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父帰る


「うぅ~ん、朝の珈琲は格別に美味いなぁ」

甘い物大好きだけど珈琲だけはブラックしか飲まない違いの分かる魔王な俺は、香り立つカップを傾け、至福の一時。

そんな俺をテーブルの上の黒兵衛が見上げながら、

「自分、何や余裕やな。今日はいよいよ出発なんやで」


「だからこそのこの余裕」

不敵な笑みを溢しつつ、カップの中の珈琲を飲み干す。

準備は万端……とは言えないが、まぁやる事はやった。

一週間ほどトレーニングルームで汗も流した。

気合も魔力も充実しているし、作戦も練った。

ここまで来たら、後はもう出たとこ勝負だ。


ふふ……なんかこう、ちょっとワクワクするぞ。

昔、小さなダンジョンを攻略する時も、こうして入念に準備をして挑んだもんだ。

ただ、結構拍子抜けってのが多かったけどね。

例えて言うなら、ガチガチの登山装備で山に行ったらただのハイキングコースだった……みたいな感じ。

けど、今回はちょいと慎重に慎重を重ねて置いた方が良いだろう。

何しろ未だに直感が『こいつはヤバイです。今日はお家で寝てましょう』と訴えているし、危機察知能力も『ちと拙くね?』とイエローランプが点灯している感じだ。


しかしまぁ……摩耶さんも龍籐坊主も、かなり気合が入ってますなぁ。

目の前に視線を向けると、二人は超真剣な面持ちで飯を食っている。

ってか、気合入り捲り。

少しばかり気負い過ぎってヤツだ。

その点、酒井さんはさすがだ。

泰然自若と言うか、実に物静かでいつも通りな感じである。


その酒井さんが、静かに湯飲みを置きながら、

「さて……準備は良い?」

龍籐に摩耶さん、黒兵衛は頷き、俺は親指を立てる。

「龍籐。妖力は戻った?」

「完璧です。以前の力は取り戻しました」

「摩耶はどう?」

「ばっちりです。魔力も充分です。魂も清めてます。完璧です」

「黒ちゃんは……」

「あ?まぁ、絶好調やで」

「シングは?」


「余裕のよっちゃんは隣のクラスの女の子で御座るよ、にんにん」


「ん、アンタはいつも通りね。それじゃ各自装備を点検して……敵地へ乗り込むわよ」


「OKボス。龍籐坊主曰く超可愛いケモ耳娘ちゃんを数百年ぶりに救出するとしますかねぇ」



要注意変態爺ィこと執事の渋澤が運転手を務めるやたら胴の長い高級車に乗り込み、向かう先は調伏十三流の管理する隠し霊山。

広い車内を見渡すと、摩耶さんが用意した小奇麗な法衣に身を包んだ龍籐が、蒼い顔して項垂れていた。

その額には酒井さん謹製の酔い止めの御札。

古の妖怪も、近代的乗り物には弱いらしい。

ちなみに俺は、もう慣れた。

この間、拷問のように連続でジェットコースターに乗せられたからであろう。

乗り物酔いは既に過去の弱点なのだ。


「目的地まで二時間って所ね」

本日の酒井さんはいつもの着物でなく、白の胴衣に赤袴と言う巫女さんにも似た衣装。

その手には小さな鉄扇が握られていた。

彼女曰く、これが戦闘用の衣装なのだそうだ。

黒兵衛も、いつもとは違い首の周りに何やらモコモコとしたエリザベスカラーのような物を装着していた。

良く見ると幾つかの魔法陣が描かれている。

ちなみに俺は、いつものカジュアルな格好だ。

ただし、剣を二本持っている。

一本は馴染みの芹沢一式・七星剣。

そしてもう一本は、ゲーム機の修理よりも先ず先にと、博士に突貫で造らせた攻撃特化型の剣、芹沢二式・瑠璃洸剣だ。

やや短めの刀身には、切れ味、鋭さと言ったバフをもたらす呪文字が刻まれている。

更には刀身に何かしらの攻撃魔法を付与した場合、その効力を上げる魔法陣を柄尻に彫ってある。

七星剣ほどの万能性は無いが、相手を叩っ切る為だけに重点を置いたセミロングソードだ。


「この間の念宋や慈海のクソ坊主からの情報だと、やっぱり裏で動いていたのは浄徳って坊主らしいわ。龍籐の言った通り、八部衆を率いて何かやってるみたい」

酒井さんは小さく鼻を鳴らす。


八部衆と言うのは、調伏十三流の中でも最強と謳われる超エリート集団って話だ。

体術に傾いている明王隊の脳筋坊主どもとは違い、一流の法術も修めた連中らしい。

そんな連中を纏めている浄徳とやらが、龍籐を使って何をしたいのかは未だ分からないが……

超一流の術士である八部衆と共に、何かしらの罠を仕掛けて待ち構えているのは必定だ。

そんな中へ飛び込んで行くのは、正直無謀ではある。

が、行かなくてはならない。

ならば、と言うことで俺や酒井さんが中心となって練り上げた作戦が、『戦いは数だよ大作戦』だ。


俺はチラリと、車の後方を見やる。

渋澤爺ィの運転する車に連なる、厳つい装甲を施した歩兵戦闘車両の列。

摩耶さんの家に常駐する警備部隊一個中隊、約二百名を乗せた車列だ。

ぶっちゃけ、公道を走らせて良いのか?と首を捻りたくなるような軍用車両である。

もしかして摩耶さんの家は、国家に対して独立戦争でも企んでいるのではなかろうかと、少々疑いたくなってしまう。

そんな連中を近くに伏せて置き、いざと言う場合は突撃させるのだ。

如何な罠だろうが一流の術士達が控えていようが、最終的には数と物理攻撃で解決しようと言う、超現実的な作戦である。

魔法使いである摩耶さんは少々渋い顔していたが……

俺的には有りかなと思う。

数多の冒険者パーティーを退けてきた凶悪なドラゴンでも、千人規模の戦士で取り囲めば、物理のみでも勝てるってなモンだ。

英雄譚には程遠い、夢も希望も無いような話だが……現実はこんなもんである。


「あ~……ところで龍籐坊主」


「は。何でしょうか魔王様」


魔王様って、そんな敬称で呼ばなくてもエエのに……

俺の正体が異界より召喚された魔王と知った時の龍籐は、中々に凄かった。

いきなり『うへへへぇ~』って平伏するんだもん。

酒井さんが、「身分制度の厳しい時代に生まれたからよ」とそっと耳打ちしてくれたけど……

なるほど、そんなモンなのか。

俺なんて、魔王とか言っても家臣には裏切られるわ学校ではパシリ扱いだわ、あまつさえ酒井さんには一日最低3回は殴られるわ……本当に魔王なのか?と自分でも疑問符を付けちゃうそんな残念な男のなのに、いきなり謙った態度を取られると、逆にこっちが畏まっちゃうよ。

何しろ慣れてないし。


「や、大した事じゃないけど、子狐ちゃんを救出したら、その後はどーすんだ?」


「そ、そうですねぇ……娘を連れ、北の方の山奥でひっそり暮らそうかと……」


「へぇ…」

人里離れた場所で隠遁生活ってか?

うぅ~ん……龍籐坊主はそれでエエかも知れんが、年頃なケモ耳娘ちゃんには、ちと辛くないかなぁ……何しろ、超つまらなさそうな生活だし。

俺なんか、ゲームとかテレビが無いと、もはや生活出来ない身体になってしまったぞ。


「あ、それだったら私の家に来ませんか」

と摩耶さん。

キュッと胸元で拳を握りながら、

「他にも保護している妖怪や九十九神もいますし、綾桜ちゃんも馴染めると思います。それに龍籐さんは退魔師としての経験もありますから、私達の活動にも役立ってくれると思いますし……ね?シングさんもそう思うますよね?」


「はにゃ?僕チンですか?そ、そうですねぇ……ま、別にエエんじゃなかろうかと」

チラリと酒井さんに視線を走らせると、彼女は何も言わず平然としていた。

ふむ……

ま、短い間とは言え、同じ釜の飯を食った仲間だ。

娘を助けてそれでお別れってのも、ちょっと寂しい気もする。

それに下っ端が出来るのは、俺的にも色々と都合が良い。

面倒なゲームのレベル上げとか任せる事が出来るし。

ただ……一週間ぐらいしたら、「魔王様、ジュースを買って来て下さい。赤い缶のヤツ」と真顔で言われそうな予感も、ちょっとだけするんじゃが……


「でしたらそれで決まりです」

摩耶さんは満面の笑みを浮かべる。

それに対して龍籐坊主は、「は、はぁ…」とかなり戸惑った様子を見せていた。



高速道路を突っ走り、インターを降りてそこから約一時間……辺りは緑成す木々が生い茂る山の中。

道も険しくなり、擦れ違う車も全く無い。


「この辺が限界かしら」

酒井さんが呟くと同時に、仕切られた運転席側からスピーカーを通して、

「そろそろ着きます」

と渋澤爺ィの声。

それと同時に車はゆっくりと音も無く止まった。


んじゃ、行きますかぁ……

扉がスライドしながら開くと、少し冷たい風が車内に流れ込んで来た。

敵が術者だけなら、まぁ……何とかなる。

ただ万が一、幽霊とかの類が出たら……正直、どうなるか分からん。

何しろ反射的に身体がビビっちまうし……

我ながら情けないと思うが、こればっかりは仕方が無いのだ。


「行くわよ」

酒井さんが摩耶さんの肩へと飛び乗り、そのまま車外へ。

黒兵衛もその後に続き、そして龍籐。

最後に俺も大地へ降り立つ。

そして二本の剣を腰に結わい付け……おおぅ、気分はすっかり冒険者……と言うか素浪人だ。


と、摩耶さんが爺さんに向かって、

「では渋沢さん。後の事は任せます」

「は。お気を付け下さい、お嬢様」

深々とお辞儀する渋澤に後続の警備隊の事は任せ、取り敢えずは道形に進む。

そして爺ィの姿が見えなくなった所で、摩耶さんの肩に腰掛けている酒井さんが此方を振り向き、

「どう龍籐?この道で良いの?」

一児のパパである龍籐坊主は大きく頷いた。

「この道で。数百年の間に些か変わりましたが……ここを進むと、小さな洞窟がある筈です。そこを抜け、更に進めばかつての隠れ里が……」

「宜しい。ではこのまま進みましょう。黒ちゃん」

「分かってるで」

索敵能力に優れた黒兵衛が軽い足取りで先頭へと踊り出る。

真っ直ぐに立っている尻尾がゆらゆらと左右に揺れていた。

そしてその後を摩耶さんと龍籐が続き、最後尾は俺だ。

って、いつも僕チンが一番後ろなんだよなぁ……ちょっと怖いで御座る。

後ろからいきなり足音とか聞こえたら、僕ちゃんダッシュしちゃうよ。


さてさて……ふむ、動体反応は無し。

敵の気配も感知出来ずと。

ただし、危険察知スキルは『要注意』警報と……

スキルのレベルがそんなに高くないから、具体的な危険までは分からんけど……まぁ、注意しろって事だな。

本当に危険なら、『撤退』警報が出るからね。


「お……何だか緑が濃くなって来ましたねぇ」

木々の数がかなり多くなり、陽の光を遮っている所為か辺りはちょいと薄暗い。

道も何時しか獣道へと変わっていた。


「人の手が入ってないみたいね」

そう酒井さんが呟くと、先頭を歩く黒兵衛がチラリと振り返りながら、

「そこに洞窟みたいなモンがあるで。シダで覆われてあんま分からんけど……あれちゃうか?」

「あれです」

龍籐が頷いた。


ぬぅ……

洞窟って言うより、洞穴じゃん。

熊でも住んでそうだぞ。

ま、この人間世界の熊ならパンチ一発で何とかなるけどね。

ちなみに俺の世界の熊は、初心者パーティーの最初の試練のようなものだ。

何しろ小型の部類でも3メートル近くはあるし、何かしらの特殊アビリティを備えているからね。

俺が初めて遭遇した熊なんか、いきなり火を噴いたもん。

あの時は、本当に死ぬかと思ったなぁ……ま、軽やかに逃げたんだがね。


「シング」

酒井さんが洞窟を指差す。


「はいはいはいっと」

俺は芹沢二式・瑠璃洸剣を引き抜き、入り口を覆っている植物を華麗に切り刻んで行く。

龍籐は感慨に浸っているのか、変わってないなぁ……と何度も呟いていた。


「この入り口の所に、昔は結界が張ってあり、人の侵入を防いでいたのですよ。とは言え、かなり簡易的な結界でして、時折麓の猟師などが迷い込んだりもしましたが……」

「へぇ…」

酒井さんと摩耶さんが中を覗き込む。

洞窟と言うか洞穴の高さは俺の背丈にも満たない。

一メートル半あるかどうかと言うかなりの低さだ。

それに幅も狭い。

閉所恐怖症なら泣き叫ぶこと間違い無しの空間だ。

もちろん、中は当然ながら真っ暗である。


思っていたのと、全然違うなぁ……

ここを入るのは、ちと勇気がいるぞ。

そんな事を思いながらチラリと摩耶さんを見ると、彼女は少しだけ眉を顰めながら、

「む、虫とかいそうですね。蜘蛛とか百足とか……」

「ん?いるんじゃない」

と酒井さん。

「湿気も多いし、便所コオロギもいそうね」

摩耶さんは超渋い顔になった。

ってか、既に黒兵衛が何か捕まえて喰ってるし……


ま、俺は普通の虫は平気だけどねぇ……蟲系魔族は苦手だけど。


「じゃあ龍籐。先頭を頼むわ」

「承知」

龍籐坊主は腰を屈め、明かり代わりか自分の身に仄かに炎を纏いつつ穴の中へと入って行く。

ちなみに身体から炎を出していても衣服は燃えていない。

妖怪って本当に摩訶不思議だ。


「さてさて……」

中腰で最後尾を進む僕チン。

暗視スキルがあるから暗闇でも大丈夫だが……うん、かなり空気が淀んでいるな。

地面も湿気で少しぬかるんでいる。

「龍籐坊主。どのぐらいでここを抜けれるんだ?」

一時間ぐらいです、とか言われたら、少々気が滅入るぞ。

摩耶さんなんかは発狂するかも知れん。


「は。どうでしょうか……そんなに長くは……あ、もう出口が見えて来ました」


「おろ?超早いなぁ……また数分だぞ。ま、何にしろ良かった。屈んでるから腰も痛いし」

龍籐の進む方に目を細めると、微かに明かりが……おおぅ、新鮮な空気が風で運ばれて来たぞ。

しかも魔力の濃度が……若干ではあるが、濃いぞ。


「奇妙な感じね」

と酒井さん。

「ほんの数分歩いただけなのに、物凄く超距離を進んだような……」

「その通りです、酒井殿」

龍籐はそう言って、出口付近に茂っている葉を引き千切って行く。

「どうやらまだ洞窟内部には結界の効力は残っているようで……実際、我等は山を二つほど越え申した」

「そうなの?空間を飛び越えたってこと?」

酒井さんは感心したような声を上げる。


ふむ……

転移って感じはしなかったし……次元跳躍系の魔法でも掛けてあるのかな?

「あ、でも大丈夫ッスか?」


「ん?何がよシング?」


「いや、ここを通って山を幾つかショートカットしたって事でしょ?後続の伏兵部隊と距離が開き過ぎたような……そもそもこの洞窟の入り口が分からんと、拙いんじゃないんですか?」


「大丈夫よ。ここを通らなくても、山の二つ三つ短時間で駆け抜けて来るわよ。毎日その為に鍛えてるんですもの。レンジャー部隊出身者や傭兵上がりも多いしね。それに摩耶がGPSを持ってるし、見失う事は無いわ。追っ付け、所定の位置でスタンバイする筈よ」


「なるほど」

確かに俺の世界でも、動物系アビリティを備えている奴や戦士系スキルで固めた脳筋は小さな山なら簡単に走破したからなぁ……

逆にそっち系のスキルが無い魔法職なんかは、いつもヒーヒー言ってたけど。


「ここから少し進んだ所が、かつて物の怪達が幸せに暮らしていた里です」

龍籐は辺り見渡し、目を細める。

「さ、参りましょう」

そして逸る気持ちを抑え切れないのか、いきなり早足で進んで行く。


ふむ……この辺りは盆地になってるのか。

四方は連なった山々に囲まれている。

「ってか、本当に未開のジャングルって感じですなぁ」

龍籐の後を追いながら、俺は呟く。


「そうね。ここ数百年、誰も足を踏み入れてないって感じね」

酒井さんも辺りを見渡しながらそう言った。

ちなみに摩耶さんは、いつもの魔女衣装と言う格好のせいか、道無き道を進むのに少々悪戦苦闘していた。

「しかもかなり霊気に満ち溢れているし……地脈が繋がっているのかも。妖達がここを里に選んだのも理解できるわ」


「地脈って何です?」


「シングにも分かるように言えば……魔力が流れ込む道みたいなものよ」


「へぇ……と、急に開けましたぞ」

少し進むと、唐突に森は終わり、そこはちょっとした平原になっていた。

その中央に、お堂……と言うのか?辺りの景色にそぐわない何やら掘っ立て小屋のような建築物が、どこか場違いな感じで建っていた。

それなりに巨大な建物ではあるが、かなり朽ち果てている。

金剛霊穴堂、と掠れた文字で書かれた看板も見える。


「ふむ……何か妙な感じの建物ですね。外国映画とかに出てくる、農場の……あの干し草とか置いておく建物って感じ?なんか、この国の建物にしては少々珍しい形かなと」


「そうね。建築様式がちょっと……建物って言うより、何か大きな箱って感じがするし。龍籐、これは何なの?」


「わ、分かりませぬ」

建物を前に困惑の色を浮かべる。

「この辺りに石に姿を変えた綾桜が……多分、十六夜の連中が建てたのでしょう」

そう言って龍籐坊主は、建物の周りを慎重に歩き回る。

そして一周すると、正面にある観音開きの扉に手を掛け、それをゆっくりと開けて行った。

扉の開閉に併せ、ギシギシと建物全体が軋む。

今にも崩れ落ちそうだ。


どれどれ……ふむ、中は思ったよりも明るいな。

ま、壁やら天井にいっぱい穴が開いてるし……

「って、建物じゃないのか。酒井さんが言った通り、箱って感じだよ」

そこに床などは無かった。

大地の上に直接木で壁を作り、そして天井を貼り付けた。ただそれだけの簡素な建築物だ。


「あ、綾桜……」


ん?んん?あれは……なんだ?

中央に、大きな岩が聳え立っていた。

表面がツルリと黒光りした、何とも奇妙な巨石だ。

「おい、龍籐坊主。もしかして……」


「そうです。あれが綾桜です」

龍籐が中へ入ろうとするが、いきなり顔を顰め、くぐもった声を上げる。

摩耶さんも眉間に皺を寄せ、酒井さんも難しい顔で、

「物凄い霊圧だわ。このまま建物の中へ入るのは難しいわね」


「そうなんで?」

俺は何も感じないぞ。


「……なるほど。だからこんな不思議な建物なのね。あの石に姿を変えた綾桜からの圧がギリギリ届くか届かないかの所に壁を作って囲ったと」


「なるほどねぇ」

俺は呟き、建物の中に入る。

そしてそのまま何気に進み、巨石の前へ。

その表面をペチペチと叩きながら、

「うぅ~ん……予想外。お袋さんに石にされたって聞いたから、何かこう……彫像みたいな感じになっているのかなと思ったら、ガチの石じゃん。や、石って言うか岩だけど……」

高さも幅も俺の倍以上はあるぞ。


「ま、魔王様は何とも無いので?」


「無いよ。至って普通」


「お、おおぅ……さすがです」

「シングは異界の者だから、この世界の理が通じないのかも。龍籐、どうすれば良いの?」

酒井さんがそう尋ねると、龍籐坊主は懐から例の術書を取り出した。

そしてそれを慎重に広げ、何やら奇妙な旋律に乗せて呪文を詠唱。


「あ、霊圧が消えたわ」

「我等が敵ではないと認識させました」

額に汗を浮かび上がらせながら龍籐が言った。

少し疲れた顔をしている。

どうやらあの短い詠唱だけで、それなりに力を使ったようだ。


しかし……ふ~む……何だろう?

この岩……言葉じゃ言い表せないけど、何かこう……奇妙な違和感を感じるな。


「これが綾桜が姿を変えたものね。なるほど……話で聞く殺生石とはかなり違うのね。それで龍籐……」

「今よりこの術書を用い、綾桜を元の姿に戻します」

龍籐坊主は唇を真一文字に結び、フンッと気合を入れた。

「OK。それは任せるわ。黒ちゃん」

「敵の気配は無しや」

「罠もありませんね」

と摩耶さん。


「……」

これまた妙だな。

待ち構えていると思ったけど、罠も無ければ何も仕掛けて来ないとは。

しかし俺の危険察知スキルは依然として注意警報発令中だし……

ふむ、どこかで機を窺っているのかな?


「では、始めます」

龍籐坊主は朽ち掛けた術書を慎重に開き、静かに詠唱を開始。


むぅ……

本当はもっと慎重に、色々と調べたいが……まぁ、娘を前にして待てと言うのも酷な話か。

取り敢えず、いつでも戦闘に突入出来るように、スキルとアビリティは準備しておきましょうかねぇ。








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