ダーク・イン・ザ・ダーク
全員が武器を手に取り、洞窟を背にして戦闘態勢を取る。
前衛はヤマダにオーティス、そして巨漢のクバルト。
中衛には芹沢と摩耶、それにシルクとリッカ。
そして後衛はリーネアとラピス、リッテンにディクリスと言う布陣だ。
摩耶が芹沢謹製の杖を掲げ防御魔法を展開しようとするが、それよりも若干早く、リッカが符札を宙に飛ばし結界を張った。
更に、
「四神四獣、霊符により八門を封鎖。魄に魂、こぞりて封じるはたは易し」
口述による結界の強化をも行う。
「ほぅ…」
と感嘆の声を漏らしのは芹沢だ。
この程度の結界なら自分でも出来るし、摩耶ならもっと強力な結界が張れるだろう。
だが問題はそこではない。
異世界の住人が、自分達の世界の術を行使出来ると言う事だ。
しかも手解きを受けてほんの数ヶ月で。
(才能の塊か……種族特有の何かがあるのかな。いや、実に興味深いねぇ。しかも彼女はシング君の魔法も使えると言う話だし……これは本当に最強の魔女になれるかも)
そんな事を思いながら芹沢はニヤリとした笑みを浮かべ、隣にいる摩耶をチラリと見つめた。
彼女は驚いた顔をしていた。
リッカが使ったのは陰陽系の結界術だ。
酒井魅沙希に師事していると言うのは聞いてはいたが、まさかここまで使いこなせるとは思っていなかったのだろう。
「……来る」
そのリッカが呟いた。
と同時に、後衛のリーネアが前方の森の中へ向かって矢を放つ。
攻撃系魔法を付与した矢だ。
それは一本の木に辺り、そして爆発。
それを合図に二振りの魔法剣、焔龍と凍虎を手にしたヤマダが駆け出す。
刹那、森の中から黒尽くめの男達が姿を表した。
『え?忍者?』と、日本から来た者達は全員がそう思ったであろう。
まさしくその姿は、日本人なら十人中十人が忍者だと答えるであろうオーソドックスな忍びの衣装であった。
だがしかし、奇妙な所もあった。
それは全身を黒い靄のようなモノが包んでいるのだ。
(何だろうねぇ…)
芹沢は目を細める。
(この嫌な瘴気は……ふむ、黄泉の国の波動かな)
「むッ!?こやつ等……かなり出来るぞ。注意しろ!!」
ヤマダが叫びつつ眼前の敵を切り裂く。
リーネアの矢が矢継ぎ早に敵を射抜くが、何故かダメージは薄い。
彼女の眉間に薄く縦皺が寄る。
(どう言う事?確実に急所に当たってるのに……なんで動けるの?)
「ディメルシュナイデン」
リッカが腕を振り、シングより教わった攻撃魔法を放つ。
その隣にいる摩耶も杖を振り上げ、
「マジックアロー」
魔法を唱えるが、敵の動きを僅かに鈍くするだけだ。
確実に当てているのに殆ど傷を与えられない。
「嘘……なんで?」
摩耶の顔に困惑の色が広がった。
リッカも然り。
「マーヤ様!!」
オーティスが摩耶達の前へ出て、その剣を振るう。
が、傷どころか掠りもしない。
前方で剣を振るうヤマダが叫んだ。
「オーティス!!攻撃が雑だぞ!!」
その言葉に、何故か敵の動きが鈍った。
極僅かではあるが、困惑した様子も見受けられる。
もちろん、その僅かな隙をヤマダは見逃さない。
「むんッ!!」
凍虎を掬い上げるようにして眼前の敵を切り付ける。
と同時に、もう片方の手で焔龍を振り下ろす。
魔法剣による二段攻撃。
そこへ間髪入れずにリーネアの放った矢が突き刺さった。
「グァァァッ!!」
敵の一体が、まるで燃え尽きた炭の様に、灰となって崩れ落ちた。
異様な死に様だ。
だが、それらを不思議に思っている余裕は無い。
何故ならやっと一人始末しただけ……敵の数はまだまだ三十を超えている。
剣を振るうヤマダの眉間に深い縦皺が刻まれる。
(これは……マズイかな?)
僅かに下がり、瞬時に周りの状況を確認する。
(ここは一旦、逃げるか?しかしこの状況では……)
その時、不意に芹沢の呟くような声が耳に入った。
「……なるほど。この世界の魔法や西洋系の術は、効きが悪いようだねぇ。なら、こう言うのはどうだい?」
芹沢は懐に手を入れるや、小さな球が連なるアイテムを取り出した。
日本人なら誰もが知っている、数珠だ。
木を削って作っただけの、荒削りで簡素な数珠だ。
それを指先で軽く回すと、一番近くにいた敵に向かって放り投げ、そして素早く自分の眼前で人差し指と中指を立て叫ぶ。
「悪鬼退散。不動明王火焔念玉」
刹那、小さな数珠が大きく広がり、敵をその環の中に入れるや業火が吹き荒れる。
「はは、やはり和の術には弱いか。ふむ……術体系の違いによる抵抗値のアップと言ったところかねぇ……いや、これは実に興味深い。面白いデータが取れそうだよ」
芹沢は笑い、更に懐から一枚の札を取り出した。
「私は魔法は使えないが、道具を作るのは得意でね。いやはや、密教系や導師系のアイテムも作っていて良かったよ」
言ってその札を宙に放るや
「ボダイバセッハ、一字頂輪王結界呪」
その瞬間、辺りに清浄なる気配が満ち溢れた。
黒装束の男達に廻りに漂っていた瘴気が薄れ、呻き声にも似た声を上げる。
芹沢は摩耶に視線を向けるが、ふと思い止まり、隣に居たリッカに声を掛けた。
「悪いが、頼めるかね?」
小柄な少女は頷くと、腰に下げたポーチから一枚の札を取り出した。
酒井魅沙希謹製の符札だ。
それを軽く放り投げ、
「破軍、千代菊」
札が小さな青い炎を纏うと同時に、天空から数百本の槍が大地へと降り注ぐ。
数、威力供に、酒井魅沙希の行使する術にはまだまだ及ばないが、芹沢の特殊結界に因って弱体化した敵には効果的であった。
瞬時に20近い敵が槍で身体を貫かれ、灰へと変わって行く。
「良し。後は残った敵を何匹か捕縛し――ッ!?」
その場にいた全員の身体が、硬直した。
それは敵も然り。
更に人造物である筈のラピスですら、カタカタと膝を震わせている。
(こ、この気配……この吐き気すら催す禍々しい瘴気は……)
芹沢の額に冷たい汗が浮かんだ。
それは異世界、日本より来た者達は良く知っている気配。
黄泉の国の匂い……死者の放つ霊気だ。
しかもかなり強い恨みの篭った念だ。
それが背後から徐々に迫って来ている。
「洞窟か」
芹沢の声と供に、全員が一斉に振り向く。
そして―――それは現れた。