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蠢くモノ


 帝都を離れ、魔王城への帰路に着く僕ちゃん達。

過去の勇者について、特に大した情報は得られなかった。

が、逆にそれが怪しい。

千五百年前の大災厄とやら以前の勇者の情報が無いと言うのは仕方が無いとして、それ以降も百人以上の勇者が誕生して世界を魔王から救ってきた筈。

なのに何故、その情報が乏しい?

勇者は救国の英雄ではないか。

それなのに名前すら忘れ去られている者もいるし……

益々謎が深まる。


ふむ……意図的に情報を隠蔽しているのか?

あの精霊教会とやらかの仕業か?

しかし何故だ?

目的が分からんぞ……


そんな事をボンヤリと考えながらタコ助より一回り小さなタコ二郎の背に跨り、街道を西へと進む僕ちゃん達一行。

今日はこのまま帝國最西端の村に泊まり、明日は前線地帯を抜けて魔王領へと入る予定だ。

と、不意にタコ二郎の頭の上で惰眠を貪っていた黒兵衛の尻尾が大きく膨らみ、天を突く勢いでピンッと立った。


ん?なんじゃ?

その辺で可愛い猫科動物でも発見したかのかな?


「ア、アカン……こりゃアカンで魔王!!」

振り返り、大きく見開いた目で俺を見つめる黒兵衛。

かなり興奮しているようだ。


「ンだよぅ……もしかして発情期か?やれやれ……見ない振りしてやるから、適当な雌でも見つけて盛って来いよ」


「アホか!!冗談言ってる場合やないで!!」

口角泡を飛ばし、フーフーと唸りながら声を荒げる。

何をそんなに猛っているのやら。

「ね、姉ちゃんが……姉ちゃんからの緊急通信が入ったんや!!」


「は?緊急通信?」

確か……魔女と使い魔との間の特殊な契約とか……聞いたな。

どちらかが大ピンチになった時、距離を無視して届く特殊な契約魔法とか……

「ってなにぃぃぃぃッ!?」

つまり、摩耶さんの身に何か大変な事が起こってるという事か!!?

即ちそれは俺の妹(自称)や博士達の身にも!!

「じ、状況はッ!!」


「わ、わからへん」

黒兵衛はブンブンと頭と尻尾を振った。

動揺が諸に現れている。

「使い魔への緊急連絡は、あくまでも危機を知らせるだけや。詳しい事までは分からへん」


「うむ、そうか。ならば全力ダッシュだ」

俺はタコ二郎の手綱を引き、方向転換。

と、先行していたカーチャ嬢達が駆け戻り、

「如何なさいましたか魔王様?」


「うむ、カーチャか。緊急事態が発生した。とは言っても私的な事だが……悪いがお前達はこのまま魔王城へと戻ってくれ。我は黒兵衛と供に南へ向かう」

そう言い残し、俺は通ってきた街道を全力で逆送する。

しかし一体、何が起きたのか……

例のダンジョンで、あの馬鹿勇者がとんでもない事をしでかしたとか?

よもや欲望に負けて摩耶さんを押し倒したとか……


「せ、せやけど……エエんか魔王?このまま行くと、色々とマズイんちゃうか?」

タコ二郎の背にしがみ付きながら黒兵衛。

「お前が姿を現したら、全部バレてしまうやないけ」


「は?馬鹿か黒兵衛」

何を言ってるのだコイツは……

俺は手を伸ばし、黒兵衛を掴んで胸元へと引き寄せる。

「例え今までの計画が全て御破算になろうが、それはあくまでもサブクエストの話だ。メインクエストは摩耶さん達の確保だぞ。全てに置いて彼女の身の安全は優先されるのだ。あとリッカと博士、ラピスの安全もな」


「……そうか。スマンな魔王。ところで、転移とかは出来んのか?ゲームとかアニメで出て来るようなヤツや」


「瞬間移動系魔法か。うん、無理。いや頑張れば出来るけど……」


「なら頑張れや」


「いやいや、俺も急ぎたいんだよ?出来れば転移魔法を使いたいよ?けどなぁ……三つの理由から今は無理でごわす」


「な、なんや、三つの理由って……」


「一、魔法陣や簡易術式を忘れた。あまつさえ詠唱も。二、魔力が足らん。三、そもそも場所を知らん。以上だ」


「……」


「そんな顔をするな」

俺は黒兵衛の頭をグリグリと撫でた。

「魔法って言っても所詮はこの程度ですよ?ゲームみたいにファストトラベルとかは無理ですたい」


「……」


「……大丈夫だ黒兵衛。タコ二郎の全力疾走なら多分二日ぐらいで着く。不眠不休なら一日半ぐらいだ。それにアレだ、もし万が一摩耶さん達の身に不幸があったとしても、復活魔法で確実に甦らせる。……絶対にだ」

魔力の残量が危険レベルまで下がったとしても、それは必ず遣り遂げなければならない。

摩耶さんは仲間であると同時に大恩人だからだ。


「自分、他者の蘇生は苦手やって言うてたやないけ」


「いや、何か最近さぁ……そっち系のレベルがアップした感じなんだよねぇ。多分だけど、酒井さんとの模擬戦で死に捲くっていたからなぁ……精霊の力と相俟って、復活や回復系の魔法の総合レベルが上がったのかも」

そう言って軽く笑っていると、不意にキーンとした耳鳴りと同時に、こめかみ周辺に軽い鈍痛が走った。


「どないしたんや?」


「シッ、通信が入った」

言って俺は指先を耳に当てながら意識を集中させると、不快なノイズ音と供に途切れ途切れの声が脳内に響いてきた。


『……シ…グ君かい?』


「博士ッスか!?」


「そ…だ。しょ…気の…響で…少し…悪いが……ど……ら治ま…来たようだ」


「な、何が起きたんですか?黒兵衛に摩耶さんからの緊急連絡が入って……」


『使…魔との契約…か。ふむ……っと少し通信がクリアーになってきたかな。さて、何処から状況を話せば良いのか……此方もかなり混乱していてね』


混乱と言うか、かなり疲れたような声に聞こえるが……

「摩耶さんは無事なんですか?それと僕チンの妹は?」


『リッカ君は無事だ。かなりの怪我はしているが、命に別状はない。それに状況を打破してくれたのは彼女だ。彼女の持つスクロールで危機を脱する事が出来た。あのスクロールはシング君の作った物だろ?』


「です。万が一に備えて夜なべして作った特製スクロールです」

持てる知識と技術を総動員しつつ、更にかなりの魔力まで籠めたのだ。

オマケに祈りを捧げて運頼みまでした俺様謹製の特殊攻撃スクロールなのである。

効果は……ま、ざっくり言うと封印だ。

厳密に言えば封印ではないけど、それに近いものである。

要は敵の動きを封じる系の魔法が籠められているのだ。

ただ、敵を倒す為の魔法ではないので、アレを使った後は俺が急ぎ駆け付け、後始末をしなければならないのだがね。


『正直、助かったよ。あのスクロールがなければ我々は全滅していたかもな。はは…』


それほどの危機……いや、敵が現れたと言うことか。

うぅ~む……

「で、摩耶さんは?」


『……お嬢様は現在、意識不明の状態だ』


「なんとッ!!?」

ビックリして叫ぶと、黒兵衛が非常に心配そうな顔で俺を見つめてきた。


『取り敢えず命に別状は無いと思うが……正直、症状が良く分からない。医療系に関しては専門外でね』


「むぅ……で、他に被害は?」


『……先ず、ヤマダ君がかなりの傷を負った』


「ヤマダの旦那が?」


『腕を片方切り落とされてね。かなりの重症だ。何とか薬で治療しているが……肝心の回復魔法を使えるのが摩耶お嬢さんだけでねぇ』


お、おいおい……

「馬鹿勇者は?」

勇者なら回復魔法も蘇生魔法も使える筈だが……


『あっさりと死んだよ。しかも一番最初に。はは…』

博士の乾いた笑い声が脳内に響く。

俺は思わず、

「ぎゃふん」

と呟いてしまった。


『それにクバルト君もだ。前衛メンバーは壊滅状態だ。後はリーネア君にシルク君もかなりの傷をね。ラピスはエネルギーが切れて強制シャットダウン中だ』


「博士は大丈夫なんですか?」


『私も腕をね。どうやら折れているみたいだよ。ははは』


ぬぅ…

相変わらずのようだが、声にいつもの張りがない。

かなり痛むのだろうか……

しかし何が起きたか分からんが、大大ピンチな状況じゃないですか。

「……分かりました。今全力で向かってます。何とか二日ほど我慢して下さい。詳しい話はその時に聞きます」


『うん、頼むよシング君』


「了解です」

そこで通信魔法は途切れた。

俺は軽く頭を掻き、そして大きく息を吐く。

と、胸元の黒兵衛が俺を見上げ、

「芹沢のおっちゃんか?で、状況はどないや?」


「一言で言えば、悪い」


「そ、そうなんか?」


「二言で言えば最悪だ」

黒兵衛の頭をガシガシと乱暴に撫で付ける。

「摩耶さんは命に別状はないが、意識不明とのことだ。原因は不明。ま、診てみないと分からんが……魔力の消費が厳しかったのかな?あと、クバルトって言う巨人系の男も死んだそうだ。それとボンクラも」


「お、おいおい……あの勇者もかいな」


「ヤマダの旦那は片腕を切り落とされたそうだ。超重症だ。それ以外も皆かなりの手傷を負ってるらしい。俺様の可愛い妹もな」


「……殆ど全滅やないけ」


「そう言うことだ」

これがゲームだったら、躊躇いなくリセットを押してセーブポイントからやり直しだ。


「一体、何が起こったんや……」


「分からん。ともかく現場を確認しないとな。しかし……どうにも腑に落ちん。ってか、サッパリ分からん」


「何がや」


「敵の正体だ。おかしいと思わんか?ヤマダの旦那はこの世界最高峰の剣士だぞ。リーネア姐さんはこれまた最高峰の弓士。あのボンクラだって、名前だけとは言え勇者様だ。それに摩耶さんだ。魔法の威力だけ見れば、俺や酒井さんにも匹敵するほど強力なんだぞ。それに博士や俺様の妹もいる。なのに殆ど全滅状態とは……」


「せやな。この世界のレベルからして、有り得へんな」


「……まぁ良い。検証は後だ。取り敢えず酒井さんにも連絡しよう」

そう言って俺は懐から通信用の符札を取り出し、軽く手で振って起動させる。


『……シング?』

脳内に酒井さん(ボス)の声が響いた。


「そうでごわす」


『簡単な経緯は管狐から届いているわ。それで詳しい状況は?』


俺は博士から聞いた状況を、そのまま脚色無しに伝える。


『……そう』

僅かな沈黙の後、酒井さんの小さな溜息が聞こえた。

『計画が頓挫してしまう可能性もあるけど、仕方ないわね。シングは先ず現場へ急いで頂戴』


「ただいま全力で向かっている最中です。酒井さんは合流しないので?」


『こっちも少し忙しくてね。今出陣準備中なのよ』


「出陣?本隊がですか?」


『そうよ。休暇は終わりって事ね』


「何かあったので?」


『どうにも東からちょっと……良くない報告が届いているのよ』


「東……タウルの残党とか評議国ですか?」

現在東部方面は、ファイパネラの軍勢が評議国軍を東海岸へと追い込んでいる筈だ。

そしてウォー・フォイとダーヤ・ウシャラク、そして新たに組み込んだ元タウル貴族の面々が、旧王国領を順次制圧展開している筈だが……


『両方よ。それにダーヤ・ネバルも軍を動かしているみたい。あと、北部都市国家連合の動きも怪しいって報告があったわ』


「北も?」


『そうよ』


「……ふむ。詳しい話をプリーズ」


酒井さんの話では、先ず動いたのが評議国。

西方から軍事圧力を強めているファイパネラ指揮下の第三軍に対し、評議国は防衛線を築き辛うじて抵抗していたが、ここへ来て攻勢を仕掛けてきたと。

物資に人員などがダーヤ・ネバルから流れて来ているとの情報も入ったらしい。

それはまた旧ダーヤ・タウル王国の残党軍も然り。

ここへ来て魔王軍に与した元タウル貴族の領土へ逆侵攻を開始したとの報告だ。

ウォー・フォイの許へ援軍要請が幾つも入って来ているらしい。

それと同時に北方へ展開しているウィルカルマースの第一軍からも、北部都市国家連合の国境防衛隊の戦力が目に見えて増強しているとの報告があったそうだ。


『どう思うシング』


「いや、今はまだ何とも……ただ、おかしな話ですね。何故にダータ・ネバルが……一貫して中立を保っていたじゃないですか。いや、それ以前に難民問題で評議国やダーヤ・タウルから流れてきた連中とは幾つも衝突が起こっていた筈では……それに戦闘員はともかく物資の流れです。ネバル一国にそこまで経済的余裕は無いと思うんですが……後はタイミングですね。都市国家連合の怪しい動きに評議国や旧タウル王国軍の反攻……偶然にしては少々連動している気がしますね」


『そうね。動きに統一性が見られるわ』


「ふむ……今回の摩耶さん達の件とも関連性があるんでしょうか?」


『それは分からないわ。ともかく、芹沢達の事はアンタに任せるわ。私はエリウと供に先ずはマゴス駐屯地でウォー・フォイの第4軍団と合流するわ。それと途中でカーチャを拾って行きましょう』


「了解です。博士達の状況を確認してから俺も合流しますよ」








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