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右の頬を殴られたら先ず目潰しだ


 参ったわねぇ……大混乱じゃない。


旧ダーヤ・タウル王国北西部にある魔王軍マゴス駐屯地の一角。

大勢の文官が慌しく動き回る参謀室で、酒井魅沙希は机の上に正座しながら優雅な所作でお茶を飲んでいた。

目の前には大きな地図が広げられ、幾つかの駒のような物が置かれている。


まぁ、混乱するのも分かるけどねぇ……


何か報告が入る度、引き攣った顔の参謀官が地図上に駒を置いて行く。


「……」

魅沙希は湯飲みを傍らに置き、帯に挿していた小さな鉄扇を取り出して、何とはなしにそれを口元へ当てながら目を細めて地図を凝視する。

……

状況は最悪だ。

彼方此方で反魔王の旗を掲げる軍が蜂起している。

一つ一つはそれほどの脅威ではない。

がしかし、それらが一斉にと言うのは、此方の想定にはない事であった。


「戦域が広範囲に広がってる分、手が足らないわね」

魅沙希は呟き、溜息を吐いた。


先ずは北部……

ウィルカルマースの第一軍団が、都市国家連合と対峙。

最新の報告だと、敵軍は国境線に沿って広く展開しており、開戦は間近と……ふ~ん。


「敵の総数はおよそ第一軍団の三倍って話だったわね。となると……種族差からして何とか支えられるかしら」

魅沙希はそう呟き、視線を僅かに下げる。

第一軍団の下、南に展開しているのはファイパネラの第三軍団だ。

神聖ファイネルキア評議国を東部海岸線まで追い詰めていた筈が、今は中央部まで押し返されている。


「参謀達も色々と言ってたけど、そもそも兵や物資の流れが掴めないのよねぇ」

評議国の抵抗は想定内だったけど、規模がちょっとねぇ……どこからその戦力が……何処かの国が支援しているのは確かな筈だけど、どの国?

考えうるとしたらダーヤ・ネバルだけど、そこは難民対策で手一杯な筈だし……


「ま、その内ワイチェール達が何か掴むでしょうけど、問題はここよねぇ」

魅沙希の視線が、自分達のいる場所、旧ダーヤ・タウル王国へと移動する。


現在の状況は、一言で言えば混沌だ。

同盟国である筈のダーヤ・ウシャラクが、突如反旗を翻したのだ。

いや、裏切ったかはどうかは、正確にはまだ分からない。

だが、ウシャラク軍の一部が盟約を破り、魔王軍の支配地域へと侵攻したのは事実だ。

魔王軍に属している旧タウル貴族達の領土へと攻め入ったのが数日前……

報告を受けたウォー・フォイが部隊を派遣したが、敵軍は予想よりも数が多く、かなりの損害を出したとの事だ。


「で、敵軍はそのままロードタニヤ領のレダルパへ進軍中と……ま、何とか間に合って良かったわ」

到着した魔王軍の本隊の内、精鋭部隊がレダルパ救援へと向かった。

指揮はエリウが執っているし、カーチャも同行している。

親衛隊もだ。

これで敵の足は止まるだろう。


「ただ、ウシャラクの王からはまだ何も言って来ないのよねぇ……本格的に裏切るのかしら?ウチの馬鹿を怒らすと怖いのにね」

魅沙希はそう言って、手にした鉄扇を手慰みなのか、指先でクルクルと回す。


あの馬鹿はもうすぐ帰って来るでしょうけど、リーネア達はどうかしら?

管狐の報告だと、確か二日前に芹沢達と離れたと言ってたわね。

そこから帝國領を北進してここへ……まだ数日は掛るかも。


魅沙希は思索に耽りながら軽く溜息を一つ。

とその時、天幕の外から何やら騒がしい声が響いてきた。

それと同時に秘書官の一人である厳つい顔の鬼系種族が陣幕を捲り飛び込んできた。

そして慌てて魅沙希の下へ駆け寄ると、

「さ、酒井様!!」

しゃがれた声で口角泡を飛ばす。


「落ち着きなさい。何が起きたの?まさかウシャラク軍が奇襲でも仕掛けてきた?」


「い、いえ……シング様が……」


「は?あの馬鹿がなに?戻って来たの?」

魅沙希が問い掛けると同時に、その馬鹿の情けない声が外から響いて来た。

それは段々と大きくなってくる。


……威厳もへったくれもないわねぇ……

嘆息し、魅沙希は鉄扇を帯に差し込みながらテーブルから飛び降りた。

そしてピョンピョンと跳ねるようにして表へ出てみると、向こうから砂塵を巻上げ近付いて来る影が一つ……いや、二つ。

先頭を走ってるのはシングだ。

その肩に黒兵衛を乗せ『ひぃぃぃ』と情けない声を上げながら此方へ向かって駆けて来る。


……デジャヴかしら。

魅沙希はもう一度大きな溜息を吐いた。

けど、凄く嫌な気配も感じるわねぇ……


その目が細まり、シングの後を追うようにして近付いて来るもう一つの影を注視する。

謎の影は周りの兵を吹き飛ばしながら迫って来ていた。


この感覚……死の気配ね。

霊的な類……とも少し違うわ。

悪神に近いかも。


と、スザザザーッと音を立て、シングが魅沙希の前に滑り込んで来た。

「ハァハァ……や、やぁ酒井さん。御機嫌麗しゅう……ハァハァ」


「……何してんのアンタ?タコ二郎はどうしたのよ?」


「あ、あれに一刀両断に……うむ、可哀相なリ。後で懇ろに弔ってやらんとね」


「……で、アレは?」


「例の魔法で固めていた謎の戦士です。いやぁ~……もう少しで着く所だったんですが、後ちょっとの所で魔法が切れて……そこから全力疾走ですよ。いや、本当にもう……計測したら確実に世界新記録ですよ。今までの人生で一番走りましたね」


「始末すれば良いじゃないの。アンタなら楽勝でしょうに」

魅沙希は呆れながら言った。


「いや、情報をね。折角ここまで連れて来たんだし、簡単に殺ってしまったら勿体無いじゃないですかぁ」


「……で、私の所まで引っ張って来たと。ま、アンタは情報を引き出す事が出来ても、知識が足らないから……もう少し勉強した方が良いわね」


「え~……ンな事言っても、僕チンの世界には存在しないような敵ですし……」


「ま、この気配からしてアンタは物凄く苦手そうだし。仕方ないわね」


「そう言う事でごわす。ってか、どうします?謎の戦士がもう来ますよ?」


「やれやれ」

と魅沙希は袂に手を入れ、一枚の札を取り出す。

「取り敢えず、静かな所で話を聞きましょうか」

そう言って札を宙に放り投げた。

「奇門遁甲、弧月陣」



うぉぅ……


札が青白く燃えると同時に、俺は見知らぬ世界に居た。

草原だ。

地面から無数の彼岸花が乱立している草原に、俺は立っていた。

そして空には満天の星々と寂しげな三日月が淡い光を放っている。

更に四方を囲むようにして建っている四基の鳥居。

そこを風が通り抜け、何やら軋んだような音を立てている。

うむ、滅多にお目にかかれない類の悪夢のような光景だ。


いやはや、相変わらず酒井さんの結界魔法は摩訶不思議と言うか、熟練の技だよねぇ……

ちょくちょく教えて貰ってるんだけど、俺のレベルだとまだまだなんだよなぁ。


そんな事を考えながら、俺は謎の戦士を見やる。

錆びた鎧に朽ちたマントの一見するとアンデッドのような戦士は、辺りをキョロキョロと窺い、不快さしか与えないようなしゃがれた唸り声を上げていた。

その首周りには謎の黒いオーラと言うか靄のようなモノが渦巻いている。


ふむ……

やはりあの黒い気体状のモノから、奇妙な気配を強く感じるんじゃが……一体何じゃろうねぇ。


と、その黒い靄が徐々に集まり出し、謎の戦士の首元で卵形を作った。

そして

『結界……か』

何といきなり喋った。

ビックリである。


ど、どう言う事?

戦士が喋ってる……ではないな。

口が動いてないし。

え?

と言うことは、あの煙チックなモノが喋ってる?

どう言う物理法則で声が出てるんだ?


『陰陽の術……憎き大和の術者か』

その謎の黒い球体は揺ら揺らと動き、

『妖?いや……人魂?人形ひとがたに宿って……ん?死人の魂とは少し違う……相魂の術か?これは面白い。くくく』

朽ちた弦楽器のような耳障りな笑い声を上げた。


「何者!!」

酒井さんが幾つかの札を指先に挟みながら鋭く誰何する。

その刹那、

「こ、コろセ……」

また別の声が聞こえた。

その出所は謎の戦士だ。

まるで気力を振り絞るかのように身体を震わせ、

「コロ…してくれ、俺を……」


『チッ、まだ抗うか……これだから獣は』

黒い靄が戦士の首元で蠢く。


「グ……は、早く……」


「なるほど。憑かれてる、と言う訳ね。ならば」

酒井さんが手にした札を投げ付けた。

「術式結界、封魔天網の律」


『む…』

不気味な黒い靄が、光り輝く網のような物に搦め捕られる。

『小癪な』


「無駄よ」

酒井さんが小さく鼻を鳴らした。

「さ、正体を明かしなさい、化け物。今ならまだ苦しまずに済むわよ」


『ぐ…』


「大昔に日ノ本から流れて来た妖の類かしらねぇ。アンタ達の目的は何なの?その戦士は何者?そもそも勇者を使って何をする気なの?それにどうして人間だけの勇者を?操りやすいから?」


『……』


「早く言わないと、今すぐ消滅させるわよ」


『……賢しいぞ、たかが陰陽使いが』

謎の黒い靄がせせら笑う。

そして声を落とし

『鬼奉辿洛叢にて畏き黄泉大神……諸々の禍津事神に恐み恐み……布留部由良由良止……』


「古神道ッ!?」

酒井さんが驚いた声を上げると同時に、彼女の術があっさりと弾け飛んだ。

「逆ひふみの穢言霊……なるほどね。少しだけ分かったわ」


え?

僕チンにはサッパリ分からんのじゃが……


「禁忌の神呪に黄泉醜女の存在と……まさか千年以上前に禍神の眷属がこの世界に流れて来ていたとはね。ねぇ、アンタたちの目的は何?冥土の土産に教えてくれないかしら?」


『くく、人間が……いや、お前は純粋な人ではなかったな」


「そう?」


『隠さずとも分かる。我等と同じ匂いを感じるぞ……くく』


「良く分からないわねぇ。ともかく、素直に喋る気はないみたいね。やれやれ……」

酒井さんは大仰に溜息を吐きながら肩を竦めてみせると、チラリと背後にいる俺を見上げ、

「アンタの相手はうちのボンクラがするわ」


「……は?」


「シング。アイツを倒しなさい。但し、操られている獣人の戦士は殺さないようにね。話を聞きたいし」


む、無茶振りキターーーッ!!?

「え?いや、ちょっと……いきなりそんなS級ミッションを……」


「ちなみに言っておくけど、相手は妖の類でも悪霊でもないわ。おそらく、奴の正体は黄泉の八色雷公の眷属。神霊よ。今まで戦ってきた化け物とは霊格の桁が違うわ」


「え~…」

な、何それ?

殆どラスボスじゃないですか。

ってか僕チン、MPがまだ全回復してないんじゃが……


「ビビッてんじゃないわよ。仮にも魔王でしょ」


「仮じゃなくて本物なんですが……」


「ともかく、何事も修行よ。頑張りなさい」

そう言って酒井さんは大きく跳び退った。


「ぐ、ぐぬぅ」

これだから性悪魔人形は……僕チンは下請け業者じゃないですよ。

未知の敵相手に、何をどうすれば良いのやらだ。

しかも獣人戦士は殺さないようにって、妙な縛りまで設けてあるし……

はてさて、どうしたモンか。

……

まぁ……感じる気配からして、余裕なんだけどね。






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