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この映像は加工ではありません


「はぁ……なるほどねぇ」

集音マイクを通して、廃墟の入り口付近に屯って居るテレビ関係者の話などに耳を欹てる。

撮影の打ち合わせのようだが……ふむ、なるほど。

この廃墟の中に居るもう一つのグループ、現在エレベータ付近に居る連中は、このテレビスタッフが用意したエキストラらしいと言うのが分かった。


「ほへぇ……こう言うのって、確か『演出』と書いて『やらせ』って読むんでしたっけ?」


「ま、この手の撮影に仕込みは必要よね」

酒井さんは肩を竦めながら言った。

「何しろ場所が場所なワケだしねぇ……誰も居ない確率の方が高いし、居たとしても面倒臭い連中ばかりでしょうしね」


「あ~……何となく分かりますね」


「話からだと……エキストラは地方の小劇団に所属している役者の卵みたいね。普通に廃墟を見学しに来た地元大学生、と言う設定みたい。シング、そっちの方へ行ってくれない」


「了解」

俺はコントローラーを操作し、廊下を道形に進みながら奥へ奥へと向かう。

カメラは暗視モードに切り替えてあるが、それでもかなり暗くて見辛い。

現場は殆ど真っ暗じゃなかろうか。

「こんな所で待たされる役者さんも、大変ですなぁ」


「下積みってそう言うモンよ」


「ふ~ん……って、あれ?」


「どうしたのよシング?」


「……いや、いきなり動体センサーの反応が……この先に居る筈の4人の反応が消えまちた。故障かな?」


「テレビスタッフには反応してるわよ。シング、急ぎなさい」


「消音モードですから、そんなに速度が出ないんですよぅ」

天井に当たらないようにギリギリを飛びながら、廊下の突き当たりを目指して慎重に進んで行く。

「ん?」

壁の手前で止まり、そこからカメラを拡大望遠。

「エレベーターの扉が開いてますぞ。ここに居た筈の4人の姿は見えないし……落ちたのかな?」


「4人も同時に落ちるわけないでしょ。それに悲鳴も何も聞こえなかったし……」


「ですねぇ……と」

突如、画面の映像が乱れた。

各種センサーにも異常が現れ、スピーカーからは耳障りなノイズ音が漏れる。

「な、なんじゃ?」


「……典型的な霊障ね。画面を良く見なさい。何体か映ってるわよ」


「み、見えない!!僕には何も見えない!!」

何故なら既に目を瞑っているからだ。


「ちょっとシングッ!!が、画面が回って……一体何してんのよ!!」


「奥義発動中です」


「ば、馬鹿かーーーッ!!」

怒声と共に、酒井さんパンチが俺様のプニプニほっぺに突き刺さり、俺はそのままもんどり打って倒れる。

ってか、人形のパンチで倒される魔王って……


「な、殴ったね!?親父にも殴られた事がないのに!!」

ただし執事のヨハンには何回かシバかれたが。


「お黙りシング!!」

と、もう一回ぶん殴ってくる血の気の多い魔人形。


「ま、また殴ったね!?」


「あ?文句あんの?」


「……ないで御座る。シクシク……」


「って、どーすんのよ。ドローンからの映像が切れちゃったじゃないの。ちゃんと操縦してなさいよ」


「ぼ、僕が悪いので?何か超理不尽な……黒兵衛。こう言う場合、俺は何て言えば良いんだ?」


「ダメだこりゃって言うんや」


「そうか。うむ、ダメだこりゃ」


「遊んでんじゃないわよ!!」

またもやぶん殴ってくる酒井さん。

本当に、何て凶悪な魔人形なんだか……

ちなみに黒兵衛も、頭に拳骨を貰っていた。


「もう、本当に酒井さんは腕白と言うか暴れん坊と言うか……ま、それはともかく、実際問題ドローンが操縦不能になったのは別要因ですよ。画面にノイズが走ると同時に、コントローラーの調子が凄く悪くなりましたからね」

どのみち墜落は免れなかったわい。


「映像に映るほどの強い霊体が幾つも映ってたわ。多分その影響ね。でも何でこんな普通の廃墟にあんなにたくさんの凶霊が……」

顎に手を添え、何か考え込む酒井さんに、どこかおずおずとした感じで摩耶さんが、

「あ、あのぅ……酒井さん?」

「ん?どうしたの摩耶?」

「その……エレベータの近くにいた人達は……」

「え?さぁ……死んでるんじゃない?」


俺もそう思う。

おそらくだが、エレベーターの扉が開いていたし、遺体も見当たらない事から……きっと悲鳴を上げる間も無く、凶悪な霊達に一気にあの穴へ突き落とされたのだろう。

いやはや、おっかねぇなぁ。

こんな時は確か、ナンマイダブ、とか言うんだったか?


「し、死んでるって……」

「自業自得よ」

「でも、そうするとテレビの人達も……」

「ま、同じ運命を辿るでしょうね」

「た、助けないと!?」

摩耶さんが杖を握り締めながら大きな声を上げる。

が、酒井さんは何だか残念な子を見るような目で、

「無理ね」

と一言。

「む、無理って……」

「今、私達が現場へ行っても、ミイラ取りがミイラになるだけよ。分かるでしょ?」

「……」


ちなみに俺は分からん。

ミイラ取りがミイラって……どう言う意味だ?


「敵に対しての情報が不足している上に装備も不足。そしてもう一つ、行けない理由があるわ。だからここは一旦戻って、録画した映像を精査してから準備を整えて……」

「み、見殺しにするんですか!?」

「それも自業自得よ。全ては自己責任ね。……シング、アンタからも何か言ってあげてよ」


「そうですねぇ……ってか、摩耶さん、素っ飛んで行っちゃいましたけど……脇目をも振らずに全力ダッシュですよ」


「……」

酒井さんはピシャリと自分のおでこを叩き、大きな溜息を吐いた。

「本当にあのは……直ぐ感情で動くんだから。ああ言う所は、本当に沙紅耶と同じだわ」


……お袋さんの影響と言うより、酒井さんの教育の賜物だと思うんじゃが……

「で、どうします酒井さん?」


「追っ駆けるしかないでしょ?」


「ですよねぇ……トホホですね」

凶悪な霊が待ち構えていると言うのに……僕チン、精神がもつかなぁ?

「そう言えば、もう一つの理由ってなんです?」


「え?分からない?」


「分からないっス」


「私と黒ちゃんの存在よ」

酒井さんはそう言って、俺の肩へと飛び乗った。

「マスコミ関係者が居る所に、私や黒ちゃんが駆け付けてみなさい。どうなると思う?」


「……あ、なるほど」

リアル生き人形に喋る黒猫……大スクープだ。

映像に収めるだけで、世界中が仰天するだろう。

「史上最高の視聴率が出ますね」


「そう言うことよ」

酒井さんはもう一度、大きな溜息を吐いた。

「それに摩耶だって、テレビ局にとっては美味しいキャラよ」


「魔法使いですし、可愛いですからね。スター性抜群です」

俺は両の肩に酒井さんと黒兵衛を乗せたまま、軽やかに山道を駆け下りる。


「本当に……もう少し、周りの状況を見て判断して欲しいわ。どうせ間に合わないんだし」


「そうなんですか?」


「そうよ。ここからあの廃墟までの距離。そして摩耶の体力と運動神経。そこから計算するとイコールは?」


「あ、無理でおじゃりますな」


「そう言うこと」

酒井さんは俺の耳を掴みながら、本日何度目かの大きな溜息を吐いた。

 

「んで、どうします?これからの行動的に……」


「摩耶を回収後、現場の様子を少し見てから撤収って感じね」


「概ね賛成で御座る」


「対悪霊の装備も少ないし、謎が多過ぎるわ。今敵地へ突っ込んだら、こっちが危険よ」


「その通りですね。勇気と無謀を履き違えちゃ駄目っスよね」

脅威に対する情報収集と事前準備。

これは常識だ。

俺の世界でも、己の力を過信し過ぎる馬鹿はいくらでもいた。

酷いのになると、何の情報も得ずにダンジョンへ潜って二度と帰ってこない連中もいた。

数々の冒険を成し遂げた優秀な者達に共通するのは、常に心の中にほんの少しの臆病さを持ち合わせていることだ。

「摩耶さん、いつもそれなりに冷静なんですけどねぇ」


「そこが若さよ。経験の少なさが、こう言う時に出ちゃうのよ」


「若さですか。僕チンも若いし、経験も少ないですけど、いつも冷静ですよ?」


「アンタは単純にヘタレなだけよ」


「ありゃま。そう言う酒井さんは……一体幾つなんで?」


「乙女に年齢を聞くの?野暮な男ね」


「乙女と言う言葉の意味が僕チンの脳内辞書と少々食い違っているようですが……酒井さんって色々と物を知ってるし、経験豊富って感じでいつも柔軟に対応とかしているけど、時々超お茶目な所があったりして……正直、幾つぐらいなのかサッパリ分からんって感じなんですよぅ」


「昔の事は殆ど記憶にないのよ。けど、生きてる時は……多分、摩耶やアンタと同じぐらいだったと思うわ」


「おろ?そうなんで?」


「学生をしていた記憶が微かに残っているのよ。それで、この身体になってから……だいたい100年ぐらいかしらねぇ……憶えてないけど」


「へぇ……でも、憶えてないのに100年と言う数字は何処から出たんで?」


「この人形の製造年が、それぐらいだからよ」


「あ、なるほど」


「どうしてこんな身体になったのか分からないし、今となってはどうでも良い事だけど……ま、ちょっとは気になるからね。前に私が宿っているこの身体について、色々と調べてみたのよ。そうしたら明治後期から大正期に掛けて造られた人形って事が分かってね。だったら私が生きてた時代も、それぐらいかなって思ったのよ」


「ほへぇ……酒井さんも、何か色々と秘密がありそうですねぇ」


「良い女は秘密をたくさん持ってるのよ。って私の秘密……う~ん……」


「どうしたんで?」


「……ちょっと前に、私を狙って死霊使いが襲って来た事があったでしょ?あの時も、何の変哲も無い場所から急に悪霊の集団が現れたし……今回も、それに近いのよねぇ」


「また酒井さんを狙っていると?」


「それは無いわ。今回はおそらく偶然よ。この廃墟の行方不明に関しては、前からあった話だし……ただ、もしかすると首謀者は繋がっているかもね」


「死霊術士の秘密の組織とか何とか言ってたヤツですか?」


「かも知れないわ。ただ、何を企んでいるのか……その意図が分からないわ」


「ですね」

坂になっている山道から軽くジャンプし、アスファルトとやらの地面に降り立つと、俺はそのまま廃墟遊園地を横目にホテルへ向かって駆け出す。

「摩耶さん、見えませんね。もうホテルへ入っちゃったのかな?思ったよりも速いなぁ……」


「興奮しているから、自分の身体能力以上の力が出てるのよ。だから後で一気に疲労が出て来る筈よ。……本当にお馬鹿な娘なんだから……肝心な時に身体が動かないって事になったら、拙いじゃないの」


「それも若さってヤツですかい?」


「そう言うこと。どうも摩耶は、人助け、って事に重点を置き過ぎなのよねぇ。人としては正しいけど魔女としては失格だわ」


「酒井さんは?」


「私は第一に邪悪なる物、人に害を為す異形の排除。これが最優先よ。その為なら、多少の犠牲には目を瞑る事が出来るわ。ま、あまり好い気はしないけどね。シングもそうでしょ?」


「え?俺っスか?俺様ちゃんは……最優先は自分の命ですね。ヤバいと思ったら逃げの一択ですよ」


「……ある意味、正しいわね。けど、摩耶を見捨てたらぶち殺すわよ」


「その辺は弁えてますよぅ。だからこうして、怖いのを我慢してるんですから」

そもそも摩耶さんや酒井さんがいなくなったら、僕チンこの世界で野垂れ死にしちゃうからね。

俺の命イコール摩耶さん達の命だ。

「と、ホテルの前に来ましたけど……摩耶さん、いないっすね」


「中へ入ったのね。全く……私達も乗り込むわよ」


「了解。最優先は摩耶さんの確保。んで、お次に情報の収集と……あと万が一、助けられそうな人が居た場合はどう対処しましょう?」


「……難しい問題ね。人道的には助けるべきだけど……」


「俺がその場で処理しましょうか?もちろん苦痛無く、一瞬で」


「そう言うことを淡々と言う所は、ヘタれていても魔王ね。でもそれは駄目よ。私や黒ちゃんならともかく、摩耶には精神的ショックが大き過ぎるわ」


「はぁ……なるほど。確かに、そうですね」


「ま、その辺も自己責任って事で。自力で逃げればそれで良しってね。あ、気絶している場合とかは、助けても問題ないでしょ。要は、私達の存在が明るみに出なければ良いのよ。面倒事はゴメンだからね」


「了解。んじゃ、この中へ入りますか。何も出て来なけりゃ良いけど……」









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