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男の独白


 今日の朝食はパンだ。

スープとサラダと卵とベーコンと言うシンプル且つベストなラインナップ。

「うぅ~ん、美味ちぃ」

朝からモリモリと食べるのが一日の活力の源なのだ。

「何度も言うけど、本当にこの世界の飯は美味ぇなぁ。俺の世界のパンなんて、武器になるぐらい硬くてパサパサしてるんだぜ。ま、その分日持ちはするけどな。10年ぐらいは保存出来るかも知れん」


「や、他にあるやろが……」

皿に注がれたミルクを嘗めている黒兵衛が、俺を上目で見やる。


「そりゃまぁ、パンでも種類とかは色々とあるよ。けどさぁ、どれも美味しくはないんだよ。思うに……やっぱ色んな種族が居るからだと思うんだな。この人間世界は人間の味の好みで統一されてるじゃん。国によって多少の違いはあるけど、基本は同じなわけじゃん。けど俺の世界だと様々な種族が居て、その種族毎に味の好みがあってさぁ……例えばこのパンのように、どの種族もそれなりに食えるような物を作ろうとすると、結局は食えるけどそんなに美味しくない物が多くなっちゃうんだよねぇ」


「自分、味覚は人間に近いんやな。せやけど色んな種族が居るんなら、料理もバラエティに富んでるんやないか?中には美味いモンもあるやろうが」


「確かに料理の種類は多岐に渡ると言うか無茶苦茶に多いけど、殆どは食えないと思うぞ。だって腐肉味が好みって種族も居るんだぜ?蟲系の種族に到っては、それこそ排泄物的な味が好みと言うか、中にはそれそのモノに集る残念な種族も居たりして……」

とか何とか言ってると、酒井さんが眉を顰め、

「食事中に汚い話はしないの」


「うひょ、すんません」


「全く……って、どうしたの火前坊?食べないの?」

「あ…いや……その……」

食卓の一角に、目覚めたファイヤー僧侶が座っていた。

テーブルに並んだ朝食を前に、少し戸惑った顔している。

もしかしてパンが苦手なのかな?


「食事を摂らないと妖力が戻らないわよ」


「そうだぞファイヤー坊主。モリモリ食ってそして寝る。傷を治すにはこれが一番。ま、俺は怪我していなくてもそうしているけどな」


「シングは少し自堕落なのよ」

酒井さんは鼻を鳴らし、そして珈琲を啜りながら、

「ともかく、食べなさい。話は後で聞くから」

「……は。かたじけない」


「おいファイヤー坊主。パンに何か塗らないのか?俺的にお勧めはピーナッツバターかチョコバターだぞ」


「お黙りシング。アンタの味覚は子供的で大ざっぱなのよ」


「え~……そう言う酒井さんだって、バターの上に小倉餡とか乗っけっているじゃんかよぅ。考えられないよぅ」


「これが通の食べ方よ」

酒井さんはフンと何故か大きく胸を張るが、いやいやそれはどうなんだろう。

零れそうで食べ難いじゃんか。胸焼けもしそうだし。

ちなみに摩耶さんは、たっぷりのメープルシロップを塗っていた。

黒兵衛はシンプルにバターのみ。

……

黒兵衛が一番マトモそうな感じではあるが……朝からトーストを齧る猫ってのも、何だか少し怖い気がするぞ。



食後、まったりと珈琲を啜っていると、先ずは酒井さんが切り出した。

「さて、色々と話を聞かせてもらうわよ、火前坊。先ずはアンタの正体。その目的と調伏十三流との関係等々……」


「おおぅ、まるで警察とやらの取調べみたいだ。ドラマで見たぞよ」


「お黙りシング」


「へーい」

俺は軽く肩を竦め、珈琲を啜りながら目の前に座る火前坊を見やる。

栄養失調の子供のように痩せこけている火達磨坊主は、かなり困惑した顔をしていたが、意を決したかのように真剣な眼差しで頷くと、

「そ、某は龍籐と申すでおじゃる」


「ふはッ!?」

ツボに入った。

思わず鼻から珈琲を噴出してしまう。

物凄く熱いし痛いし……

って、そんな真面目な顔で、いきなり『おじゃる』って……コイツ、中々やるな。

ちなみに摩耶さんと酒井さんは何とか耐えていたが、黒兵衛は噎せ返っていた。


「あ、すす、すみません。その……何と申すか、永き時に渡り封印され、目覚めたり眠ったりを繰り返していたので、少々言葉遣いが……その……時代時代で言葉も変わり、知らず知らずの内に妙な言葉遣いになってしまったのでござ候」

「そ、そうなの?ま、別に気にしなくて良いわよ」

と酒井さん。

「ウチにも妙な言葉を覚えた馬鹿がいるし」


「もしかして、それはあっしの事で?でゅふふふ」


「お黙りシング。それで龍籐とか言ったわね。それって、法名か何かなの?」

「さよう。十六夜衆の中で呼ばれていた名前で御座います。俗名は藤谷八五郎義郷と申しまする」

ファイヤープリーストはそう言って、珈琲を啜り、物凄く苦い顔をした。

「十六夜衆?それってなに?」

「あ、現世では調伏十三流と名を改めておりますが……」

「あんたの時代ではそう呼ばれていたのね。で、龍籐は何時の生まれなのよ」

「嘉禎3年でおじゃ…いや、嘉禎3年です」

「嘉禎3年……」

酒井さんが首を傾げる。

すると摩耶さんがスマホを取り出し、何やらポチり出すが、それよりも少し早く酒井さんが、 

「確か……1230年代って所ね。鎌倉幕府の時代だったかしら?」

「然り。泰時様の時代に生まれ申した」

「今から800年近く前ね。で、龍籐……あんた十六夜衆の中で呼ばれていたって言ってたけど、それって……」

「は。お察しの通り、某、元は十六夜衆の退魔師で御座いました」

「……なるほど」

酒井さんは腕を組み、小さな声で唸った。

と、食後の毛繕いに夢中だった黒兵衛が顔を上げ、

「なんや。自分、身内に封印されとったんかいな」

「そう言うことになりもう…なりますな」

「その辺の理由を話して頂戴よ。それとアンタの目的も」

「我々……いや、当時の私はとある密命を帯び、山間にある隠れ里……小さな集落を監視しておりました」

「集落?」

「はい。あやかし……物の怪達の集落で御座る。そこには様々な物の怪が住んでおりました」

「物の怪の?ふ~ん…」

酒井さんが小難しい顔で、緑茶に口を付ける。

「物の怪の類が一箇所に集まり集団生活ねぇ……中々に興味深い事例ね。多種多様な妖が共同体を作り営む。……恐らくだけど、異界より流れて来た者達やその子孫が自然と集まって出来た村のようなものじゃないかしら」


……なるほど。

その線はあるな。

俺ももし摩耶さん達と出会わなかったら、間違いなくこの見知らぬ人間世界で途方に暮れていただろう。

その時、偶然にも同世界から来た者達と出会ったら、例え相手が凶暴なヤツでも取り敢えず一緒に居るだろうな。

心細いし。


「で、龍籐はそれを観察していたと……その密命ってなに?退魔師なら有無を言わさず調伏するのが常套手段じゃないの?」

「調伏と言うより、当時の退魔師の主な仕事は、物の怪を捕らえ、その胆を奪う事で御座った」


胆?いや、肝?ん?肝って身体の中の?THEレバーってやつ?

何で奪うの?

美味しいのか?

……

いや、確かに牛の肝とかは美味いけどさぁ……

この間夕飯で食べた焼肉、超美味かったなぁ。


「肝……なるほど。生き胆信仰ね」


「はにゃ?何ですかそれ?」

レバーを祀るのか?生臭そうな儀式だなぁ。


「大昔から伝わる迷信よ。人魚とか妖弧とか、その胆を食えば不老不死になるって言うね。もちろん、妖怪連中の方にもその信仰はあったわ。徳の高い坊主の胆を食えば強力な力を得る事が出来るって言うね。三蔵法師が妖怪に狙われたのも、この信仰の所為よ。あと錬胆術で使う霊薬の材料にもなるわね」


「へぇ……実際そうなのか、ファイヤー入道?」


「如何にも、異国の人よ。物の怪の胆を奪い、それを帝や内裏の方々、更には鎌倉府への献上品として……某はその為の準備として、その集落を監視しておったのです。ですがある日、突然命令が変わり申して……」

火前坊改め龍籐の顔に深い皺が寄る。

酒井さんは軽く小首を傾げ、

「変わった?」

「は。我等の上位組織、八部衆を束ねる浄徳とやらが某に直接……」

「ちょっと待って。浄徳って……今の調伏十三流にもいたわね。念宋坊主から得た情報だと、何やら裏でコソコソ動いているみたいだけど……同じ名前なのは偶然なのかしら?」

「確か浄徳と言う名は、代々八部衆を纏める者が名乗る名だと聞いた覚えが……」

「あらそうなの?ふ~ん……で、どんな命令だったのよ」

「……某がその集落に入り込み、そこに住む物の怪の信頼を得た後、そこで年頃の娘を娶り子を成せと……」

「はぁ?何それ?」

酒井さんが珍しく素っ頓狂な声を上げた。


ほほぅ、子を成せって……ん?妖怪にも子が出来るのか?

ま、確かに俺の世界から流れて来た者なら、種族が違っても子供は出来るだろうけど……

ただ、妖怪にも色々種類がいるって話だし、全部は……出来ないだろう。

実体が不確かな妖怪もいるし、目だけの妖怪とか無機物に魂の宿った妖怪もいるしな。

唐笠お化けの子供って想像出来んし。

その辺が、ちょっと分からなくて怖いんだよなぁ。

……

もちろん、酒井さんにも出来ないだろう。

出来たら俺は間違い無く寝込むぞ。


「某も最初は耳を疑いましたが……十六夜衆の為の実験台になれと言われ申した。法力を持つ坊主と妖力を持つ物の怪の間に成した子ならば、かの土御門が祖、安倍晴明をも凌ぐ術者になるであろうと。そしてもし、それが成功すれば集落に住まう物の怪の内、年頃の女は全て捕らえろと……そしてその他は全て滅せよと……」

「……それって、まさか妖怪の女子を攫って無理矢理に子供を生ませるってこと?反吐が出る話ね」

酒井さんが吐き捨てるようにそう言うと、摩耶さんも大きく頷いた。

俺もだ。

そんなの、まるでエロ同人誌の設定ではないか。

……

少しドキドキだ。


「それでアンタは、その集落に紛れ込んだの?」

「……は。それが命令でしたし、当時、我等十六夜衆は……その……凋落と言うか没落と言うか……正直、かなり瀬戸際な感じであったのです」

「あら?そうなの?」

「あの頃は、浄土系の新興宗派が幅を利かせておりまして……我等の教義は古臭く、民はおろか武門の方々にも我等を疎んじる者が多く……」

「鎌倉仏教が勃興している時代ね。なるほどねぇ……つまり強い術者を生み出し、自分達の隆盛を取り戻そうと……浅はかと言うか、実に下らないわ。そもそも物の怪を何だと思っているのかしら」

「然り。某も長期に渡り集落を監視しておりましたし……実際そこに住んでみると、妖の者達は見た目とは裏腹に殆どの者が温厚であり……」

「で、アンタは誰かと結婚したの?」

「……は」

ファイヤー入道は唇をキュッと結んで頷くと、眉間に深い皺を刻みながら、

「我が妻は、八尾梅……見目麗しき、妖弧の一族の娘で御座った」

「妖弧?九尾の血族なの?」

「血族かどうかは……我が妻は二尾の狐で御座いました」


ほほぅ、尻尾が二本の狐ちゃんかぁ……きっとフカフカのモフモフだったのだろう。

俺は軽く自分の顎を撫でながら、黒兵衛の耳元で囁く。

「おい、この坊主……中々にマニアックな趣味じゃね?正直、ちょっと羨ましいぞ」


「またお前は……取り敢えず黙って聞いてろや」


「二尾の狐ねぇ……まだ若い妖怪ね。妖弧は基本、転生系の妖怪だしね。転生を繰り返す度に尻尾の数が増えると聞いたし……それで子供は?」

酒井さんがそう尋ねると、ケモ耳大好き系坊主はテーブルの上で拳をギュッと強く握り締め、

「綾桜……そ、某は娘を助けに行かねばなりません!!」


うぉう!?いきなり身体から火が……

頭の先っちょからも炎が立ってやがる。

……

妙な造詣の蝋燭みたいだ。


「お、落ち着きなさい」

「は!?こ、これは……申し訳ない」

身体から吹き出した炎が消え、龍籐坊主は深々と頭を下げた。


「まぁ良いわ。しかし娘さんが居たのね」

「……はい。名は綾桜。親の贔屓目と言えばそれまでですが、これが実にたおかやか乙女でありまして……」

「ふふ、それは良かったわね。でも、今妙な事を言ったわよね。娘を助けるって……どう言う意味?」


確かに、そりゃそうだ。

このケモ娘大好き坊主は確か800年近く封じられていたんだろ?

仮に娘が生きてるとしても……って、妖怪とやらってそこまで長生きなのか?


「む、娘……綾桜は、石になっており申す」

「石?」

酒井さんの顔が厳しく歪んだ。

「それって殺生石のような物なの?」

「近いものです。近付く者は死にまする。ただ……伝承に語られる殺生石とは違い、綾桜は……その身を守る為、八尾梅の手により石になっております」

「どう言う事?八尾梅って母親よね?……何か複雑な理由がありそうね」

「某も……実の所、詳しい経緯は分からんのです。無念ですが」

娘大好き火炎坊主の拳がブルブルと震えた。

「娘が生まれたと言う事は上の方に報告しました。黙っていても、どうせ直ぐに分かる事ですから。ただ、思ったほど能力は無かったと。むしろ妖力も法力も低くなったと。実験とやらは失敗であったと……そのように報告しました。その所為でしょうか、それ以降は特に何の連絡も無く、また里を監視する者も現れず……十数年近く、ただただ穏やかに時は過ぎて行き申した。十六夜の方で何か変事でも起こったか、単に実験が失敗し、某にもこの里にも利用価値が無くなったので放置したのか……そのように思っておりました。だが、奴等はある日突然現れ、集落を襲ったのです。何の前触れも無く、いきなり里を襲ったのです。しかも襲って来たのは、十六夜の中でも最精鋭の八部衆。里に住まう妖達は老若男女問わず、打ち滅ぼされていきました」


お、おやおや、そりゃまぁ……


「え?それって最初の計画とは違うわよね?確か若い娘は生け捕りにするんじゃなかったの?」

「奴等の狙いは、我が娘……綾桜でした。八部の者が呟いているのを聞きました。何故、我が娘を狙うのかは分かりませぬ。我が娘が育つのを待っていたのか、はたまた何か新しい利用方法を見つけたのか……何にせよ、邪な企みがあっての事でしょう。もちろん某は、妻と娘を逃がす為に全力で戦いました。が……相手は最強の八部。某は簡単に打ち据えられ……最期に見た光景は、八尾梅が彼女の家に代々伝わる術書を用い、綾桜に術を掛けている所でした。そこで某の意識は暗き所へ沈み……次に目を開けた時、某は火を操る妖になっており申した。おそらく、退魔師であった頃は火焔術を得意としていたからでしょう」

「……なるほどね。多分、長い間妖怪と過ごしていたので、何時の間にか妖力が身に染みていたのね」

「恐らくは。そして蘇った某がそこで見た光景は……何体かの八部の者共の死骸の上に折り重なるようにして倒れている八尾梅と、大きな石に姿を変えた綾桜でした。そこから先は、少し記憶が曖昧でして……怒りに我を忘れていたのでしょう。某は憤怒の炎を身に纏い、京ヘ向かって山間を駆け抜けました。途中、十六夜の末寺や霊山を襲いつつ、進みました。が、しかし……」

「負けちゃったのね」

「負けたと言うか、激闘の末、封印され申した。相手は八部を束ねる浄徳。ヤツはあろう事か、八尾桜が持っていた術書の力を用いて、某を封印したのです。恐らくは滅するつもりだったのでしょうが、あの書を使うには大きな妖力が必要だと八尾梅から聞いた事があります。人の身では扱う事はおろか読む事も不可能だと。八部の長である浄徳でも、某を滅する程の力は引き出せなかったのでしょう。……某を封印しただけでも驚きでしたが。それから永き時が過ぎ……」

「今に至るのね」

酒井さんはそう言って、腕を組んで深く大きな溜息を吐いた。

「それで、これからどうするのよ?」

「もちろん、娘を救いに行き申す。貴方方のお陰で八尾梅の書を奪い返す事が出来ました。これさえあれば綾桜を元の姿に……」

「罠よ。分かってるでしょ?」

「もちろん。だが、それでも某は行かなくては。全ては……某が悪いのです。あの時……十六夜の者どもから連絡が途切れた時、里から逃げていれば……いや、綾桜が生まれると同時に二人を連れ出していれば……」

「……過ぎた事を悔やんでも仕方が無いわよ。さて……それで摩耶、私達はどうしたら良いと思う?」

「私達も行きましょう!!」

どちらかと言うと、いつもはちょっとおっとりな感じの摩耶さんが、珍しく真剣な面持ちで語気を荒げながら言った。

眉を吊り上げ、顔も微かに紅潮している。

かなり興奮しているようだ。


「龍籐さんを助けます!!そして綾桜さんを元の姿に戻します!!」

「……そうね。黒ちゃんは?」

「あ?ワテは摩耶姉ちゃんの使い魔やで?姉ちゃんが行くんなら、ワテも行くしかないやろ」

「ま、そうね。けど摩耶……この龍籐を助けるってのは、何を意味するか分かってる?」

「は、はい。分かってます。ですが例え相手が調伏十三流とは言え、このまま見過ごす事は出来ません!!」

「はいはい。少し落ち着きなさい。それで……シングはどう?」

酒井さんは、ジッと俺を見つめてきた。

軽く目を細め、どこか試すような意味深な表情。


ん~……なるほど。そう言うことですかい。

やれやれですね。

「はにゃ?僕チンですか?うぅ~ん……心情的にはこの娘ラブ坊主を助けてやるのも吝かではないですが……正直、メリットは?って、う~わ~……摩耶さん、そんなビックリしたような顔で僕を見ないで下ちぃ」

そりゃ俺だって、この妖怪坊主を助けてやっても良いかなぁ……って思いますよ。

最近ヒマを持て余しているし、個人的にあの連中に恨みもあるしね。

ただ……酒井さんが無言で、反対意見を述べなさいって感じの圧力を掛けてくるし……俺自身、少し思う所がありましてねぇ……


「ま、シングの言う事も一理あるわね。私も心情的には龍籐に手を貸してもいいと思うけど、調伏十三流を敵に回した時のデメリットを考えると……」

「そんなの関係ありません!!龍籐さんが可哀相です。私達も力を貸すべきです!!」

「……ま、そうね。沙紅耶でもきっと同じような事を言うと思うし……でも、覚悟は良い?調伏十三流は面倒な奴等よ?今後、此方に色々とちょっかいを出してくる可能性もあるわよ」

「構いません」

摩耶さんはキュッと唇を真一文字に結んだ。


うぅ~ん、気負ってますなぁ……


「宜しい。摩耶が決めたのならそれで良いわ。そう言うことよ、龍籐。私達がアンタに力を貸してあげるわ」

「か、忝い。誠に……誠に忝い。正直、自分一人の力では……と思うておりまして」

娘恋しや火達磨坊主、はらはらと落涙中。

ちと気味が悪い。


「シングもそれで良いわね?」


「ふへ?あ~……OKです。ただし、十日間ほど待って下さい」


「十日?何でよ?」


「明後日、新作ゲームが出るんでごわす」


「……」

「シングさん!!」


「うぉう!?」


「こんな時に冗談は止めて下さい!!善は急げって言います!!直ぐに助けに行くべきです!!」


「お、落ち着きなせぇ摩耶さん。別に冗談じゃないんだけど……黒兵衛。こんな時俺はどう説得すれば良いんだ?」


「あ?あ~……摩耶姉ちゃん。急いては事を仕損じるとも言うで」


「と言う事です摩耶さん。急いては何とかです。親馬鹿入道もそれで良いな?今まで何百年も待ったんだ。後十日ぐらい待つのは余裕だろ?それにさっき自分で言ったじゃないか。嫁さんの残した謎の書を使うには大きな妖力が必要だって。今のお前じゃ無理だろ?」


「そ、それは……確かに」


「な?そうだろ?なら十日程みっちり休んで、妖力を回復させた方が良いと思うぞ」


「……シングの言う事はもっともね」

そう言って酒井さんはパンと手を打ち鳴らし、

「じゃ、それで決まりと。龍籐はゆっくり休んで体力と妖力を回復させなさい。摩耶は普段通り生活しつつ、精神を清めておくこと。シングは……」


「ゲームでリフレュシュするでごわす」


「……それで良いわ。私もお清めしつつ、少し探りを入れてみるわ。近い内に慈海が来ると思うしね」



俺はヤレヤレと溜息を吐きながら、空になったカップに少し冷めた珈琲を注ぐ。

食堂に残っているのは酒井さんと黒兵衛だけだ。

摩耶さんは龍籐を空いている部屋へと案内している。


「で、シング……なんで十日なの?」

酒井さんがお茶を飲みつつ、何処か不敵な笑みで尋ねてくる。


「ふにゃ?や、十日もあればある程度はゲームを進める事が出来るかな~と。期待の新作ゲームだし……」


「なるほど。で、冗談はともかく本当の所はどうなのよ?」


「や、冗談では……」


「アンタのゲーム機、壊れてるじゃないの」


「……そうでしたね」


「……で?」

酒井さんの目が微かに細まった。

まるで俺の心を見透かしているかのようだ。


いやはや、酒井さんは本当に鋭いねぇ……

「ん~……ま、そのぐらいあれば、準備が整うかな~と」


「つまり、アンタは危険と判断したって事ね」


「まぁ……そう言うことです」

俺は黒兵衛に視線を向け、軽く肩を竦めて見せた。

「俺の直感能力……スキルじゃなくて持って生まれたアビリティって言うのかな?それがね、ずっと囁いてるんですよ。厄介な展開になるから気を付けろよぅ……誰か死ぬ可能性もあるでよって。だから十日なんですよ。本当は一ヶ月ぐらい間を空けたかったんですが、そこまでは摩耶さんもあのマニアック坊主も待てないかなと。ま、十日もあれば入念に準備も出来るでしょうし、俺自身もある程度は鍛え直してステータスやスキルの底上げが出来るかなと」


「なるほどね。シングの直感インチュイションなら信用できるわね。実際私も、龍籐の話だけじゃ不可解な所も多かったし……調伏十三流の企みも気になるしね」


「まぁ、あの妖怪坊主は信用できますが、全てを知ってるわけじゃなさそうだし……何かまだ裏があると見るべきでしょうな」


「そう言うこと。でもシングには感謝しているわ。アンタが最初から乗り気で直ぐ行きましょうとか言ったら、摩耶はそのまま全力ダッシュで屋敷を飛び出していたわ」


「ははは……」


「ま、これからもあのには色々と経験を積んで貰わないと。それがどんな辛い経験でもね」











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