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能ある鷹は爪を隠して尻を隠さず


 龍籐坊主が詠唱を始めると同時に俺は軽く目を閉じ、内面に意識を集中して自己ステータスを確認。

気力も体力も魔力も充実しているので、種族的才能アビリティや俺個人の固有能力は何ら問題無く発動中。


ふむ……致死回避などのパッシブスキルも問題無しと。

ならば、スキル……七色の衣、星幽界の福音、縮地、ミランジュ、自由、猛禽の瞳、複眼、反攻、監視察知、全種魔法耐性、ブースト、逆襲に忍え耐ぶ、を発動。

あと特殊スキル、魔王進撃、酔いどれドラゴン、必中の初撃に泣きの一手と……更に限定スキル、空白の三秒と自己中の天秤、幻影の外套も解除。

取り敢えず、こんなモンかな。

少々過剰だとは思うが、何が起こるか分からないから予防策は講じておかないとね。

危険を冒さない魔王、それが俺なのだ。

……

ま、学校ではチキンとかヘタレとか言われもしたけどな。


昔を思い出し、少し苦笑顔で龍籐坊主を見つめる。

彼は片手で古い術書を持ち、もう片方の手を岩と化している愛娘に向けて伸ばしている。


お……?

暫く詠唱を続けていると、術書から書かれている文字が剥がれるかのように浮かび上がり、それがまるで風に煽られた花弁の様に舞い始めるや、岩の周りを一列に、螺旋状に回り始める。

それと同時に巨大な岩が淡く光り、奇妙な図形が幾つも浮かび上がった。

魔方陣的なものだと思うが、何が描かれているのかサッパリだ。

ま、そもそも俺は、そっち系の勉強は苦手だったしね。


お?おぉ?岩が……溶けている?

上の方から氷みたいに……いや、何かスゲェな。

こんなの見た事が無いぞ。

一体どんな術式の魔法なんだ?


通常の石化魔法を解除する時などとは全く違う魔法効果に、俺はフムフムと感心しながら推移を見守っていると、巨岩は徐々に小さく、そして細くなり、その中に封じられている龍籐坊主の愛娘、綾桜ちゃんが姿を現し始めた。


「むほ?」

予想以上に可愛い。

短い黒髪に童顔の少女だ。

しかもちゃんとケモ耳も装備。

着ている服は、ボロく洗いざらしの簡素な布の服だが、何となく清潔感がある。


ふ~む……ぶっちゃけ、アニメに出てくるケモ耳の女の子と同じではないか。

この国の民の想像力は、時に正鵠を射ていると言えよう。

いや、本当に同じなのだ。

気合の入ったコスプレかと思うぐらいだ。


いやはや……龍籐坊主が日頃、可愛いんですよ、と超だらしない顔で言ってても、何となくスルーと言うか聞き流していたけど、本当に可愛いでやんの。

正直ビックリだよ。

ぶっちゃけ、俺の世界に居る獣系魔族の百倍ぐらい可愛いよ。

俺の世界に住んでるケモ耳娘は、何て言うのか……確かに可愛い子も中にはいるんだけど、その殆どがねぇ……こう、血が濃いと言うか獣に寄っていると言うか……一言で言えば、アメリカンなのだ。

デフォルトされた可愛らしくさなどは無く、何かこう、リアル過ぎるのだ。

実際、動物の匂いもするしね。


「あ、綾桜……」

最後の呪文を詠唱し終えた龍籐坊主は、そのまま崩れ落ちるように地面に膝を着けた。

荒い息を吐き、額には大粒の汗が浮かんでいる。

どうやらかなりの力を使ったらしい。


「だ、大丈夫ですか龍籐さん」

摩耶さんが駆け寄ると、龍籐は力無い笑みを浮かべながら、

「だ、大丈夫です。ただ、思った以上に妖力を使いまして……」

そう言って、ゆっくりと立ち上がった。


ふむ……

「んで、成功したのか?」


「は。大成功です、魔王様」

龍籐は頷き、

「綾桜…」

もう一度、立ったまま微動だにしないケモ耳娘ちゃんに声を掛けた。

すると、ゆっくりとその目が開き……刹那、俺のパッシブスキルである動体感知能力が、接近する敵性反応を捉えた。


「ッ!?」

瑠璃洸剣の柄に指を掛けながら、俺と黒兵衛はほぼ同時に振り返った。

少し遅れて摩耶さんと酒井さんも振り返る。

見ると建物の入り口付近に何人かの影。

先頭に立っているのは、仕立ての良いスーツに身を包んだ、小さな丸メガネを掛けた短髪痩身の優男であった。

その背後には、黒い法衣に身を包み、錫杖を手にした坊主が八人。

ただ、今まで見てきた坊主とは違い、ちゃんと髪があるし、何より、それぞれ形状の異なる面を被っている。

怪しさ爆発の集団だ。


おやおや、数百年ぶりの親子の対面だと言うのに、このタイミングで仕掛けて来ましたか。

少しは空気を読んで欲しいよなぁ……


「これはこれは皆さん御揃いで」

優男は軽く頭を下げると、中指を軽くメガネに押し当て、

「特に酒井魅沙希さん。何かと御高名な貴方とは、一度お会いしてじっくりと話をしたかったのですが……このような形でお会いするとは、少々残念でなりませんね」


「……アンタ、何者なの?」

酒井さんが目を細め睨み付ける。

と、龍籐坊主が目を見開き、掠れた声で、

「じ、浄徳?ま、まさか…いや、その顔は……ば、馬鹿な。な、何故にお前が……」


「お久し振りですね、龍籐君。今まで私の為に働いてくれて、ご苦労様でしたよ」


「ど、どど…どう言うことだ?貴様……本当に浄徳なのか?いや、あ、有り得ん。しかしその姿は間違いなく……」

「どう言う事なの龍籐?浄徳って、八部衆とやらの大将なのでしょ?アンタのその驚いた顔……まさか、アンタの知ってる浄徳って……」

「そ、その通りです酒井殿。こヤツは……某を里に潜り込ませ、そして某を封印した張本人。格好は違えど、見間違える筈はありません」


「いや、懐かしい思い出ですね。もう七百年も前になりますか……いやいや、本当にあの時は、私も色々と苦労しましたよ。何しろ上からの命令で、計画を次から次へと修正しなければなりませんでしたからね。それに龍籐君が妖怪化するのも、その娘が石化するのも、全てが想定外でしたし」


「……アンタ、何者なの?妖の類なの?」


「はは……それは違いますよ酒井魅沙希さん。貴方とは違い、私はれっきとした人間ですよ」

浄徳と言う輩はそう言って、軽く肩を竦めてみせた。

「ただ、普通より少々長生きと言うだけです」


「ふざけた事を……」


「いやいや、何もふざけてはいませんよ?私は正真正銘、人間です。もちろん混ざり気の無い、純粋なね」


「……まさか転生術?」

酒井さんの眉間に、大きな皺が寄った。

「別の人間に魂を移して……いえ、それだと姿形が同じになるなんて事は……」


「はは、これはまた本当に……さすがですね、酒井魅沙希さん。素晴らしき洞察力です。噂通り、その見識の広さと推理力にはこの浄徳、心から感服致しました。ご推察の通り、転生術を使いました。ただし付け加えるなら、反魂術と併せて使う、私独自の秘術ですが」


「反魂術……」


「そうです。女の胎に自らの子を宿し、そして生まれた子に魂を移す。現代風に言えば、自らのクローンを作り出すとでも言うのでしょうか。もちろん、魂そのものを移すので、記憶を含めた自我が全て宿ります。これもある種の不死の術と言えるでしょうね」


「……外法もいいところね。吐き気がするわ」


「そうでしょうか?不老不死は人間が望む究極の夢。もちろん私は、その辺の下賤な輩とは違い、ただ死にたくないと言う本能的な欲求からではなく、崇高なる目的を達成する為に不死の存在でなければならないのです。そう……この世から全ての物の怪を一掃すると言う目的の為にね」


「……」


「これはこれは……怒りと呆れが入り混じった顔も、中々にチャーミングですね。ですが貴方は知らないでしょう。私が見てきた地獄を。千年前……私が最初に生まれた時代は、それはもう本当に酷い時代でした。魑魅魍魎が跋扈し、次から次へと人が喰われて行くのですよ。あの時代を経験した者なら、誰しもが思うでしょう。人為らざる者を決して生かしておくな、とね」


「はん、典型的な人間上位の考え方ね。妖怪には、人の業によって為る者もいるの。そこの龍籐のようにね。それに知ってる?人を喰らう化け物が多く出る時は、大抵は大きな戦乱が起きてる時や政情が不安定で人心が乱れている時なの。つまり、アンタの言う魑魅魍魎が跋扈する原因は人そのものあると言えるわ。物の怪の類を恨むなら、先ずそれを生み出す原因となった人を恨んだら。そもそもアンタのせいでこの龍籐は妖怪になったと言えるし……アンタ、先ずは自分で命を絶つべきじゃない」


「ふふ、なるほど。酒井魅沙希さんも、所詮は人為らざる化生の者ですね。貴方も一度、自分にとって大切な人が目の前で生きたまま喰われる様を見れば、考えも変わるでしょう。さて……お喋りはこれぐらいにして、そろそろ行動に移しましょうか。何しろ時間と言うものは貴重ですから」

浄徳は口角を吊り上げ、薄い笑みを溢しながらおもむろに指をパチンと鳴らした。


――にゃ!?敵性反応!!しかも後ろから!?

咄嗟に振り返ると同時に、龍籐坊主がくぐもった声を上げながらいきなり地面に押し倒された。

坊主の頭を後ろから掴み、地面に押さえ付けているのは、ケモ耳娘の綾桜ちゃんだ。


むほッ!?どど、どう言う事だ?

なんで綾桜ちゃんが……ん?んん?

ケモ耳娘の瞳に、生気が感じられない。

しかも彼女の周りを、小さな羽虫のような物が幾つか飛び回っている。

目を凝らし、それを良く観察すると……それは虫ではなく、文字だ。

漢字にも似た小さな文字が、綾桜ちゃんの周りを不規則な軌道で飛んでいるのだ。


「な…ぐ…あ、綾桜……な、何を……」

物凄い力なのだろうか、鈍い音を立てながら龍籐の顔が徐々に地面に埋もれて行く。

摩耶さんも黒兵衛も、びっくりして大きく目を見開き固まっているが、酒井さんだけは眉根を寄せ、鋭い目つきで、

「この感じ……浄徳!!アンタ……この娘の心を縛ったわね!!」


「はは、御明察です、酒井魅沙希さん。いや、本当に素晴らしい御方だ」

浄徳は、まさに慇懃無礼と言った様で、深くお辞儀を返した。

「およそ五百年に渡り、少しずつ術を施しました。いや、大変苦労しましたよ。何しろその娘に掛けられていた石の封印は強力で、生半可な術は撥ね返されてしまうのです。ですから、強い術を少しずつ少しずつ……石に溶け込ませるように掛けて行ったのです。まさか五百年も掛かるとは些か想定外でしたがね。ただ、あまりに長い時間を掛けて術を施したので、どうやらその娘の自我は完全に消え去ってしまったようで、さすがの私でももう元には戻せません。……いや、これは本当に残念な事をしました。何事も、やり過ぎは良くありませんね」


「こ、この……外道が」


「これはまた、酷い言われようで」

浄徳は苦笑を溢し、そして地面に押さえ付けられている龍籐を一瞥すると、

「すみませんね龍籐君。本来なら、その娘の封印は後二百年後……私が三回ほど転生した後、自らの手で解くつもりでしたが……些か状況が変わりましてね」


「ぐ…ぎぎ……じ、浄徳…き、貴様……わざと私の封印を……」


「そうなんですよ。貴方にこの娘の封印を解いて欲しくてね。今の私ではまだまだその封印を解くには力不足でして……だからこそ、あと二百年ほど掛けて術書を読み解こうとしていたのですが……いや、本当に申し訳ないです。本来ならこれまでの功績に免じ、君は滅ぼさす、永遠に封印して置く予定でしたのに……自らの未熟を恥じる気持ちで一杯ですよ」


「む…娘を…娘をどうする気だ!!」


「え?おやおや、些か察しが悪いですぞ、龍籐君。少しは酒井魅沙希さんを見習わないと」

浄徳は軽く首を振りながら溜息を吐いた。

「ま、有り体に言えば、その娘には次代の私を生んで貰おうかと。何しろ妖弧と人の間に生まれた貴重な存在です。潜在能力も中々に……次に生まれる私は、この千年の間で最高の私になるでしょう」


「き、きき貴様ぁぁぁぁぁ!!」


「おや?となると、次に生まれる私にとっては……龍籐君は祖父と言うことになりますね。これは、せめて墓ぐらいは建てて上げるべきでしょうか」


「お、おおおおのれぇぇぇ……ゆ、許さんぞ!!」

龍籐の身体から紅蓮の炎が立ち昇った。

それはあたかも、具現化した怒りのようである。

だがしかし、浄徳は少し困った顔を向けながら、

「往生際が悪いですよ、龍籐君」


「ぐは!?」

龍籐坊主が苦悶に満ちた顔で呻き声を上げる。

見ると押え付けている綾桜の手から青白い炎が噴き出し、龍籐の纏う炎を上書きする勢いでその身体を覆って行ったのだ。


な、なんだ?

蒼い炎?神聖系の魔法か?

良く分からんが、火属性の龍籐に効果がある炎ってのは……それだけ魔力に違いがあるのか?

それとも何か特殊な術でも……


「あ…綾桜……ぐ…が…」

「り、龍籐さん!!」

おもむろに摩耶さんがいつもの髑髏杖を振り上げ、何やら魔法を放つが、ケモ耳狐娘の綾桜はそれを軽やかに躱すと、そのまま俺達の頭上を飛び越え浄徳の傍へと舞い降りた。

その手には龍籐の持っていた術書が握られている。

さすがは獣魔族……

素早い動きに身のこなしも非常に軽い。


「だ、大丈夫ですか龍籐さん!!今消します!!……グラキエース!!」


むほ?アイス系の魔法?

燃えている龍籐坊主に向かって、摩耶さんが何やら必死になって魔法を放っているけど……


「落ち着きなさい摩耶!!」

酒井さんが飛び上がり、手にした鉄扇で摩耶さんの杖を叩いた。

「もう……手遅れよ」


その通りだ。

龍籐坊主は既に消し炭を通り越し、灰になっている。

あ~あ~……って感じだ。

こうなってしまっては、さすがの俺でも手の施しようが無い。

他者を蘇生させる魔法は一応は習得しているが、灰になったらもうアウトだ。

そもそも魔力の関係で人間界じゃ使えないし。


「りゅ、龍籐さん……」

「……」


「いやいや、本当に残念です」

どこか演技掛かった口調で、浄徳が深い溜息を吐いた。

「龍籐君は、古き私を知る唯一の者。物の怪に身を墜としたとは言え、知己が死んで行くのを見るのは辛い事です。ま、それは不死である私の宿命とも言えますが……」


「こ、この……」

「まだよ、摩耶」

今にも真正面から突撃しそうな勢いの摩耶さんを、酒井さんは小さな腕を伸ばして制止。

そして軽く首を傾げながら、

「一つだけ、聞いて良いかしら浄徳」


「ん?何でしょうか酒井魅沙希さん?」


「どうして、今、なの?」


「……」


「二百年ほど待てば、アンタは自力で綾桜の封を解けるみたいな事を言ってたわよね。どうして待てなかったの?それに、龍籐を利用するのなら、今じゃなくて過去でも出来た筈よ」


「ふむ……良い質問ですね、酒井魅沙希さん。その答えは……簡単に言えば、弱くなったからですよ」


「弱く?」


「えぇ。人間そのものが弱くなったからです。貴方も薄々は気付いているのではないですか?昔に比べ、人間の持つ霊力……法力、魔力、と色々と呼び方はありますが、そう言った力が衰えた事を」


「それもまた自然の摂理よ。何しろ昔に比べてあやかしの類が減ったんですもの。それに対する力が衰えるのは必定よ」


「それだと少し困るのですよ」

浄徳は大仰に肩を落した素振りをみせた。

「江戸から帝都、そして東京へと時代が変わる度、私は自分の力が衰えて行くのを実感しました。そして戦慄したのです。このまま転生を続けても、この娘……綾桜の封を解く事は出来ないのでは。いや、それ以上に転生の秘術を行使出来なくなるのでは、とね。だからこそ、今、だったのですよ」


「……なるほどね」


「御理解いただけたようで何よりです。あ、ちなみに何故に過去に事を起こさなかったと言えば、単に綾桜の心を完全に支配しているかどうか、まだ確信が持てなかったからですよ」


「ありがとう浄徳。取り敢えず、ある程度は疑問が解けたわ。それじゃあ悪いけど……少し死んでね」

言うや酒井さんは術札を放り投げ、手にした鉄扇を力強く振り下ろす。

「破軍、千代菊!!」

刹那、浄徳の頭上に無数の武器、剣に槍、斧に杖などの幻影が現れるや、それ等が雪崩れのように降り注いだ。

中々に凄い術だ。

だが浄徳が軽く手を振るや、背後に控えていた八部衆だか何だかの謎めいた仮面坊主どもの内二人が飛び出し、錫杖を振り回して酒井さんの攻撃を次々と無効化して行く。

しかしその間隙を突き、摩耶さんが前に飛び出すや大きく杖を振り回し、

「ベシュティロン!!」

巨大な魔力を秘めた魔法をブッ放した。


な、なにぃぃぃ!?

一見すると氷で出来た槍のような魔法だが、その氷の中に炎が封じられている。

こ、混合魔法?

いや、違う。

氷と炎……相対する属性を一つに……混沌魔法ケイオスマジックか!?

マ、マジかぁ……

魔法に長けた種族でも扱い難い上級魔法だぞ。

それが基本的に魔法が使えない筈の人間種が……

酒井さんが、摩耶さんの潜在能力はピカ一とか言ってたけど……まさかこれ程とは。


だが、更に予想外の事が起こった。

控えていた八部衆の残り六人が飛び出すや、手にした錫杖で六角陣を作り、

「六道法輪、五行封殺!!」

摩耶さんの超魔法を受け止め、そのまま無効化してしまったのだ。

これにはさすがの僕チンも口を開けて暫し呆然としてしまった。

もちろん摩耶さんも、そして酒井さんまでもが驚いた顔で、

「そ、そんな馬鹿な。私の術も……摩耶の魔法も一瞬で消し去るなんて……」


「おや?気付かなかったのですか?」

浄徳は額に指を当て、軽く首を振りながら、

「この地は山々に囲まれた盆地……それはご存知でしょう、酒井魅沙希さん」


「……」


「そしてこの地を囲む山々には、実は我等の隠し寺がありまして……このように」

浄徳は指先で、宙に大きな五芒星を描いた。


「……ここは結界の中心って事なのね」


「はい、その通りです。ですから、貴方方の術はその威力が半減以下……ま、気付かなかったのは無理もありません。何しろこの辺り全てを囲む巨大な結界ですから」


「ふん、迂闊だったわ。けど、良い経験にもなったし……摩耶」

酒井さんが軽く首を動かし合図すると、摩耶さんはスカートのポケットから小さな、ライター程度の大きさの機器を取り出し、そこに付いているボタンスイッチを押した。

だがしかし……

何も起こらない。


「あぁ……一つだけ、言い忘れてました」

浄徳がポンと手を打った。

「実は周囲に、迷宮結界を幾つか張っておいたのですよ。何しろ銃器らしき物を持った厳つい者達がウロついていましてねぇ……サバイバルゲームでもしに来たのでしょうか?いやはや、この国も物騒になったものです」


ゲッ……

いきなり取って置きの作戦が失敗してもうた。

こいつは困った。どうしよう?

うぅ~む……俺の辞書に、敗北の二文字は無い。

が、しかし……名誉ある撤退、と言う文字はある。

「……黒兵衛」


「あ?なんや?」


「意見具申したいんですが……良いかにゃ?」


「……逃げるのは無しやで」


「……ですよねぇ」

ま、当然だわな。

かく言う俺も、遁走スキルは発動してないしね。


「しかし……今の魔法は少し驚きましたね」

浄徳は僅かに乱れたネクタイをキュッと絞め直すと、目を細めて摩耶さんを見つめた。

微かに口角が吊り上がり、何かを企むような薄い笑みを溢している。

「まさかこの時代に、あれほど強い術を行使できる者がいたとは……これは少し、計画を変更した方が良いですね。次代を担う八部の者達も、出来れば強い方が良いですから……お前達、喜連川摩耶は殺さずに生け捕りにしなさい」

浄徳の言葉に、坊主達は無言で頷いた。

それを見た酒井さんはフンと大きく鼻を鳴らし、

「調伏十三流の精鋭が聞いて呆れるわね。まさか心を支配されてるなんて……」


「いやいや、それは少し違いますよ、酒井魅沙希さん。確かに、私の術で彼等の心は支配されていますが……元々八部衆とは、私が便利な手駒として使える様に、私自身が創設したのです。約千年前にね。だから代々私に支配され、私に使われる……それこそが本来の役目なのですよ」


「ふん、とことん外道ね、アンタ」


「分かり合えないとは、残念ですね。さて……楽しかったお喋りもこれぐらいにして、私はそろそろお暇しませんと。何しろこれからやる事が多くて……忙しくなりそうなんですよ」

浄徳はさも嬉しそうに笑い、脇に黙って佇んでいた綾桜の肩に手を置くや、そのまま軽く抱き寄せた。

「では八部の皆さん、後は頼みましたよ。酒井魅沙希さんと使い魔の猫、そして異人の男の亡骸は残さないように……あぁ、灰になった龍籐さんは、集めて壷か何かに入れて置いて下さいね」


龍籐坊主……

俺は横目で、少し黒ずんだ灰となった龍籐を見やり、そして軽く頭を掻いた。


短い付き合いだったけど、まぁ……気さくで良いヤツだったな。

何しろ俺を『魔王様』って敬称を付けて呼んでくれたもん。

黒兵衛なんか呼び捨てだし、酒井さんに至っては時々俺の事を『ウ○コ』って言うんだぜ。

それに比べたら龍籐坊主は良いヤツだったよ……うん。


「参ったなぁ。仇討ちとか……そう言うのって、俺の柄じゃないけどさぁ……でもまぁ、一応は弔ってやらんとな」

俺はフッと短く息を吐き、

「七色の衣、紅のオーラ発動」

スキルで火属性を身に纏い、そのまま一歩踏み出す。

瞬間、縮地スキルで空間を飛び越え、俺は八部とやらの前へ躍り出るや、腰に下げた瑠璃洸剣を抜き払い、坊主の一人を胴から真っ二つにしてやったのだった。











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