芹沢博士の野望
摩耶さんと酒井さんがいつも通りに学校へ行くと、今日は何して過ごそうかなぁ~と時間を持て余してしまう僕チン&黒兵衛。
何かアニメでも観るかねぇ……等と考えていると、芹沢博士から連絡が入った。
なんでも以前渡した魔除の小槌の改良が済んだとの事だった。
丁度良い暇潰しが出来たわい。
そんな事を思いながら黒兵衛と共に、氏の研究所へと向かったのだが……
よもやまた、あのような事件に巻き込まれるとは、この時は知る由も無かったのである。
★
「ちぃーーース、博士」
広大な敷地の一角に設けられた研究施設棟の中にある、芹沢ラボの扉を開けると、
「おぅ、シング君」
相変わらずお洒落なアニメキャラのTシャツに白衣と言う、ハイソサエティな出で立ちの博士が笑顔で出迎えてくれた。
ちなみに着ているシャツのデザインは、博士のオリジナルキャラらしい。
さすがクリエイティブな人である。
「うぃっす。あの謎の剣の改良が終わったって事で、参上ちまちた」
「ワテも来たで」
「やぁ、これは黒兵衛君も」
ニカッと笑顔の博士。
「丁度珈琲が入ったところだ。飲むかね?」
「いただきます。珈琲、大好きなんですよぅ」
「黒兵衛君は?」
「ワテは猫やで?フレッシュだけ舐めとるわ。ミルクやし」
「あれも本当はミルクじゃないんだがねぇ」
博士が苦笑を溢しながら、カップに注がれた淹れ立ての珈琲を渡してくれる。
うむ、良い香りだ。
「うぅ~ん、美味し。やっぱ珈琲を飲まないと一日が始まらないよねぇ……もちろん日本茶も好きだけど」
「自分、珈琲とかお茶とかカフェイン系の飲み物、ホンマに好きやなぁ」
と、小さな容器に入った珈琲フレッシュをベロベロと舐めながら黒兵衛。
もちろん俺は、ノンフレッシュ、ノンシュガーのブラック派だ。
違いの分かる男だからな。
「魔界には、そう言う飲み物は無かったんか?」
「うんにゃ、有ったよ。この世界の珈琲やお茶ほど洗練はされてないけど、似たような飲み物は普通に有ったぞ。ただ、結構な高級品でさぁ……この世界だと、確か需要と供給とか言ったか?俺の世界だと一部の連中しか飲まないから、必然的に生産数も少なくて手に入り難かったんだよ」
ちなみに一番普及していた飲み物は、ミルクだ。
「そうなんかぁ……何でや?」
「さぁ?ただ、獣系魔族とか多かったからかな?この世界だって、普通の動物は珈琲とか飲まないだろ?」
「まぁ……せやな」
「人間には耐性があるけど、カフェイン等は他の哺乳動物には毒なのさ。玉ねぎやニンニクに含まれる硫化アリルもそうだしね」
と博士。
「元々、カフェインってのは植物が動物に食べられないように身に付けた毒物だからね。ただ、一部の猿には耐性があってねぇ……そこから進化した人間も、同じように耐性を持っているのさ。もちろん、毒である事に変わりは無いから、過剰な摂取は身体に悪影響をもたらすよ。実際、珈琲を飲みすぎて体調を崩したり、玉ねぎ三個を一気に食べたら死んだって話もあるぐらいだからね」
「なるほど。確かに、珈琲も飲み過ぎると胸焼けしますもんね。胃に悪いのかなぁ」
「何事も程々に、と言うことだね。さて……」
博士はカップを置き、窓際の棚から黒いケースを下ろすと、それを机の上に置いた。
楽器を入れるようなケースだ。
「取り敢えず、これがそうだ」
止め具を外し、蓋を開ける。
中は赤いフェルト生地のような物が敷き詰められており、そこに一振りの小剣が収められていた。
「おおぅ、カッチョ良くなってってるじゃないですか」
珍妙な形をしていた魔除の小槌は、シンプル且つベストなデザインのショートソードに生まれ変わっていた。
ボロボロで錆び付いていた刀身も綺麗に研がれ、銀色に光り輝いている。
中々の逸品だ。
がしかし、芹沢博士はちょっと苦い顔で、
「いやぁ~……正直、形を整えただけなんだよねぇ」
「そうなんで?」
「色々と付与やモジュールを組み込んだりと試してはみたんだが、どれも弾かれちゃってね。ぶっちゃけ、能力はそのままなんだよ。ま、素のままでもそれなりに強い剣なんだが、七星剣のような万能性は残念ながら無くてね。ちなみに名前は、芹沢三式・羅洸剣だ」
「へぇ…」
俺はその剣を手に取り、軽く振ってみる。
重さは……うん、普通の剣ぐらいだ。
それに特にこれと言った魔力も感じない。
武器屋で買える、ちょっと良いランクのショートソードと言った具合だ。
「で、こいつの詳しい能力は……」
「退魔特化の剣だね。シング君の世界的に言えば……闇及び冥属性の敵に対して特殊ボーナスが付くって所かな?霊体に対しても物理攻撃が可能となる剣だ。ただし、他の属性の敵に対しては通常の剣による攻撃と一緒だね」
「つまり……使い所が限定される剣と言うことですね?」
「そう言うことだ。対悪霊などには効果的だが、それ以外の敵には他の武器を使った方が良いかもね」
「や、それはそれで有り難いですよ」
幽霊に通じる近接武器ってのは、僕チンには最適だ。
「そう言えばシング君。少し前に、この世界での魔力の消費量と元の世界とそれとでは比例しないとか言ってたが……」
「そうなんですよぅ。この間、摩耶さんの友人の事件の時に飛行魔法を使ったら、予想外に大量の魔力を消費しまして……飛行魔法より魔力を消費する筈の攻撃魔法を使った時より、何故か魔力の消費が激しかったんですよ」
「ふむ……それについて、私なりの仮説を考えてみたんだが……この世界の物理法則に反するほど、魔力の消費が高くなるんじゃないかな?」
「物理法則ですか?」
「そうだよ。例えばファイヤーボールなどの攻撃魔法は、ある程度はこの世界の物理法則に基づいているだろ?何しろ燃えるんだし。けど、飛行魔法は……思いっ切り物理法則を無視しているじゃないか。その辺がポイントだと私は思うんだが……」
「なるほど。けど法則と言う点で言えば、俺の世界もこの世界と全く同じですよ?」
水を火に掛ければ湯になるし、木からリンゴだって落ちるしね。
「それは多分、この世界に対する順応度の違いなのかも。いや、これは中々に興味深い問題だ」
博士はそう言って、ウンウンと独り頷いていた。
「シング君の世界は、ある意味、夢の世界なのかも知れないねぇ」
「にゃ?それはどう言う意味で?」
「科学者ではなく哲学者として捉えるなら、実はシング君の世界は人間が見ている夢の世界なのかも知れないって事さ」
「ふへ?夢?僕チン、夢の産物で?」
「そう言うことだ。君は誰かが見ている想像の世界の住人で、それが具現化した存在なのかもね」
「……何かおっかねぇし、意味が分からんのですけど……」
「言ってる私も分からんよ。だから哲学って昔から嫌いなんだよ」
「あ、あのなぁ……」
「ははは……さて、それよりシング君。今からちょっと良いかな?何か予定とかあるかい?」
「や、別に無いですよ?」
そもそも俺のスケジュール帖には、『飯を食う』『ゲームをする』『アニメか映画を観る』『摩耶さん達と遊ぶ』『酒井さんに怒られる』以外の項目が無いしね。
「それは良かった。実はちょっと、シング君に手伝って欲しい事があってねぇ……」
「手伝い?」
俺はテーブルの上で毛繕いをしている黒兵衛と顔を見合わせた。
「すいません博士。そこはかとなく嫌な予感がするんですが……よもやまた、ホムンクルスを……何て事はさすがに無いですよね?」
「はっはっはっは…」
「は、博士?」
「お、おいおい。このオッサン、笑って誤魔化そうとしとるで」
「大丈夫大丈夫。いや、本当に今度は大丈夫だから」
「いやいやいや、ダメですって博士。この間、散々酒井さんに怒られたでしょ?」
「せやで。ガチ泣きしとったやないか」
「ふ……甘いな黒兵衛君。あれは演技だ」
「演技って…」
「嘘吐けや。泣きながら誓約書にサインもしとったやないけ。確かあの誓約書、契約魔法か何かやろ。違反したらえらい呪いが降り掛かる代物やで」
「ふふ……契約魔法なんかは簡単に無効化できるよ。そもそもサインはしていない。何しろ消えるインクペンを使ったからね」
「そんな単純な手を……」
「し、知らんでぇ。バレたらめっちゃ怒られるでぇ」
「大丈夫。酒井女史とは30年来の付き合いだよ。手の内は全てお見通しさ」
「ど、どうしよう黒兵衛?」
「土下座して泣きながら『もうしません』って言うとったのに……30年付き合って、何も学習してないとちゃうんか」
「ふ……科学と言う名の悪魔に魂を売り渡した私には、酒井女史の説教など馬の耳に念仏だよ」
博士は不敵な笑みを溢しつつ、俺の背中を押しながら半ば強引に隣室へと連れ込んだ。
そこは以前、キメラ型メイドロボのカーネリアンを誕生させた部屋だ。
見ると同じように、スチール製の台の上に灰色のビニールシートが掛けられた何かが横たわっている。
「は、博士……本当にマズイですって。今度は怒られるだけじゃすみませんよ」
「大丈夫だって。同じ過ちは二度と繰り返さないのが私のモットーだよ」
「いやいやいや、現に繰り返してるじゃないですか」
「せやで。既に造って置いてあるやないか。ってか……製作期間を考えたら、怒られた後に直ぐに造り出したとちゃうんか。確信犯やないけ」
「はっはっは……まぁまぁまぁ、本当に今度は大丈夫なんだよ」
「いやいや、何が大丈夫なんですか?」
「前回の失敗は二つ。一つは動物の魂を混ぜてしまった事。もう一つは武装を組み込んでしまった事だ」
「今度のはそうじゃないと?」
「うむ。純度百パーセントの人間の魂の欠片だけを集めた。しかも無垢なる者達の。それにボディの方も武装などは施していない、完璧なメイドロボ仕様だ」
「へぇ…」
「ちょいと待てや。芹沢のおっちゃん……無垢なる者の魂って何や?そない純真な人間なんかおるんか?」
「ん?いるじゃないか。生まれて直ぐ旅立った者や、生まれる事すら叶わなかった……」
「……」
「待て待て待てや。まさか、そう言った可哀相な子の魂を……」
「ん?そうだが?」
「い、いやぁ~……博士、それはちょっと……赤子の死体を漁る狂った錬金術師みたいじゃないですか。俺の世界にもいましたけど、見つかったら確実に縛り首でしたよ」
「せやで。思いっ切り倫理違反やないけ」
「倫理?ははは……倫理なぞは所詮、下らない人間が勝手に定義した安っぽい価値観ではないか」
「つ、突き抜けてますね博士」
「知らんで……今度は百叩きじゃすまんと思うで」
「大丈夫大丈夫。むしろ生まれて来なかった者達への救済だよ」
博士はニコニコ顔でそう言うと、台の上に掛けられているシートを勢い良く取り去った。
そこには前回のカーネリアンと同じく、薄紅色の髪をした博士謹製のメイドロボが横たわっていた。
髪はロングではなくショートに切り揃えられている。
しかも容姿は全くの別物だ。
非常に童顔……と言うか幼い。
体格も、この世界だと小学生と言うのだろうか……
「これぞSRMH試作三号機。ラピス・ラズリだ」
「……黒兵衛。これは……何て言えば良いのかな?」
「児ポ確やな。取り敢えず通報して、パトカーを10台ぐらい呼んだ方がエエな」
「はっはっは、黒兵衛君は毒舌だねぇ。そもそも武装を外し、基本的な家事しか出来ない程度の運動性能しかないからね。内部機関をコンパクトに纏めた結果、このぐらいの大きさになったんだよ」
「そ、そうですかぁ?何かこう、微妙に倒錯的な匂いが……」
「せやで。そもそも家事が基本のメイドロボなら、おばちゃんみたいなデザインでもエエやないか」
「私は家政婦ではなく、メイドを作りたいのだよ」
博士は大きく鼻を鳴らすと、自分のメガネをハンカチで拭いながら、
「それに、どうせ作るなら可愛い方が良いじゃないか。可愛いこそは正義だぞ」
「ん~……確かにそれは言えますね」
「おいおい、二人ともそないな事ばかり言うてるから、酒井の姉ちゃんにド突かれるんやで」
「酒井女史は、どうにもその辺の美学が理解出来ないみたいでねぇ。ちょっと昔の事だけど……酒井女史が宿っている市松人形って、少々アレじゃないか。そうは思わないか?」
「まぁ……アレですね」
「ワテはノーコメントや。言質を取られたくないからな」
「そこで酒井女史に、可愛く改造してあげるよと言ったんだよ」
「う、うぉう…」
「そないな事を言うたんか。おっちゃん、怖いもの知らずやな。それでどうなったんや?」
「いきなり顎を叩き割られたよ」
そう言って博士は、顎をしゃっくってみせる。
良く見ると、確かに何針か縫ったような痕が……
「いやいや、本当にあの人は……可愛くなりたくないのかねぇ?」
「い、いやぁ~……何とも言えませんけど」
「殺されへんだけ良かったやないけ」
「可愛い形体の方が、色々と便利だとは思うんだがねぇ。外に行くにしろ、第三者と会話するにしろ」
博士はブツブツと溢しながら、あれこれ機械を弄繰り回し始めている。
「うぅ~む、いきなり巻き込まれちったなぁ」
俺はポリポリと頭を掻きながら、スチール台の上に横たわるメイドロボを見つめる。
確かに、可愛い。
先のカーネリアンもそうだったが、博士の造形的センスはさすがと言う外は無い。
「おい、どないするんや魔王?逃げるか?」
「いやぁ~……ここまで来たら、もう手伝うしかないでしょ。博士には色々と世話になってるし……それに既に魂の欠片は集めちゃってるんだろ?今更逃げ出してもねぇ……」
「ホンマに大丈夫やと思うか?」
「どうだろう?取り敢えず、直感や危険察知スキルに反応はないし、特に心配はいらないんじゃね?」
「ホンマか?ワテの猫としての直感は、むっちゃ怒られる、って警告しとるんやが……」
「ま、何とかなるでしょ。ヤバイと思ったら、その時に考えよう」
「刹那的やな、自分」




