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ア・ボーリング・ディ


 「凄いなぁ」

通りを歩きながら僕は何気に呟いた。

教団の本拠地のあるヒ・バヤーマと言う名の街は、想像していたよりも大きな都市であった。

規模から言えば帝都などには劣るが、文化水準が高いのか、かなり洗練されている。

街道も成型された石等が敷き詰められ綺麗に舗装されていた。


「北部には精霊教会を信奉する街とか村は多かったけど……ここまで立派な都市は無かったなぁ。それに活気もあるって言うか、変に宗教臭くないよね」

隣を歩くクバルトと、いつものようにその肩に乗っているシルクにそう話し掛ける。


「ん…」

クバルトが大きく頷いた。

「普通の街だ。神官も多くない」


「だよね。精霊教会の総本山にしては普通だよね。もっとこう、宗教都市みたいな感じを想像していたんだけど」


「ん…」


「……シルクはどう思う?」


「え?あ~……確かにオーティスの言う通り、宗教色は濃くないね」

シルクが淡々とした口調でそう言う。


「そ、そうだね」

なんだろう?

何かこう、余所余所しいような……ちょっと微妙な空気を感じるんだけど……

それが何に起因するのか全く分からない。

「ねぇシルク。その…さ、何かあったのかい?」


「え?」

クバルトの肩に乗っているシルクは、キョトンとした顔で見下ろしながら

「どういう意味だい、オーティス?」


「いや、何かさ、上手くは言えないけど……シルク、このところ少し変って言うか……いつも難しい顔とかしているし……」

僕はそう言って少しだけ目を逸らす。

シルクの事は何でも相談できる友人だと思っていた。

実際、今まではそうだったし……

何か僕が怒らすような事でもしたのか?

それとも不満でもあるとか……


と、そのシルクがクバルトの肩から軽やかに飛び降りると、軽く服に付いた埃を払いながら僕を見上げる。

何処か真剣な顔だ。

「……ねぇ、オーティス。勇者の存在意義って、一体何だと思う?」


「は?存在意義?」

な、何だいきなり?

「そりゃあ……魔王を倒す事だろ?」

と言うか、それ以外には無い。

魔王を倒す為に精霊の力を使う事が出来る唯一の人間……それが勇者だ。

幼子でも知っている。


「……そうだね。魔王を倒す事が出来るのは勇者のみ、ってのが定説だもんね」


「そうだよ」


「でもさ、それって本当なのかな」


「は?」


「オーティスには少し耳の痛い話かも知れないけど……この世にはさ、まだまだオーティスより強い人がいっぱいいるだろ?その人達でも魔王を倒す事は出来るんじゃないかと……そう思ってさ」


「……出来ないよ」

僕は眉を顰めながら答える。

「そりゃシルクの言う通り、僕はまだ未熟かもしれないけど……魔王を倒すには強さ以外に精霊の力が必要なんだよ。って言うか、常識じゃないか」

本当に、一体どうしちゃったんだシルクは?

いきなり当たり前の事を聞いたりして……


「常識、か。いや、それよりもさ、どうして魔王を倒す必要があるんだろう」


「ちょ、ちょっとシルク。さっきから一体何を言ってるんだ?魔王は僕達人間の敵だよ?特にあの魔王シングは罪も無い人を……」


「最初に仕掛けたのはオイラ達の方だったじゃないか」


「そ、それは……そうだけど……」


「魔王エリウだってそうさ」


「はぁぁぁ?なんで?」

僕は思わず大きな声を上げてしまった。

セリザーワ様達が何事かと僕の方を見る。

通りを歩くこの街の人もだ。

シルクも少し視線が気になるのか、声を落とし

「あの爺さんの言うがままに、僕達は魔王エリウに奇襲を掛けただろ?」

そう言った。


あの爺さん……ギルメス老……懐かしいな。

けどシルクの言葉の中には、どこか棘と言うか侮辱と言うか……何かあるんだよな。

昔からギルメスとはあまり仲が良いとは言えなかったけど……

「確かにシルクの言う通り、魔王エリウを急襲したよ。けど、それは勇者として当然じゃないか。だって相手は魔王なんだよ?人類にとっての大災厄なんだよ?ここ十年近く、僕達人類種の国々は魔王軍と戦争をしているじゃないか。それにシルクは生まれ故郷も両親も……」


「その戦争だって、どうして始まったとオーティスは思ってるんだい?」


「はぁ?どうして始まったって……魔王アルガスが突然攻めて来たんだろ?それで僕の父は勇者として各地で魔王軍と戦い、そして最後は……」


「その話だけどさぁ、どうも……その違うって話があるんだよ」


「違う?何が?」


「最初に仕掛けたのはオイラ達人類系の種族って事さ」


「な、何を馬鹿な事を……」

人類が魔王軍に戦争を仕掛けた?

シルクは……

このオセホボット族の小男は何を言ってるんだ?


と、そのシルクは更に声を小さく抑え、まるで囁くように言った。

「正確には精霊教会の連中だよ」


「……は?」


「奴等が魔王アルガスの嫁さん、魔姫エーサルを謀殺して、それが本で今の戦争が始まったのさ。だからさ、魔王エリウにしてみれば、人類系種族は両親の仇であるわけで……」


「シルク。何処で何を吹き込まれたんだ?魔姫エーサルを謀殺?違うね。あいつは僕の父が正々堂々と戦い、勝ったんだ。正直言ってシルク、僕は少し怒ってるよ」

僕の心の中に、言い様の無い怒りが渦巻いていた。

シルクは頭の回転が早い。

だからか、時折人を小馬鹿にする事もあるし、余計な事を言う時もある。

正直、軽口と分かっていてもイラッとする事もあった。

それでもシルクに悪意はないんだと、半ば自分の中の負の感情を抑えるようにして接してきた。

けど、今の発言はさすがに許せないものがある。

僕自身の未熟さを指摘するのならまだ良い。

が、尊敬する父を冒涜するのは絶対に許せない。

――その時だった。

「どうしたんです二人とも?そんな深刻そうな顔をして」

そう声を掛けてきたのはディクリスさんだった。

いつもの温和そうな顔で近付いて来る。

「あ、ディクリスさん」

不思議と、彼の声を聞いただけでシルクに対する怒りが和らいだ。


ディクリスさんは僕とシルクを交互に見ると、少しだけ困ったような笑顔を浮かべ、

「……ま、敢えて詮索はしませんが、向こうから何やら信者の一団がやって来ますよ。ほらオーティスさん、笑顔になって」

そう言って、僕の肩を軽く叩いたのだった。





 「シルクさん。一体どうしたんです?」

ディクリスが信者達と話し合っているオーティスをチラリと横目で見ながら小さな声で尋ねる。

苦笑顔だ。

シルクは唇を尖らせ、憮然とした表情で

「聞かなくても分かってるじゃないか」

そうつっけんどんに言い返した。

ディスクリスは微笑みながら頷き、

「まぁ、そうですね。しかし釘を刺すにしても、もう少し言葉を選んだ方が良かったのでは?」

そう言って、彼の肩を軽く叩いた。


「遠回しに言ってもオーティスには通じないよ。盲目的に教会を信じてるからね」

シルクは小さく鼻を鳴らす。


「ふふ、そうですね。勇者にとって精霊教会は心の拠り所と言っても過言ではありませんから」


「……奴等、オーティスに何をする気なんだろう。セリザーワ様はオーティスの心を悪に染めるとか何とか、そんな事を言ってたけど……」


「オーティスさんは純粋な分、単純ですからね。ま、イザと言う時は何とか私達で止めるしかないでしょう。ただし、最悪な場合も想定して置いた良いと思いますが」


「オーティスが死ぬって事かい?」

シルクは少し驚いた顔でディクリスを見上げる。


「ですね。ただ、シング様もおられますし、まぁ……何とかなるでしょう」


「魔王はもう着いてるのかな」


「既に潜入はしていると思いますよ……と、何やらオーティスさんと話しが弾んでいますね」


ディクリスの視線を追うと、オーティスは白いローブを纏った教会の信者らしき者達と談笑していた。

シルクの目が険しくなる。

「連中も死者の国の化け者なのかな」


「いえ、一般の信者でしょう。立ち振る舞いからして、戦闘力は殆どありません。市井の者ですね。枢機卿がどうのこうのと言ってますが……ここからは少し聞き取り難いですね」


「枢機卿って、教会の偉いさんだろ?」

精霊教会における位階などは知らない。

と言うか興味が無いのだが、それでも『卿』と付くからにはかなりの高位の者に違いはないだろう。


「そうですね。教主に次ぐ教団の大幹部と言う話です。つまり、間違いなく敵と言う事ですね」


ディクリスの言葉にシルクは小さな唸り声を上げた。

先達ての洞窟での攻防の記憶が蘇る。

あれは戦いと言うより、ほぼ蹂躙に近かったが。

「どうしようディクリスさん。敵の幹部が出て来たら、オイラ達じゃ間違いなく敵わないよ」


「ん?ここは流れに身を任せるしかないでしょう」

と、ディクリスがそう言ってると、軽く手を挙げ近付いて来るセリザーワの姿が目に入った。

いつもの飄々とした態度ではあるが、その裏であらゆる事態を想定し警戒をしている事をディクリスは知っている。


「いやぁ~……早速、接触してきたねぇ」


ディクリスは声を落とし、

「セリザーワ様。この街をどう思います?」

そう尋ねる。

セリザーワはゆっくりと辺りを見渡し、微かに目を細めると

「正直、想定外かな」


「想定外、ですか?」


「もっとこう、禍々しい気配なり雰囲気なりを想像していたんだが……普通の街だね。いや、普通と言うより他の街より文化水準が高いと感じるよ。街並みも綺麗だし……これは行政がしっかりして機能している証拠だね。いやはや、この街の主は統治能力が高いのかも。その辺も少し聞いてみたいねぇ」


なるほど、とディクリスとシルクは頷いた。

確かにセリザーワの言う通り、この街は立派だ。

区画も綺麗に整理されているし、行き交う人々もどこか生き生きとしている。

物乞いはもちろん、生活に疲れているような人は全く見掛けない。

ただ、逆にそれがある種の異様さを感じさせ、心の中で小さな警鐘を鳴らしていた。


ディクリスは囁くような小さな声で言った。

「私とリッテンが調査してきましょうか?」


セリザーワは細い顎に手を這わせながら、

「自由行動が認められればね。さて、敵さんはどう出てくるか……」

そう呟くと同時に、小走りでオーティスが戻って来た。

「セリザーワ様」


「おや、オーティス君。話は済んだのかな?」

いつもの温和な口調で若い勇者に聞くと、オーティスは興奮しているのか、

「今から大聖堂へ向かいます。枢機卿が是非とも僕に会いたいと仰られているようなので」

鼻息も荒くそう言った。

セリザーワの視界に、苦い顔のシルクの姿が入る。


「おやおや、着いて早々にかい?それは随分と急だねぇ……何か急ぐ理由でもあるのかな」


「え?」


「いや、なんでもない。君が行くと言うのなら私達はそれに従うさ。ただ、これだけの大所帯だ。全員でゾロゾロと付いて行くと言うのは些か先方にも失礼だろう。ふむ……リッテン氏とディクリス君には別行動を取ってもらおうかな。宿の手配とかもあるしねぇ。それで良いかい、オーティス君」


「え、えぇ……それは別に構わないと思いますけど……」


「と言うわけだ、ディクリス君。すまないが色々と頼むよ」

そう言ってセリザーワは微笑み掛けると、ディクリスは軽く頭を下げ

「お任せを」

僅かに口角を吊り上げたのだった。







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