだが……ま、汚い部屋より綺麗な部屋の方が良いのは至極当然だ。

あと、飯は普通に美味かった。

僕チン一安心である。

ただ、何と言うか……食材が未知なので、見た目と匂いと味が連動しないのがちょっと……

脳が軽いパニックを起こしそうなのである。

今朝の飯も、中々にカルチャーショックであった。

何やら目に突き刺さるような妙に青い色をしたスープが出て来て、匂いを嗅ぐとどこか海鮮的な香りがするのだが、口に入れると普通のコーンスープの味だったのだ。

もっとも摩耶さんの手料理のように、見た目と味が連動し過ぎているのも、ちょっとアレだと思うけどね。

食べるのに物凄い覚悟がいるし。


「さて、どうすっかなぁ」

俺は肩に酒井さんと黒兵衛を乗せながら、玉座周辺をウロウロとする。

ちなみに着ている服は、この世界の一般的な布の服だ。

何やら貴族チックな衣装等もエリウちゃんが用意してくれたのだが、俺的にはシンプルで動き易い、この洗いざらしシャツのような服で充分なのである。

そもそも人間界では、スウェットかジャージがデフォルトだったしね。


しかし思っていたよりも広いし立派だなぁ……

磨きぬかれた大理石の床に、中央にはフカフカの赤い絨毯。

高い天井は装飾の施されたアーチ状のホールになっており……うん、物凄く凝った造りだね。

で、奥に段差の低い階段が数段続いて、その先に異様にでかい玉座と。

うぅ~む、死んだ先代魔王のサイズに合わせてあるのかな?

まるでソファーのような玉座だよ。

エリウちゃんの体躯だと、寝転がる事だって出来ちゃうぞ。


「ふむ…ふむふむ」

玉座のクッション部分を手で押して、座り心地等を確かめていると、

「シング様」

魔王エリウちゃんが入って来た。

今日はあの鎧ではなく、何やら魔獣の鱗のような物が付いている皮の上下に赤いマントと言う出で立ちである。

気品溢れる装いだが……ちょっと角が気になる。

紺碧の髪を掻き分け、耳の少し後ろからおでこに掛けてカーブを描きながらせり出した如何にも魔王な彼女の角ではあるが、それにアクセサリーのように付いているピンク色のリボンはなんだ?

両角に蝶々結びで大きなリボンが巻かれている。

お洒落か?はたまたそれが正装?人間種がネクタイなる物を首に巻くのと同じ文化的な何かなのか?

わ、分からん。

可愛いんだか残念なんだか……

そしてそんな彼女の脇には、黄金色の鎧に赤いサッシュを掛けた兵士が数名立っている。

近衛兵だろうか?


ふむ……でかい身体に凶悪な顔と。鬼族の系譜かなぁ?

ま、警護役にはピッタリだけど……

ただ、俺の世界の住人とはまた少し毛色が違うんだよねぇ。

似て非なるものって感じだよ。


「うむ、エリウか」

俺は重々しく頷く。

本日も演技は続行中なのだ。

「して、四貴魔将とやらは揃ったか?」


「は、はい」


「……そうか」

さて、どうしよう?

や、ある程度はプランを決めてはあるんだが……ま、アドリブで良いか。

エリウちゃんの対応次第で、状況は変わったりするしね。

ある程度は流れに任せよう。

……

面倒臭ぇ、と思ったら皆殺しにしちゃえば良いんだし。


「宜しい。では手筈通り、我と黒兵衛、酒井さんは完全不可視知の魔法を使い、玉座の後ろで見ているとしよう。酒井さん、例の物を」


「ん、これね」

酒井さんが着物の袂から三枚の紙を取り出した。

昨晩、一緒になって試しに作ってみた符札だ。

酒井さんがいつもの不可視系の術札を作り、そこに俺が不可知効果を書き足したものである。

この世界の魔法アイテム製作道具が、俺の世界の道具に似ていたので、何となく作ってみたのだ。

もちろん、ちゃんと使えるかどうか一応は試してはみた。

成果は上々ではあったが、正直……レベルが分からない。

有効時間は?効果範囲は?相手のレベルに応じての変化は?

その辺はまだ未検証だ。

そもそも俺自身、製作系のスキルを持っていないし、ましてやプロでもないので、自信はあまり無い。

あくまでも学校の授業の延長で作ったような代物だ。

例えるなら、調理実習で作った事のある料理を記憶を頼りに家でも作ってみたと言う感じ。

果たしてどこまで四貴魔将とやらに通じるのか……


「ふむ…」


「あ、あのぅ……シング様」


「ん?どうした魔王エリウよ?」


「いえ、その……大丈夫でしょうか?」


「ふむ…」

俺は顎に手を掛け、エリウちゃんを見つめる。

こ、困ったな。

何を心配しているのか、ちと分からんのじゃが……

「もしかして、我の存在がいきなり見つかった場合とか……そう言う心配か?」


「え?あ……はい」


「それは逆に喜ばしい事だぞ。我の不可視知を看破出来る能力があると言う事だからな。有能の証だ」

全員が一斉に見破ったらギャフンって言うけどな。


「な、なるほど」


「ふ……もっと自信を持て、エリウよ。お前は魔王なのだ。魔王らしく堂々と振舞えば良い。もし仮に、お前に対し不満を述べる者がいれば……ふ、我が即座に始末してやろう」



控えの間と呼ばれる貴賓室を後にした魔王軍最高幹部である四貴魔将が一柱ウィルカルマースは、優雅な足取りで謁見の間へと続く広い廊下を歩いていた。

もちろん、彼だけがそこに向かって歩いているのではない。

道中一緒だったファイパネラともうニ柱の四貴魔将も揃っている。

白い体毛に覆われた巨躯と虎の顔を持つ獣人族のアスドバルと、ドラゴンハーフ族であるウォー・フォイだ。


実はこの二柱の存在こそが、ウィカルマースとファイパネラの秘せし野望を食い止めていると言っても過言ではない。

彼ら二柱は、魔王に忠誠を捧げているのだ。

いや、物事を単純に見てしまうアスドバルはともかく、ウォー・フォイの場合は魔王より魔王軍そのもの、個人より国家に対して忠誠を捧げているきらいがあるのだが。

どちらにせよ、この二柱がいるからこそ魔王軍は分裂状態にならず、またウィルカルマースやファイパネラが表立って反旗を翻さない、いや翻す事が出来ないのだ。

何故なら四貴魔将の半数が既に反魔王派ではあるが、ウィルカルマースとファイパネラが手を組む事は絶対に有り得ないのだから。

仮にファイパネラが謀反を起こした場合、ウィルカルマースは即座に親魔王派を称し、残りの二柱と共にファイパネラを攻撃するであろう。

そして逆また然りである。

このように魔王軍は決して一枚岩ではなく、危うい均衡の上に成り立っているのだ。


(しかし今回は、ファイパネラにしてやられましたねぇ)

歩きながらウィルカルマースは考える。

(まさかそんな危ない策を取ってくるとは……いえ、魔王云々と言うより、事前に私の策を潰しておきたかった……と考えるべきでしょう。本当に嫌な女です)

彼はどこか自嘲気味に口角を吊り上げ、自分の左隣に視線を走らす。

そこを歩いているのは小山のような大男、アスドバルだ。


彼を一言で表すとしたら、ずばり脳筋である。

考える前に動いてしまう粗暴な魔獣だ。

思考を重ねて行動するウィルカルマースとは対極の存在である。

だが、その武力は計り知れない。

四貴魔将の中で一番の武闘派であり、また事実、単純な戦闘ならば魔王に次ぐ強さを誇っている。


(彼を私の陣営に組み込む事が出来れば、話は簡単なのですが……)

何度となく考えた事だが、やはり無理が有り過ぎる。

アスドバルは脳筋である故、根回しや腹芸、迂遠な言い回しなどは通じない。

ならば策を弄してその地位から追い落とそうにも、彼の忠誠心は広く知れ渡っているので、逆に策を弄した自分自身に危険が迫る恐れがある。

策の失敗は即、己が野望の終焉を迎えてしまうのだ。


ならばもう一柱、ウォー・フォイはどうかと言うと……これがまたアスドバル以上に厄介な相手であった。

アスドバルはウィルカルマースにとっては確かに相性の悪い相手だが、性格的には分かり易い相手でもあった。

だがウォー・フォイは、四貴魔将の中で一番の知将を自負する自分を以ってしても、どこか掴み所の無い、得体の知れなさを感じさせる男なのだ。

要は不気味なのである。


ウォー・フォイは最古参の幹部だ。

先代魔王アルガスの、そのまた前の魔王から仕えている。

事実、現四貴魔将のトップでもあり、名目上ではあるが魔王軍のナンバー2でもある。

にも関わらず、彼が表に立つ事は殆ど無い。

最古参幹部として強権を発する事も無ければ、組織のナンバー2として国政に介入する事も殆ど無い。

あくまでも調整役として、裏方に徹しているのだ。

その事が却ってウィルカルマースに警戒心を抱かせている。


(先代の時もそうでしたが、どうもこの老いぼれは、言葉巧みに魔王を操っている気がするんですよねぇ)

しかしそれ程の策士であるならば、ウィルカルマースやファイパネラの蠢動を見逃す筈は無いのだが、彼から何かを言ってきた事は一度としてない。

(傍観者を気取っているのか、それとも……此方が何か行動を起こすのを待っているのか。どちらにせよ、警戒するに越した事はありませんね)


やがて魔王軍最高幹部である彼等が、謁見の間へと続く巨大な扉の前に並び立った。

この重厚な扉を一枚隔て向こうに、ウィルカルマースが渇望する玉座がある。

歩けば一分と掛らない距離ではあるが、そこに至るまでの道の何と長い事か。

だがウィルカルマースは諦めない。

時間を掛けながらでも、着実にその場所へ向かって進み続けている。

かつて己が先祖が座っていたその至高の場所へと戻る為に。


近衛の兵が四貴魔将の到着を告げると同時に、扉が僅かに軋む音を立てながらゆっくりと開いて行く。

謁見の間は、いつ見ても素晴らしい。

とかく実用重視の魔王の城の中で、ここだけが唯一気品に満ちている。

不遜な野望を胸に秘めているウィルカルマースが、たった一つだけ先代魔王の功績として認めるのが、この謁見の間を造ったと言う事だ。


(……おや?)

玉座へ向かって歩いていると、ウィルカルマースは不意に奇妙な違和感を覚えた。

(誰かに見られている?)

気のせいと言われればそれまでの、極僅かな気配を感じた。

もちろん、玉座の周りに不審者の影は無い。

魔王を僭称する小娘と近衛の兵がいるだけだ。

(私としたことが緊張しているのでしょうか。しかし……ふふ、緊張と言えば、魔王も酷いものですね)


玉座に座るエリウの姿に、思わず頬が緩んでしまう。

未熟な小娘は、その身体に合わぬ玉座に小さくなって腰掛けていた。

背筋を伸ばし、両の手も揃えて実にお行儀良く座っている。

その緊張が此方にも伝わり、肩が凝ってしまうほどだ。

ウィルカルマースは顔を正面に向けたまま、視線だけを横に向けると、ファイパネラもまた、どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。


(おそらく最高幹部である私達を呼び付けると言う、今までにした事のない事を行ったからでしょうが……)

現魔王エリウは、先代からの重臣である四貴魔将に、常にどこか遠慮がちであった。

故に今回の有無を言わせぬ緊急招集は、ウィルカルマースをして驚きせしめたのである。


(ふふ、あの小娘が何を言ってくるのか、少し楽しみです)


四貴魔将が玉座の前に並ぶ。

右からアスドバル、ファイパネラ、ウィルカルマース、ウォー・フォイの順である。

即座に膝を着き、臣下の礼を取ったのはアスドバルだ。

次いでウォー・フォイが、無表情に膝を折る。

少し遅れてウィルカルマース。

ファイパネラは、これ見よがしにゆっくり緩慢な動きで頭を垂れた。

如何にも面倒だと言わんばかりである。

現魔王であるエリウを蔑ろにしているような態度ではあるが、実は前魔王アルガスの時から彼女は常にこうなのである。

だからアスドバルもウォー・フォイも何も言わない。


(相変わらず傲岸不遜ですね……と、小娘が何か言いますね)


「み、皆の者。良く集まってくれた」

かなり上擦った声は、緊張している証であろう。

ウィルカルマースの口元が思わず綻ぶ。

ファイパネラに至っては、室内に響くほど大きく鼻を鳴らしていた。


「さ、さて……話は聞いていると思うが、わ、私は勇者に襲われた。先代魔王である父の墓前でだ。その事について、お…お前達に問い質したい事がある」


(ほぅ、これはこれは……)

ウィルカルマースの目が少しだけ大きく広がる。

この小娘は思っているより馬鹿ではないと知って。

と同時に、愚かであればもう少し違った使い道があるのに、と思って。


「問い質したいこと?それは何でしょうか姫様……いえ、魔王様」

そう口を開いたのはアスドバルだ。

他の三柱とは違い、考える事が苦手な彼は、エリウの真意が読み取れない。


「う、うむ。ならばお前達に尋ねる。どうして勇者が私の元へ現れたのだ?しかも墓前に。私が父の墓へ向かった事は、幹部を除いて殆ど知らぬと言うのに」


(ふむ……口振りからして、私達をかなり疑ってますね。ま、当然といえば当然ですが……しかし、それを面と向かって聞いて来るとは、以前の小娘からは考えられない事ですね。誰かの入れ知恵……まさかウォー・フォイが焚き付けたとか?)

ウィルカルマースが自分の左隣にいるウォー・フォイに視線を走らすが、相変わらず彼は無表情だ。

何を考えているのかさっぱり分からない。


「ど、どう言う意味でしょうか、魔王様?」

アスドバルは大きく首を捻る。

と、ファイパネラが思いっきり馬鹿にしたような口調で

「分からないの、アスドバル?魔王様は、私達の中に裏切り者がいるって言ってるんだよ。そうですよねぇ、魔王様」


「そ、それは違う……」

とエリウは言い掛けるが、フルフルと頭を軽く振ると、何故か玉座の後ろを一瞬だけ振り返り、

「そ、そうだ。私はお前達の中に、裏切り者がいると思っている」

微かに震える声でそう断言した。

これにはウィルカルマースも些か驚いた。

以前会った時とは胆の据わり具合が段違いだ。

ファイパネラも眉を吊り上げ、玉座に座る未熟な魔王を凝視している。

僅かの間に、一体何があったと言うのだろうか。


「な、なんと!?」

アスドバルが驚きの声を上げた。

忠義一辺倒の彼からすれば、最高幹部の者達に裏切り者がいるなど、思いも寄らない事なのだろう。

「ま、まさかそのような事が……」

アスドバルが自分の横に並ぶファイパネラ、ウィルカルマース、そしてウォー・フォイを睨み付ける。


「あら?何で私を睨むわけ?言っておくけどアスドバル。アンタも魔王様に疑われているのよ」


「な、なんだと!!」


「……魔王様。もちろん、証拠はあるのでしょうねぇ?」

ファイパネラが目を細め、玉座に座るエリウを見つめた。

ねぶるような視線だ。

その言動といい態度といい、そこに忠義は微塵も感じられない。

あからさま過ぎる反抗的な態度だ。


「そ、それは……」


「まさか、何の確証も無しに私達を疑っていると仰ったので?その為に私達を呼びつけたと?それはちょっとねぇ……アンタはどう思う、ウィルカルマース?」


(ここで私に振りますか。本当に抜け目のない女ですね。ま、ここは一先ず同調し、小娘に釘でも刺して置きますか)

「ファイパネラ、言葉が過ぎるぞ。魔王様とて、私達四貴魔将が先代亡き後、どれほど苦労して軍を支えて来たかは御存知の筈。何の証拠も無しに私達を責める訳がないでしょうに」


「あぁ……言われてみればそうね。御無礼しました、魔王様」

ファイパネラはゆっくりと慇懃に頭を垂れる。

もちろん、反省している素振りは微塵も無い。

「それで魔王様。この中の誰が裏切っているのか……教えてくれるとありがたいのですがねぇ」

そう言って、どこか甚振るような視線を投げつけた。


「え、あ…それは……」

魔王はしどろもどろだ。

先程まで少しは残っていた魔王としての威厳も、今は跡形も無く消え失せている。


(ふふ、ファイパネラとは役者が違いますね。さて、どうしましょうか……あまり苛めるのもなんですし、この辺で収拾を付けて、恩を売っておくと言うのも悪くは……)


その時、不意にウィルカルマースの耳に『チッ…』と言う誰かが舌打ちするような音が響いて来た。

と同時に、いきなり玉座の後ろに男が現れた。

それは本当に突然だった。

音も無く、忽然と現れたのだ。

そのあまりの唐突さに、ウィルカルマースも他の幹部も驚き、呼吸音すら発しない。


(な…なんだ?)


男は歳若い人間族のようであった。

村人が着るような取り立てて特徴の無い安っぽい木綿のような服に身を包んでいる。

そしてその肩には、貧相な顔をした黒猫が一匹。

もう片方の肩には、不気味な造詣の人形を乗せている。


(な、何が起きている?)

ウィルカルマースの頭を混乱が駆け巡る。

何故ここに不審者が……どうやって現れた?

魔王は……近衛は何をしている……


ウィルカルマースが視線をさ迷わせる。

魔王エリウは先程より更に緊張を強くしたのか、微動だにしない。

控えている近衛兵も同じく、屹立したまま動かない。

まるで彫像のようだ。


と、その若い男はおもむろに肩に乗っている猫と人形を玉座の肘掛に置くと、サッと手を振った。

そして此方に向き直るやその刹那、

(あ…が……)

男の体から黒い霧のようなものが立ち昇った。

それと同時にウィルカルマースの全身を得体の知れない重圧が襲う。

舌から急速に水分が失われ、喉が焼け付くように痛む。

指先も大きく震え、足腰に力が入らない。


(ふ…震えている?わわ、私が?こ、これは……恐怖?おおお、怯えているだと……)

無意識の内に揺れる視線で左右を見やると、全員が全員、瘧のように身体を小刻みに震わせていた。

戦闘力だけなら最強である筈のアスドバルですら、捕食者に追い込まれた小動物のように身体を縮こませている。

ファイパネラは顔中から大量の汗を流し、「ひぅ…」と声にならない声を上げていた。

そして普段、滅多に感情を表に出さないウォー・フォイですら、目を大きく見開き、口元を震わせ小さく歯を鳴らしている。


(な、なんなんだ……一体、何が起きていると……)


その男はゆっくりと玉座のある場所から降りて来た。

その男の視線に、友好的な色は微塵も無い。

何処までも冷たく、世の全てを見下すような視線だ。

数多の異形種を束ねる魔王軍最高幹部を見る目ではない。

道端のゴミを見るような視線だ。


その男が膝を着いたまま微動だに出来ずにいる四貴魔将の前で足止め、そして口を開く。

「無礼な連中だな」

その風貌からは想像できない程、低く重い声だ。

圧倒的強者のみに許されたような声である。

しかも温かみは全く無い。

冷酷さしか感じない声でもある。

そして次に男が発した言葉に、ウィルカルマースの全身を戦慄が襲った。

「……もう面倒だ。殺すか」



なんだかなぁ……

エリウちゃんとのやり取りを玉座の後ろで眺めながら、俺は軽く頭を掻いた。

四貴魔将とやらは、見た目は中々に面白い連中であった。


左から、虎顔をした巨大なホワイトベアー。

俺の世界で言う所の、一般的な獣魔族にそっくりだ。

ただ、虎と熊のミックス種のようではあるが、何系なのかまではちと分からない。

この世界で進化した新種の系譜かもしれない。

そしてその言動も、俺の世界の獣魔族と良く似ている。

ぶっちゃけ、頭の出来は余り宜しくないって感じだ。

その分、ステータス的に腕力方面にポイントが振り分けられているのだろう。


で、その隣が姉ちゃん。

や、姉ちゃんと言うより若作りの年増……もとい、妙齢の女性だ。

焚き火をモチーフにしたのか、少し逆立っている部分もある赤く長い髪に、背中から生えた赤っぽい羽根が特徴的な女だ。

ただ、あの羽根の形状からして、飛ぶ為の物ではない。

おそらく飾り的な意味合いの羽根であろう。

種族としては、俺の世界では悪魔系か精霊系魔族と言った所か。


そしてその隣が、優男風のロン毛野郎だ。

どこか病的な顔つきをしている。

ベッドの上で咳き込みながら誌でも書いてそうな野郎である。

しかも何となく、僕チン頭良いです、ってな優等生的な雰囲気を匂わせている半面、どこか陰湿な気配も感じる。

正直、一番嫌いなタイプだ。

真面目で物静かな男、と見せ掛けて、裏アカとか作って悪さをしているタイプだ。


んで、一番右の奴は……一体なんじゃ?

擬人化したタツノオトシゴか?

や、俺の世界でも滅多に……

確か東方の魚龍の系譜に、似たような種族がいたような憶えが……

ってか、魚類系魔族って表情が薄いから、何考えているのか分からんのだよねぇ。

もしかして表情を作る筋肉が最初から無いのかも知れん。


そんな個性豊かな連中が、四貴魔将と御大層な名前で呼ばれている魔王軍の幹部ときたもんだ。

しかもパッと見た感じではあるが、それほど強くはなさそうである。

勇者とその仲間もヘナチョコだったけど、魔王軍の方も中々に……

本当に大丈夫かこの世界は。


しっかしまぁ……エリウちゃん、随分と舐められているなぁ……

率直な感想がそれだ。

魔王と幹部のやり取りを眺めながら、俺は眉を顰める。


エリウちゃんは緊張しまくりで、玉座にちょこんと腰掛けていた。

黒兵衛が『卒業式か』等と呟いていたが、その辺は良く分からんけど……一方の幹部連中は、終始舐め腐った態度だ。

や、一番左にいるタイガーヘッドの巨漢は、何となく忠誠心がありそうだけど、それでも無言の圧を加えて来ている。

『忠誠はあります。けどあんま言う事は聞きません』ってな感じだ。

そしてその他の三匹は論外。

女はあからさまに喧嘩を売って来ているし、優男はずっと小馬鹿にした笑みを浮かべている。

龍チックな野郎は興味すらないかのように、ただそこにいるだけ。

もう本当に何と言うか……エリウちゃん、『THEお飾り魔王』って感じだよ。

僕チン、見ていて物凄く身につまされるよ。


分かる。分かるぞぅ……エリウちゃん。

先代から仕えている連中には、遠慮して強く言えないもんねぇ……自分が若い内は特に。

俺なんか一介の召使に『シング様、パンツにウ○コが付いてました。今度からは気を付けて下さい』って真顔で言われた事すらあったもん。

あの時は本気で泣きそうになったよ。


にしても、あの羽根女……少し調子に乗り過ぎだな。

エリウちゃんも困った顔で、チラチラッと俺の方を窺って来るし……ま、見えないんだけどね。

しかしまぁ、そろそろ頃合かな。

エリウちゃんに、強き魔王とはどう言うものかと少しレクチャーしてやろう。

ちなみに演技のお手本とするのは、俺が幼き頃から常に妄想していた『ボクの考えた最強魔王』を参照だ。


俺は大きく舌打ちし、術札を剥がしていきなり姿を現した。

四貴魔将とやらは、何やらビックリしたような顔をしている。

ってか、本当に気付かんとは……なっちょらんですな。


俺は肩に乗っている酒井さんと黒兵衛を、魔王エリウちゃんが座っている玉座の隅、左右の肘掛の部分にそれぞれ置いた。

俺から見て右側に酒井さん。そして左側に黒兵衛を置いたのだが、エリウちゃんは器用に尻だけを動かし、僅かに左側に片寄る。

何だかちょっと微笑ましい。

だって酒井さんって、慣れないと本当に怖いモンね。


さてと、先ずは万が一を考えて、軽く防御魔法をエリウちゃん達に掛けて……

手を振り、玉座周辺に精神系防御魔法を展開。

それが終わったら、スキル・アビリティの効果を上げるバフを自分に掛ける。

序でにステータス上昇魔法も。

その次は恐怖効果をもたらすスキル『隠者の影』と『七色の衣・漆黒のオーラ』を発動。

俺の全身を冥属性のオーラが包み込む。


これで事前準備はオッケーと……

って、ん?なんだよぅ……まさかこの程度でビビったのか?

先程までの傲岸不遜な態度は超特急で飛び去り、四貴魔将は全員、膝を着いたままガタガタと震えていた。

何だかちょっとイラッとする。

反抗的な態度を取るのなら、相手が何者であれ、最後までそれを貫けって。

それがロックってものだろうが。

日和ってんじゃねぇーよ。

……

ま、相手が強いと分かったら速攻でトンズラを決め込む俺が、何を偉そうに言ってるんだか……って感じだけどね。


俺はフンッと小さく鼻を鳴らし、ゆっくりと玉座から短い階段を下りて四貴魔将とやらに近付く。

「無礼な連中だな」

片膝を着き、一応は臣下の礼を取っている連中を見下ろしながら言ってやる。

特にこの年増女は無礼千万だ。

もしかしてエリウちゃんの若さや可愛さが妬ましいのか?

そんなに汗をダラダラ流して……化粧が落ちるぞ。


「……もう面倒だ。殺すか」

そう呟くと、女はビクンと大きく身体を震わせた。

ちょっと面白い。

「ふ……しかし、ただ殺すと言うのは……些か興が無いな。ここは狂う程の苦痛を与えて……」


「おおお、お待ち下さいシング様!!」

背後からエリウちゃんのちょっと大きな声が飛んで来た。


「……ん?どうした魔王エリウよ?」


「そ、その……」

エリウちゃんが何か言い掛けるがその時、

「ひ、姫様!!魔王エリウ様!!」

いきなり動物園の人気者、ホワイトタイガーの頭を持つ獣人が立ち上がった。

そしてやおら俺を指差し、鼻息を荒くしながら

「こ、こいつは一体、何者なのですか!!」


うむ、中々に無礼だ。

躾のなっていないペットだね。

「……ふん」

俺は縮地スキルを発動し、その獣の前に瞬間的に移動すると、軽く腹パンを一発。

ただしステータス向上魔法により、威力は何時もより高くなっているが。


「ぐが…」

大きな白虎ちゃんは両の膝を折り、その場に倒れ込んだ。

口から血を吐きながら悶絶している。


いやいや、本当に軽く殴っただけなんだけど……

見た目の割に、耐久値が低いんじゃないか?

「ふん、己が主の話を遮るとは……分を弁えろ、獣が」


「シング」


「ん?」

振り返ると、肘掛に腰掛けている酒井さんが片眉を少し吊り上げながら俺を見つめていた。

「何でしょうか、酒井さん?」


「少しやり過ぎよ。もう少し手加減して上げなさい。動物を苛めちゃ可哀相でしょ」

そう言って術札を取り出し、それを器用に虎野郎に投げ付ける。


お?おおぅ?


一瞬で獣魔族の傷が癒えた。

虎野郎はゆっくりと起き上がり、そして自分の身体を弄りながら、どこか恐ろしい物を見たような濁った瞳で俺と酒井さんを見つめてくる。


ふむ……俺の魔法もそうだが、酒井さんの術もこの世界では効果が上昇しているのか?

その酒井さんに視線を走らせると、彼女もどこか驚いた顔していた。

むぅ……やはりこの世界の魔法的な法則は、人間界とは全く違うな。

まぁ、効果が制限されているよりは遥かに良いんだけど……それでも少し注意して使った方が良いね。

酸素濃度が濃い場所で火遊びするのと同じぐらい危険かも知れないし。


「手加減も何も、我は殆どを力を入れなかったのですがね」

俺はそう言って、虎から借りてきた猫にジョブチェンジしたかのように縮こまっている野郎を一瞥し、次にエリウちゃんに視線を向けると、

「それで?我に何を言いたいのだ、魔王よ」


「そ、その……ぶ、部下の御無礼は何卒お許しを……」


「ん?こやつ等の事か?ふむ……無礼な態度を取られたのは我ではなく寧ろお前の方ではないか?」

俺は特に何もされてないぞ。

こいつ等ビビッてるだけだし。


「そ、そうですけど、その……昨日、シング様は仰いました。部下の不忠は主の弱さにも原因があると。でで、ですから……今回の件は私にも……その責任が……」


「ふむ。謀反を企んだ者達を許すと、お前はそう言っておるのか?」


「は、はい」


「……寛容を通り越して、それは甘過ぎると思うぞ」

僕チン、もし自分の世界へ戻ったら、クーデータを起こした家臣領民、全員縛り首にする予定なんじゃがねぇ……ま、多分出来ないと思うけど。

むしろ逆に捕まって、俺が縛り首だよ。

トホホだよね。

「ま、身内に甘い魔王と言うのも面白いか。……黒兵衛、お前はどう思う?」


「あ?ンなもん、獅子身中の虫やで。一度裏切った奴は、次も裏切ると思うで」


「ふむ……酒井さんの御意見は?」


「そうねぇ……そいつ等の主はエリウよ。エリウが許すと言ってるんだから、許してあげたら?それに今殺しても面倒なだけでしょ。手駒として使える内は使ってやったら?」


「なるほど。確かに」

戦略シミュレーションゲームだと、強ユニット一体より複数の弱ユニットを揃えていた方が便利な場合があるからなぁ……残しておいた方が都合が良いか。

「ま、この程度の連中なら、いつもで始末出来ますからな」

俺は軽く溜息を吐くと、頭を垂れて縮こまっている四貴魔将を見下ろし、

「ふ……お前達、優しき魔王エリウに感謝するのだな。だが、次は無いぞ?」

そう冷たく言い放ってやったのだった。








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