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さらば!!1TBHDD


 「……分からん。分からんのぅ」


「あ?なんやいきなり?」

すぐ傍で寝そべっていた黒猫の黒兵衛が、眠そうな目を開けながら俺を見やる。


「や、今この世界の娯楽に関して真剣に考察している所なんだが……」


「つまり呑気にゴロゴロしながらゲームしているだけやな。で、どないしたんや?」


「この勇者とやらの存在がサッパリ分からん」


「あ?のっけからワケの分からん事を……」

黒兵衛大きく背を伸ばし、ゆっくりと近付いて来る。

そして画面を見つめ、

「一昔前のRPGかいな。まぁ、勇者ってのは、この国特有の存在みたいな所があるさかいな。他の国では既に絶滅的な設定や。英雄信仰とか……昔からこの国はヒロイックファンタジーが好きやからな。で、何が分からんのや?」


「存在その物が分からん。そもそも俺の世界には勇者なんて存在すらしなかったしな」


「魔王がおるのに勇者がおらんのか」


「人間種がいない世界だからな。ってか魔王って言っても僕チン普通の王だぞ?俺から見れば、勇者なんてただの過激なテロリストだ」


「世界を救う為やろ」


「そんなの人間の都合じゃないか。魔物が攻めて来ようが、それも自然淘汰の一つじゃね?」


「面倒臭いやっちゃな、自分。ゲームはゲームや。ただの娯楽や。現実と混同したらアカンで」


「分かってはいるが、どうもな。そもそもコイツ馬鹿なの?人間の王に、魔王を倒して来い、とか言われて端金とチンケな武器だけ貰ってそのまま旅に出るんだぜ?俺だったら国家予算並の報酬と最強の武器を最初に要求するぞ」


「だからリアルを持ち込むなや。ゲームやって言うてるやろが……って、何や自分。文句ばかり言うてる割には、もうすぐカンストやないけ」


「やり込み派なのですよ、僕チン」


「ホンマにお前は……と、そう言えば昨日はどないやった?」

黒兵衛はどこか気だるそうに、俺の膝の上に乗って来た。

そして背中を撫でろと言わんばかりに身体を揺らす。

「昨日、摩耶姉ちゃんと一緒に遊園地へ行ったやろ。どやった?遊園地デビューは上手く言ったか?」


「何を持って上手いと言うかは分からんが、凄く愉しかったぞ。見る物全てが新鮮でさぁ」

特にジェットコースターなる物は凄かった。

あの速度やクルクル回る所は、魔法でも中々に味わえない。

ただ連続で乗っていたら少々気持ち悪くなってしまったが……

「たださ、僕チンは愉しかったけど、なんちゅうか……その場の空気が少しギスギスしてたって言うか……何かこう、妙に重かったりしたんだよなぁ。僕ちゃん、場の雰囲気とかは読める方だからさ、何となくそう言うのは察知できるんだよ」


「そら初耳やで」


「夢見でも悪かったのかな?摩耶さんも酒井さんも、いつも通りに見えたんだけどねぇ……なんか空気が重いんだよ」


「あ~……そう言えば、酒井の姉ちゃんも一緒やったな。お目付け役とか言うてたし」


「お目付け役の意味が分からんが、それはいつもの事じゃね?」


「……自分、場の雰囲気は読めても女心は読めんのやな」

黒兵衛は俺の膝の上で大きな溜息を吐いた。

「まぁ、そのぐらい鈍感な方が自分らしいな。読めても面倒な事になるだけやし」


「どーゆー意味でせうか?」


「ま、エエやないか。愉しかったんやろ?それでエエやないか」


「何か奥歯に物が挟まったような言い方ですな。気になるじゃんか。教えろよぅ」

と、黒兵衛の鼻を摘んだりしていると、不意にパッシブスキルの一つが急速に接近する物体を感知するや、いきなりドガシャンッ!!と大きな破壊音と共に、窓ガラスを枠ごと突き破り謎の男が部屋の中に飛び込んで来た。

ボロボロの黒っぽい装束を纏ったハゲ頭の男だ。


「ギャーーーッ!?ゲゲ、ゲームの電源が落ちた!!まだセーブしてないのに!!」

なんてこったい。

折角ここまで育て上げたと言うのに……

こんな衝撃は、この間やっていたアクションゲームでクリア直前にバグでフリーズした時以来だ。


「落ち着け魔王。この手のゲームはある程度は自動セーブが付いてるやろ」


「そそ、そうか。そうだな。ちょっとだけ前に戻るだけで済むよな?」


「多分な。これに懲りたらセーブは小まめにするんやで」

黒兵衛はそう言って俺の膝から降りると、倒れて動かない男の下へと近寄り、スンスンと鼻を鳴らすように匂いを嗅ぎながら、

「えらい怪我や……ってコイツ、この間の火前坊やないけ」


「火前坊?あ、あぁ……この間の訳ありファイヤープリーストか。んで、死んでるのか?」


「生きてるわい。息も絶え絶えやがな。どうやら気を失って……」

と、そこで黒兵衛の耳が急に伏せるような形になるや、

「何か来るで!!」


「俺も感知した」

刹那、更に窓ガラスを突き破り、厳つい体格のハゲ頭が数人、部屋の中に飛び込んで来た。


「ギャーーーッ!!ぼぼぼぼ僕チンのマシンがぺしゃんこに!?」

突如乱入して来た黒装束の坊主の足元には、真ん中から陥没している愛用のゲーム機の無残な姿が。

外装もバリバリに壊れ、中に入れてあったディスクなども飛び出している。

「なな、直るよな?ってか、データも無事だよな?中には色んなゲームのセーブデータが……俺の大切な思い出が……」


「……ご愁傷様やな」


「ううう嘘だッ!?」

俺の苦労が……

今まで掛けた時間が……

絶望だ。ここまで絶望した事なんか今まで無かった。

ヨハン達が謀反を起こした時だって、この世界に召喚された時だって、これほどの絶望は感じなかった。

「オ…オロロ~ン」

もう号泣だ。

泣くしかない。


と、俺が床に突っ伏してさめざめと泣いていると、ドタドタと足音を響かせ、

「なに騒いでるの!!」

「どうしたんですかシングさん!!」

酒井さんと摩耶さんが部屋に飛び込んで来た。


「こ、これは……何よアンタ達!!」

「これはこれは、お初にお目に掛かります。貴方が酒井殿ですな。夜分遅く、失礼を」

錫杖を手にした巨漢坊主の一人が慇懃に頭を下げる。

ちなみにソイツの足元にあるのは、俺様の全壊したゲーム機だ。

「某、大威徳明王隊を率いる念宋と申す。実は……」


「うわぁぁぁん、摩耶さん!!」

俺は黒髪の魔女の足元に縋りつき、

「ぼぼ僕チンのゲームが……今までのセーブデータが……レベル99キャラ達が死んじゃったよぅぅぅ」


「お黙りシング」

酒井さんが脇腹を蹴って来た。

そして鼻息も荒く、坊主の集団を睨み付けると、

「ったく……それよりなに?厚意で住まわせてやってる分際の居候が、夜中に窓を破壊して侵入して来るなんて……一体どういう了見なの?これが調伏十三流の流儀なワケ?」

「申し訳ない。実はそこに倒れている大妖を追っておりましてな」

「大妖?って、この間の火前坊じゃないの」

「その者がこの部屋に逃げ込んだので……直ぐに引き取る故、御勘弁を」

「この部屋にねぇ……」

酒井さんはチラリと、倒れている火前坊に視線を走らせると、

「分かったわ。なら彼は私達が保護するから、あんた達は帰りなさい」

「……は?」

「言葉が通じないの?この妖怪は私が引き取ると言ったの」

「はは……お待ちを、酒井殿。そこな者は、我ら調伏十三流が長年に渡り封印して来た大妖。そもそも我ら明王隊が派遣されたのもそ奴を捕らえる為。酒井殿にお渡しする事は出来ませぬな」

「そんなの関係ないわ。シングの部屋に逃げ込んだって事は、助けを求めに来たのと同じ。人間だろうと妖怪だろうと、助けを求めに来たのにそれを黙って引き渡す事はちょっとね。窮鳥、懐に云々ってヤツよ」

「……こ奴は妖怪ですぞ」

「それが何?言っておくけど、私はアンタ達退魔師や聖騎士どもと違って、別に妖怪や異形の者達を敵視してないの。もちろん、悪しき者なら退治するけど、それ以外は基本的に不干渉。そして保護を必要とする場合は……」

「まるで動物愛護団体のようですな。ですがそ奴は凶悪なあやかし。事実、先に派遣された円順達も殺られていますからな。そもそも我等の任務を妨害すると言うのは、調伏十三流を敵に回すと同じ事ですぞ?それは些か、酒井殿や喜連川殿の立場を考えれば拙いのではないでしょうか……」

「……そうね。それはさすがに拙いわね。面倒臭いし」

「ご理解いただけたようで」

「仕方ないわね。けど、私や摩耶がスルーしても、彼が何と言うかねぇ……」

「彼?」

「この部屋に住んでる、ちょっとアホな子よ。ねぇ、シング。この坊主、見逃せ的な事を言ってるんだけど……どうする?」


「……許さん」

俺はゆっくりと立ち上がり、そこに佇む巨漢の坊主どもを睨み付けると、

「ゆゆゆゆ許さなーーーーーーいッ!!」

大きな声で吼えた。

「俺様が丹念に作り上げたキャラを消し去りやがって……殆どのキャラがカンストしてたんだぞ!!美少女育成ゲームなんか、イベントCGフルコンプで全エンド制覇なんだぞ!!隠しエンドも見たんだぞ!!寝る間も惜しんで頑張ったと言うのに……許しませんよ貴方達!!」


「そうねぇ……可哀想ね、シング」

酒井さんはそう言って、ニンマリとした笑みで坊主達を見つめ、

「彼は居候だけど、直接的には私や摩耶とは無関係よ。仮に彼が貴方達をブチ殺した所で、私が調伏十三流と敵対した事にはならないわよねぇ」

「……ふ、詭弁ですな」

「そう?」

「なるほど……慈海様が常々、酒井魅沙希なる生き人形は、その根が極悪。注意すべしと仰っていましたが……まさにその通りですな」

「あら?喧嘩を売られちゃったからには、私としてもこれは買わないとね」

酒井さんが軽く鼻を鳴らし、憤怒状態の俺の肩に飛び乗った。

それと同時に、いきなり摩耶さんが目の前に飛び出し、

「ちょ、ちょっと……待って下さい。シングさんも酒井さんも少し落ち着いて……」

「……摩耶は本当に良い子ね。沙紅耶とは大違い。けど、それは甘さにも繋がるわよ」

そう言って酒井さんは電光石火の早業で、摩耶さんのおでこに何やら符札を貼り付けた。

瞬間、摩耶さんが立ったままピクリとも動かなくなる。


「意識を凍結させたわ。さてクソ坊主ども。覚悟は良いかしら?」

「ふん、本気で我等と敵対すると?」

「……ひのふの……五人ね。後続は……気配無し。監視魔法等も感知せずと」

「さすが稀代の悪妖怪。遂に本性を現したか」

「ふふ……死人に口無しって言葉、知ってるでしょ?昔の人は上手い事を言ったわよねぇ。ここでアンタ達を皆殺しにすれば、ここでの出来事は誰も知らないし誰にも知られない。調伏十三流も、アンタ達はそこの火前坊に返り討ちに遭った……と考えるでしょうね。シングもそう思うでしょ?」


「全員殺せばステルスだ!!」


「そう言うこと。黒ちゃん、そこの火前坊の手当てを頼むわ」

酒井さんはニッコリ微笑むと、懐から札を取り出し、そして指先で何やら紋章を描く。

刹那、俺と坊主達は見知らぬ摩訶不思議な場所へと転移していた。

漆黒の空間に浮かぶ無数の岩の大地。

その一つに、俺達は立っていたのだ。


「奇門遁甲、玄武の陣。部屋で暴れると後が大変だしね。ちなみに、私を始末しないとここからは永久に出れないわよ」

「……なるほど」

坊主達は動揺せず、それどころか不敵な笑みを溢し、

「これは丁度良い」

錫杖を構えると、その先端に付けられた環が鈴のような音を立てた。


「実は慈海様より、機があれば秘密裏に酒井魅沙希を始末せよと言われておりましてな」

「あらそう?あのピーピー泣き叫んでいたヘタレ坊主がねぇ……随分と大言壮語を吐くものね」

「ふふ……酒井魅沙希は自信過剰の気があると聞いておりましたが……まさにその通り。調伏十三流の精鋭実戦部隊である我等明王隊に、勝てると思い込んでいるところが――」

「――は?何言ってんの?アンタ達の相手をするのは、このシングよ」


「ウガーーーッ!!」

俺は両の手を振り上げ、威嚇した。

「ああああ謝れぇぇぇ……俺と散っていったキャラクター達に謝れぇぇぇ」

ま、謝っても許さんけど。


「異国の術士か?ふむ……それほど脅威は感じられぬが……」

「シング。そこの念宋だったかしら?そいつは生かしといてね。色々と聞き出したいし」


「イエス・マム!!」

戦闘スキル開放。

「この俺様の優雅なゲームライフを台無しにしやがって……覚悟しやがれハゲちゃびん共!!」


「む!?何だこの異常な妖気は……こ奴、人間ではないのか?」


「わわわわわ我こそは第六天魔王なり!!」


「なに?」


「またどこかから変な知識を……」

酒井さんは嘆息すると、俺の肩から飛び降り、

「ちゃっちゃと片付けて頂戴、シング」


「フンガー!!」

俺は鼻息で返事をすると、大きく一歩を踏み出す。

瞬間、空間を飛び越え、一番右の坊主の前へ現れると、軽く拳を顔面へ叩き付けた。

――バグン!!

鈍い破裂音と共に、坊主の頭が爆発四散する。


「なんと!?」

残った坊主達がすぐさま飛び退り、間合いを開けた。


「フガー!!フガー!!」

ふん、なるほど。

動揺することなく、即座に戦闘態勢を整えるか。

精鋭部隊とか言ってたけど、満更ではないようだ。

……

とは言っても、雑魚には変わりないが。

「ふん、ビビるなクソ坊主ども。縮地スキルと初撃が絶対に当たるスキルを使っただけだ。本番はこれからじゃい!!」


「く……不動縛り!!」

左右の坊主達が錫杖を地面に付き立てた。

そこから小さな地割れが走り、俺の両の足まで伸びてくる。

更に、

「キェェェ!!」

と怪鳥のような声を上げ、真ん中の坊主が大きくジャンプしながら俺の頭上目掛けて錫杖を振り下ろしてきた。

――ズシャン!!

鈍い音を立て、錫杖が俺の直ぐ脇の地面に打ち当たった。

「……え?」


「はい、ご苦労さん」

俺は腕を伸ばして錫杖を奪い取ると、それをアホ面を晒している坊主の頭上へと振り下ろす。

――ズシュ……

坊主は頭から股に掛け、綺麗に二枚に下ろされた。

「ミランジュ。物理攻撃を躱す防御スキルの一つだ。敵の脳や視覚へ作用して目標への認識をずらす効果があるとか無いとか……とは言え、それなりに戦闘スキルを持っている奴には殆ど効果は無い筈なんじゃが……お前等人間には余裕で使えるね」

俺は血に塗れた錫杖を放り捨て、ブラブラとした足取りで残った三匹の坊主達の下へと歩いて行く。


「ば、馬鹿な。不動縛りで動けぬ筈……」


「あ?あぁ……さっきの地面がちょっと割れたヤツ?移動阻害系の魔法か何かだろ?そんなモン、全て無効化されるわい」


「おのれ妖怪!!」

坊主の一人が突っ込んで来た。


「妖怪って……こんなにステキな妖怪がおるかい」


「喰らえ!!」

錫杖の先端を此方に向け、そこから雷撃にも似た閃光が走る。

更にもう一人の坊主も俺に駆け寄り、懐から何やら経典らしき物を取り出すと、

「天魔覆滅!!光明真言、破邪破地獄秘法!!」


「ほぅ……」

長い紙を折り重ねた経典が光り輝き、俺の周りをグルグルと回り出す。

「ふ~ん……何か派手だね。威力はどんなモンかな?」

腕を伸ばすと、俺の周りを囲むように飛んでいた経典は、炎に巻かれて地面へと落ちた。


「ば、馬鹿な……」


「何だこの程度か。良い感じのエフェクトだったから、少しぐらいはダメージがあるかなぁ……って、ちょっとドキドキしてたんじゃがな」


魔法耐性スキルには、様々な種類がある。

低位から高位魔法まで無効化などは出来ないが満遍なくダメージを軽減出来るもの。

中位魔法魔までは完全に無効化できるが高位魔法はダメージ量が増えてしまうと言うもの。

中には魔法ダメージを魔力で肩代わりするのもや、特定属性に絞り無効化したりするものもある。

俺の魔法耐性スキルは少し特殊で、術者のレベルに応じてダメージが増減するものだ。

術者のレベルが低ければ、高位魔法でも無効化出来る場合もあるけど、逆に相手のレベルが高いと、低位の魔法でもかなりのダメージを受けてしまう事があると言う物だ。

ま、そう言う場合は防御魔法で凌げば良いだけだがね。

もちろんこの人間の世界では、魔法を使うにはまだちょっと躊躇ってしまうが……


「んじゃ、お次は俺のターンと……七色の衣、黒衣のオーラ発動。そして直ぐに開放」

全身を黒い霧のような物が包み、そしてそれが放射状に辺りに広がり、そして大気に溶け込むように消える。


「が…」

坊主どもがガタガタと震え出した。

顔を真っ青にし、膝から下が生まれたてかと言うぐらいに小刻みに揺れている。


「お、おいおい。たかが補助スキルだぞ?戦闘区域の属性を変換したりする時に使う程度の。ちなみに黒衣のオーラは暗黒、闇や冥系属性で、光や聖属性の敵には有効なんだが……お前等、修行が足りな過ぎですな。何でこの程度で歯を鳴らすほどビビってるんだよ」

俺はちょっぴり顔を顰めながら、電撃魔法を放って来た坊主の顔を片手で鷲掴むと、そのまま強引に首元から引き千切り、血の吹き出る頭部を経典を投げて来た坊主目掛けて投擲。

メシャッ……

頭部と頭部が鈍い音を立ててぶつかり、どちらの頭も衝撃で鼻や耳などから脳の一部が飛び出した。


「んだよ……精鋭部隊とか何とか御大層に言ってたけど、全然雑魚じゃんかよ。山に住んでる獣の方が遥かに強いよ」

俺はゴリゴリと頭を掻き、佇む巨漢坊主を見やる。

「さて、残るはリーダーだけですかと」

俺様の大切なゲーム機を踏み付けて台無しにした張本人だ。

生き地獄を味合わせてやりたいが、酒井さんが殺しちゃ駄目と言うので、ここはちょいと我慢だ。


「ばば化け物め……」


「あ?初対面の相手に化け物って……失礼にも程があるでしょうが」

ま、かく言う俺も、初対面の人間をハゲ呼ばわりしたけどね。

「ふん、喧嘩を売って来たのはそっちだ。俺のゲーム機を壊した挙句に、酒井さんを始末するとか何とか言っただろ?ま、自業自得ですな」


「く…おのれ!!」

念宋とか言った巨漢坊主が、血走った目で俺を睨み付けながら錫杖を振り下ろしてきた。

見ると何やら淡く光っている。

何かしらのバフ等が付与されているようだが……


「はい、ご苦労さん」

俺は左手で錫杖を軽く受け止めると、開いている右手の拳に魔力を集中させ、

「そいッ!!」

腹パンを一発。


「が…!?」

巨漢坊主は白目を剥き、前のめりに崩れ落ちた。

本当はこのまま、虚無の世界に落ちてしまったゲームキャラ一体毎に骨を一本ずつへし折ってやりたい所だが……ま、この辺で許してやるか。

始末は酒井さんが付けてくれるからね。


「うぃ、ミッション終了ちまちた」


「ご苦労様、シング」

トテトテと酒井さんが近付いて来る。

「調伏十三流の実戦部隊も、腕がかなり落ちてるわねぇ」


「僕チンが強過ぎるのです」


「……ま、そう言うことにしておくわ」


「けど、失った物は大きいですよぅ。主に俺のゲーム機とそのセーブデータ」

あ、いかん……また涙が出そうだ。


「ゲーム機なら買い直せば良いじゃない。データも……芹沢に頼んでみたら?壊れたドライブからサルベージ出来るかも知れないし、データそのものを改造してくれると思うけど……」


「そ、そうか!?困った時は心の師匠である芹沢博士に頼めば良いんだ!!」


「何よ心の師匠って……」

酒井さんは困った顔で俺を見上げると、溜息を吐きながら倒れている坊主の頭に札を一枚貼り付けた。

そして二本指を立て、何やらササッと宙に紋章のような物を描く。


「あ…う……」

坊主がゆっくりと顔を上げた。

その瞳は非常に虚ろだ。


「さ、色々と答えて貰うわよ。アンタ達は何であの火前坊を追ってるの?」

「あ…に、逃げ出した妖怪……捕らえる。それが我等の……務め」


お?精神支配系の魔法かな?

でもこの手の魔法って、知力や魔力の高い奴には余り効かないんだけど……

ま、筋肉馬鹿には効果てきめんか。


「火前坊の正体は?あの妖怪は何をしようとしているの?」

「せ…千年…近く前の…退魔師。そう…聞いた。それ以外……知らぬ」

「あらそう。本当に知らないの?」

「し、知らぬ。秘密を……知る者……少しで良い……我等は…任務を遂行…するのみ」

「……なるほどね。使い捨ての駒に余計な情報は与えない方が良いって事ね」


「機密保持ってヤツですかね」


「そう言うこと。精鋭部隊とか言っても、所詮はこの程度よ。じゃ、質問を変えるけど……逃走中の火前坊をどうやって見つけたの?どこで襲ったの?」


「待ち…伏せ……ヤツが来る場所は……分かってた」

「それは何処?」

「ち…調伏十三流……隠し霊山……龍康山稔相寺……金剛霊穴堂……」

「龍康山?聞いた事の無い山ねぇ」


「暗号みたいなモンで?」


「暗号と言うより、仲間内だけで使う符丁みたいなものじゃない?ま、その辺は火前坊に直接聞いてみましょう」

酒井さんはそう言うと、巨漢坊主の頭を一回叩き、

「最後の質問よ。あんた達は火前坊を退治するように命令された。けど、上層部は違う思惑がある。アンタもそう思うでしょ?その辺の所を聞かせてよ」

「退治……違う。滅さず捕らえろと……慈海さまより厳命が……しかし…浄徳様は追い詰めるだけで良いと……あの方は座主様の直属……」

「……なるほどね。やはり何か上の方は知ってるみたいね」


「あのファイヤープリーストを使って何かしようって事ですか?」


「そうね。妖怪を滅する連中が、殺さずに捕らえろだなんておかしいもの。何を企んでいるのかしら……その辺の事も火前坊に聞いてみないと。ま、あれも詳しく知っているとは思えないけどね」

酒井さんは黒衣の巨漢坊主を一瞥し、そしてまた指先で紋章を描く。

と、坊主はくぐもった声を上げながら、

「お、おのれ酒井魅沙希……」

「はいはい。私は優しいから、最後に何か言い残したい言葉とかを聞いて上げるわ。何かないの?何でも良いわよ?」

「ぐ…」

「あ、命乞いは無しよ?だってアンタ、さっき私を始末するとか言ってたでしょ?私、そう言うヤツに掛ける情けは持ち合わせてないの」


「オイラも持ってないでごわす」


「それが普通よ。もっとも、摩耶には無理でしょうけどね」


「あ~……」

何となく想像が付く。

敵が泣いたり土下座したりしたら、摩耶さんなら見逃しちゃいそうだしね。


「で、言い残す事は?無いの?ん~……じゃ、とっとと死んでね」

酒井さんは、まだ身体の自由が利かぬ坊主の頭にそっと手を添えると、

「心配しなくても大丈夫よ。私、悲鳴を聞いて悦に入る趣味は無いからね。苦痛無く一瞬で終わるわ」

「おおおお、おのれぇぇぇ……」

「それが最期の言葉?つまらない言葉ねぇ。……黄泉送り、曼珠沙華」

「が!?」

瞬間、坊主の口、鼻、目に耳から、何やら植物の茎が生えたかと思うや、細長く奇妙な形をした赤い花を咲かせた。

もちろん坊主は即死だ。

顔面の至る所から血を流している。


「うおぅ……何かおっかねぇ」


「そう?」

酒井さんは軽く肩を竦めると、懐から何枚かの術札を取り出し、それを坊主達の遺体へと飛ばす。

「ちゃんと処分しないとね。持って帰るわけにもいかないし」


「証拠を残しちゃダメですからねぇ」


「そう言うことよ。燃えなさい」

酒井さんが宙で指先をピッと弾く。

それと同時に、肉塊であった坊主達は業火に包まれた。

「シングもこれから、敵を始末したら綺麗にするように心掛けてね」


「了解ッス。ってか、実に手際が良いですなぁ」


「長く生きてるからね。まぁ、摩耶には出来るだけ死体とか見せたくないってのもあるし」


「あ~……なるほど。でもしょっちゅう、酒井さんは摩耶さんに、甘いとか何とか怒ってるじゃないですかぁ。現実を直視させるのも良いのでは?」


「……難しいわね」


「そうなんですか?」


「摩耶の情の甘さを指摘はするけど……それでも程々にしてるわよ。言わばあれは、いざと言う時の為の心の備えね。正直言うと、摩耶にはあまり手を血で汚すような事はさせたくないのよねぇ。ま、あと10年ぐらい経験を積めば別だけど」


「ありゃ?そりゃまたどうして?」


「ここだけの話よ。正直、摩耶は危ういのよ。その存在自体がね」


「危うい?」


「心のバランスと言うのかしら?摩耶はね、純粋なの。育ちもあるけど、根が優し過ぎるのよ。だからね、何て言うのか……あまり暗い部分は見せたくないしやらせたくないの。力が有り過ぎるのよ」


「良く分からんですたい」


「……要は、摩耶の心が捻じ曲がってその力を適当に使い出したら危険、って事よ」


「あ~……黒化したら拙いと?」


「そう言うこと。純粋な分、色々と影響を受けやすいの。それがプラスになれば良いけど……もし心に深い傷を負ったら大変だわ。しかも潜在魔力は随一……だから危うい存在なのよ」


「なるほどねぇ」

俺は腕を組み、ウンウンと頷いた。

確かに摩耶さんは、純粋と言うか……まぁ、温室育ちの箱入り魔女様って感じだ。

俺も常日頃……ちょっとだけだが、精神的に脆くないかなぁ、と思っていたりもした。

この間の廃墟の時も、テレビクルーを救う為に暴走もしたし。

「純粋な心は闇落ちしやすいですからね。けど……それって魔女には結構、致命的な事では?」


「その通りよ、シング。この坊主達や聖騎士のように、己の心に絶対的な正義を確立していれば、心が流される事は無いわ。こいつ等も、言わば純粋なのよ。けど、魔女はそうじゃないわ。清濁併せ呑むような精神力が必要よ。善悪二面性をバランス良く保つ。人を助ける事も殺す事も、同じ顔でする。それが出来て一流の魔女よ。……ま、それほど完璧な魔女ってのは殆どいないけどね」


「……摩耶さんには、ちと厳しいですなぁ」


「まぁね。ただね、私は別に摩耶に一流の魔女になって欲しいとかは思ってないのよ。普通の魔女で居て欲しいのよ。喜怒哀楽、普通の感情を持つ普通の魔女にね」


「その違いは?」


「一流の魔女ってのは、基本的に孤独なの。孤高を保ってるのよ。魔女団体にも所属していないし……そんなの何か寂しいじゃないの」


「へぇ……でも何で独りなんですかねぇ」

そう言えば俺の世界も、超の付く一流の魔法使いは、基本的に独りのヤツが多かったな。

ま、それは性格的に偏屈者ばかりだったからだが。


「多分だけど……他人に情が移るのを避ける為じゃない?良く知らないわ。そもそも私は陰陽系の術士よ。西洋魔術は専門外なのよね」


「同じ様なモンだと思うんですがねぇ」


「ともかく、摩耶は多感な年頃だからね。心がぶれ易い時期だから、出来るだけ陰の部分は見せないようにしないと。もちろん、口では注意するけどね」

そう言うと酒井さんは、両の手を掲げ、抱っこしろの合図。

俺は彼女の両脇を持ち、そのまま肩に乗せた。


「さ、帰るわよシング。あの火前坊に色々と話を聞かなくちゃ」


「摩耶さんも元に戻さないと……きっとプンスカ怒るでしょうなぁ」


「その辺は適当に誤魔化すわ」

酒井さんは可愛らしく、ぺロっと小さな舌を出した。

……

いやいや、舌のある市松人形って……悪夢に出て来そうだ。






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