ボコ○カ・ウォーズ
どう言う事なんだ……
ダーヤ・ウシャラク王国、タウル侵攻軍に所属する小隊長は、心の中で首を傾げていた。
魔王軍により、ダーヤ・タウルの南西部地方の切り取りは保証されていた。
同じ人間と言う種族ではあるが、長年の確執があったタウル王国への侵攻に関しては、特に思うことは無い。
しかし……既に侵攻は当初の予定ルートを大幅に逸脱し、魔王軍が支配する地域、魔王に忠誠を誓った旧タウル貴族の領地へと及んでいる。
聞けば別働隊は既に魔王軍と交戦し、魔王によって興されたロードタニヤと言う新興国へと攻め入ったとの事だ。
これは……かなりマズイ状況ではないのか……
小隊長は口には出さないものの、それは如実に顔に出ていた。
もちろん彼だけではなく、部下も、同じ部隊の小隊長も同じだ。
それどころか、彼に命令を出した中隊長から大隊長、更には上の連隊長までもが、不安を隠そうともせず顔に出している。
この侵攻軍を指揮するのは、現ウシャラク王が末弟である。
異母弟ではあるが歴とした王族だ。
つまりは、これは一部隊の命令違反とかではなく、また何かの手違いと言うことでもなく、ウシャラク王国が魔王軍に対し反旗を翻したと言う事で……
やはり、凄くマズイ事になっている……
魔王の恐ろしさは良く知っている。
直接、見たことは無い。
だが話は色々と知っている。
中には一笑に附すような眉唾な話もあったが、それらが誇張ではないことは現在の状況が物語っている。
そんな魔王を相手に裏切りを……
しかし自分は兵士だ。
しかも末端に近い兵士だ。
命令は命令である。
上が進めと言ったら進むしかない。
例えそれがウシャラクと言う国が滅びる道であったとしてもだ。
★
眼下に広がるは、陽光に反射し煌く鎧や槍の穂先の数々。
盟約を破り、魔王軍の支配地域へと進出して来たダーヤ・ウシャラクの軍勢だ。
俺は小高い丘の上から奴等を見下ろしていた。
エリウちゃんやカーチャ嬢達と合流し、ロードタニヤ防衛戦へと赴いている酒井さん&黒兵衛からの連絡では、そこに例の黄泉の国の化け物は居なかったと言う話だ。
捕虜にしたウシャラク兵に聞いたところ、自分達はタウル侵攻軍の総司令の命令で進軍して来たとの事だ。
……つまり、本命はこっちか……
俺はフンと小さく鼻を鳴らし、華麗な装飾が施された白銀のマントを翻す。
後ろに控えているのはヤマダの旦那にリーネア。そして俺の妹ポジションであるリッカ。
勇者スティングと愉快な仲間達だ。
一昨日、帝國との国境付近で合流する事が出来た。
「どうやら、あの軍が本隊みたいだ」
俺がそう言うと、ヤマダの旦那は軽く眉間に皺を寄せ、
「思ったよりも数は少ないが……異様な気配を感じるな」
「そう?俺はどうもその辺の感覚はいまいち分からんのだが……ま、居るだろうね。総司令官とやらに取り憑いているんじゃね」
そう言って俺は傍に居たリッカの頭を軽く撫でる。
暫く湯浴みをしていない所為か、髪がちょっぴりゴワゴワしていた。
この件が片付いたら、ロードタニヤのカーチャ嬢の家で大きな風呂を堪能したいものだ。
「この軍の司令官は確か……ウシャラクの王族だったな」
「そうよ」
と言葉を返したのはリーネアだった。
彼女は手にした弓に視線を落としながら、
「しかし、敵の正体が酒井殿達の世界から流れて来た邪神とはね。しかも大昔に」
「まぁ、推測だけどね。けど、概ね間違っては無いと思う」
「それが千五百年ぐらい前にこの世界の神や精霊を滅ぼしたと……道理で、私達じゃ勝てない筈ね」
「この世界のレベルを遥かに逸脱している連中からな。まともに戦えるのは多分、俺と酒井さんぐらいだろうね。マーヤ達でも厳しいかも知れん」
「そうなの?」
「何しろ相手は神様って話だからなぁ……普通の人間じゃ無理じゃね?はっはっは」
摩耶さんは強い。
心の師匠である芹沢博士も知識は豊富だし謎アイテムも作れる。
その辺の化け物相手ならそれこそ鎧袖一触だろう。
だが相手が神と称されるような超常生物が相手だと……かなり厳しい。
まぁ、その辺が人間と言う種の限界だと俺は思う。
どれだけ潜在的能力があり、修行を積んだとしても、種族としての最大限界値を超える事は出来ないのだ。
とは言え、摩耶さんクラスの強者が十人ぐらい用意出来れば話は変わって来ると思うがね。
……
ちなみに酒井さんは既に人間と言う種を捨てちゃってると言うか、生物としての理から外れているからノープロブレムだ。
ってか、未だに勝てる気がしねぇよ……怖いし。
「ところで話は変わるけど、前に話した女の子達には会えたか?」
「会ったわ」
とリーネア。
「確かエディアとシルル……だったかしら?シン殿の言った通り街道を北に進んでたら会えたわ」
そう言うと、ちょっと困ったような笑顔を溢し、
「まさか彼女達の口からシンノスケの名前を聞くとは思わなかったわよ。一体、何をしたのよ……」
「わははは♪まぁ、色々とな。で、どうだったあの二人は?」
「そうねぇ……シルルって娘は、かなり強い魔力を感じたわ。あれは持って生まれた才能ね。それにエディア……あれは凄いわよ。歳の割にはかなりの修練を積んでいるようだったわ」
「確かに」
ヤマダの旦那が軽く頷く。
「手合わせこそしてないが、立ち振る舞いからして強者の風格を感じたぞ」
「そっかぁ」
確かにな。
あのエディアちゃんって魔法戦士は独特のオーラを放っていたからな。
「リッカはどう思った?」
「……あの勇者より強いよ」
「わははは♪そうかそうか、オーティスか。ふむ……ティーンバムのダンジョンで、それなりに装備も整えた筈だろ?セリザーワからそう連絡があったし……それでもまだまだか」
「……」
「……」
「……まだまだ」
「なるほど。まぁ……一般人を勇者に仕立て上げるには、やはり無理っちゅうか限度があるのかもな」
「ねぇシン殿。やっぱり……オーティスは勇者じゃないのかしら」
リーネアの質問に、俺は思わず渋い顔をしてしまった。
「そうだなぁ……勇者ってのは、ある意味先天的なスキルの一つじゃないかと俺は思ってる。持って生まれた特殊な才能だ。ってか実際、ティーンバムに出会ってそれを確信した」
魔法や剣術もそうだし、それこそ料理にしろ絵を描くにしろ、何でも努力すればそこそこ人は上達する。
特殊な技能も習得できるかもしれん。
が、そこから先、ある種の壁のような物を超えるには、やはり才能が必要だと思う。
努力すれば誰でも超一流になれる……そんなワケはないのだ。
毎日厳しいトレーニングを積んだら誰でも速く走れるか?
寝る間も惜しんで描いた作品が世間から絶賛を浴びるか?
否だ。
ってか、もしそれが可能ならば、世の中はその道のスペシャリストばかりになり、きっとつまらない世界になっているだろう。
勇者もまた然りだ。
「ヤマダの旦那達も、操られていたとは言えティーンバムと剣を交えてどう感じた?」
俺がそう尋ねると、ヤマダもリーネアも難しい顔で黙ってしまった。
「で、今一つ尋ねるが……先代勇者、オーティスの親父はどうだった?」
「……」
「……」
「……やはりか」
二人ともその道のエキスパートだ。
実際、本物の勇者であるティーバムと戦い、何かを感じ取ったのだろう。
「これも推測だけどさぁ……精霊教会によって創り出された勇者ってのは、殆どが肩書きだけなんじゃないかな。もちろん、それなりに強かったとは思うけど、本物に比べれば……な。で、その本物の勇者になれる素質のあるヤツは、秘密裏に教団が始末していたんじゃなかろうかと……ま、さっきも言ったけどあくまでも俺の推測なんだけどね」
自分達が作った勇者の後に、本物の勇者が現れると色々とマズイだろうしね。
……
いや、待てよ……もしかして奴等が蠢動してるのは、勇者スティング様を狙ってなんて事は……にしては表に出過ぎてるし……うぅ~ん……どうなんだろう?
そんな事を考えていると、不意にマントが軽く引っ張られた。
「ん?どうしたリッカ?」
「シングお兄ちゃん……あれ」
と、丘の下を指差す。
「シングじゃなくて今は勇者スティングな」
言って俺はリッカの指先を追う。
「ほほぅ、何やら混乱が起きてますな」
森の中で陣を張っているウシャラク兵が、何やら騒ぎながら右往左往していた。
更にここから見下ろして右方向から、戦闘音らしきモノも響いて来る。
「ふむ……奇襲でも受けたかな?」
「今まで無かった紋章が見えるぞ。あの旗は確か……ウシャラク王家の……近衛部隊を示す旗だったかな」
とヤマダ。
リーネアも目を細め、
「そうね。状況から察するに、本国軍が動いたみたい」
……なるほど。
つまり、命令違反を犯している部隊に、王家直属部隊が攻撃を仕掛けて来たと……そんな所か。
となると、ウシャラクの王は反乱には加わってない?
例の黒い靄どもには憑かれてないと……
……
それはそれでおかしな話だな。
最高権力者に憑依すれば、もっと事は簡単に進められると思うのだが……取り憑くにも何か条件があったりするとか?
う~む……ま、この事は後で酒井さんに相談しようか。
「で、どうするシン…スティング殿」
「ま、ウシャラクの本意は分かった。が、このままだとマズイな」
「そうね」
リーネアが頷いた。
「反乱した部隊を操ってるのが例の黒い煙だったとしたら……下手をすれば全滅するかも」
「個で万に匹敵する力があるからな。何しろ神や精霊を殺した連中だし」
ならばやる事は一つだ。
「ん~……じゃ、頃合を見て突撃するか。んで、敵を殺してそのまま退散と。その流れで行こうか」