結果発表
いやはや、年末からの繁忙期で全く書く時間がなく、更新がかなり遅れてしまいました。
ただでさえ人手不足のこの業界、この先どうなるんじゃろう?w
崩れ落ち、そのまま塵となって消えて行く精霊教会の枢機卿を見下ろしながら、俺は羅洸剣を鞘に収める。
パチパチパチと、小さな拍手の音が部屋の中に鳴り響いた。
後ろを振り返ると、教皇である大智雷が微笑を湛え、
「お見事です。まさか本当に術の一つで山鳴雷を仕留めるとは……いや、本当に見事です」
と賛辞を送ってきた。
「……良いのか?同じ眷属神を殺した俺を褒めて?」
「ははは、別に血肉を分けた兄弟ではありませんから……ま、ただの同僚ですね。しかし面白い術でしたね。察するに、範囲を限定した次元空間の断裂……または一時的に時空間に歪みを生じさせて……と言った所でしょうか」
「……ほぅ」
一回見ただけで術理を見抜いたか。
一応は上位魔法なんだが……
やはりコイツ、油断は出来ないな。
俺は腰に差した七星剣の柄に手を添え、減った魔力を補充しつつ礼拝堂のような室内を見渡す。
摩耶さんとラピス、それに確かシルルちゃんだったかが負傷者の手当てをしている。
しかし……久し振りに摩耶さんを見たけど、随分と大人びたと言うか……なんちゅうか、ぐっと女らしくなったと感じる。
精神的にではなく肉体的にだ。
ま、この世界に来てからかれこれ3年近くが経つのだ。
成長もするだろう。
……あれ?このまま元の世界に戻るのは少し拙くないかい?
だってこの世界に来たのは確か高校二年生だった筈だ。
今は推定二十ぐらい。
仮に元の世界に戻ったとして、また高校に通うのか?
あの可愛い制服を着て?
……
企画物のAVかな?
そんなアホな事を考えていると、少し草臥れた顔をしている芹沢博士がやって来た。
こっちの方は歳が歳だけにあまり見た目は変わっていない。
せいぜい前髪が後退しているぐらいだ。
「やぁスティング君。どうも助かったよ。しかし、一体何がどうなっているのかねぇ」
博士はそう言って、チラリと横目で精霊教会教皇の大智雷に視線を走らせた。
俺がどうして敵である筈の黄泉の八雷神と行動を供にしているのか気になるのだろう。
けど、その話は少し長くなるので取り敢えずは後だ。
今は先にやるべき事があるのだ。
と言うわけで、俺は呑気そうな顔でぶっ倒れているオーティスの脇に片膝を着く。
博士はそんな俺を見て、腰を屈めながら少し怪訝そうな顔で、
「ん?何をしているのかな?」
と尋ねてきた。
「ボンクラ…じゃなかった、オーティスの中にある精霊の力を浄化します」
俺はなんちゃって勇者の胸に手を置き、そう答える。
「浄化とな」
「はい。精霊の力が闇属性に汚染されてますからね。このままだとオーティスの精神が持ちません。ですから……精霊の力は全て私が吸収します」
ってか、既に精神汚染が始まって意識がコントロールされている状況だからね。
本当にこのボンクラ勇者は……どうしてそんなに警戒心が無いんだ?
普通なら、いくら闇系の耐性が低いとは言えある程度はレジスト出来ると思うんだが……あの枢機卿とやらを素直に信用し過ぎた結果がこれだ。
「しかしスティング君。そんな事をして君は大丈夫なのかね?」
「私は全属性の力が使えます。イコール、全属性への耐性があるって事です」
「ふむ、なるほど。……ん?しかし精霊の力を吸収するとなれば、オーティス君は……」
「……」
俺は無言で軽く肩を竦めた。
「……そうか。そう言うことかね」
何かを察したのか博士は小さく頷く。
そう、精霊の力とはこの世界では勇者としての力だ。
それを全て取り去ると言うのは、即ちオーティスは勇者ではなくなると言う事だ。
……
ま、力があっても勇者とはとても言えなかったがな。
俺は小さく苦笑を溢しながら、倒れているオーティスの肩を軽く叩き、
「まだ戦える、と言う気概が残っているのであれば、後は彼の頑張り次第です。本当の勇者になりたければ、最低でもウチのヤマダに掠り傷を負わせるぐらいまでは精進しないとね」
「それはまた、随分と遠い道程だねぇ。ま、可能性は無きにしも非ずか」
「もう時間はありませんがね」
物語としてはいよいよ最終章突入って所だ。
正直、コイツの成長を待っている時間は無いし、何よりこのボンクラはあまり成長しないだろう。
仮に持ち前の熱血を駆使し、血反吐を吐くような鍛錬と鬱を発症する程の努力で強くなったとしても、その先にある壁は突破できない筈だ。
そう、才能と言う絶対的な壁をだ。
俺は直接相手のステータス等を見るスキルや魔法は習得してないが、種族特性である程度の才能は肌で感じる事が出来る。
残念ながらオーティスは戦士や魔法使い、僧侶と言った花形職業に就く程の能力は持ち合わせていないだろう。
ある種の才能を持った者は独特のオーラを発するものだが、彼からは何も感じられない。
狩人や探索系等のクラスも無理だろう。
熱血故に隠密系のスキルが無いからだ。
ならば錬金術士は……駄目だ。頭が悪過ぎる。
意表を衝いて召喚士とか魔獣使いとかも……ん?この世界にあったかな?
つまりオーティスは元々、冒険者稼業に向いてないのだ。
ちなみに商人も無理だ。
実直で素直過ぎるから。
だからここはやはり、田舎に帰っての畑仕事一択だ。
頑張って農夫のマスタークラスになれば幸せだと思う。
一次産業万歳だ。
それこそが人間本来の営みであろう。
地味だが、分不相応な職業に就いて命を落とすよりは遥かにマシだ。
俺は軽く目を細めながら気絶しているオーティスの胸に再び手を置いた。
そして一拍の後、意識を集中。
「魔力吸収」
掌を通してオーティスの中の精霊の力が俺の中に吸い込まれて行く。
……うむ。自己能力値が満遍なく上がって行くのが実感出来る。
しかしまぁ、これだけの力を宿しておきながらあの程度の力しか発揮出来ないとは……やはりオーティスには才能が無いな。
ま、それは教団に利用されていた歴代の勇者も同じだと思うが。
俺はゆっくりと立ち上がり、軽く首を回す。
と、芹沢博士が
「で、スティング君」
言って教皇に視線を送る。
「彼はこの精霊教会の教皇、ダ・イチーです」
「つまり、先程の枢機卿と同じく八雷神が一柱、黄泉に属する禍津神の眷属と言うことかね」
博士が眉が少し顰めるが、逆にダ・イチーは温和な笑みを浮かべ、
「ふふ、初めまして。八雷神の大智雷です。あぁ、そんなに警戒しないで下さい。敵意はありません。と言うかむしろ私は味方ですよ。そうですよね、スティング殿?」
「……どうだかな」
「これはまた、つれないですね」
「ふ~む、それは仕方がないのでは」
と芹沢博士。
「黄泉の八雷神と言えば古からの邪神。それが味方ですと言っても俄かには…」
「人から見れば確かにそうですが、神の摂理から言えば、我々にも存在意義があるのですよ。そもそも我々……少なくとも日ノ本の神々の間に善悪の概念は殆どありませんので」
「……ま、確かに。邪神だ悪神だの括りは人が勝手に決めた事でもあるか。なるほどねぇ……そう言えば八雷神や黄泉大神を祀神とした社もあるし、時代や地域によって神に対する解釈も様々か。ふむ、だが大智雷よ、この状況下で味方ですと言われて素直に信じられると思うかね?」
「不利な状況だから味方をと?ふふ、それは違いますよセリザーワ殿。何故ならこの精霊教会そのものが、人間を絶滅から救っているからですよ」
「ほぅ……その辺は全く分からないが、しかし何故だね?この教会の設立はおよそ千年近く前からと聞く。先程の山鳴神とやらの会話からも……その時から君は裏切っていたと?」
「そうです。彼奴にも言いましたが、千年も経てば自ずと考えも変わると言う事ですよ。最も、他の奴等は私ほど柔軟な考えを持つ事は出来ないでしょうが。そもそも奴等は黄泉大神の血族である骸乃阿媚姫の眷属ですが、私は元々は屍乃阿邪姫の眷属でしたからね。有り体に言ってしまえば、お目付け役と言った所ですか」
「骸乃阿媚姫か。それがこの世界に転移した神の名前だね。ふむ……初めて聞く名前だ。文献にもそれらしき名は無かった気がするねぇ」
「黄泉大神こと伊邪那美命の穢れ溜りより生まれし最後の姉妹神ですよ。屍乃阿邪姫に骸乃阿媚姫。そして虚乃阿夜姫と」
「ふむ」
「ふふ、詳しい話はまた後日にしましょう。色々と長いですし、どうせなら皆が集まってからにした方が良いでしょう。時間の節約にもなりますからね」
「皆とは?」
博士が微かに首を傾げた。
「それは―」
と何か言い掛けようとする大智雷を俺は腕を伸ばして制止し、
「―そこからは私が話そう」
コホンと咳払いを一つ。
「近々、魔王エリウの名の下に、ロードタニヤ連合王国の首都レダルパにて各国の主要な者が集まり、そこで重要な事が話し合われる手筈となっている。そこに芹沢殿達も来ると良いでしょう」
「重要な話……停戦とかの話なのかな」
「この世界にかつて何が起こり、そしてまた何が始まろうとしているのかと言う話です。ふふ、停戦も何も……もはや魔王軍と人類軍が争っている場合ではないのですよ、セリザーワ殿」
ま、争いの種を散々蒔き散らかしてきた僕チンが言うのも何だがね。
「勇者だの魔王だのと言ってる時は過ぎたと。なるほど、物語はいよいよ佳境を迎えると……そう言う事かね」
博士がニヤリと、どこか含みのある笑みを溢す。
「えぇ、そう言うことです」
つまり、有り体に言えば『帰還の時が近付いた』と言う事だ。
って言うか、帰る方法はどうなってるんだ?
博士はちゃんと考えているのか?
よもや本気でこの世界に残る気では……ま、僕チンはそれでもエエけどね。
色々と愛着もあるし。
ちなみに、もし日本へ帰る時はリッカも連れて行く。
そこで立派なレディに育て上げるのだ。
もちろん嫁には出さんけどな。
それだけは譲れん。
……
とまぁ、冗談はともかくとしてだ、リッカは強い。
最初はこの世界で生き抜く為に俺や酒井さんが鍛えていたのだが、なんちゅうか才能がある。
有り過ぎる。
だからこそ不安なのだ。
俺や酒井さんがこの世界から去った後の事を考えると、色々とね。
有り余る才能と言うのは、時に災厄の種となる。
彼女の才能を利用しようとする輩が現れるかもしれないし、何かの拍子に闇堕ちしてしまうかもしれない。
リッカに限ってそんな事はないと思うが、断言は出来ない。
何しろ彼女はまだ幼いし、種族的にこれから何百年も生きる事になるだろうから。
だからこそ人間界に連れて行き、心身供に成熟するまで面倒を見た方が良いのだ。
俺はともかく酒井さんは不滅の存在だから、人生の師匠として最適だろう。
少々性格に難はあるけどね。
俺は小さく笑い、
「……とは言え、勇者の仲間として戦って来た者達にとっては色々と想う所もあるでしょうから、去就はお任せしますよ」
「参加するかしないかは此方の判断か。で、スティング君達はこれからそのレダルパに向かうのかね?」
「いえ、我々はまだやる事がありますから……それを片付けてからですね」
「やること?」
「教会幹部の黒猛雷とやらが一軍を率いて進軍中なんですよ。そうだったな大智雷?」
「えぇ、教会付きの騎士団を率いて北部地方へと……ま、命令を出したのは私ですがね」
「ほぅ…」
と、博士の目が細まる。
逆に大智雷は笑いながら、
「この際ですから狂信者供も一掃した方が良いと思いましてね」
「……なるほど。つまり教団と言う道具はもう必要なくなったと、そう言うことかね?」
「ふふ、セリザーワ殿は理解が早くていらっしゃる」
★
「う…うぅ……あぁ」
ズキンとした痛みが側頭部に走り、オーティスの意識は唐突に覚醒した。
しかしながら身体の節々の筋が強張り、彼の意思に反して中々思うように動かせない。
僕は一体どうしたんだ?
天井が見える……どうやら床に倒れているようだけど、何でだ?
まるで脳の中に靄が掛ったかのように記憶があやふやだ。
「あぅ?」
オーティスの視界の片隅で薄紅色の髪が揺れた。
「勇者しゃんが目覚めたんれす」
目覚めた…?
オーティスは微かに眉を顰めた。
僕は気絶でもしていたのか?
え?なんでだ?
そんな事をボンヤリとした頭で考えていると
「気分はどうだね、オーティス君?」
聞き慣れた大人の声。
そして彼の視界に入って来たのは逆さ向きになった芹沢の顔だ。
その背後に心配そうな顔をしたクバルトの姿も見える。
「セ、セリザーワ様……僕は……」
何とか起き上がろうとするが、やはりオーティスの四肢には力が入らない。
酷い倦怠感も感じる。
「あぁ、そのままそのまま。クバルト君」
芹沢が軽く手を振ると、クバルトが床に横たわるオーティスの背中に手を差し込み彼の半身を支えるようにして優しく起こした。
「あ、ありがとう、クバルト」
芹沢が片膝を着き、懐から青い液体の入った小瓶を取り出した。
そしてそれの蓋を外すと、
「飲みなさいオーティス君。街で仕入れた回復薬だ。どうやら体力も魔力も限界まで使い切ったみたいだねぇ」
そう言って彼の口元に近付ける。
オーティスは震える手でそれを受け取ると、一気に口の中に流し込んだ。
薬草独特の青臭さと苦さが咥内を駆け巡る。
思わず嘔吐きそうになり、知らず内に目元に涙さえ浮かぶが、オーティスは歯を食い縛りながら嚥下する。
まるで拷問を受けているような気分だ。
こんなにマズイ回復薬は初めてである。
芹沢はそんな彼を見つめながら、
「で、何があったんだいオーティス君」
そう優しい声で尋ねた。
「な、何が…何だか……」
少し荒くなった息を整えながらオーティスは答えた。
まだ口の中が苦味で微かに痺れている。
「憶えている所までで良いよ。最後の記憶は?」
「最後の……た、確か大聖堂で……枢機卿様に聖なる力を授けられて……そうしたら急に……」
「そこで意識が途切れたと、そう言うことだね」
「え、えぇ」
オーティスは頷く。
「セリザーワ様。一体、何があったんですか?」
「ま、色々とね」
芹沢は苦笑めいた笑顔を向け、軽く肩を竦めて見せた。
そして不意に真顔に戻ると、低い声で
「話せば少し長くなるが……その前にオーティス君、これからについて君に一つ言っておく事がある」
「な、なんでしょうか?」
芹沢の変化に、オーティスは僅かに緊張する。
「なに、大した事じゃない。私達はこれからレダルパへ向かう。君はどうするのかと思ってね。クバルト君以外の者はレダルパへ向かうのは賛成なんだけど、彼だけは君の意見に従うと言ってね。で、君の意見はどうかね?」
「レダルパ……ですか」
微かに眉根を寄せ、自分の記憶を辿る。
どこかで効いた憶えはあるが、ハッキリとは思い出せない。
「新しく興ったロードタニヤ連合王国……確か正式名称はロードタニヤ及び北部タウレーゼとタウラシア地方の連合王国とか言ったかな?その首都だよ」
「タウレーゼ……って、それってダーヤ・タウル王国の……」
「もうその国は無いよオーティス君。とは言ってもまだ彼方此方で残存勢力は残っているようだがね。ま、それも時間の問題だが……」
「つ、つまり、いよいよ僕達は魔王領に攻め入ると……そ、そう言う事ですね!!」
オーティスは口角泡を飛ばしながら叫んだ。
興奮と先程の回復薬の影響か、全身に広がっていた倦怠感はもう無い。
彼は鼻息も荒く、握り締めた自分の拳に視線を落としながら、
「そ、そっかぁ……いよいよ魔王と……」
そう呟いていた。
芹沢はそんなオーティスを見つめながら、心の中で嘆息した。
やれやれ…
まぁ、自称とは言え勇者であるし、そう勘違してもおかしくはないが……そもそも自分の実力で魔王に勝てると思っているのかな?
と言うか、魔王に勝つ事よりも魔王と戦う事に意義を見出しているような……いやはや、困ったもんだねぇ。
そんな独り興奮するオーティスに対し、芹沢は苦笑いを溢しながら
「いやぁ~、ちょっと違うねぇ」
と小さく首を横に振った。
その瞳には僅かに憐憫の情が見える。
「違う?何がですか?ロードタニヤ王国ってのは、確か魔王に組している者達が創った国でしょ?そこへ行くと言う事はつまり……」
「レダルパに各国の主要な者達が集まる。魔王エリウの呼び掛けでね。そこで何かしらの重要な会議が行われると言う話だ。それに我々も参加すべきだと思ってねぇ」
「は?参加?な、何を言ってるんですかセリザーワ様」
「そのままだよオーティス君。そこでこの世界の真実が詳らかになると、そうスティング君が言っていてね」
「スティング?何でここであの男が出て来るんですか?」
オーティスは傍から見ても分かるほど困惑していた。
芹沢は、因数分解を解けと言われたサルのようだねぇ、なんて事を思いながら
「この話を持って来たのが彼だからだよ」
そう言って優しくオーティスの肩を叩いた。
「あ、あの男は勇者を騙る偽者ですよ。そ、そんな奴の話をどうして……」
「その彼に今回も君は助けられたのだよ」
「……今回?」
「君は枢機卿に操られていたんだよ。そして奴の手先となり、私達に襲い掛かってきた」
「……は?襲ったって……ぼ、ぼぼ僕が?」
「そうだ。それと同時に以前戦ったあの黒い影のような連中も襲って来てね。ふふ、その首魁があの枢機卿だったと言うワケさ」
「ど、どう言う事です?あの枢機卿が……え?なんで?」
「まぁ、混乱するのは分かる。分かり易く言ってしまえば、この精霊教会そのものが悪しき者達の総本山と言った所でね。我々はまんまと敵の罠に掛かってしまったと言う事さ」
「敵……やはり魔王が裏で……」
「え?いやいや魔王は関係ないよ。むしろ魔王側も精霊教会の策略に乗せられていたと言うかねぇ」
「は?そ、それは一体……」
「ま、その辺りの真実がいよいよ明かされる。その為の今回の魔王からの呼び掛けだね。で、君はどうする?我々と一緒に行くかい?」
「……」
ど、どういうことだ?
オーティスの頭の中は半ばパニック状態であった。
彼が今まで信じてきたモノが根底から覆されるほど、芹沢の話は荒唐無稽過ぎたのだ。
「ぼ、僕は……いや、そもそも魔王の話す事が真実だとは言えないじゃないですか。それこそ僕達を誘き出す罠かも知れない。それに僕は勇者として、魔王と会う時は戦う時だと決めていて……話し合いなどは……」
「うぅ~ん、そうか……なるほどねぇ。ま、君の言いたい事も少しは分かるが……」
芹沢が顎に指を掛け、少し困った顔していると不意に横合いから
「真実を知るのが怖いのかい、オーティス」
と、シルク。
彼は腕を組み、どこか冷やかな目でオーティスを見下ろしていた。
「シ、シルク。何を言ってるんだ。別に怖いなんて事は……」
「現実を見ろよ」
シルクは小さく鼻を鳴らした。
「現実?」
「そうさ。分からないかいオーティス?勇者を認定する精霊教会そのものが悪の組織だったんだぜ。だったらさ、勇者ってのは一体どんな存在なんだ?答えは一つ。悪の手先さ。連中にとって都合の良い駒の一つだったって事さ」
「ば、馬鹿な。ぼ、僕は悪なんかじゃない!!」
「それは知ってる。けど結局は同じさ。例えそれが騙されていたとしてもね」
「だ、黙れよシルク!!」
オーティスは吼えながら立ち上がった。
頭と胸が石炭でも焚べたかのように急激に熱くなる。
友人とは言え、今の言葉は看過出来ない。
何故ならシルクの言った言葉は自分だけでなく、前代勇者である父も貶めているからだ。
だがシルクは激昂するオーティスとは対照的に冷やかな目で彼を見上げ
「いいや、黙らないね。この際だから言わしてもらうけど……オーティス、君はもう故郷に戻った方が良いよ。昔は勇者だったと言う思い出だけを胸にしてさ」
「な、なんだよそれ……僕は今でも勇者だぞ!!」
「……違うね」
シルクはまるで小馬鹿にするように小さく鼻を鳴らした。
「は?」
「セリザーワ様。オーティスはこのまま置いて、オイラ達だけでレダルパに向かいましょうよ」
「……ふむ」
芹沢は小柄なオセホボット族の見下ろし、微かに口元を綻ばせた。
なるほどね。辛辣な言葉で誤魔化しているけど、オーティス君の身を案じてか。
確かに、勇者の力の無い彼は只の人間の若者だ。
それなりにキャリアはあるかも知れないけど、それも高が知れている。
逆に自意識の高さから、この先の旅では無茶をして命を落とす危険もある。
だからこそ敢えてシルク君は厳しい口調で憎まれ役を……冒険を諦めても言い訳が出来るようにって所かな。
ふふ、彼は優しいねぇ……とは言え、今のオーティス君には伝わるまい。
「クバルト。君はどうする?故郷へ帰るかい?それともオイラ達と一緒に行くかい?」
「ま、待てよ!!」
オーティスは殊更、自分を無視するかのように振舞うシルクの肩を掴もうと手を伸ばす。
瞬間、彼の腹部に激痛が走った。
「が…」
見るとシルクの小さな拳が腹に減り込んでいた。
「……あぁ、やっぱり。体力が落ちてるとは言え、非力なオイラのパンチ一つで……しかも受ける事も避ける事も出来ないじゃないか」
「ぐぐ…」
「オーティス、分かっただろ?君はもう勇者じゃないんだよ」
「ど…どう言う意味だよ」
「……」
シルクは口を噤むり、芹沢の方をチラリと見やる。
「……勇者の力の源は精霊の力。その精霊の力は君にはもう無いんだよ、オーティス君」
「え…?」
「あの枢機卿に因って君の中の精霊の力は汚染されてしまってねぇ……勇者スティング君が浄化の為に吸い取ったんだよ」
「な゛……僕の力があの男に奪われたって事ですかッ!!」
「は?あ~……オーティス君、私の話を理解しているかな?」
「く、くそッ!!やはりあの男は……敵だ」
「君の思考は中々に面白いねぇ。ちゃんと皺があるか解剖してみたいが……ま、良いか。話を戻すが、精霊の力を失った以上、今の君はただの人間の青年だ。あぁもちろん、今までの冒険の経験もあるから、それなりには強いとは思うがね。ただねぇ、何と言うか……」
「足手まといなんだよ、オーティス」
と、呟くようにシルク。
「―ッ!?」
「ここからレダルパに向かうにしても道中が完全に安全ってワケじゃない。分かるだろオーティス?今の君は勇者じゃなくて只の冒険者だ。しかも低レベルの。まだまだ駆け出しさ」
「そ、そんな事はッ!!」
「だったらエディアちゃんと戦ってみろよ。同じ魔法戦士だろ。彼女に勝てるかい?勇者の力無しでさ」
「ぅ…」
オーティスは言葉に詰った。
何故なら多分、いや絶対に勝てないからだ。
彼女は才能の塊だ。
魔法も剣も卒なくこなす。
勇者であるオーティスでも、三本の内一本は取られるレベルでだ。
では勇者の力が失われた現状では?
オーティスは唇を噛み締めた。
彼女はオーティスとほぼ同じぐらいの歳だ。
しかも帝國貴族の御令嬢である。
そんな彼女に対し、自分は勇者であると言う自負だけで抑え込んでいた劣等感がゆっくりと鎌首をもたげる。
「まぁまぁシルク君もそれぐらいで」
と、どこか宥めるような口調で芹沢。
彼は穏やかな目でオーティスを見つめると、
「それで、どうするかねオーティス君?私達とレダルパへ行くかね?ただしその場合、命の保障は出来ない。シルク君も言ったが、今の世情は不安定だ。どんな危険が待っているか分からない。最悪、旅の途上で命を落とす危険もあるし、何より復活魔法が使える者は居ない。さて、どうするかね?」
「……どうするも何も……行きますよ」
オーティスはまるで自分に言い聞かすようにそう口を開いた。
そして拳を強く握り締め、
「レダルパへ行き、あの男に奪われた勇者の力を取り戻しますッ!!」
「あ、あぁ……そうか。君は本当に話を聞かないねぇ」
芹沢の口から軽い溜息が漏れた。