市松人形って人形界の帝王だよね。人形界って何か知らんけど。
喜連川の広大過ぎる庭の一角。
気品溢るる繊細な装飾の施されたウッドチェアとウッドテーブルが置かれたオープンなテラスで、女性が二人、お茶を愉しんでいた。
女性と言っても、一人は魂の宿った市松人形でもう一人は見た目が童女である。
その童女、とは言ってもかなりのキャリアを持つ魔女であるアルティナ・ランキフォイザーは、少し大き目のティーカップを手にしながら、目の前に座る、と言うかテーブルの上に正座している魔人形の酒井魅沙希を見つめ、
「相変わらず、ここのティーは美味いのぅ。ところでミス酒井、沙紅耶の娘はどうしているのじゃ?先程チラリと見掛けたが……」
「勉強中よ」
魔人形の魅沙希は抹茶の入った黒椀を両の手に持ちながら答えた。
「テストが近いからね」
「おやおや、本当に真面目じゃのぅ」
「ま、性格ね。それとも沙紅耶を反面教師にしているのかも。それに今回は、特に気合が入ってるし……」
「ほほぅ……何故じゃ?」
「ん?ん~……ちょっとね」
彼女は少し渋面を作る。
それを見てランキフォイザーは興味をそそられたのか、僅かに身を乗り出し、
「なんじゃ、ちょっととは?ワシに隠し事もなかろうて」
「大した事じゃないのよ。ただ……ね、テストの結果が良かったら、シングと遊園地に行っても良いって約束したと言うかさせられたと言うか……」
「ほ…」
ランキフォイザー口を軽く開け、そして次にクスクスと笑い出した。
対して魅沙希は渋面を更に深くする。
「摩耶の嬢ちゃんは、随分とあの魔王にご執心なようじゃのぅ」
「熱病みたいなモンよ。時が来れば治るわ」
「そうかの?かの者は見た目は文句なし。そしてその力も比類なし。年頃の魔女にとっては堪らん存在じゃ。恋の病に冒されても致し方あるまいて」
「まぁね。でも中身はウ○コよ。あれでもう少しマトモな性格だったら、私もそんなに気を揉まないんだけどねぇ……あそこまでポンコツだと、摩耶が毒されないか心配なのよね」
「ほ……くくく……」
「な、何よアル。その意味深な笑いは」
「なに……ミス酒井も、随分とあの者を気に入ってるようじゃと思うてな」
「なんでそうなのるよ」
「お主の口の聞き方で何となくな。何年の付き合いと思うておるのじゃ?」
「……ま、別に嫌ってるとかそう言うのはないわね。あれで役には立っているし。時々だけどね」
「ふむ……特に今回の件は大金星じゃったの」
「……そうね。まさか現場に首謀者が潜んでいたなんて……全然気付かなかったわ」
「いきなり事件解決じゃな。しかし、捕らえた輩は一体何者なのじゃ?ミス酒井の事じゃ、既に聞き出したのであろ?そしてそれを伝える為にワシを呼んだのではないのか?」
「……失敗だったわ」
魅沙希は大きな溜息を吐いた。
そして酒を呷るが如く茶碗の中身を飲み干すと、
「守秘義務を課せられた契約魔法を掛けられていたわ」
「ほぅ……」
「聞き出そうとした瞬間に、心臓破裂よ」
そのときの光景を思い出したのか、彼女の人形の顔が大きく歪む。
思わず目の前のランキフォイザーが引く程にだ。
「しかも御丁寧に、死後の霊魂まで縛っていたわ。ふん、降霊術で聞き出す事も出来ないなんて……残念過ぎるわ」
「何とも用意周到な連中じゃな。そこまで秘密を徹底するとはの」
「でもね、一つだけ手掛かりがあるの」
そう言って魅沙希は、懐から鈍く銀色に光る小さなメダルを取り出した。
表面には美麗な装飾が施されている。
「捕らえたあの死霊術士が持っていた物よ」
「ふむ……ウロボロスか。死と再生の象徴じゃの。死霊術士の組織の証なのか……しかしそれほど珍しくはないと思うがの」
「そのコインを良く見て。縁の方に小さな切れ込みがあるでしょ?」
「ほ……確かにあるの。縦に開くようになっておるのか……しかし良く気付いたの」
「私自身が小さいからね」
「なるほどの」
ランキフォイザーは苦笑を溢しながら、小さな爪で切れ込み線をなぞると、銀のメダルは二つに割れた。
その中には、また別の紋章らしき物の装飾が施されている。
「ほぅ……八端十字にも似ているが……ケルト十字のような装飾も……ふむ、見たことの無い紋章じゃな」
「私は専門外だからあまり良く分からないけど、死霊術士の持つ紋章とは掛け離れてない?」
「確かにの。どちらかと言うと聖騎士の持つ紋章に近いの」
「でしょ?」
「しかも御丁寧にメダルを割って中に隠すとは……これは何か裏があるのぅ」
「その紋章を調べて欲しいのよ」
「ふむ……八端十字に近いシンボルが描かれているという事は、正教会絡みかの。しかし死霊術士どもと関係があるとは到底思えんが……ま、欧州支部に連絡を入れておくとしよう。何か手掛かりが得られるかも知れぬしな。これは預かっても良いか?」
「あげるわよ。要らないし」
「そうか。ところでミス酒井よ。お主のお気に入りの魔王は、今日は何をしておるのじゃ?」
「シング?さぁ……朝も早くから黒ちゃんと一緒に芹沢の所へ遊びに行ったみたいだけど……」
「何じゃ、残念じゃのぅ。魔界の話などを聞きたかったのじゃが……しかしドクター芹沢か。あれは元気にしておるか?最近、会っておらぬからのぅ」
「元気よ。シングと馬が合うみたい。二人で何やらコソコソと下らない事して遊んでいるわ」
「……なるほどの。確かに気が合いそうじゃな」
ランキフォイザーは笑いながら、テーブルの上に置かれた焼き菓子を摘んだ。
「ドクター芹沢も、天才と言えば天才なんじゃがなぁ」
「そうね。工学博士としては優秀だし、錬金術師としては超一流。だけど二つが合わさると……何故かトンデモ発明家になっちゃうのよねぇ」
「1と1を足しても2にはならんという事じゃ。どちらか一方に集中すれば、それこそ歴史に名を残す偉大な発明家になれようものの」
「ま、性格よねぇ。せっかく才能があるって言うのに……その辺がシングと気が合うのかしら?」
「さぁのぅ」
ランキフォイザーはそう言って紅茶の入ったポットに手を伸ばし掛けるが、不意に眉根を寄せると、
「ん?なんじゃ?」
と呟いた。
「え?なに?どうしたのアル?」
「……相変わらずじゃのぅ」
どこか呆れたような顔を向けるランキフォイザー。
「ミス酒井は、昔から探知能力が鈍いの。そう言えば、トラップ等にも良く引っ掛かっておったし……」
「だ、誰にだって得手不得手はあるわよ。ま、実際そっち方面の能力は黒ちゃんに比べて大きく劣っているし……そう言うアルだって、攻撃魔法とかあまり得意とは言えないわよ」
「ワシの専門は幻術系魔法じゃからの。直接的な攻撃魔法は苦手じゃ」
「でしょ?で、何なのよアル。いきなり変な顔して……」
「変な顔とは随分じゃな。ふむ……何やら異質な魔力を探知しての。あっちの方角じゃ」
「異質な魔力?」
魅沙希がランキフォイザーの指差した方向に顔を向ける。
と、風の流れに乗って、既に聞きなれたシングの悲鳴らしき声が微かに響いて来た。
思わず彼女は大きな溜息を吐く。
ランキフォイザーの指差した方角には、芹沢の研究施設がある。
そして聞こえてくる悲鳴に、探知された未知の魔力。
そこから導き出されるのは……
「一体、何してんのよ……あの馬鹿達は」
「ふふふ……退屈せぬ、日常じゃの」
★
喜連川摩耶は、教科書にテキスト等が乱雑に置かれている机を前に一心不乱に勉学に勤しんでいた。
テストが近いから、と言うのもあるが、一番の理由は成績が良ければシングと一緒に遊びに行っても良いと酒井と約束したからだ。
別に遊びに行くぐらいならテストは関係ないのでは、と思わないでもないが、何故か酒井は摩耶がシングと遊びたいと言うとあまり良い顔をしない。
その理由がとんと分からない。
幼少の頃からエスカレータ式の女学校に通っている摩耶にとって、シングは一番身近にいる同年代-何歳かは良く分からないが-の男性だ。
生まれて初めての異性の友人と言っても過言ではないだろう。
だから、何と言うか……正直、興味がある。
時に、異性として意識してしまう事もある。
そしてそれ以前に、シングといると楽しいし、様々な事で刺激を受ける。
異界の事を聞き、魔法に関する知識を深める事もあったりする。
シングの傍に居る事は、摩耶にとってプラスになってもマイナスになる事は決してないのだ。
なのにシングさんと一緒に居ると、酒井さん時々困った顔とかするし……何でだろう?
摩耶はペンを止め、小さな溜息を吐いた。
最初の頃は、シングが魔王という事もあって、警戒しているのかと思ったが何か違う。
もしかして酒井さんはシングさんが嫌い?と考えた事もあったが、それも微妙に違う。
何故ならシングの傍に一番長く居るのは酒井自身だからだ。
正直、酒井さんばかりズルイ、と摩耶は思ったりもする。
うぅ~ん……何かナチュラルにシングさんに近付かないようにされているような気が……シングさん、悪い人じゃないのにね。
時々変な事を言ったりもするけど……酒井さんの考えが、ちょっと良く分からないや。
でも、今度のテストで良い点を取ったらシングさんと遊びに行っても良いって約束したし……うん、頑張ろう。
シングと一緒に遊びに行けると言うだけで、気合が入る。
そして胸の鼓動も早くなり、気持ちも少し逸ってしまう。
それが何故なのかは理解できないが。
「え~と、次は物理でも……」
と、摩耶がテキストに手を伸ばした瞬間、微かに電流のような物が頭の中を過ぎった。
「え?なに?魔力?」
眉を顰め、瞬時に意識を集中させる。
これはシングさんの魔力?え?二つ……いや、一つは何か微妙に……なに?この感じ?ちょっと気持ち悪い……
摩耶はゆっくりと椅子から立ち上がると、机の横に立て掛けてある愛用のマジックスタッフ(芹沢製)を手に取った。
確か……今日はランキフォイザーさんが来るって酒井さんが言ってたけど……
もしかしてシングさん、また何かあの魔女に悪戯とかされたんじゃ……
摩耶が少しだけムッとした顔をする。
ランキフォイザーとは昔からの知り合いだが、正直、摩耶はちょっと苦手であった。
何て言うのか、時々小馬鹿にされているような気がすると言うか子供扱いされていると言うか……それは酒井も同じような感じではあるのだが、彼女が自分に取って姉のような存在であるのに対し、ランキフォイザーはまるで学校の厳しい先生のようであった。
「もしシングさんが困っていたら、ちゃんとランキフォイザーさんに言わないと……」
そんな事を独りごちていると、今度は頭の中に警報音のような不快な音が響き、次いで使い魔である黒兵衛の掠れた声が響いてきた。
摩耶は慌てて部屋を飛び出した。
魔女と使い魔は、契約魔法によって主従の関係を結んでいる。
と言うのも、本来使い魔と呼ばれる魔族は、別に好き好んで魔女や魔法使いの下僕になっているのではないのだ。
むしろ自分達を好き勝手に使役する者を憎んでいると言っても過言ではない。
特に使い魔が上位の悪魔等の場合は、使役者が殺されてしまう事も多々ある。
だからこその契約魔法なのだ。
ただ、摩耶と黒兵衛の間にも契約魔法は結ばれてはいるが、それは他の術者達とは違い、どちらにも対等な感じ、イーブンであり実にフラットな契約であった。
主従と言うよりは友達ライクな関係と言っても良いであろう。
それならわざわざ契約魔法を交わさなくても良いのではないか、と摩耶はその昔、酒井に尋ねた事があった。
彼女にしてみれば、契約で使い魔を縛ると言うのは、ちょっとどうかと思う所があったのだ。
それはおそらく、幼少の頃から母親である沙紅耶とその使い魔を見ていたからであろう。
だが酒井は、ちょっと複雑そうな顔で、契約はちゃんと結びなさいと言った。
それと言うのも、契約魔法には便利な面が幾つかあるのだ。
その一つが、術者と使い魔の間の緊急連絡魔法である。
どちらか一方が危機的状況に陥った場合、テレパス能力や通信系魔法を使えなくても、瞬時に相手に危機を知らせる事が出来るのだ。
しかもそれは場所や距離などを無視して相手に伝わる特殊な通信魔法だ。
結界内からでも使える。
そして今、使い魔の黒兵衛からの緊急連絡。
何かしらの危険が迫っている証拠だ。
クロは確かシングさんと一緒だった筈……
摩耶の足は更に速くなった。
★
あ……やっと今、探知できたわ。
魅沙希は目を細め、木々の生い茂る庭を見つめる。
アルの言う通り、どうも私は昔から探知とかは苦手だわ。
何故なのかしら?
元からそっち方面が苦手……いえ、多分この身体の影響ね。
と、自分の小さな指をワキワキと動かす。
作り物の身体だから、動物的な感覚が鈍い……うん、そう言うことね。そう言うことにしましょう。
「来たようじゃぞ」
童女の身体を持つランキフォイザーが、どこか笑みを浮かべながら言った。
テーブルの上に乗っている魅沙希は懐から符札を何枚か取り出す。
「……あれね」
視界に捉えた小さな影。
それが段々と近付いて来る。
それに耳を澄ませば、風に乗って声が聞こえてくる。
声と言うより悲鳴に近いが。
本当にあの三人は、つるむとロクな事をしないわねぇ……
「って、なに?何してんのよ?」
シングがヒーヒーと叫びながら爆走してくる。
その両の肩に、それぞれ黒兵衛と白衣の芹沢を抱え乗せている。
そしてその後ろから、砂塵を巻き上げ迫って来る影が一つ。
女だ。髪を振り乱した女が、何故か動物のように四足でシング達の後を追い駆けているのだ。
な、なにあの女?それにこの感じる魔力の波動は……え?シングと同じ?
「異質な感じじゃな」
何時の間にか笑みが消えていたランキフォイザーが、眉を顰め前方を凝視していた。
「あの女から妙な魂の波動を感じるわい。人のような獣のような……物の怪と類とも違う、かなり異質な波動じゃぞ」
「シング達を追ってるって事は、取り敢えずは敵なのね」
「じゃろうな」
「だったら始末しましょう」
魅沙希は軽く鼻を鳴らすや、術を封した札を数枚、空に向かって放り投げた。
「雷撃鳥」
札は瞬時に光り輝く鳥に姿を変えると、そのまま謎の女に向かって真っ直ぐに突き進んで行った。
それはあたかも獲物を狙う隼のようである。
しかし……
「え!?躱した?」
有り得ない反応速度だった。
四足のまま、酒井の放った攻撃を軽やかな身のこなしで避けたのだ。
その動きは、目で追えない程だ。
「ほ……猫のようじゃな。それにあ奴、ミス酒井の雷撃を殆ど無効化しおったぞ」
「魔法に対する耐性が強いのかしら」
魅沙希は唇を噛み締め、更に符術の札をばら撒いた。
「雷爆鳥」
少し肥えたかのような鳥の姿に変化した術札が、謎の女の元へと飛んで行くや、至近距離で爆発。
それと同時に宿した雷の力が解放され、周囲に電撃を撒き散らす。
だが女は、それを避けようともせずに雷撃の嵐の中を真っ直ぐに突き進んできた。
「こ、このレベルの雷撃でも殆どダメージ無しなんて……」
「来るぞ」
ランキフォイザーが言うや、シングが滑り込んできた。
ゼーゼーと荒い息を吐きながら、
「お、おはよう御座います酒井さん」
肩に担がれていた芹沢も、力無い笑みを浮かべながら、
「これはこれは酒井女史。それにランキフォイザー女史も……いやはや、今日も良い天気ですなぁ」
「何やってんのよ、この馬鹿」
魅沙希は険しい顔でシング達を睨むと、更に数枚の札を放り投げ、
「蛟。火爆燕。そして山塊の激震」
様々な属性の術札が乱れ飛ぶ。
だが、そのどれもが無効化されたり避けられたりした。
「ひぇぇぇ……き、来やがった」
シングが情けない声を上げる。
とても魔王には見えない程の狼狽ぶりだ。
ここまでヘタレていると、最早苦笑しか浮かばない。
「まったく……」
魅沙希は軽く溜息を吐き、最後の符札を放り投げ、手早く印を結ぶと
「奇門遁甲、断罪の陣」
空を舞う札が輝くと同時に、獣のような女の姿が掻き消えた。
「一時的に結界に封じたわ。取り敢えず、これで少しは時間が稼げるわね」
そう言って、魅沙希は地べたに座り込んでいるシング達を冷ややかな目で見下ろした。
「で?あれは何?あんた達、一体を何をしたの?」
「そ、それは……何と言うか……」
シングがゴニョゴニョと口篭り、黒兵衛は視線を合わさず毛繕いをし始めた。
が、芹沢はゆっくりと立ち上がると、額に指先を当てながら、
「あれは鵺です」
「は?鵺?」
鵺はかなり上位の物の怪だ。
夜中や明け方に寂しげな声で鳴く奴延鳥と同じような鳴き声を発する事から鵺と名付けられた大妖だ。
その姿は頭は猿で動体が狸。手足は虎で尻尾が蛇と言う、西洋のマンティコアやコカトリスと同じキメラ種だ。
「文献とはかなり違った容姿をしていたみたいだけど……」
「でも鵺です」
芹沢は言い切った。
「そうだろ、シング君?」
「ハイ、アレハヌエデス」
「と言う事だよ、酒井女史。いやいや、何故かいきなり鵺が襲って来てねぇ……ほら、あれもキメラの一種じゃないか。魔法耐性も高く、退治するのにちょっと梃子摺って……」
その芹沢の言葉に、ランキフォイザーは軽く頷いた。
「なるほどの。確かに魂の波動はキメラ種に近い物じゃったな。しかし……何か違う感じもしたぞ。感じる魔力はそこの魔王のそれにかなり近かったしのぅ」
「……芹沢。正直に言いなさい」
「いやだなぁ……疑わないで下さいよ。あれは鵺です」
「……」
魅沙希はジッと芹沢を見つめるが、彼の目に嘘は見出せない。
ふん、年季が違うってこと?
でも甘いわねぇ……
「シング。正直に言いなさい」
「ふぇ?いや……鵺です。あれは鵺です。オラ、見たんだす」
「……嘘吐いていてたらテレビとゲーム機を没収するわよ」
「すんませんしたッッッ!!」
シングはいきなり地面に平伏した。
「言います。正直に、何もかも白状しますです」
「そう。良い子ね、シングは。で、あれは何?」
「……妹です」
「……は?」
妹?え?何それ?もしかして、魔界から召喚されたの?
困惑気味に芹沢を見ると、彼は渋面を作りながら、どこか重々しい口調で、
「実は……シング君の妹君なのだよ」
「……」
魅沙希は黒兵衛に視線を移す。
摩耶の使い魔である黒猫は、フレーメン反応のような顔をしていた。
「……嘘吐いたわね、シング」
「ぎゃッ!?いきなりバレた!!」
「なるほどね。ちゃんと説明しなさい」
「そ、それはそのぅ……」
シングはチラリと横目で芹沢を見つめると、
「博士がちょっと研究を……ぼ、僕は止めたんですよ?それは駄目だって言ったんですよ?な、黒兵衛、そうだよな?」
「お、おいおいシング君、そりゃないよ。まるで私が首謀者みたいじゃないか」
「……はぁぁぁ」
魅沙希は思いっ切りな溜息を吐いた。
本当にこの連中と来たら……
何だか身体の力すら抜けて行くようだ。
「で、芹沢。あれは一体何なのよ」
「や、何と言われても……ただのメイドロボですよ。最新型の」
「メイドロボ?」
少し首を傾げ、ランキフォイザーと顔を見合す。
と、童顔の魔女は眉を顰めながら、
「妙じゃな。機械体にしては魂や魔力の波動を感知したぞ」
そうね。確かにアルの言うとおり、魂の波動……生命のエネルギーのような物を感じる事が出来たわ。
でもメイドロボって芹沢は……
その時、魅沙希の脳裏に昔の嫌な出来事が思い起こされた。
「は!?アンタ、まさか前みたいに機械の身体に何処かの霊を憑依させたんじゃないでしょうねぇ」
「ち、違いますよ」
「ならアレは何?分かるように説明しなさい」
「ん……」
芹沢は困ったような、そして何処か縋る様な目でシングと黒兵衛を見つめるが、彼等は一斉にソッポを向いてしまった。
そこで観念したのか、脱力したかのように肩を落とすと、
「ちょっと造ってみたんですよ……その……ホムンクルス的な物を。私もパラケルススに挑んでみようかと思いまして……」
「ホムンクルスって……」
「ドクター芹沢。御主、まさか生命を創造したのか?」
生命の創造?
もしかして……魂を造り、それを機械の身体に……
「芹沢……アンタ本当に、生命体を作り出したの?AIの類じゃなくて、本当の魂を?」
「そのぅ……魂の欠片が彼方此方にありまして……勿体無いからそれでちょっと造ってみようかなぁ……なんて」
「冷蔵庫の残り物で作ってみました的な事を言ってんじゃないわよ」
魅沙希は鋭い眼光で芹沢を睨み付ける。
「で、それが何であんな凶悪になるのよ」
「そうじゃな」
ランキフォイザーも頷く。
彼女は顎に指を掛け、どこか興味深気な顔で、
「魂を造り出し、それを機械の身体に入れる。なるほど、ドクター芹沢はやはり天才じゃな。じゃが、あの魂は些かおかしかったぞ?それこそ先程言うたようにキメラのようじゃった。それに魔王の魔力も……どう言う事なのじゃ?」
「そ、それはですねぇ……その、魂の強化に動物霊を少々隠し味的に……シング君の魔力は、魂同士の結合に利用しました」
「動物の魂って……キメラの生命体を造ったって言うの?」
「益々天才じゃな。まさに稀代のマッドサイエンティストじゃ。パラケルススも腰を抜かすであろうにな」
「でしょ?ランキフォイザー女史は分かってらっしゃる」
「お黙り芹沢」
と、魅沙希は一喝した。
「事が済んだら、お仕置きだからね」
とは言ったものの、所詮は馬耳東風かも……と思った。
何故なら彼と彼女は、30年近く同じような事を繰り返しているからだ。
本当に、この男は昔から変わらないと言うか……
ふと、懐かしい思い出が幾つか蘇り、思わず微苦笑を溢す。
芹沢と出会ったのは、魅沙希がまだ学生だった沙紅耶と組んでいた時だ。
当時の彼も学生で、実は沙紅耶と同学年だ。
彼は隣町の学校で魔法科学部なる特殊な倶楽部を創設していた。
初めて顔を合わせたのは、確か近隣のオカルト関係の倶楽部が集まる魔女の集会だったと記憶している。
その縁もあってか、それから芹沢は沙紅耶に協力したり時には敵対したりと……そんな関係であった。
そしてここだけの話だが、芹沢が沙紅耶に気がある事を、酒井は何となくだが気付いていた。
もちろん、直接彼に尋ねた事はなかったが、なんとくその場の空気のような物で分かる。
酒井は鈍感ではなく、男女の機微などに関しては何故か鋭い方なのだ。
もっとも、沙紅耶の方は大雑把な性格からか、全くその事に気付いていなかったが。
そう言えば、さっきのあの狂ったメイドロボ……ほんの少し、沙紅耶に似ていたわねぇ。
本当に男って、妙な所で過去に拘るって言うか……
ふふ……でもこれで一つ、お仕置きの材料が増えたわ。
と、魅沙希が不敵な笑みで芹沢を見つめていると、不意に辺りに乾いた木の枝をへし折るような音が響いた。
見ると何も無い空間に、線状のヒビが走っている。
「結界が破られたみたいね」
パリパリと音を立て、空間の亀裂が大きくなって行く。
そしてそこから、芹沢の造ったメイドロボが半面を覗かせた。
大きく見開いた目で辺りを見渡すと、口角を吊り上げ、ニヤリとした笑みを溢す。
「あぁ……お兄様。そこにいらしたのですね。さぁ……私にもっとお兄様の魔力を下さいな」
「ひぇッ!?」
シングは情けない声を上げ、そそくさと魅沙希の背後に身を隠した。
★
「なにヘタレてんのよ」
酒井さんが俺の頭上に拳骨を落とす。
物凄く痛い。
「たかが機械人形相手にビビッてんじゃないわよ」
「や、そうは言っても……幽霊とかの類とは違う意味で、おっかねぇって言うか……」
得体の知れない狂気を感じるんで御座いますよ。
「酷いですわ、お兄様」
芹沢博士謹製の美女風味キメラ型メイドロボが、空間を引き裂きながらその姿を現す。
「腹違い種違いの妹なのに、逃げ出すなんて……」
「世間ではそれを赤の他人って言うのよ」
と酒井さん。
「ともかく、消えて貰うわ。アンタはこの世に出てきちゃいけない存在なのよ」
「え?そんなぁ……僕の妹なのに」
「お黙りシング」
またもや頭に拳骨を落とされた。
しかも先程より痛いで御座る。シクシク…
しかし冗談はともかく……ちょいと拙いでおじゃりますぞ。
俺の魔力が入っている所為か、魔法に対する耐性値がかなり高い。
俺の防御も攻撃も、同質の魔力なので殆ど相殺される。
そしてあのボディだ。
芹沢博士の造った最新ボディは、通常生物のそれを遥かに凌駕する性能を有している。
素の状態でタイマン張ったら先ず負けると言うことだ。
妖怪とか幽霊とか、化け物系ならスキルで対応できるけど、機械体を相手にするのは初めてだしなぁ。
ゴーレムの類なら何とかなるんだけど……
俺は顰めっ面でカーネリアンを見つめる。
思考回路、と言うか魂方面に致命的なバグを持って生まれたメイドロボは、両の手を天に掲げ、
「プギィーーーッ!!」
といきなり吼えた。
豚の魂も混じっているのだろうか。
見た目が綺麗な分、少し可哀想である。
「さ、酒井さん……どうしましょう?」
「どうするもこうするも、戦うしかないでしょ。相手は殺る気満々なんだし」
「か、勝てますかねぇ?」
「難しいわね。術札も底を付いちゃったしね。そもそも私はお茶を飲んでただけよ。戦闘準備なんかしてないわよ」
「うへ……マジですか?だだ、大丈夫っスか?」
「根性よ。気合と根性で乗り切るわよ」
何を言い出した、この魔人形は?
「ふふふ……お兄様ぁ♪」
カーネリアンはニタニタと笑いながら突っ込んで来た。
「うひゃ!?き、来やがった!!」
「アル!!」
「ん……これでどうじゃ」
と、ブティットバル族(多分)の魔女ランキフォイザーが、何やらブツブツと溢しながらサッと手を振る。
魔力探知スキルが大きく反応した。
が、カーネリアンは気にも留めずに爆走してくる。
「な、なんじゃと……」
ランキフォイザーの顔に微かに驚愕の色が広がる。
すると、何故かドライバーを手に構えている芹沢博士が吼えた。
「幻術魔法は効きが薄い!!あれは生物ではなく、機械なのだから!!」
「な、なるほどの。機械で出来た目は誤魔化せんと言う事か」
言ってチビ魔女は何処からか分厚い魔導書を取り出し、素早く詠唱。
目の前の空間に小さな魔法陣が浮かび上がるや、そこから銀色に輝く小さな針が無数に飛び出した。
無属性?単純魔力系の攻撃か?威力もそこそこありそうだが……
だがカーネリアンは片腕を振るい、難無くそれを跳ね除けた。
「く……やはり魔王の魔力を纏っている所為か、耐性値が高いのぅ」
「ふふふ……お兄様ぁ。ようやくチェックメイトですわ♪」
目の前に現れたカーネリアンが、涼しげな笑みを浮かべながら拳を繰り出してくる。
「うひぃッ!?」
辛うじて初撃を躱す事が出来た。
カーネリアンの拳が俺の脇腹を掠めるように飛んで行く。
く……やはりスキルの効果が薄い。
防御スキル全開状態なら、攻撃は先ず当たらない筈なのに……
「シング!!」
酒井さんがその小さな腕を振り回し、ファイヤーボールのような魔法を繰り出すが、当然ながらカーネリアンには殆ど効かない。
躱す事も跳ね除ける事もなく、突っ立ったまま直撃を受けている。
あまつさえ平然とした笑みを浮かべている。
まるで映画に出て来る怪獣のようだ。
「ムカつくわねぇ……ならこれでどうよ」
と、酒井さんは着物の帯紐を解くや、それを鞭の様に振るった。
その先端がバチバチと放電している。
「雷衝鞭よ。機械の身体には致命的でしょ!!」
風切り音と主に、酒井さんの操る紐がカーネリアンに打ち当たり、火花を散らした。
な、なるほど。機械、と言うか鉄は確かに雷系の魔法に弱い……
「それも効果は薄いぞ、酒井女史!!」
芹沢博士がまた吼えた。
「カーネリアンの人口皮膚には耐電コーティングが施されているんだ!!」
「な、何て余計な事を……芹沢。後でアンタにこの鞭を振るって上げますからね」
酒井さんは博士を睨み付けると、何やら短く詠唱し、手にしていた帯紐を放り投げた。
するとその紐は意思でも持っているかの如く、宙を優雅に舞いながらカーネリアンの体に巻き付いて行く。
「今よアル!!」
「心得ておる」
魔導書片手に、ランキフォイザーはもう片方の手で宙に何かの紋章を描くと、
「煉獄の炎を召喚。ブラッドブラックファイヤ」
瞬間、酒井さんの帯紐で縛られたカーネリアンの身体が、黒い炎に包まれた。
や、やったか……?
が、いきなりその炎は弾け飛び、そして消えた。
酒井さんの帯紐もズタズタに千切れ、地面に落ちている。
そしてカーネリアンは、殆ど無傷であった。
ニタニタとした笑みを浮かべている。
ぐぬぅ……ぜ、全然に効いてねぇ。これは本格的に拙いんじゃないか?
酒井さんもチビ魔女も、余裕が無くなりちょっと焦り気味な顔をしているし……どうする?
どうしよう?どうしましょう?
いや、落ち着け俺。
俺の豊かな戦闘経験を思い出せ。
こう言うピンチの時、俺はどうしていた?
どう打開していた?
思い出せ……
……
取り敢えず、逃げてたな。
次に死んだ振り。
そして時には土下座。
……
何の打開策にもならない。
自分でもビックリだ。
「あら?もう攻撃は終わり?なら、面倒だから全員死んで下さいな。うひょ♪ひょひょひょひょ♪」
と、残念を超特急で通り過ぎて病院収容間違い無しの笑みを溢しながらカーネリアンがゆっくりと近付いて来る。
く、仕方ねぇ……本気を出すか。
腹を括ったその瞬間、いきなりカーネリアンの即頭部に爆発が起こり、彼女はそのまま横に吹っ飛んで行った。
な、なんだ?
「シングさん!!」
「にゃ?」
見ると摩耶さんが立っていた。
いつもの髑髏の杖を両の手で構え、荒い息を吐いている。
「だだ、大丈夫ですか!!」
「だ、大丈夫で御座る」
「……酷いですわぁ」
「ゲッ!?」
吹っ飛んだカーネリアンは、何事も無かったかのようにムクリと起き出した。
髪と顔の半分が焼け爛れているが、それ以外は殆どダメージは無いようだ。
「乙女の顔に傷を付けるなんて、許しませんわぁ。ね?お兄様もそう思うでしょ?」
「え?お、お兄様?」
摩耶さんが瞳を瞬かせ、その顔に困惑の色を浮かべる。
「皆さんを殺しますデス。特に私を傷付けた貴方を最初にコロスデス。デス……デスデスデス」
「やべぇ……本格的におかしくなってきやがった」
カーネリアンは意味不明なことを言いながらガタガタと震えている。
かなりアレな光景だ。
「お、おい魔王」
黒兵衛が肩に飛び乗ってきた。
そして小さな声で、
「どないする?こら、ちと拙いでぇ。何か手はあるか?」
「……俺も本気も出す」
「どこぞのニートか、おどれは……」
「いや、マジで。ガチマジで。具体的に言うと攻撃魔法とかを使っちゃうぞ」
「マジか?自分、この世界で魔法を使うと制御とか難しいと言うてたやんか。魔力を消費し過ぎると駄目なんやろ?大丈夫なんか?」
「自信は無い。が、これしか手が無い」
「……や、ちょっと待てや」
黒兵衛が俺の頬を肉球で突付いた。
「アレがあるやろ。何とか使えんか?」
「アレとは?」
「ついさっき貰うた、七星剣や」
黒兵衛がそう言うと、いきなり芹沢博士が手を叩き、
「それだ!!それがあったか……」
「あの化け物相手に、あの剣が通用しますか?」
「あの剣の切れ味なら、カーネリアンの装甲など容易く切れる。何より先程も説明したが、あの剣は魔力吸収機能も付いている。魔力さえ吸収してしまえば、魔法への耐性が消える。カーネリアンの防御能力は殆ど物理に特化した機械体のみだ。勝てるぞ」
「な、なるほど」
つまり俺のスキルによる通常攻撃も通用すると言う事か。
「なら急いで研究所へ戻らないと」
「その心配は御無用だよシング君」
「と仰りますと?」
「魔力感知型自動追尾システム搭載だ。ま、簡単に言えば、持ち主のテレパス信号等を感知すると、君の魔力を頼りに飛んで来ると言う機能だ。シング君は既に剣の持ち主として登録してあるから、何も問題は無しだ」
「おおぅ、素晴らしい」
「や、問題無しってことはないやろ。芹沢のおっちゃんの事やから、何か重大な問題点とかあるやろ?」
黒兵衛が訝しげな顔でそう問うと、博士は何故か胸を張りながら、
「うん、実はある」
そう答えた。
さすが芹沢博士である。
他の科学者とは違い、自分の発明品の欠点を堂々と認めるとは……これぞ漢よのぅ。
「先ず第一に飛行距離が短い。あの剣は魔法で飛ぶのとは違い、柄の部分に内蔵した小型ロケットで目標まで飛んで来る。故に、燃料の関係から距離的にどうしてもな。それに一度飛行する度に燃料も補給しなければならない。それに超高速で飛んでくるから、受け止めるのが難しいと言う問題もある。アニメとかなら飛んで来て自分の手に収まる剣、ってな具合に描かれると思うが、実際は自分目掛けて飛んで来るわけだ。しかも避けようにも目標を追尾するから中々に難しい。対応を誤れば、飛んで来た剣で自分が串刺しになる恐れがある」
「なんやそら?ただの巡航ミサイルやないけ」
「だが、今は躊躇している場合じゃないだろ?」
「確かに」
見るとカーネリアン相手に酒井さんとランキフォイザーちゃんが防御系魔法を展開しつつ、摩耶さんが攻撃している所だった。
だが状況的にかなり厳しいようだ。
カーネリアンはゲラゲラと笑っているし。
「シング君、急ぎ給え」
「了解ッス」
と、俺は上空に向かって手を翳し、
「カモン、七星剣!!」
「OK。これで直に飛んで来る筈だ。後は何とかそれをキャッチするんだ」
「でもなんか、あっさりですね。アニメならSEが入ったり何かエフェクト的なモノがあっても良いんですが……」
手を伸ばして叫んだだけだ。
傍から見たら、ちょいと残念な姿であったろう。
「現実なんてこんな物だよ、シング君」
「お、早くも来たで」
黒兵衛が耳を動かしながら言った。
その視線を追うと、蒼穹の空に飛行機雲を作りながら何かが高速で向かって来る。
「研究所は近いからね。シング君、ギリギリのタイミングで避けるんだ。そして剣が地面に接触したら、急いで引き抜き給え。落下速度や剣の重さ、そして地面の硬さ具合からザッと計算をすると……10メートルぐらいは埋まるかも」
「お、おいおい博士……」
「うぅ~む……逆噴射装置……いや自由落下でパラシュート降下と言う手もあったか。まだまだ改良の余地がありそうだな」
「来たで魔王!!」
「思ったよりも速い!?」
キラリと陽光を反射しながら、博士お手製の剣が弓矢の何倍もの速さで突っ込んで来る。
……ギリギリのタイミングで躱せって言われても……って?あれ?
剣の軌道が微妙に……
と思った瞬間、ドスッと鈍い音と共に、上空より飛来した七星剣は身体を貫いた。
……
カーネリアンの。
「が……がががががが……」
背中から不意打ち気味に剣をぶっ刺されたカーネリアンは、ガクガクと痙攣し始める。
「そうか!?」
博士が叫んだ。
「カーネリアンの魔力はシングと同じ。剣はシング君とカーネリアンを誤認し、彼女の方へ……シング君、今がチャンスだ!!」
「了解!!」
俺はダッュシュでカーネリアンに近付くと、背中から伸びた剣の柄を掴み、
「魔力吸収!!」
刹那、掌を通してピリリとした電気的なものが伝わって来た。
「おおぅ、魔力が……」
「お、おに…おにおに……お兄…お兄様……」
「く……許せカーネリアン。我が妹よ」
俺はそう呟き、剣をそのまま上部へスライドさせながら引き抜く。
刺さった場所から頭部まで大きく切り裂かれたカーネリアンは、そのまま地面へと崩れ落ちた。
大きく開いた箇所からはコード類などが飛び出し、バチバチと火花を散らしている。
物凄く呆気なく、そして哀れな最期であった。
「……すまねぇ」
「気に病む事は無いよ、シング君」
背後から、博士の手が俺の肩に優しく置かれた。
「これも運命だ。誰が悪いワケでは無い」
「で、でも博士。お、俺……妹をこの手で……」
「……大丈夫。確かに彼女の身体は……だが、その魂は君の中にある。魔力を吸収し、それは君の中に溶け込んだ。彼女は死んでなんかいないのさ」
博士は優しげな笑みを浮かべ、そう言った。
と、不意に横合いから、超呆れた声で、
「何でアンタ達は、直ぐに自分達の狂った世界に入りたがるのよ。この馬鹿」
「え~……感動の最終幕なのにぃ」
「相変わらず酒井女史は男の浪漫を理解してくれないねぇ」
「あ?理解なんかしたくも無いわよ」
酒井さんがそう言って、苦々しげな顔で鼻を鳴らしていると、
「シングさん!!」
摩耶さんが駆け寄って来た。
少し疲れた顔をしている。
確か今日はテスト勉強をするとか言ってたが……うん、巻き込んでしまって実に申し訳ない。
「やぁ摩耶さん。どうも有難う御座いました。お陰で助かりましたよぅ。何せ酒井さんもチビ魔女も、予想以上に役に立たなくて……」
「シング。後でぶん殴るわ。取り敢えず10発は確定ね」
「じ、冗談ですよ酒井さん。酒井さんなら何とかしてくれるだろうって思って、僕達はここまで逃げて来たんですよぅ」
「シングさん。一体何が……」
と、摩耶さんが動かなくなったカーネリアンを見下ろし、困惑した声で言った。
「これ、機械の身体……でも、妹とかお兄様とか……」
「や、それは長いようで短い話でして……あ、そうだ摩耶さん」
「え?え?何ですか?」
「一つお願いが……これから僕チンの事を、お兄ちゃん、って呼んでくれませんか?」
「……は、はい?」
「や、カーネリアンの事で、僕チンの中の何かが目覚めそうと言うか新たな属性が誕生しそうなんですよ。あ、もちろんそれ以外でもOKですよ?例えば兄様とか兄上とか……お兄たま、ってのもアリかも」
「え?え?えと……え?」
「アリかも、じゃないわよ、このド変態。アンタの狂った世界観に摩耶を巻き込んでるんじゃないわよ」
「え~……別に良いじゃないですかぁ。渾名だと思えば良いワケですしぃ」
「え、えと……分かりました」
「え?マジで?」
いやぁ~、何でも頼んでみるもんだなぁ。
「じゃ、じゃあ……シングさんの事はこれから……」
「言うんじゃないわよ、摩耶。馬鹿を拗らせると一生治らないわよ」
酒井さんはそう言って、鋭い眼光で俺を睨みつける。
「そんなに言って欲しいのなら、私が言ってあげるわ」
「え?酒井さんが?」
「そうよ。それなら良いでしょ。……お兄ちゃん♪」
「ぎゃッ!?怖い!!」
一瞬で目覚めかけた新属性が死滅した。
それどころか妹が怖くなった。
ってかトラウマになった。
「失礼な事を言ってるんじゃないわよ!!」
酒井さんがムキーと怒りながら強パンチを放ってくる。
実に、なんちゅうか……トホホな一日だ。
ちなみに、その後……俺と博士、黒兵衛の三人は、酒井さんから夜中まで説教を受けた。
博士なんか散々ぶん殴られ、大人なのに泣き叫んでいた。
……
正直、カーネリアンより酒井さんの方がおっかねぇと思った。