居候でござ候
「いやぁ~……面白ぇなぁ」
宛がわれた部屋で数日、俺は人間世界を華麗且つ優雅に堪能していた。
「このテレビゲームとやら、これがまた中々に……まさに時間泥棒と言った感じですな。うむ、侮れん」
「何や……凄いな自分」
俺の隣で寝そべっている獣魔族の黒兵衛が、どこか情けない顔で呟いた。
「魔王を倒す系のRPGを嬉々としてプレイしている魔王って……むっちゃシュールやんけ」
「ん?そうか?」
「せやで」
「そうね」
と、何処からともなく女性の声。
思わず俺は「ひぇ!?」と情けない声を上げながら辺りを見渡すと、部屋の扉が微かに開き、自立思考型の呪い人形である酒井魅沙希さんが、そこから顔を覗かせていた。
「びびび、びっくりしたなぁ」
「相変わらず、何ビビってんのよ」
酒井さんは疲れたような溜息を吐き、部屋の中へと入ってくる。
いやぁ~……その歩き方も、中々に怖いね。
「ビビってるワケじゃないよ。なんちゅうか、酒井さんは気配が薄いから、ちょっと驚いただけだい」
ま、さすがに最初ほど驚かなくはなったけど……
それでも、いきなりの登場は心臓に悪いやね。
「本当に病的な怖がりね、シングは」
「そ、そんな事はねぇべ」
「まぁ……せやな」
黒兵衛が猫らしく、寝転がりながら自分の尻尾を噛み噛みする。
「ホラーゲームとかホラー映画は、うひょうひょ言って愉しんでるしな。普通の怖がりとは、ちと違う感じや」
「うひょうひょなんて言ってねぇーよ。どこかおかしい子か俺は?」
「充分おかしいで、自分」
「でも、テレビでやっていた心霊特番は慌ててチャンネルを変えてたじゃない」
「……リアルはあかん。うん、本物はダメだ」
「アレも本物じゃないと思うんやが……でも普通に暗闇とかは平気なんやろ?」
「は?暗闇?単に暗いだけじゃねぇーか。そんなのは暗視スキルとか照明系の魔法で対応できるじゃんか」
「……怖がる基準がいまいち分からへんなぁ」
「育った環境とか文化の違いかしら?そもそも住んでた世界が違うのだし……」
「ま、それもあるかも。どうにもねぇ……理解できんのですよ。死んで魂だけが残るとか恨みで怨霊になるとか……そもそも祟りってなんだよ。超おっかねぇよ」
「でも呪いは平気なんやろ?」
「あれは別に手段の一つじゃんか。って言うか、俺の世界でも殆ど廃れた魔法系統だぞ?呪いなんて簡単に解呪出来るし、種族によっては完璧にレジスト出来るからな」
「はぁ~……そうなんか」
「そうなんだよ。その所為かどうかは知らんけど、餓鬼の頃、呪いごっことかが一時ブームになってなぁ」
俺がそう言うと、
「え?呪いごっこ?何それ?超面白そうなんだけ」
呪われた魔人形の酒井さんがワクワク顔で話に喰い付いて来た。
「や、別に面白くは……単にさ、互いに向き合って、いっせーのせで呪い系の魔法を掛け合うんですよ。んで、掛かった方が負けって言う簡単な遊び。あ、もちろん掛ける呪いも子供チックな他愛の無い呪いですよ」
ま、それは最初の内だけだったけどね。
「へぇ……」
「過激な遊びのような気もするんやが……どない呪いや?眠くなれとかカエルになれとかか?」
「へ?眠くなるのはスリープの魔法じゃねぇーか。それに姿を変えるのは幻惑系や変化の魔法だろ?呪いの魔法ってのはそうじゃなくて……そうだな、俺が実際、呪いごっこで負けて掛けられたのは、10日間ウンコが出なくなる呪いとか、語尾に絶対『御座る』を付けちゃう呪いとか……あ、好きな子を前にすると必ず舌を出す呪いも掛けられたな」
「……地味に嫌な呪いね」
「そうで御座ろう?」
「おい、まだ掛かっとるんとちゃうんか、自分……」
「ま、そんな遊びが一時期流行ったんだけど……やっぱ餓鬼特有の嗜虐感っちゅうか加減の無さと言うか……段々と過激になって来てな。んで、お約束どおり学校から禁止令が出てあっと言う間に終息したわい」
まぁ……敢えて言わないけど、実際に呪いで死んじゃったヤツが出たからなぁ……
運が悪かったとは言え、そりゃ禁止にもなるわな。
「そんな訳で、呪いなんて俺からすれば所詮は餓鬼の遊び程度だからさ、怖くも何ともないね」
「ふ~ん……色々と興味深い話ね」
酒井さんがウンウンと独り頷く。
「呪いが子供の遊びだなんて……所変われば文化も変わるって言うけど、世界が違うと考え方そのものが色々と違って来るみたいね」
「そりゃそうでしょ。俺なんてこの人間界に来て以来、日々驚きの連続ですよ」
「科学技術とか?」
「あ~……この電化製品とか、機械的な仕掛けのヤツ?ん~……それはどうだろう?」
言いながら俺は部屋の中を見渡す。
「何て言うのかなぁ……この科学とかって、魔法が使えない人間種が、日々の利便性を求めて行き着いた文明の一つじゃん?だけど俺の世界では、それが魔法と言う形で普通にあるし……そもそも魔法だって、この世界の科学とやらと同じように日々進化してるんだぜ。新しい魔法が生み出されたり新理論で効率の良い魔法の唱え方が出来たりとかね。特に生活系魔法なんて、次々と新しいのが開発されてるよ」
「生活系魔法ってなによ?」
「え?例えば……冷めた御飯を温める魔法とかかな」
「……確かに生活系ね」
「でしょ?だからさ、科学イコール魔法って考えれば、そんなには驚かないんだよねぇ」
「だったら何に驚いているのよ?」
「娯楽の多さ」
俺は手にしているゲームのコントローラに視線を落とした。
「人間世界……と言うか人間種ってのは、実に娯楽を追い求める種族なんだなぁ……と感嘆しましたよ。普通さ、娯楽って余暇に愉しむとか、言い方は悪いけど暇潰しとか……その程度の筈なんだけど、この世界だと生業として成り立ってたりするもん。スポーツ選手とか芸能人とやらもいて……何かスゲェよ」
「あ~……言いたい事は分かるわね。でも、結局は豊かさあっての娯楽よ」
「せやな。紛争地でゴロ寝してゲームはせぇへんやろうしな」
「それでも種類が多いのには驚きだよ。特にこのゲームとか漫画とかアニメとか、超スゲェよ。魂と時間を奪われるよ。俺、もしこの世界で生まれてたら、殆ど部屋から出なかったかも」
「うわ……何か容易に想像できるわね」
「ホンマやな。元々自分、そう言う匂いがするからな。って言うかな、その辺はこの国がちと独特なんや。特殊なんや。で……魔王の世界は、どんな娯楽があるんや?」
「俺の国か?そうだなぁ……娯楽と言えば、普通は……先ずは読書だろ。もちろん、字ばっかりの小難しいヤツ。後は狩りを愉しんだりとか、吟遊詩人から昔話を聞いたりとか……大人は酒を飲んだり博打を打ったりとかかな」
「何となく健全ね。普通にカードゲームとかは無いの?トランプとか」
「将棋やチェスの類も無いんか?」
「うぅ~ん、あると言えばあるけど……ルールとかが複雑過ぎる所為か、一部の好事家しかやらないね」
双六みたいなゲームはあるけど、クソつまらんしね。
「俺、もし万が一、元の世界に戻る事になったら……是非ともこのゲーム機だけは持って帰りたいなぁ」
「電気はどないするんや?それにゲームも……新作とか買われへんやないけ」
「電気は電撃魔法で何とかなるんじゃね?それにゲームとかは……ア○ゾンで注文したら届くかも知れん」
「……ホンマに届きそうや」
そんな他愛の話を、一匹と一体と話していると、コンコンと控え目なノックの音と共に部屋の扉が開き、
「遅くなりました」
俺の命の恩人でもあり、この世界における生活保護者でもある喜連川摩耶さんが入って来た。
薄青色を基調とした清楚な服に、ヒラヒラしている軽そうなスカート。
何でも彼女は俺と同じくまだ学生で、その学校の制服と言う物らしい。
セーラー服と言うそうだ。
セーラー服……初めて聞く言葉だが、何故か妙に心が騒ぐ。
摩訶不思議だ。
「遅かったわね、摩耶。調べ物は見つかった?」
そう酒井さんが尋ねると、摩耶さんは軽く首を横に振りながら、
「いえ……発見例が少ない所為か、資料も殆ど無くて……」
「となると、行き当たりバッタリで行くしかないわねぇ」
「何の話だろう、黒兵衛」
「んぁ?あぁ……何やちょい前にな、野良の九十九神が目撃されたって話があってな。んで、それをどうしようかって話や」
「九十九神?九十九神って何?何か、むっちゃ恐ろしいネーミングなんですけど……しかも野良って……生き物なのか?」
「シングの世界には居ないの?」
酒井さんがちょっと驚いたような顔で尋ねてくる。
「少なくとも『九十九神』と言う名称は初めて聞きましたね。そもそもどう言う生物なんです?近縁種ぐらいなら俺の世界にもいるかも知れないけど……」
「生物じゃないわ」
と酒井さんが言うと、摩耶さんも続けるように、
「歳を経た品々です」
「はにゃ?え?ん?ちょっと良く分かんないです」
と言うかサッパリ分からん。
「生物じゃなくて……物?ん?何か失くした物があって、それが目撃されたって事?ん?でも歳を経たとか野良とか……ん?んん?」
「あ~……ちゃうちゃう」
黒兵衛が俺の膝の上に乗ってきた。
「九十九神ってのはな、なんちゅうか骨董品にな、魂が宿ったモノやねん」
「は?魂が宿る?それって……酒井さんみたいな?何か憑依的な事か?」
「全然違うわ」
当の酒井さんが、頭の悪い生徒を前にした先生のような表情を見せる。
「何て言ったら良いのかしら……」
「人によって大切にされて来た物が、年月を経て魂を宿した存在です」
「は?はぁぁぁ?魂を宿す?え?それって……まさか擬似生命体?魂の創造?いやいやいや……それはダメでしょ。禁忌中の禁忌ですよ。狂った錬金術士でも滅多にやらないですよ。そもそも殆ど成功しないし」
「そ、それもちょっと違うわね」
「人の愛情や思いが注がれ、やがて変異して誕生するのですよ」
「いや、もうサッパリ分からんです。物に魂がって……別に人や動物等の魂が憑依するってワケじゃないんでしょ?そこに自然に産まれるんでしょ?」
「ん~……ま、そうね」
「ワ、ワケ分からん。物から生物に変化って……どんな法則だよ。変位魔法の極致だよ。人間界、超怖いんですけど……」
「な、何か微妙に分かってないわねぇ……」
「この世界でも珍しい事ですよ。全ての物が九十九神になるのではなく……本当に愛着がある物とか、思いが籠められてきた物が極々稀に変化するのですよ」
「……や、本当に分からん。が、もしかして人の念が関係しているのかな?人が大切にしてきた物に魂が宿る……お化けとか祟りとかもそうだけど、人間種の念とやらには何か特殊な効果があるのかも。魔法が使えない分、何か特異なパッシブスキル等を持っていて……うむぅ」
「へぇ~……面白い見解ね。異界の者なればの考察かも」
「それで……やはりシングさんの世界には、九十九神のような存在はいないのですか?」
「い、いないですよ。少なくとも俺の知る限りでは」
「骨董品的なモノに何かが宿るとかは?」
「ないですよ。骨董品は単に古いだけ。魂なんて物は宿りません。俺の城の倉庫にも先祖が使っていた食器やらの類が埃の中に埋もれていますけど……俺から見れば小汚いだけのガラクタですよ。って言うか、何で取って置くかなぁ……早く捨てろよな」
「シングって、存在がファンタジィなのに、妙な所で現実的なのよねぇ」
「俺はからすれば、この人間世界の方が超ファンタジィですぞ」
俺はそう言って膝上の黒兵衛の背中を撫でた。
何故だか知らんが、凄くごつごつしている。
山のように飯を食うくせに、何でこの猫族はこんなに痩せているのだろうか……
俺なんか数日ゴロゴロしていたら、お腹に少し肉が付いちゃったぞ。
「しかし九十九神かぁ……ちょっと見てみたいですなぁ」
「あら?シング、そう言うのは怖くないの?」
「え?ないですよ?だって話を聞くと、怨霊とかお化けの類じゃないじゃん。単に喋ったり動いたりする骨董品でしょ?怖がる要素が微塵も無いですな」
「……アンタの怖がる基準が益々分からなくなったわ」
酒井さんはそう言って、摩耶さんに向き直ると、
「で、結局はどうするの?」
「九十九神は今ではかなり稀少です。いつものように捕まえて保護しようかと……」
「お、と言う事は生九十九神が見られると言うワケですね。オラ、ちょいとワクワクして来たぞ」
「そ、それは何よりです」
摩耶さんはニコッと可愛らしく微笑んだ。
「それに今回の九十九神は、目撃例からして琵琶牧々だと思うので……かなり珍しいです」
「琵琶牧々?」
酒井さんが少し驚いた声を上げた。
「それはまた、本当に珍しいわねぇ。私も資料でしか見たことがないわ」
「琵琶牧々……略してビワボク。雑魚モンスターみたいな名前だな。一体どんな九十九神だ?黒兵衛、説明をプリーズ」
「や、ワテもあまり詳しい事は……酒井の姉ちゃん、魔王に説明してやってや」
「説明も何も……琵琶が九十九神になったのよ」
「その琵琶が分からん」
ビワ……語呂から言っても全く想像がつかんですぞ。
「古くからある楽器の一つよ。弦楽器ね。西洋的に言えば……リュートに近いのかしら」
「楽器なのかぁ」
「現代でもある事はあるけど、物凄いマイナーな楽器よ。九十九神に変化したと言うのなら、数百年は経っているかも……それだけでも骨董的価値はあるわ」
「ほへぇ……益々楽しみだ」
「それで摩耶。いつ行くの?」
「明日の昼からでも。本当は朝から行きたいのですが、午前中はどうしても抜けられない授業がありまして……」
「って事は、午後からはサボるのですか?」
摩耶さんって優等生的なイメージがあるけど、意外に大胆と言うか、もしかしてお転婆なのかなぁ。
「大丈夫ですか?後で怒られませんか?」
「大丈夫ですよシングさん。学業より倶楽部活動を優先させるのはいつもの事です」
「いつもの事って……摩耶さん、結構お茶目ですね。でも本当に大丈夫ですか?先生にブン殴られませんか?」
「え?そんな事はないですけど……」
「摩耶の学校は女子校よ。生徒に手を上げるなんて事は先ず無いわよ。そもそも名門のお嬢様学校だしね」
「ほぇ……それはまた、何とも平和的な」
「魔王の学校はちゃうんか?」
「違うよ。サボろうもんなら、鉄拳制裁だよ。しかも俺の担任、鉄鬼族だぜ?鉄の皮膚を持つ鬼なんだぜ。そんなモンに殴られた日には……まぁ、えらい事ですよ。実際、ブン殴られて壁にめり込んだヤツも居たし……ちなみにそいつ、次の日から渾名が『壁画』になったけどな」
「す、凄い学校ね」
「魔王も関係なくボコられるんか?」
「そうだよ。ある意味、超平等だよ。俺……学生とは言え、一応は王だったんだけどなぁ」