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幕間の出来事


 『……世界は一つだけではない。それは知ってるだろ?何しろ現に経験しているのだから。では幾つだ?二つ?三つ?否。無数だ。そして数多の世界には、数多の神々がいる。それぞれその世界を支配している。では何故、世界毎に法則が違う?魔力の濃さ、魔法体系すら違うのは何故だ?勇者や魔王が恩寵を受ける世界もあれば逆に科学文明だけが異様に発達した世界もある。またそこに住まう種族なども様々だ……ふふ、どうして世界に違いが現れるのか……答えは、その世界に住まう神々の関心だ。支配深度とも言うな。また神の若さに起因する場合もある。未熟な神が支配する世界は混沌の度合いが高い。分かるか、シング・ファルクオーツ?』


「……ってか、アンタ誰?」

そう呟くと同時に、不意に意識が覚醒した。

「あ、あれ?ん?おおぅ?」

頭が少しボンヤリとする。


「なんや?目が覚めたんか?」

と、俺の股間で黒兵衛。

半目で俺を見上げながら、

「ってゆーか自分、器用やなぁ。馬に乗りながら爆睡って……なんや寝言も言うてたし」


「……変な夢見た。全く憶えてないけど」

俺はゴリゴリと頭を掻きながら辺りを見渡す。

街道だ。

それなりに舗装された道を、それなりに速く駆けている。

黒兵衛の言ではないが、タコ二郎に跨りながら転寝とは、我ながら器用なもんだ。

「ん~……もう夕方か。この先に街とかあるかな?疲れているから野宿は嫌で御座るよぅ」


「せやな。せやけど……それ、どないすんねん?」


「これかぁ」

俺はチラリと後ろを振り返る。

そこには小汚い布に包まれ、タコ二郎の背に荒縄で括り付けられた大きな物体。

そう、俺の魔法によって固まっている謎の戦士だ。


「そないなモン持ったまま街に入ってみぃ。えらい騒ぎになるで」


「だよねぇ。ガチ犯罪者って感じだよなぁ」


「贔屓目に見ても、死体を隠そうとしてる猟奇殺人犯や」

黒兵衛はそう言うと、大きな欠伸を溢した。

「で、実際の所、そいつは何時までそのままなんや?」


「ん~分からん」


「おいおい」


「この世界におけるスクロール使用時による魔法効果の持続時間についての検証結果が無いからなぁ。データ不足で御座るよ」

半永久的に効果を発揮する封印形魔法ならともかく、今回使用したのは一時的に時空間に影響を与えるだけの魔法だ。

具体的に言うと、コイツの周りだけ時間の流れを極端に遅くしているだけなのだ。

「うぅ~む……今すぐに解ける可能性もあるかもね」


「いきなり動き出したらヤバイやろうけど……その時はまた魔法を掛ければエエんやないか?」


「どうだろう。博士達の話だと、物凄く強いって話だったろ?魔法を掛ける余裕が無いかも知れん。そもそも現時点で高位魔法を唱えるほど魔力は残ってないわい」

七星剣の予備魔力タンクも空っぽ状態だしね。

「願わくば、酒井さんと合流してから魔法が解けると良いなぁ」


「せやな。姉ちゃんの方が尋問とか得意やしな」


「そう言うこと。今動き出したら、情報を引き出す前にぶち殺してしまう可能性が高いわい。苦労して作ったスクロールなのに……本末転倒だよ」


「ん?どない意味や?」


「ふにゃ?分からんか黒兵衛?」


「リッカの嬢ちゃんを守る為に作ったスクロールなんやろ?最終的な切り札とか言うてたやんか」


「そうだよ。ただ、リッカを守る為だけなら、もっと効率の良い魔法は幾らでもある。単純な攻撃魔法や防御魔坊でも充分だ。そっちの方がまだ簡単に作れるし」


「こういう事態を想定していたんか?」


「いや、想定と言うかさぁ……リッカにヤマダの旦那、そしてリーネア。この世界における最高峰の戦士だぞ。それがピンチになるって余程じゃないか。敵の正体が気になるだろ?だからそう言う時の為に、この魔法を選んだんだよ。ぶっちゃけた話、コレクター魂が騒いだと言うか……このスクロールを使うのはドラゴンとか未知のモンスターが現れた場合だよなぁ~……生け捕りにしてくれると嬉しいな、とか思って作ったんだよ。ま、結果オーライだけどさ」



オーティスは何もない宙に向かって力強く剣を振る。

その斬撃は鋭く、以前とは比べ物にならない。


正直、勇者としての自信を失いかけていた。

自分よりも遥かに強い力を精霊から授かったスティングなる者との出会い。

暁の洞窟での失敗。

そしてリッカと言う少女にすら軽くあしらわれた。

自分はもしかして勇者ではないのか?

小さな疑問が心に芽生える。

そんな時、謎の敵が現れ、そして自分は死んだ。

心臓を一突き、あっさりと死んだ。

だが、自分は蘇った。

聞けばあのスティングが自分を蘇らせたと言う。

忸怩たる思いはある。

が、それ以上に喜びが大きい。

死より復活したからか。

否。

己の力が以前より遥かに増したと言う事実に、オーティスは心躍らせている。

自分はやはり選ばれし勇者なのだと確信した。

何故なら蘇生魔法により復活した場合、魔法の効果や遺体の損傷具合によって多少の変動はあるが、その身体能力は運が良くて普通。

通常は落ちるのが常だ。

だが自分は、死ぬ前よりパワーアップした。

身体能力だけではない。

魔力も上がってる。

自分と同じように死んでしまったクバルトに復活魔法を掛けたが、以前よりスムーズに魔法を行使できた。


やはり僕は選ばれし者……


口の中でそう呟き、再び剣を振る。

身体が軽い。

それ以上に心が軽い。

ここ数週間、勇者と言う称号に己の魂が押し潰されそうになっていたが、今は違う。

自分こそ、魔王を倒す為に精霊によって選ばれた勇者だと言う自負がある。

この急激な成長がその証だ。

理由は分からないが、死を乗り越えることによって、自分の中で眠っていた才能が開花したのだろう。

そうに違いない。


「フンッ!!」

気合を籠め、薙ぎ払いを一閃。

今の一撃は中々に良い。

頑丈な鎧すら容易く切り裂く事が出来るだろう。

自画自賛だ。

セリザーワによって強化修復された聖剣ルイルシベールも良く手に馴染んでいる。

「どうかな、ヤマダ?」

オーティスは鼻息も荒く、近くで彼を見つめていた元メンバーに声を掛けた。


「踏み込みも速いし、威力もありそうだな」

ヤマダは淡々とした声で答える。

「それに鋭い」


「だろ?」

オーティスは喜色満面だ。


「ただ…」

と何か言い掛け、ヤマダは口を噤んだ。


「ん?なんだい?」


「いや、別に……何でもないさオーティス。鍛錬を続けるが良いぞ」

そう言ってヤマダは踵を返し、武具の手入れを行っているリーネア達の許へと歩いて行く。


気分よく練習をしているのに水を差すのも悪いか……

ヤマダはそんな事を考えていた。


オーティスは確かに強くなった。

シングから精霊の力を分けて貰ったからだ。

その事は別に良い。

ただ、オーティスの強さは、あくまでも身体的能力が伸びただけの強さだ。

いわば子供が大人に成長しただけの話。

十歳の少年が振る剣と十五歳の青年が振る剣の違いだけだ。

技量が伸びたわけではない。

ステータスが上がってもレベル自体は以前のままだ。


その辺を錯覚せず、鍛錬を積んでくれればオーティスはまだまだ伸びると思うのだが……

「……少し難しいか」

思わず呟いてしまい、ヤマダは苦い笑みを浮かべた。



「若いねぇ。実に羨ましい」

笑顔で剣を振るオーティスを上目で見つめながら、芹沢は火に掛けている鍋を掻き回す。

謹製のカレー風スープだ。

村で仕入れた香辛料を組み合わせ、試行錯誤を繰り返している。

最近の趣味の一つだ。

今度は美味しく出来ただろうか。


「セリザーワ様…」

声を掛けてきたのはシルクだ。

対面に座りながらチラチラと背後のオーティスに目をやり、僅かに眉を曇らせている。


「ん?何だい?今度は確実に美味いぞぅ……手足も痺れないと思うから安心したまえ」


「や、そうじゃなくて…」


芹沢は小さく笑った。

そしてもう一度シルクからオーティスに視線を移し、

「慢心……根拠のない自信と自意識の高さ。若い頃、誰しもが一度は通る道だねぇ……思春期特有の病気だよ。オーティス君は少しばかり遅いようだがね」


天狗になっている若者を見ると、眉を顰める年配の者は多い。

年長者として苦言を呈する輩もいるが、芹沢は違う。

むしろそう言った愚かな年寄りに対し、だったらお前は若い頃どうだったんだ?と真顔で問うたりもする。


「ふふ、誰にも侵されない自分だけの聖域か。若い内だけの特権だよ。だがそれらも、社会に出て現実を知れば変わる。自分の中で創り上げた宮殿が幻想だと知る。身体の大きさではなく、心の在り様が変わる。悲しい事だけど、それが大人になるって事なんだろうね。そうは思わないかね、シルク君?」


「……分からないよ。オイラもオーティスとそんなに歳は違わないぜ」


「ふふ、そうかね?歳は違わないけど、経験の差はかなリ大きいと思うよ。実際、君はかなり苦労をしてきたみたいだからねぇ」


「わ、分かるのかい?」


「私は大人だよ?」

芹沢は微笑んだ。

そしてまるで過去を思い出しているかのように少し遠い目で空を見上げる。

「私も若い頃は、色々と自惚れていたものさ。今思い返しても、ベッドの中で悶絶しちゃうぐらいにね。いや、本当に若気の至りと言うのは怖い。もし過去へ戻る事が出来るのなら、あの頃の自分を殴りたい気持ちだよ」


「けどセリザーワ様。何で魔王はオーティスに力を……何か企んでいるのかな?」


「そうだね。企むと言うよりは、色々と思惑があるんだろうねぇ」


「思惑?……オーティスに何かさせたいとか?」


「そうだね。それもあるかも。以前、オーティス君には魔王軍の幹部連中と戦って欲しいとか言ってたからね。それと戦力の強化って意味もあるかも知れない。この前のように謎の強敵が現れた場合、最低でも自分の身を守れるぐらいには強くなっていないとね。死んだ時に早々都合よくシング君が来るとは限らないし。後はまぁ……単純に遊んでいるだけかも。シング君は悪戯好きだからねぇ」


「……オーティスが少し哀れに思えてくるよ」


「そうかね?」


「そうだよ。だってさ、何て言うのか……まるで道化じゃないか」


「ふふ、それも全てこれからの本人次第だよ、シルク君」

芹沢は目を細め、煮立ったスープを一掬いし、鼻を近付ける。

そして少し苦い顔で更に香辛料を入れながら、

「シング君の思惑がどうであれ、この事が切っ掛けになるかも知れないだろ?彼の道化で終わるのか、はたまた予想を超えて本当の勇者として覚醒するのか……本人の頑張り次第だと私は思うね。とは言え……中々に難しいかもね」


シルクは小さく唸りながら、乱暴に頭を掻いた。

セリザーワの言ってることは分かる。


経緯はどうあれ、オーティスは力を手に入れた。

そこから精進すれば……セリザーワの言う本人の頑張り次第で、オーティスはどんどんと強くなり、それこそ本当に勇者となれるだろう。

だが分不相応な力は、時に人を堕落させたりもする。

身の丈に合ってない力を手に入れたオーティスは、その力に溺れたりはしないだろうか。


自分を特別だと思い込んで……

いや……うん、オーティスは以前よりその傾向が強かったし……

「セ、セリザーワ様から何か言った方が良いと思うんだけど……」


「そりゃ駄目だよ。こう言うのは、本人が自覚しないとね。そもそも有頂天になっている若者に、年長者の言葉は届きやしないよ」


「……」


「さ、出来たぞシルク君。今度のは自信作だ。保障する」


「……前に作った時も同じ事を言ってたよ、セリザーワ様は」


「マーヤが作るよりはマシだろ?」


「あぁ……うん、そうだね」



やる事、為すべき事は多々ある。

しかも多岐に渡る。

何しろ小さいとは言え新たに興った王国だ。

ティザーは机の上に積まれた諸類の束を前に、疲れた吐息を漏らした。


旧ダーヤ・タウル王国の末端貴族であったボーラル準男爵家は、この度魔王シングの命により新たにボーラル王国として社稷を建てた。

予定では、同じようにして興った近隣の諸国と供に、近々新たに独立するロードタニヤ王国に組み込まれ、連合国家を形成するとの事だ。


世の中、何が起こるか分からないもんだ。

ティザーはしみじみと思う。

ま、かく言う私も、元は一警備隊員だったワケだがねぇ……


「後十人ぎらいは仕事が出来る官僚が欲しいなぁ……そもそも私は軍事の責任者って肩書きなんだが」

溜息と供に愚痴を溢しながら、ティザーは政治関連の事が書かれた書類に目を通す。

とにかく、人手が足らないこの状況では、軍事関係以外にも政治、経済、司法の仕事までこなさなければならない。

まるで宰相だ。

「やれやれ」

書類に判を押し、脇に退ける。

そしてもう一枚へと手を伸ばした所で、慌しく部屋の扉がノックされ、

「ティザー様」

見慣れた若者が血相を変えて部屋に飛び込んできた。

かつての部下の一人だった者だ。

そんな彼も今では新生ボーラル王国の騎士団の隊長を務めている。


「どうした?」

嫌な予感を覚えながら、ティザーは尋ねる。


「領内を巡回中の兵から緊急連絡が……詳しい事は分かりませんが、ウシャラク軍の一部に不可解な動きが……戦闘行軍らしきを取っていると……」


「ウシャラク?」

ティザーの眉間に深い皺が寄った。

ダーヤ・ウシャラクは魔王軍との同盟国だ。

魔王シングとの盟約により、旧ダーヤ・タウル西方地域の切り取り自由を与えられ、軍を展開していると聞いた。


ティザーは机の引き出しを開け、近隣の地図を取り出した。

それを広げ、

「現場は?」


「ティストの街から東へ山一つと……」


近いな…

「国境線ギリギリだな。いや、何故そこにウシャラク軍が……予定侵攻ルートからはかなり外れているぞ」


「と言うか、その辺りは新しく国を……確か旧バンハール男爵家で、その予定地だと聞いた覚えがありますが……何か魔王様から命令があったのでしょうか?」


「……」


「どうします?使者を向かわせ事情を聞いてみますか?」


「いや、早馬を。緊急伝だ。レダルパのロードタニヤ殿とマゴスのウォー・フォイ殿の元へ。ウシャラクに不穏の動きが有りと伝えろ。それと警備隊と騎士団も集め、ティストへ向かわせろ。ただし状況が判明するまで戦闘は厳禁だ。私も直ぐに向かう」









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